小牧が言うにはまだ郁と堂上がつき合って間もない頃だという。

 見計らい権限による査問中の堂上だが、当時三正の二人部屋だった為に相方の小牧と数人の同期が部屋飲みを開催していた時の事だ。
 誰かが持ち込んだAVを鑑賞しながら作中の女の褌姿に有り無しをつけていたらしい。らしいというのは、堂上は参加していなくてその時一生懸命郁とメール中で、全く周りが見えていなかったというのだから可愛らしいではないか。
 とにかくそんな状態の堂上に褌の話を振ったという。
 
 ―堂上も女の褌姿とか萌えるよな?
 ―・・・うん。
 ケツの割れ目に食い込んでよぉ〜。
 ―・・・あぁ(フッ)。
 ―そんで激しくしごいたら啼くんだぜ。たまらんよな!
 ―・・・そうだな(ニヤニヤ)。 


 



「そんな上の空な俺に不埒な質問してくんなッ!!」
「だって堂上、浮かれてて面白かったんだもん」
 悪気があるのかないのか、小牧はつらっと返すものだから頭を抱えたくなる・・・。
 畜生、こんなつまらん事で離婚とかなったら俺の人生どうしてくれるんだ!
「まぁ笠原さんならもっと絶叫して罵詈雑言で終了かと思ったんだけど、なかなかどうして・・・」
「お前等は郁をわかっちゃいねーよ!」
 特殊部隊の紅一点、じゃじゃ馬姫と可愛がられる郁の本質はまんま箱入りのお姫様だ。
 堂上とのつき合いで男女間のあれこれを知りはしたが、今だってキスひとつで真っ赤に熟れたトマトみたいになるのに。おかげでどこまで己の欲望をぶつけていいかわからない時がある。
 それがAVだの褌シチュエーションだのは全くもって郁の許容範囲を超えて無表情になるしかなかったのだろう。理解しにくい、受け入れがたいそれは見た目以上に郁の心にダメージを与えたは予想に出来た。
 
 ―もしかしたら。
 考えたくはないが最悪そんな男どもと自分とをひと括りにしてケダモノと蔑んだ挙げ句三行半を突きつけられた日には・・・!

「ああぁぁああぁあ!?」
「ちょッ・・・落ち着けよ、堂上」
「うちの家庭を崩壊寸前まで追い込んどいて何を言う!!」
「まさか。大袈裟だなぁ・・・」
「だからお前は郁をわかっちゃいねーんだよぉッ!!」
 取り乱す堂上の為に冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出して投げつけた。額にクリーンヒットして、堂上の頭が傾ぐ。
「ッてぇ!!」
「うざい」
「お前だって毬江さんに捨てられたらどうする!?」
「・・・想像でもそんな事口走るなんて、刺すよ?」

 ―目が真剣だ!

 こうなると冗談のきかない友人から不自然ではない程度に視線を逸らしつつ、堪えても堪えきれないため息を細く吐き出す。

 帰宅してきた時、すでに郁の姿はなかった。
 少し衣類を散らかした跡があり、一番大きなキャリーバックが消えていた。置き手紙はないが、宣言通り柴崎の処にでも行ったのであろう。いつ戻ってくるのかは、わからない・・・。

「まぁ、案外つらっと帰ってくるかもよ?」
 尚もそう言う友人を追い出しつつ、いつ郁が帰ってきてもいいように、連絡があってもいいようにと携帯をリビングのラグの上に置いてその前に正座をし、腕を組んで待機する堂上だった。





 その待ち人である郁は、実は小牧家で毬江を相手にぼそぼそと愚痴を繰り広げていた。
 小牧家に泊まるつもりは毛頭ないが、アテの柴崎が残業で未だ寮に戻れない間の間借りを願い出たのだ。その間どうにも納めきれない不満やらなにやらが毬江の柔らかな包容力に負けて決壊してしまったという寸法である。

