「堂上教官の嘘つきー!いつんなったら一緒にデートしてくれんですかッ!!」
「デートするなんぞ言っとらんわ、勝手に歪曲すんな!」
「一緒にお出かけ?昇任試験頑張ったのに詐欺?!」
「詐欺詐欺言うな、人聞きの悪い!!」
キャンキャン喚く郁を黙らせきれなくて、最終的に手が出る時点で堂上の負けだとわかっていても。
「暴力亭主ぅ?!!」
「ぐ・・・ッ」
男は黙って我慢の子だ、ぽんと肩を叩いて呟いていった緒形の言葉が身に染みる堂上であった。











「茨城県立図書館ーーーー!?」
「どしたぁ、笠原」
「何でもありません、続けて下さい」
突然叫んだ郁の口をとっさに塞いだ堂上は、驚いた郁に掌を噛まれるという珍事に痛さとは違う意味で心臓が飛び跳ねた。
「おいこら、なんで俺が噛まれなきゃならないんだ」
「だ、だって・・・堂上教官がいきなり口塞ぐなんてちょっと・・・」
「なんだその含みのある言い方は」
「何のプレイかと思っちゃっ…いだッ!!」
聞いているこっちが恥ずかしくなる。とりあえず拳骨で郁を黙らせると、概要をまとめたレジュメをめくって・・・息を飲んだ。
唯一のカラーページには打ちっ放しのコンクリートに着崩して貼られた良化特務機関の制服、そしてその前見頃が大きく切り裂かれ、穴の向こうから覗く向こう側には清々しい程の青空―。
『自由』のタイトルを冠するこの作品は、写真であっても十分なインパクトを与えた。
この作品を守る為に特殊部隊の要請がかかった。今回は郁もきっちり召集される事となり、嬉しいような悲しいような。複雑な気持ちを抱えながら、予定外の帰郷となったのである。



「堂上教官、あの子の事頼みますね」
「なんだ藪から棒に」
いつになく真剣な柴崎の表情に何か尋常ではない物を感じつつ、堂上は腕組みをしてそれを受けた。
郁にとってはまだまだ和解まで遠い両親の待つ故郷に、このような形であれ帰る事に多少の拒否反応はある事は予想している。
「今の茨城図書館界は相当厄介な事になってますから。あの子が女子寮の中で孤立するのは目に見えています。だから」
「・・・わかった」
全てを受け取る前に話を自ら畳んだ。柴崎はまだ何かを言い掛けたが、堂上は知らないふりをしてきびすを返した。
郁にとって初めて基地を離れての攻防戦だ、気にかけてやるのは勿論だ。
守ってやらなくっては。それはただ部下を守るだけの気持ちで、それ以上はないはずで・・・。
なぜ自分自身に言い訳をしなくてはならないのか。その理由は今はまだ考えない事にした。








柴崎の懸念は残念な事に的中していた。
茨城に入るなり無抵抗者の会に初っぱなから抗議を受け、武器の保管さえ余所者の自分達で管理しなくてはならない。そんな中で郁はひとり女子寮で過ごさなくてはならないのか。
「何かあったら携帯な」
だからつい言葉が出た。
深い意味はない。いや、もうそろそろ認めた方がいいんじゃないか?何をだ。
胸の内の声がどんどん大きくなってきている事に気づかないわけにはいかなかった。

翌日以降から特殊部隊員による茨城防衛部員の鍛え直しが始まった。
本格的な訓練は防衛員達にはかなりハードな内容だったかも知れないが、それでも久々に充実した時間を過ごした面々の表情は清々しかった。
郁も女子防衛部員と上手くやっているようで、むしろ率先して盛り上げている様子が、
「案ずるより産むが易し、だったね班長」
「黙れ、勝手に人の頭ん中読むなアホウ」
「ま?たまた。笠原さんの事が心配で心配で仕方なかったくせに」
「・・・・・・」
「あれ?否定もしなくなっちゃった?」
違う。自分で自分がどうしたいのかわからなくなって何も言えないのだ。
郁のように素直になれば答えなどすぐに出るだろうに、この立場とアイツと距離感がなかなかそれを許さない。もしアイツが業務部員だったら。もしアイツとの出会いがあのような形ではなかったら。
今更と言われればそれまでなのに、それを考えない日の方が少なくなっている。
こんなにも胸の内が複雑になったのは、初めてのことだった。

