三人連れだって付近をうろうろしたが、結局近所のラーメン屋で昼食を取ることになった。

「すまんな。もっと若い女性が行くような店、知ってればよかったんだが・・・」
「いいえ!あたしもラーメン好きだから、嬉しいですッ」
 何よりも堂上とプライベートな時間を共有出来ることが嬉しい。
「で?なんであたしまで呼ばれてんのかしら?」
 不満そうにお冷やで喉を潤しながら、柴崎が誰に聞かせるでもなく大きく呟いた。向かいに座る手塚はなぜか眉間にしわを寄せている。
「だ、だって。人数多い方が楽しいかと思って!」
「嘘おっしゃい。今まで男とご飯食べた事ないからどうしたらいいかわかんなかっただけでしょ!」
 まるで犯人はお前だと突きつけられたが如くビシリと言い切られると、おずおず頷くしかない。事実そうなのだ。

 恋愛経験値皆無の郁が、いきなり異性と食事をともにするだなんて(例えラーメン屋であったとしても)、突然バンジージャンプに挑戦せよという程にハードルが高い出来事なのだから。

「今まで・・・って、まさか男とつき合った事ないのか?」
「アンタはホントデリカシーってものがないのね。普通女にそれ聞く?手塚の恋愛偏差値見えたわね」
「そもそもお前が先に言ったんだろが」
「あら、客にそういう口の聞き方していいのかなぁ〜?」
「業務外時間だ、気にするな」
「・・・やめないか、手塚」
 苦笑交じりの堂上がようやく口を開く。

 ここまでの道すがらわかった事は、プライベートでの堂上は口数が少ないと言う事。というか、口が上手くない。接客中の話術が印象的だからびっくりしてしまった。
「すいません、笠原さん」
「堂上さんが謝らないで下さい。ホントの事だし、気にしてないし・・・」
「・・・もったいないな」
「え?」
「ん?いや・・・余程今まで見る目のないやつらばかりだったんだなと」
 独り言のような呟きを郁に掬われて、堂上は早口で一気に言うとそっぽを向いてしまった。上目遣いに伺ったその耳がほのかに染まっていて、年上なのにちょっぴり可愛いと思ってしまった・・・。



「さて、この後は・・・手塚、あたしの事送って頂戴」
「は!?」
 少食のくせにこってりとした豚骨を頼んでは食べきれなくて半分残したラーメンを脇にどけ、さも当然とばかりに柴崎がバッグの中身をまさぐりながら一方的に言う。
「あのねぇ。あたし、撮影途中だったのよ?これからまた仕事。送ってくれても罰は当たらないわ」
「なんで俺がッ」
「だって手塚、あたしの事好きでしょ?」
 天気の話をするかのように告げる柴崎に、手塚が慌てる。顔を真っ赤にして両手を振り回す手塚の態度がそれを物語っていて、郁にでさえ勝敗がついた事がわかった。
「て事で、堂上さん。この子の事お願いしますね〜」
「ちょ、ちょちょッ、柴崎!?」
 急展開の顛末に柴崎以外の誰もがついていけないが、柴崎は手塚の腕を問答無用で掴むと引きずるように店を出ようとした。が。
「・・・イヤだ。タクシー呼ばなきゃ」
 さっきまで雲一つない青色をした空が、今や見る影もない見事な曇天で土砂降りまで連れてきている。ここのところ問題になっているゲリラ豪雨というやつか。
 程なく呼んだタクシーに乗り込むと、柴崎は郁にだけわかるウィンクをひとつ、そして郁と堂上だけが小汚いラーメン屋に残された。

「・・・どうしよう」
 こぼれた呟きは堂上に掬われる。
「俺は店の片づけがあるが」
 郁の様子を視線を合わせずに伺い、やや躊躇いながら。
「もし暇なら、つき合わないか?」 
 あ、つき合うってのはそういう意味じゃなくてだな、と慌てて言い訳するのがおかしくて、郁は声を上げて笑った。

 先程までの雨は、すでに上がっている。



 それから店までの道のりをとりとめのない話で埋めた。
 昨日見たテレビ、商店街の穴場、郁の陸上の事、堂上の店の事、手塚の事、そしてお互いの事。
「じゃあ前のお店は七年ぐらい?わぁ〜・・・」
「これでも独立は早い方なんだぞ」
「あたし、七年前・・・まだ中学生だ!堂上さんて、見た目よりも・・・」
「・・・オジサンだと言いたきゃ言え」
「そ、そんなつもりじゃ!・・・ないか、な?」
「嘘がつけないんだな、笠原さんは」
「お、オジサンでも、堂上さんはッ・・・」
「ん?」
「・・・なんでも、ない、デス」
 ほとんど郁が喋ってそれに堂上が頷いたり意見を入れたり、大盛り上がりというわけではないが少しずつうち解けていく雰囲気が、郁の内側をじんわりと幸福の色で染めていったのは確かで。堂上もそうであればいいのに。

「・・・あ」
 ―ぽつり。
 先程まで晴れやかだった空模様がにわかに暗くなり、鼻先に雨の先触れを感じた刹那にもの凄い土砂降りが襲ってきた。
「ッ走るぞ!!」
 とっさに堂上に手を捕まれて引っ張られる。が、そこは現役陸上選手、引っ張られていた手がいつの間にかたゆんで、ここまで来たらどれだけ濡れてもかまわないとばかりに二人して全速力で走った。



 ものの2分。しかし全身ずぶ濡れになるには十分過ぎる時間で、堂上の店の軒先に辿り着いた時にはお互いべったりと身体に服が張り付いていた。
「はぁ、はぁ・・・さすが、短距離選手、はぁ」
「でも、ッはぁ、普通、雨の中では、走りません、よ、はぁ・・・」
「とりあえず、タオルで水気を取るか・・・」
 今まで繋がっていた手が離れた。雨に濡れた寒さもあって、温もりが消えた感覚がリアル過ぎる。
 ガチャガチャと鍵を開けて中に入ると、店内は雨の天気も手伝って薄暗い。二人の歩いた後に点々と水たまりが出来ているのに苦笑する。全身水浴びは一度はしてみたい遊びだけど、実際はそれほど愉快じゃないのはわかった。
「ほら、タオル」
「あ、ありがとうございます」
「・・・・・・」
 タオルを持った堂上の動きが止まって、何事かと上目遣いで伺う。
 濡れたシャツはぴったりと身体に張り付いて、今まで気づかなかった堂上の筋肉質な肉体がありありと見て取れて。
 ―濡れた身体が酷く色気を含んだように見えた。



 ―――――認識した瞬間、血が沸いた。



 そして。
 ひやりと濡れた何かが、








 ――――・・・キスをされていた。

 
 
 唇の上をなぞる肉厚な唇の感触と、
 熱い吐息と、
 焼けるような視線を受け止めながら。

 深く、深く・・・。



 背中に床の冷たさと硬さを感じて、いつの間にか身体を倒されている事に気づいて。






 どちらともつかないゴクリという音が生々しく耳に響いた・・・。





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