「っていうか、信じられます!?女に褌つけさせたいとか!あたしはもう、ホント情けなくって・・・」
「堂上君て、本当にそう言うのしたい人なのかしら?そうは見えないけど」
「だから怒ってるんですッ!今まで隠してて、でも結婚したら今まで見せてくれなかった所を見せつけられるのかと思うと・・・」
 堂上と一緒に暮らすのは郁にとっても嬉しいことだ。約二年間の交際期間の中でお互いとてもイイ関係で素顔を晒してきたと思うし、郁はそのつもりで。なのにまだ隠している部分があったというのがショックだった。
 そりゃあ男と女である。同じにならない部分は当然あるだろうが、まさかそんな性的嗜好があるだなんて夢にも思わなかったのだ。一気に騙された気分になる。

「まぁでも?SMでそういうプレイもあるし?」
「え?」
「道具を使わないんだから、まだまだソフトよね?」
「・・・毬江さん?」
「羞恥心も少しの恐怖心も、結局は興奮を煽るスパイスでしかないの。思っているよりも簡単で単純なものなのよ・・・」
 今あまりにもさらりと毬江からは想像もつかない言葉がこぼれなかったか?
 鳶色の目をこれ以上ないほどに大きく見開く郁に、毬江はお代わりのハーブティーを勧める。
 その笑顔が怖いくらい綺麗で。


「アブノーマルの定義は、結局本人たちの自由度にすぎないの」


「・・・ッ」
 決してにこやかに言う台詞ではない。むしろ内容は夜向きなのに、食事の献立を決めるような口振りに郁の背中がひやりとした。ちょっぴり小牧家の夜の顔を覗いてしまった気分に気まずさを感じる。
「もう少しきちんと話し合ってみたら?」
「・・・・・・そうしマス」
 これが大人の余裕って奴?それとも自分が性的な事をあまりに知らなすぎなだけ?

 なんだか身の置き所がなくなって、早々に小牧家を後にする郁と玄関先で家主の小牧とがすれ違った。
「やぁ。うちに来てたんだ?」
「うぁ・・・ん」
 どこに視線をやればわからない。先ほどの毬江の話が目の前の同僚を今までとは違う存在に変えていた。
 っていうか、っていうかッ!

「も、家帰るね!あの、お邪魔しましたッ!!」
「もっとゆっくりしてってもいいのに。晩ご飯食べてく?あ、堂上は家で笠原さんの事正座待機してると思うけど」
「お言葉だけで!!」
 どうにもこうにも居たたまれなくなってダッシュで玄関を出ていく後ろ姿に首を傾げながら、ぐるりと毬江の方を向く。
「・・・なんか変な事言った?」
「いえ?なんていうか・・・ちょっとからかってあげただけ。ダメよ、あんな純情な子に変なもの贈っちゃ」
 くすくす笑う毬江が実は一番質が悪いのかもしれないと郁が気づくのは、まだだいぶ後の事だった・・・。


※   ※   ※


「・・・ただいま」
「郁ッ!?」
 がたがたとたいそうな音を立てながらなんとか玄関までたどり着いた堂上は反撃されるのも省みず力一杯郁の細い身体を折る勢いで抱き込んだものだから、「ぐっ」と少々くぐもった声が郁から漏れた。
「す、すまん!・・・帰ってきてくれたんだな・・・」
「・・・ん。あたしが、ちょっと頭に血が上りすぎただけだって、わかったから」
 そこまで言うと大きな目からボロボロと透明な滴が溢れて泣き出してしまったのだ。
「ど、どうした!?」
「あた、あたし、もうちょっと勉強するからッ、ゆ、ゆっくり待っててッ!!」
「??」



 わぁんと泣き出した郁を宥めながら頭は疑問符で一杯の堂上だったが、その数週間後に郁のいう「勉強」の成果をベッドの上で目の当たりにすると、完全に脳が煮えたのはまた別の話だった。





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