そんな時だ。郁への、女子業務部員からの嫌がらせがあったのは。


唸る洗濯機の音を背後に、郁と隣り合わせて座る。殺風景なコインランドリーの中で、力なくうなだれる郁はいつもの快活なイメージとは程遠く弱々しくて・・・―護らなければならない。
だから躊躇いなく手を握りしめた。元気づけるように、この手ごと郁を護るかのように。
初めて意志を持って包み込んだ手はほっそりと華奢で、その事に驚く。指先が冷えていると感じるのは郁の気持ちが落ち込んでいるせいか、あるいは体温が高くなった堂上の掌の方が熱いせいか。
「むしろ敵認定したら柴崎の方が容赦ないんじゃないか」
「やめてくださいッ!」
場を和ませようとした軽口が郁の気に障ったようで、ヒステリックに怒鳴られた。
驚いて思わず見た郁は、ぽろぽろと涙をこぼして堂上に顔を見せないようにしゃくりあげている。
親友の柴崎の事なのに、今この場に柴崎の名前を持ち出すなと言う。郁と柴崎とを比べるなと。
二人を比べた事などない。そもそも二人は別人だし、それに・・・。
「比べたつもりじゃなかった。悪い」
見つめてくる郁の顔にドキリとする。泣き顔は何度も見ているのに、いつもと違う女の顔に見えて胸がざわついた。自分よりも大きいはずの郁がやけに小さく見えて、抱き締めていないと消えてなくなりそうな不安に肝が冷えて。
だからだろうか。堂上から握った手をいつまでも離せなかったのは。










県展の検閲行為は初回の一回のみ。
信憑性の高い手塚慧の情報を信頼して、その為に装備を備えた。
手塚を狙撃手に回し郁を堂上の伝令に。適材適所とはよく言ったもので、しかしこれでいつでも郁の安否を確認できる位置に置いておける。

始まった攻防戦は、実に過酷を極めた。
これが武蔵野であればいつものように防衛部と連携をとれる所を、戦闘に不慣れで実戦経験に乏しい水戸の防衛員達が思うように動けないのだ。味方の中に味方にならない人間がいる事はかなりのハンデだが、全く戦力にならないよりはマシだと自らに言い聞かせる。
激しい銃撃の中、郁に伝令の指示を飛ばしながら小銃を連発した。身体に伝わる振動の分だけ相手の勢いが削がれる。短機関銃の振動に身体を震わせながら戦う郁を横目で確認し、現場の使えない指令官に檄を飛ばす。女の郁に出来て男のお前等に出来ないわけがあるか、歯ぁ食いしばれよ!

制服を、プライドを汚された良化隊の勢いは衰えを知らず、一枚岩とは言えない特殊部隊と水戸基地防衛部の連合では図書隊の方が圧倒的に不利である。狙撃班による威嚇射撃は悪戯に良化隊を煽り、今やただの暴徒同然の進撃が図書隊の前線を押していた。
『防弾縦をかき集めろ!足りない分は鉄板でも何でもいい!』
玄田が即座に断を下した。
『縦で押し戻しつつ戦闘能力を剥奪する!接近射撃も躊躇するな!敵の戦闘力を剥奪する事と各自の生命の防衛をさ優先とする!』
その無線にこれからこの場にいる全員に待ち受ける過酷な戦場を思い浮かべ、現実から逃れたい己の弱い部分を押し殺す。一瞬目を瞑ると、すぐに切り替えて傍らに控えていた郁を振り返り、細い肩に手を置いて諭すように言った。
「笠原、お前は館内に入れ」
「嫌です」
「笠原」
即答に目を見張る。
玄田の指示がどういう意味かわからないほど阿呆ではあるまい。敵は目的の為ならば交戦規定を、目的の為の殺害を犯す危険性さえもはらんでいるのに。そんな中に女の郁を前線に残すなど、考えられない。
「俺の指示に従えないなら前線から外れろ!」
「嫌です、私は堂上教官の伝令ですから。どんな光景も最後まで一緒に見ます」
「・・・ッ」
その覚悟が職務に対するものなのか、堂上に対するものなのか、そんな事はどうでもよかった。離れない、強い意志で貫かれたその思いに堂上は唸った。
「それにあたしは、水戸本部の隊員より戦力になるはずです」
「戦力とか以前にお前は女だろ!」
「じゃあ!!」
声を張り上げた堂上に負けじと郁も大きな声を出した。

