正化に入ってメディア良化法案が可決されて幾年月。
当初結成された即席部隊である図書隊の本格化を狙って政治的取引もちらつかせながら開校された図書大学。
 堂上と小牧は十年限定で開校された図書大最後の卒業生としてもっとも期待をかけられた新隊員である。
 しかも主席と次席、卒業とともに図書館員として即戦力になるよう教育された図書大生の中でも群を抜いて優秀なふたりの存在は、新年度の教育隊編成の前から噂されていた。
 そもそも図書大出身者は少なく、一般大学からの入隊者の方が多い中でふたりはかなり目立つ存在だった。実力はもちろんその容姿も、そして卒業とともに与えられた三正の階級も。
 男性隊員は一目置くかライバル視するか、女性隊員はしなを作って媚びて取り入ろうとするか。
 だから余計、そいつの事は酷く印象に残ったのかもしれない・・・。



「アホか貴様ーッ!!教官の話をどこで落っことしてきたんだ!!」
「あたしはどこにも落としてきてないし、落としてきた形跡もないっつーの!!」
「己の鳥頭を棚に上げて何を言っとるんだ!」

 図書隊の新人教育が始まってからほぼ毎日のように繰り返される怒号の応酬に、正直担当教官の緒形は頭を抱えていた。
 一方は噂の図書大出身者である堂上三正、かたや一般大学からの入隊を果たしながらも図抜けた身体能力の高さが男子並という笠原一士の二人は今や新人ながらも知らぬものはいないぐらいの知名度だ・・・悪い方での。
 何がお互い気に食わないのかはっきりしないのだが、とにかくウマが合わない。
 だいたいが指導教官の話を半端に聞いて行動しては失敗を繰り返す郁に、堂上がつっこみを入れて喧嘩が勃発する訳なのだが。堂上の言い分も正しいのだが、いかんせん言い方が朴訥としすぎて更に言葉の足りない指摘の仕方なものだから、導火線の短い郁が一気に着火してそれこそ取っ組み合いの喧嘩になる。
 今だって柔道場での実戦における模擬訓練の練習中に受け身の修練をしていたところを先走った郁が堂上に止められるという次第で、周りの新隊員はまるでお客さんのように見物を始めている・・・同僚ならば止めてほしいのだが。
 こんな時は別の教育隊に入っている小牧にいてほしいと切に願う。彼はなぜか他人が逆らえない雰囲気があるから堂上も小牧にだけは頭が上がらないということだし。嗚呼、彼をとった進藤が恨めしい・・・。

「上等だ、堂上!表出ろッ!!」
「とことん考えなしだな貴様は!この豪雨の中で何おっぱじめようってんだ!?」
「うるさ〜い!とにかく、やっつける・・・!!」

 言うが早いか堂上の襟をとりにいった郁だったが、素早いと思われたその手さえ掠ることなくそのまま郁は華麗に宙を舞うことになった。
 ドッというまともな受け身もない鈍い音とともに畳に沈んだ郁は呆然として起きあがれないまま。

「・・・威勢がいいだけでなんとかなるほど甘かぁないんだぞ」

 黒帯をひらめかせながら隊列に戻ろうとする堂上だったが、郁に背中を見せたとたん道場にいた全員が「あ」と口を開いた。

「あ?」

 その途端背中に走った衝撃に堪えきれずに倒れ込む堂上、そして不適な笑みを浮かべながら仁王立ちする郁の姿にその場にいた全員が固唾を飲み込む・・・緒形でさえも。
 まさか背中を向けた相手にドロップキックをかます女子とか、普通ならあり得ないじゃないか!


