担当が館内警備の今日はスーツを着て郁も館の出入り口をバディと担当していた。 日曜日、天気も良く親子連れが本を借りに来てついでに館庭で日向ぼっこしている様子をぼんやりと眺めながら、ここにはいない同僚の事を思い浮かべていた。 「すいませんけど・・・」 利用者に声をかけられて意識を切り替えるが、声をかけてきた女の佇まいに知らず小さなため息が漏れた。 ―ああ、自分もこの人のように小柄で女らしかったら、もっと違う風に堂上と接していられただろうに・・・。 「笠原さんとは全然会ってないの?」 珍しく小牧に声をかけられたのは、査問会に召集されて一ヶ月が過ぎた頃だ。 表向きは堂上単独の見計らい権限行使となっているが、現場に郁もいたことから悪辣な憶測は数多く飛び交っている。 「さすがに班も変わったし、自分の代わりに堂上が査問にかけられちゃったから気が引けるのかな?」 「・・・外野がとやかく言う事じゃないだろ」 「だたの人助けに見計らいとは太っ腹だね。で、実際は何があったの?」 「お前も結局は野次馬か」 「人並みに好奇心はある方だけどね。まぁ喋りたくないんならそれでもいいよ」 沈黙したままの堂上は屋外訓練場が一望できるベンチに深く沈み込んだ。 図書大の頃から図書隊のイロハを叩き込まれた堂上にとって、見計らいがどれだけの規定違反かなど嫌と言う程わかりきっている。それでもあの場面で郁を助けることに、微塵の躊躇いもなかった。 図書館の為だけに設立された図書隊は広く世の中の書籍を守れるわけではないと知りつつも、それでも最低限の本を守れると言い聞かせて勉学や訓練に励んでいた堂上にとって、ただ実直に本を守りその為だけに行動する郁の存在は疎ましくもあり羨ましくもあった。 ひたすらに熱く、真っ直ぐな想いに次第に図書大に入学した当時の自分の想いを重ねたのは無意識だ。 片や一士風情の郁が本を守りたいという、勇気以外の何物も持たず良化隊に立ち向かっている姿に、片や三正の肩書きを持つ自分がしてやれる事・・・。 ―だから後悔などしていない。 「・・・いた!」 久しく聞いていなかった声に意識がすくい上げられる。 しばらく見ていなかった化粧っ気のない郁の顔と、その後ろに控える人物を認めて思わず立ち上がった。 「・・・お前」 「電話しても出ないから。ここまではこの子に案内してもらったわ」 ふわりと笑うのは査問会が開かれてから音信不通にしていた彼女で、そいつは困った顔の郁に基地のこんなところまで案内させたという。元図書大生ならば隅々までわかるであろう基地内をわざわざ郁に案内させて、何様のつもりか。 「査問会にかけられたのは本当の事なのね。がっかりだわ、ホント」 「だからなんだ。それが訪ねてきた理由なら、さっさと帰ればいいだろが」 「聞いた話だと、見境ない一士風情を助ける為だけに見計らいを使ったんですってね?聞いて呆れたわ。もっと頭のいい男だと思ってたのに」 その話題を振られて郁が身体を強ばらせる。それを視界の端に入れつつも、今は無表情で女を睨みつけた。 「図書大を辞めたお前には関係ない」 「そうね、あなたも出世コースから外れちゃったし、私ももう飽きて来ちゃった」 「・・・何?」 「将来有望と思ってつき合ってたけど、どうもそうじゃなくなってきちゃったし?篤に合わせるのももう疲れちゃったのよね。いつも仏頂面だし、堅い事ばかり言うし」 「ちょ・・・ちょっと待ってよ!!」 辛辣な言葉を次々と堂上に投げつける彼女に郁が慌てて割って入り、女に向き直る。 しかし女は身長差があって見下ろされる形になっても少しも怯む事なく、むしろ視線を険くしながら郁をも睨みつけてきた。 「ど、堂上の彼女さんなら、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないです、か?」 「あなたには関係ないでしょ?それとも何、見計らいをさせた張本人だから責任でも感じてるの?」 