一度目の外泊は手痛いスポブラの記憶がまだ新しい。 ―だけどそんな恥は一度で十分! 気合いを入れて柴崎の見立ててくれた可愛い目の下着と翌日着る服と…忘れちゃいけないのがスキンケアセット。教官がこの前予約してくれたホテルはアニメティが素敵でウキウキしたけれど、それを上回るドキドキで正直楽しめなかった。 ―いや、堂上教官と一緒にいられたのは凄く嬉しかったんだけどね!! …なんていうか、自分が初心者過ぎて余裕がない上に大失点を二つも犯したあたしは、これ以上ないぐらい浮き足立っちゃって…、つまりは恥ずかしすぎてどうにもこうにも、にっちもさっちもという状態で。 でも二度目の外泊を明日に控えて、もう同じような轍は踏まない。いや、踏んではいけない。踏んでなるものか!踏ん張れ、あたし!!もしやらかしたら今度こそ教官に愛想尽かされちゃう。 七ヶ月も勿体ぶった挙げ句色気ゼロに肉食獣の彼女とか、ホント有り得ないし!もう間違いは冒すまいと意気込んで準備をしていたら柴崎に笑われたけど、あたしにはそのくらい後がなくて。心境は船越英一郎に崖っぷちまで追いつめられた犯人気分。 ああ、今度こそは教官が少しでも満足出来る不備のない彼女でいられますように―…。 * * * 待ち合わせは共有ロビー、あたしが下に降りた時にはもう堂上教官は小さな手荷物を脇に抱えて椅子に座って待っていてくれた。 「お、お待たせしました…」 「ん。じゃあ行くか」 まるでご飯でも食べに行くような軽さで先を促す教官に、ちょっぴり自分の意気込みが恥ずかしくなってくる。―そう、外泊なんてたいした事ない日常のひとコマで、あの日の初めてだけが本当に特別だったのかもしれない。 そんな考えに囚われてしまったせいか、寮を出た後に繋がれかけた手をわざとらしくない程度に無視したのは、単にあたしの中のイジケ虫が顔を出したせいだ―。 ちょっと小洒落たレストランでご飯を食べて、明るい夜空に星を探しながら堂上教官の予約してくれたホテルに入る。 やっぱりあたしたちが泊まるような安っぽい所じゃなくって、普段使いにしてはイイ所。でもそこにたどり着いてもあたしたちは最初のきっかけを見失ったままなんとなく手を繋げないでいた。 それが凄く、寂しい。寂しい癖に自分からは歩み寄れない。意地っ張り。 どうしようもない感情を抱えたまま二人だけのエレベーターに乗り込むと、教官がさり気なく顔を覗き込んできた。 「…なんかしたか?」 いつものように「何した」じゃなくて「なんかしたか」の問い掛けに、恥ずかしさに頑なになっていた気持ちが少しだけ柔らかくなったかも。 原因をきちんと聞いて共有してくれようとしている、その姿勢があたしの頑なな心を少しだけ柔らかくしてくれる。一方通行ではない、二人で合わさって交わろうとしてくれるのがなんだか嬉しくて、あたしは泣き笑いみたいな顔をしてしまったかもしれない。 「なんでもないですよ」 「…なら、手。繋いでいいか?」 こくりと小さく頷くと、無骨な指があたしの指に絡んで包まれる。それだけで胸の奥がじんわりと温かくなって、改めてあたしはこの人の事が好きなんだなと思った。 部屋に入った途端、全身で固まってしまった。この前と違ったのはベッドがひとつしかなくって…所謂ダブルベッドを初めて見たあたしはその存在感に圧倒されてしまった。その…なんていうか、まざまざとこれからスル事を意識させられるというか。いや、今更なんだけど!今更なんだけど、ついでに初めての夜の事を思い出したりして身体が一気に熱くなったけど!! 「別々の方が良かったか?」 なんとなく弱気な声色にひかれて教官の方を見ると、そっぽをむいてはいるが耳が目に見えて赤い。ああ、この人もちゃんと意識してくれてるのだと思ったら嬉しくて、その幅のある肩に額を乗せて大丈夫だと告げた。 シャワーを先に浴びさせてもらい、脱衣場で仕上げた自分の身体を恥ずかしながら検分する。 ムダ毛ヨシ、下着ヨシ…ってやっぱりちょっと意気込みすぎ?どこに闘いに赴くのだという雰囲気に自ら苦笑しながら、備え付けの浴衣に袖を通す。