「黒帯様が素人相手に全力でこれるわけないもんね、このくらいはハンデもらわなきゃ!」

 頼む、その得意満面顔を引っ込めてくれ笠原・・・。
 
「ほぉ・・・そんなに全力で相手をしてほしいのならば手加減はせんから腕の一本二本は覚悟してもらおう!」
「二本折られたら仕事になんないっつーの!」
「もとよりたいした仕事も出来ないんだから、この際ベッドの上でがっちり座学でもさらった方がいいんじゃないか!?」
「ざ、座学の事は言うなぁぁぁああああ!!」

 性懲りもなく襟を掴みに行った郁の腕を今度はがっちりと握った堂上が軽々と畳を蹴り上げ、その足の勢いで郁の身体が畳に叩きつけられる。
 飛びつき腕拉ぎ十字固めをかけられた郁が絶叫するまで、あと二秒ー。


※   ※  ※


「マジで信じらんないアイツ!!普通女子に全力で腕拉ぎかけにいくとかあり得なくない!?」
「背中むけた相手にドロップキックかますアンタが普通を語るな、笠原」

 湿布を貼った腕の様子を確かめている郁に、鏡台に向かって容赦ない言葉を投げつけたのは寮で同室の柴崎だ。
 美貌の彼女は今日も肌のケアを怠らない。

「でもさ、柴崎ぃ〜」
「だまらっしゃい。だいたい腕拉ぎって真剣にかけられたら十秒保たないで腕破壊されちゃうところを湿布で済んでんだから、かなり手加減されてんのよアンタ」
「・・・そうなの?」
「当たり前でしょう。それにしてもそんなやんちゃなところもあるだなんて、意外と堂上君も可愛いのね」
「可愛いのは背の低さぐらいなモンよ」
「笠原より高い男の方が少数派なだけよ」

 170cmある郁より背の高い隊員はいるものの、理想のカップルのような身長差を作れる男子は少ない。その事で今までの恋愛人生をことごとく全敗してきた郁にとって、背はすでに諦めの対象でしかない。不思議の国のアリスが飲んだ背の低くなる薬が売っていればどんなに高額であっても購入をしたであろうほど、それは切実な問題だった。
 そして件の堂上は目算で165cm。言うまでもなく郁よりも背は低いが、たいていの女子とは不都合なくバランスをとれる身長だろう。顔も・・・よくみれば整ってるのかもしれない、し・・・?(だいたい郁と顔をつき合わせる堂上は常に眉間にしわを寄せて険しい顔をしているのだからよくわからないのだ)。
 柴崎が言う位なのだからそれなりな顔立ちなのだろうが、郁にとってはどうでもいい話だ。
 アイツは敵認定第一号だから!

「なんでそんなに堂上君とソリが合わないのかしらね?」
「知らないわよ!あっちが勝手に怒ってんの!!」
「それにしたって、アンタ同期でもいろんな人に怒られても突っかかって喧嘩するのは堂上君だけなのね」
「・・・・・・そうかな?」
「そぉよ、ない胸に手を当ててよ〜く思い出してご覧なさいな」
「ない胸は余計だっつの!!」

 腹立ち紛れにベッドのカーテンをおもいっきり引くと、向こうから意味ありげな含み笑いが聞こえてむしゃくしゃした気持ちに拍車がかかった。
 
 堂上に突っかかってしまう理由など郁自身にもわからない。
 他の人の話は聞き入れられるのに、なぜか堂上に言われると素直に聞けなくなるのだ。何が違うのだろうか?でも堂上にならば全力でぶつかていっても大丈夫なのだというおかしな確信はある。
 真剣に間違いを正してくれるから、真剣に突っかかっていける。
 それはある意味で信頼して、甘えているから・・・?
 ぶんぶんと大きくかぶりを振ってその考えを否定する。
 いくら図書館員のエキスパートを輩出するために勉強する大学を出ているからと言って、上からものを言われてハイそうですかと受けいれられるものではないじゃないか。
 だから、堂上にぶつかっていくのは深い意味とかなくて、ホントにムカつくやつだから刃向かっちゃうだけで・・・。
 柴崎の余計な一言が郁の中に大きな波紋を残したのは、本人にもわからないところでだったー・・・。





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