「!?」 「あたしが知らないとでも?図書隊に情報網くらい持ってるわ。だからあなたに声をかけたの、探さなくても篤よりも背が高いから見つけやすかったわ」 的確に嫌なところを、澄ました顔で攻撃する様に腹の中が熱く煮える。待て、こんなところで更に問題を重ねてどうする・・・。 「おい、笠原を攻撃してどうすんだ」 「私は本当の事を言っただけ。篤に見計らいをさせた本人はぼ〜っと館内警備?いいご身分ね」 「あたしは」 「普通の人なら責任感じて職場辞めちゃうわよ?それもしないだなんて、見かけはガリガリなのに随分神経は図太いのね」 「ただ本を守りたくて・・・!」 「図書館の書籍しか守れない図書隊員が傲慢な事を言わないで!!」 「止めろ」 荒げることなく腹に響く低い声に遮られ、女は郁から堂上へと視線を移す。その瞳の、暗さ。 「お前が挫折した図書隊にいるコイツを貶めたって、お前が戻って来れる訳じゃない。現実を見るのはお前の方だ」 揺るぎない堂上の態度に、初めて女の顔が歪んだ。 「偉そうに言わないで!アンタみたいに面白味のない男なんかこっちから願い下げなのよ!!」 今までとうって変わって激昂する女と、無表情だが穏やかな表情の堂上との対比に小牧は勝負あったとばかりに小さな笑いを浮かべる。 しかしそうスマートに出来ていないのが郁であり―。 「ちょっと!さっきから聞いてたらアンタの方こそ何様なの?」 「うるさい、関係ないでしょ!?」 「はぁ!?あのさぁ、あたしの事はどうだっていいんだけど、堂上をバカにするのは許さない!凄く熱くって、凄く本を愛してる、あたしはそんな堂上が仲間でめちゃくちゃ嬉しいの!!」 「笠原・・・」 「あたしがまだ図々しく図書隊にしがみついてるのは、せっかく堂上が庇ってくれたのを無駄にしたくないから!・・・バカで後先考えないで動いちゃうあたしにもらえたチャンスだから、あたしは堂上の為にも辞めない」 「・・・それで?」 「確かに堂上はチビで性格キツくて容赦なくて喧嘩したら絶対引いてくれなくて、いらんこと言いでむちゃくちゃムカつく奴だけど」 「おい」 「でもホントはわかりにくいけど凄く優しくてあたしの方が背、高いのに頑張って頭撫でてくれるし、嫌な顔するけど何でも丁寧に教えてくれるし・・・たまに笑顔見せてくれるし・・・ちょっとは、カッコいいし」 「・・・」 「だからこれ以上堂上を侮辱するってんなら、あたしがアンタをぶっ飛ばす!女でも、容赦しない」 「・・・!」 郁の啖呵に女のみならず堂上も目を丸くする。 勢いでまくし立てた郁の頬も興奮なのか、はたまた別の感情なのか上気して。 そして現場の空気を切り裂いたのは、今まで傍観を決め込んでいた小牧の盛大なる上戸だった。 「ちょ、かさ、は・・・ブッ!すげー、ソレ・・・ぐっ!!」 「ちょっとー!!小牧君、なんでそこで上戸に入るかなぁ!?」 「も、死・・・ひぃ〜・・・・・・あ〜、でも・・・笠原、さん、くく・・・堂上の、事、よく見てる、ね・・・?」 「・・・!!だ、だって!ずっと教育隊の頃から一緒だから、勝手に目に入ってくるって言うか!!」 「・・・あ〜、ヤバかった・・・。そんなわけだからさ、君、もう諦めなよ?」 折っていた長い体をなんとか持ち直し座っていたベンチからすっくと立ち上がると、小牧はゆっくりと女の前に来て顔をのぞき込む。その独特の威圧感にさしもの女も怯んだ。 「堂上を見限るならこんなに手酷く切る必要はないのに。自分をそんなに優位に立たせないと満足出来ないだなんて、ホント可哀想なオンナだね?」 「余計なお世話よ!こんなセックスもつまらない男、こっちから願い下げよ!!」 鼻で嘲るように笑う女に、しかし小牧は一層底冷えする表情で笑った。 「自分のセックスがノーマルじゃないかもしれないのを棚に上げて、人の批判?随分あっちの方に自信があるみたいだけど、身体使って今まで色々やってきたの?」 「・・・!!」 