襟はだらしなく抜きすぎてはいない? 「…あのッ、お先にシャワー、頂きました…」 「わかった。適当になんか飲んでろ」 読みかけの文庫本をサイドテーブルに置いた堂上は、郁と視線を合わせないまま頭にぽんと手を置いて浴室へと消えて行った。 なんか…なんかやっぱり一方的に余裕なのが癪だ。あたしだけアワアワして勝手に一喜一憂しちゃって。こんなあたしで、堂上教官は物足りないとか思わないのかな? 途中のコンビニで買ってきたお茶に口をつけたタイミングで教官は浴室から出てきた。そしてまだ慣れない男の色気にやられて直視すら出来ないあたしは、きっとかなり挙動不審に違いない。 「テレビつけないのか?」 「あ〜…、今日はあんまり見たい番組なくって…」 嘘だ。そこまで意識が回らなかった。二人で過ごす夜の時間の使い方がわからない。 「これなんかお前、好きそうだけどな」 そう言いながら入れてくれた番組はタレントが各地を食い道楽していくもの。どんだけですかッ!というあたしのツッコミも想定内らしく、二人きりの時にしか見せない柔らかな笑顔で緩やかに受け止めてくれる。 それからベッドに腰掛けてテレビにあれやこれやの文句をつけたり、明日の予定の話をしていると、あっという間に日付を越えようかという時間。 もう寝るか、と言う教官の言葉に忘れかけていた羞恥が急に蘇り一瞬身体が強張った。 「…そんなに緊張するな。ホラ、腕枕してやるから」 「あ…、え?」 予想もしなかった言葉に思わずマジマジと恋人の顔を見つめてしまう。途端にふい、と視線を逸らされた。逸らされたら、一気に涙が決壊してどうする事も出来なくて子どもみたいに泣いてしまった。 一番に思ったのは、やっぱり飽きられたと言う気持ち。だって馬鹿で空気も読めなくて役立たずの上に女らしさに欠ける、こんなあたしなんかもう抱きたくなくなっちゃったんだ……。 「そんなわけあるか、アホウッ!!」 突然怒鳴られて、己のだだ漏れ加減を知る。 次いで息苦しいと感じた瞬間にはもう教官に力一杯抱きすくめられていた。手加減なしの拘束は、物凄く切羽詰まった感じがして。 ―今まで以上に目の前のこの人が身近に感じられた。 「郁を抱きたくないとか、いつ言った!?」 「だって、今だってその、…そう言うコトしないで、寝ようとしてたじゃないですか」 「俺が必死で我慢してるのをわかれよッ!本音じゃ寝かせてなんかやりたくないぐらいお前を抱きたいんだよッ!!…クソッ」 言い切った教官の耳はこれ以上ないくらい真っ赤で…年上の人に失礼かもしれないけど、可愛いかも、と思ってしまって。 「無理はさせたくないから、今日はしないって決めてた」 「…あたし、大丈夫ですよ?結構夜更かし出来るし」 「おまッ…自分の発言には責任持てよ」 「だって…あたしだって、堂上教官と、そゆこと、したい…」 「郁」 「下着、今日はちゃんとしたのつけてきたから、大丈夫です…」 「ああ」 「へ、変な声出ちゃうかもだけどッ、でももう噛みませんから」 「…うん」 「だから、あたし…」 「郁」 「……はい」 「もう黙れ」 「ぅ…は」 「黙れってのは、…あ〜…つまり」 無造作にがしがし頭をかきむしる仕草がこの人の照れ隠しなんだって、気づいたのはいつの頃だろう。 「俺はいつでもお前の事抱きたい、めちゃくちゃ抱きたい。でもそれだけの為だけに付き合ってるわけじゃないから、だから今日は何もしないって決めてた」 「堂上教官」 「でも、やっぱ無理だ。郁が可愛い過ぎて我慢出来ん」 「〜ッはい!お願いしますッ!!」 ぶはっと吹き出されて、恥ずかしい意思表示に自分でも真っ赤になってしまった。 もうこの人の事が好きすぎてどうしようもない。求めて求められて、こんな幸せな事ってきっとない。 啄むようなキスから始められた仕切り直しの夜は、気負った分だけお互い馬鹿を見てしまったようだった。 翌朝、重い身体に抗えずに予定を大幅に変更せざるを得なくなってから、もう少し自分の発言には責任を持とうと思う郁だった…。 |