無理無茶無謀で無鉄砲、それをこれほど後悔する日が来るとは思いもしなかった・・・。





 図書隊の教育隊解散とともに、各自の配属が決まった。
 郁と堂上は希望通り防衛部に配属され、なんの腐れ縁か班まで一緒になる。
 防衛部は各班約六名で編成されており、郁と堂上の班は上に班長含め四人の先輩隊員がいる。いずれも筋骨隆々のいかにも防衛方といった体つきの中、背は大きいがひょろりと華奢な郁とがっちりしているとはいえ着痩せする一見小柄なだけの堂上はかなり浮いていた。
「本当なら女子は女子の編成だがな、笠原は別件からぜひ男性隊員と一緒の班で様子を見て欲しいと言われてるからな」
「誰ですか、そんな物好き」
「お偉いさんだ。まぁ男所帯だからな、笠原も気をつけろよ?」
「は?なにを気をつけるんですか??」
「一応女だからな、これでも」
「山猿でも女だからよぉ、お前」
「せ、先輩方・・・!一応とか山猿とか、貶されてるようにしか聞こえないんですけど?」

「「「「気にすんな、気のせいだ」」」」

「ちょっとぉぉぉおおおお!!」
「笠原、うるさい」

 何のかんのと言いながらもサバサバとはっきりした性格の郁は性別を越えて先輩隊員からまるで弟のように可愛がられる存在になり、しかし堂上だけはなぜかむっつりと不機嫌顔を隠しもしない。
 あの夜の優しい笑顔とか、どこ行ったのよッ!
 密かに思うが、考えてみればあんな顔を見たのは今までであの日だけで、以降ずっと仏頂面なのだからあの柔らかな表情こそがレアなのだと言い聞かせる。
 よく考えろ、入隊以来ずっと眉間のしわがデフォルトの堂上があんな優しい顔をみせたのは何か新手の罠かも知れない。
 その証拠にあれから堂上に対して思いっきりぶつかっていくのがはばかられて調子が狂う。ちょっとした事が気になったり、身体が触れただけであの日の手の温もりを思い出して頬に血が上る。
 おかげで挙動不審になったりして、時々柴崎に突っ込まれる始末だからたまらない。こっちが悪い訳じゃないのに、でも堂上が何かした訳じゃない、郁が勝手に一人で慌てているだけで。
 それにしたって、堂上にはちゃんと・・・彼女、いるし。
 気にしないし、関係ない。まともに仕事も出来ないんだからせめて犬の手ぐらいになれ自分!!


 そう、その日だっていつもと変わらないそんな日だったのに・・・。





「お前さ、教育隊にいた時より大人しくなったよな」
 哨戒途中の道すがら、今日のバディである五期上の先輩隊員に言われて郁の眉間にしわが寄った。
「・・・そうですか?」
「うん。お前と堂上の喧嘩っぷりはなかなか見応えあったからさ、同班になったらどんだけ賑やかになるかなぁ〜って思ってたんだが」
「いやいや、あたしだって好き好んでぎゃあぎゃあしてたわけじゃないんですけど」
「まぁ堂上が笠原にキツく当たってた理由は何となくわかるんだ」
「・・・・・・そうですか?」
 疑問を投げかけながら辺りに視線を這わせると、見たくもない車両を発見して緊張が走る。
 良化隊車両だ。人員は多くはないが、位置が図書基地に近い。抗争を仕掛けてくる規模ではないが、もしかしたら先遣隊なのかも知れない。
「仕掛けてきますかね?」
 基地に報告を入れた先輩に尋ねると、どうかな、という返事が返ってきた。
「図書館になにか、つーよりは近隣の書店が目的なのかも」
「そういえば駅前に大型書店が出来たばっかり・・・」
「大方そこで検閲図書でも押収しようってハラなんだろうさ」
「・・・・・・止めないんですか?」
「なんでだ?」
 だって、と尚言い募ろうとした郁が片手で制されてしまう。
「勘違いするな。俺たちは正義の味方じゃない、世の中の全部の本を守るのが仕事じゃねーのよ」
「でも、それじゃあ指をくわえてただ見てろって言うんですか!?」
「笠原、お前の仕事はなんだ?」
 それは、と言いかけて口をつぐむ。
 図書隊の仕事は図書館の書籍と利用者を守ることがまず第一で。それは一般の書店の書籍までは含まれてはいない。すべての書籍を守ることは、図書隊には・・・。
「そこが堂上にはたまんなかったのかもな」
「・・・え?」
「笠原はさ、真っ直ぐすぎるから却って脆そうなんだよな。研ぎすぎた刃物が折れやすいのと同じ。だからアイツ、お前のこと放っとけなかったのかもしれん」」
「え・・・」
「正義は間違ってはいないが無傷じゃいらんないもんだ。その思いが強ければ強いほど、カウンターはキツくなる」
 どこかで堂上の言っていることは理解出来ていた。しかしあまりに正論で冷静で、熱を削がれる恐れに反抗心が燃え上がった。
 真実を並び立て正論の冷水で郁の中の熱情を脅かされるのがたまらなく嫌で、何度も何度も堂上にぶつかって。しかし気持ちをぶつけた分、それを受け止めてくれる堂上への信頼が積み重なっていく。
「予想的中、かね?・・・笠原、一度基地に戻るぞ」
 バラバラと車両から降り始めた良化隊員がまとまって駅の方向を指さし、何かを確認している。ひとつ頷くと、それぞれが行動をし始めた。
 明らかに件の駅前に出来た書店を狙っているらしいその人数は目視で五、六人。相手に出来なくもないが何か武器を持っていれば厄介だ。
「・・・でもッ!!」
「ダメだ、これは命令だ笠原。一度基地へ帰還する。俺たちがやれることなんてなんにもねぇよ」
 焦れる郁に対してあくまで冷静なバディに、ついにキレた。
「図書隊には見計らい図書の権限があります!!」
「お、おい待て笠原!!」
 後ろから追ってくる声を振り切り自慢の俊足で地を蹴ると、あっと言う間に郁の姿を捉えることが出来なくなってしまった。
「アイツ・・・!」
 残されたバディは慌てて無線機に手を伸ばし、自らも駆けだした。