「もうここには二度と来ないことだ。俺も君みたいな人間が図書大にいたことすら記憶から抹消したいくらいだよ」 こうなれば小牧に敵う者などいるはずもなく、女は醜く顔を歪ませると足早にこの場を去っていった。 さて、と二人を振り返った小牧は、そして再び上戸の波にさらわれる。 「ちょ!なに笑ってんの!!」 「だっ、て、二人とも、顔・・・!あはははは!!あ〜だめだ、俺、これ以上ここに、ぐふっ、いた・・・仕事、なんな・・・」 そう言いながらひきつる腹を抱えつつ、小牧がよろよろと庁舎に向かうそのあとには、お互い赤くなった顔を明後日の方向にむけたままの二人が残されて。 口火を切ったのは堂上だった。 「・・・お前、ホントバカだな・・・」 「なっ・・・!しみじみ言うなぁ!あたしはあたしで必至で堂上を援護しようと思っただけだもん!!」 「それがバカって言うか、バカ正直っていうか・・・あ〜、マジで笠原には敵わん」 「褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ!?」 「褒めてんだよ。こっちが意地張ってんのが馬鹿らしくなってくるわ」 なぁ笠原、と呼ばれてようやく堂上に向き直った郁は、その精悍な表情にドキリとする。―そして素直に・・・好きだな、と思った。 「・・・俺も同じだな」 「は?」 「だだ漏れ。まぁさっき盛大な告白を受けた後だから、なんというか・・・」 「え、あた・・・し。えー!?ちょ、ちょっと、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!!」 「今更だ。そう言うところもお前らしくて、可愛いというか」 「堂上から可愛いとかいう単語が・・・!」 「しょうがないだろ、お前が可愛いのが悪いんだから」 「あたし可愛くないし!!」 ここで可愛いの定義について少々やり合ったが、結局は強引な堂上の意見に押されて郁の顔が更に茹だつ。 並べた肩、同じ方向を見つめながらぽつりと、やはり堂上が言葉を投げかける。 「お前、これからも図書隊で頑張ってくんだろ?」 「当たり前じゃん。せっかく堂上がくれた本を守っていける力を、これからもっと勉強して大切に使っていくの」 「・・・じゃあ俺は、これから本を守っていくお前を守っていく事にする」 「・・・?」 「笠原は本の為ならどこまでも突っ走るからな。そう言うお前を守る事は本を守る事に繋がるだろ?」 規則で雁字搦めになった自分では感情より先に別のものに捕らえられて動けなくなるから。だからせめて郁を守ることで、本を守る証としたい。 だが一瞬ぽかんとした郁は、すぐに花が綻ぶように柔らかく微笑んだ。 「堂上は難しい事考えるなぁ〜。あたしの隣で、ずっと一緒に本を守っていけばいいじゃん!」 後方からではなく隣で。そしてずっと一緒に・・・。 もしかしたら郁は言葉の重さに気づいていないかもしれないが、それは堂上にとっては噛みしめるほど嬉しい言葉になる。 「ま、とりあえず査問会を乗り越えなきゃね!」 「・・・現場にいたお前も召集されるかもな」 「う・・・。あたし、余計な事言いそう。どうしよう?」 「じゃあそんな口は」 ふと間合いを詰められて顔が近くなったなと思っていたら、柔らかく唇を塞がれて驚いた。 「・・・いつでも俺が塞いでやるから言え」 「・・・・・・!!」 「嫌だったか?」 ぶんぶんを大きくかぶりを振れば堂上が嬉しそうに頬を緩めるものだから、郁もなんだか嬉しくなってふにゃりと笑ってしまった。 雨が降っても風が吹いても、一緒にいれば大丈夫。 もう一人じゃない、隣には君が笑っていてくれるから・・・。 ※ ※ ※ 「ところで俺のセックスはつまらんそうだが、お前、それでもいいのか?」 「は?え、や、ちょっ・・・!そゆこと、まだ、わかんなく、て・・・」 「・・・マジか。お前、俺を無闇やたらと煽んなよ」 「煽ってないし!!」 「・・・・・・」 |