晴れた朝、公休日。そうとなればやる事は、大物の洗濯としたものだろう。

少し遅めの朝食をふたりで作る。まだ慣れない手つきで包丁を握り、焼いてみた玉子焼きは見事に焦げていた。潔く目玉焼きの方が良かったかもしれないなどと思いながら、揃いのプレートに辛うじて玉子焼きと呼べそうな物を乗せる。あとは切ってちぎるだけのサラダにウィンナー、昨日買ってきた惣菜に香の物。
仕方ない。だってまだ図書隊官舎に引っ越して三週間だもの。



そう、一緒に暮らし始めてようやく三週間が経った。

それまで郁はもちろん堂上も、独身寮住まいが長かった為に料理などやったことが無くてこの体たらく。間違いなく出来る料理はゆで卵のみときたものだ。
しかも春から堂上は教育隊の錬成教官、郁も三正に上がったおかげで補佐役をありがたく拝命しているものだから、家事に回す時間など無きに等しい。
それでもお互い楽しくやっているから良しとする。これでお互い眉間にシワを寄せあっての険悪な食卓であるならば早急に改善しなくてはならないが、あいにく郁のポジティブさと堂上の我慢強さが今の所上手く折り合っているようだった。
今は別シフトでそれぞれ時間が合わないことも多い最近で、しばらくぶりに合った公休日前夜。熱の交換は言わずもがな、程々に盛んだったというのは堂上の機嫌を見れば分かることだろう。
「お茶淹れるよ〜」
「ん。あっついやつ頼む。ありがとな」
甘い甘い旦那様の微笑みに照れながら、郁は薬缶に火をかける。茶葉は緑茶を用意。
「次の洗濯終わったらシーツいきますね」
「そうだなぁ。……昨日だいぶ使ったし」
「あ、あれは!あつ、篤さんが悪いッ」
「はいはい、それもこれも郁が可愛いのが悪い」
「またすぐそう言うこと!」
言われて嫌な訳では無い。ただ照れとか羞恥心が余裕綽々な堂上の態度に反発して、少しだけつっけんどんになってしまうのだ。
「はい、お茶」
「サンキュ」
堂上に揃いの湯呑みを手渡してその隣りに座ると、郁はじっと夫の顔を見る。
「――――――――なんだ」
「いえね、別に……」
「気になるから」
しつこく食い下がると、自分の親指同士を弄びながら視線を落としながらポツリと呟いた。
「んとね、……髪伸びたなぁ、て」
「……そうか?」
改めて見るとそうかもしれない。前髪をひと房摘んでみる。
確かに新人が入ってくる前から錬成教官としての準備や諸々があって、手をかけていなかったかもしれない。最後に髪の毛を整えたのは、結婚式の前だ。

「――――あたし、切ってあげようか?」
「は?」

思わず聞き返した。
手先の器用さは重々承知しているが、しかし折り紙や画用紙を切るのとはわけが違うのだ。
「任せて!この間ね〜、柴崎とお揃いでカット用のハサミ買ってきたの」
「ほう、旦那がいない間に浮気とはいい度胸だな」
「柴崎じゃ浮気にはならないでしょーが」
この可愛い奥さんは、結婚してからも旦那の驚異の狭量具合をわかっていないらしい。しかも相手が柴崎とか、最強最大のライバルではないか。
「だから、切ってあげる!ほら、今読んでる新聞広げて」
「おいおい、ここでおっぱじめんのか。これはまだ読み切ってないから、昨日の新聞もってこい」
「は〜い」
嬉しそうに動く妻を見ているだけで、堂上の口元も綻ぶ。こんなにささやかな幸せの連続が続くのだから、つくづく結婚してよかったというものだ。
「おまたせ〜」
善は急げと言わんばかりに散髪準備を始める郁に合わせて堂上も動く。
「行くよ〜」
「はいはい」




ジャキン




子気味良い音とともに切られた前髪の長さに、堂上が固まった。
ちょっと待てなんだこの量は!
慌てて自分で前髪を確認して、思わず叫んでしまった。
「アホか貴様ーーーーーー!」
「ッえー!なんでー?」
「自信満々に言った割にこの野郎、もうハサミ持つな!」
「いいじゃないの篤さんのケチンボ!」
「いや、ちょ……いいから、いい郁やるな馬鹿、落ち着、あーーーーーーーーッ」

この時の堂上の叫びは、やや離れた独身寮の隅々にまで響き渡ったという。











「あれ?堂上珍しいね、入隊以来のオールバック」
「…………まぁな、気分転換だ」
「ふ〜ん……」

言えるわけがなかった。

オールバックを下ろしてしまったら、堂上の前髪が郁の手によってぱっつんになってしまったのが露見するなどとは――――…………。







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