 店内に駆け込むと、すでに良化隊が検閲図書を押収し始めていた。
 押し退けられる子どもが床に転がり鳴き声を上げ、無惨に扱われる本を目の当たりにして胃の府がカッと熱くなる。だから座学の上面だけが記憶に浮上し、その中身と重要性が抜けていたとしてもその瞬間だけはさして問題ではなく、思わず反射で口走っていた。
「アンタ達!そんな事してただで済むと思ってんの!?」
「・・・良化隊の公務を妨害するとは、貴様なんの権限があって・・・」
「あたしは関東図書基地所属笠原郁一等図書士よ!その本は図書館法において見計らい図書にするからさっさとこの店から出てきな!!」
 必死の啖呵も一瞬店内をシンと静まりかえしただけで、すぐに良化隊の面々が大爆笑し始めたものだから今度は郁の方が呆然となる番だった。
 なぜ・・・?
「お前バカか!図書館法執行令に定める見計らい図書の権限は図書正以上にしか認められていないのを知らんのか?図書士風情が笑わせてくれる!」
 ―そう、だったっけ!?
 必死で座学の内容を思い出そうとするが思考はぐるぐる空回りするだけで何も思い出せない。途中で真っ白になって内容を思い出せない頭に突然がつんと衝撃を受け後ろを振り返れば、あきれ顔で口の形を「ば・か」と動かす座学の時の堂上しか思い出せない・・・!!
「わかったら大人しくそこで見てるんだ。己の無力さを呪うんだな」
 しかし吐き捨てられた言葉に力を失う郁ではない。
 感情のままに本を投げ込む腕を捕まえて検閲行為を妨害するが相手は多勢に無勢、あっと言う間に軽い身体はひねりあげられ突き飛ばされた。
 ――なんて無力なんだろう・・・。
 悔しさと切なさと諦めと。突き飛ばされたのは身体だけではない、ただ懸命に本を守りたいという自分の想いに正直だった心をも。

『正義は間違ってはいないが無傷じゃいらんないもんなんだ』

 ああ、本当だ。先輩の言うことは正しかった。もっと座学を、堂上の話を聞けばよかった。バカだ、あたし。気持ちがあれば何とでもなるとかどこまでも甘い。
 

 でも、もういいや・・・。


 身体も気持ちも投げ出され床に叩きつけられるその刹那。



「アホウが、突っ走りやがって・・・!」



 がしっと逞しい腕が後ろから郁の投げ出された身体を揺るぎなく受け止めてくれた。
 ―ああ、この腕には覚えがある。
 いつだって全力でぶつかっていく郁を揺るぎなく受け止め、時にはあの夜の公園のように慰めてくれる優しさも持ち合わせる腕だ。
 汗の匂いと忙しなく上下する肩の動きに、ここまで全力で駆けつけてくれた事が伺えて。その事に申し訳なさと安堵と、よくわからない感情がない交ぜになって決壊した。
「堂上・・・!」
 抱き止められるままにぎゅうっと戦闘服を掴むと、頭をぽんとひとつ叩かれて床に丁寧におろされる。堂上の表情は照明の逆光でかよく見えない。その事に不安がよぎった。
「お前も図書隊か!?」
「ああ、そうだ。そしてお前等お待ちかねの図書正だ」
 おもむろに図書手帳を開き、身分証を開示した。
「こちらは関東図書図書隊だ!それらの書籍は図書館法第三十条に基づく資料収集権と三等図書正の執行権限を持って、図書館法執行令に定めるところの見計らい図書とすることを宣言する!」
 郁から見るその後ろ姿は神々しくさえあり、胸を締め付け熱くさせるには十分だった。





 しかし事はそれだけでは済まない。
 前例のない見計らい図書権限を勝手に行使した堂上は、このあと査問会にかけられることになったのだ−・・・。





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