「あたしは女として、堂上教官の側にいたいんです!!」
「???!!」

埃と泥にまみれた戦闘服で、肌の色が斑になるぐらい汚れた顔で、だが堂上を射る目だけは何よりも輝いて。
女を捨てて前線に出るというのを止めれば、女として堂上に付き従うと言う。それがこの戦場でどれだけ馬鹿げて、どれだけ間違いだという事はわかっているはずなのに。
銃弾よりも重い衝撃を堪えながら、このアホウ、と郁を引き寄せて一瞬の包容でお互いの温もりを確認した。
「堂上班は三番塹壕を守る、盾で塹壕を封鎖しろ!バスを乗り越える奴にも注意!」
言い捨てて、己も銃を構え直す。
これから最も過酷な戦場が始まる。今感じた温もりが消えてしまわぬように、作品も、仲間も、郁も、全力で護るだけだ。










戦争が終わった―。
戦争と呼ぶにふさわしい乱争の最中でも、郁はふらふらになりながらも堂上の側を離れなかった。
双方に出た犠牲者の中には横田二監と玄田もあり、戦況の過酷さは現場の悲惨な惨状でまざまざと見せつけられたが、図書隊はそれを展覧会開催の為にぬぐい去らなければならない仕事も残っている。
敵の物か味方の物かわからない程の血溜まりは泥を含んで泥濘を作り、戦闘で疲弊しきった隊員達にとっては片づけさえもかなりの重労働になっていた。
それでも、初日も含めてその後開催期間された展覧会は大盛況を納め、ようやく図書隊の血と努力は形となって報われたのだ。



「大丈夫だ。玄田隊長は必ず目を覚ます。無茶をする人だって知ってるだろう」
横田二監の朗報を聞き、未だに目を覚まさない玄田の様態に不安になった郁が堪らなくなって電話をかけてきた夜。不安を和らげる為に言った言葉を口に出して、初めて自分の中の不安にも気づかされた。
「今回は無茶が過ぎたから回復にも時間がかかるんだ」
しかし電話口の向こう側は、言い含ませるような言葉にも素直に頷けないでいる気配だ。
どんな言葉でも心の中に根付いた不安を払拭する事など出来はしない。わかっている。堂上だとて、本当は言葉などよりも細い身体をすっぽりと抱き込んで慰めてやりたい。
―そう。蓋など最早壊されている。
だが女子寮にいる郁を抱きしめる事など叶うわけもなく、代わりにいつものアイツを思い浮かべながら掌を宙に弾ませた。「・・・・・・ぽん」
一瞬呆けた気配を感じ、慌てて言い添える。
「今、お前の頭叩いたぞ。泣きやめ」
途端に向こうは小牧ばりの大爆笑が起こって、その事にちょっぴりむっとしたのは上官の沽券に関わるから黙っておく。せっかく慰めてやろうと考えた手なのに。
「笠原、ぎゅうっと抱きしめて欲しかったな」
「・・・ッ」
お前も同じ事を思っているのかよ。
電話でよかった。たぶん今、耳が真っ赤だとわかる程熱を持っている。
「本日のサービスは終了いたしました、だ」
それを悟られるのが嫌で、慌てて通話を切った。



撤収作業を進めながら、堂上はふと、今後の茨城図書館の事が気にかかりそれを口にした所を郁に拾われた。
その彼女が見せたい物があると言って作業も終盤の現場から堂上を連れ出して、庭にある温室まで引っ張ってきた。
「堂上教官、これこれ」
緑の株に近づくと、嬉しそうな笑顔で堂上を振り返った。
「カミツレです」
これが。実物を初めて見た堂上はしげしげとその可憐な花を観察する。
華奢なフォルムに控えめな花弁、こんもりと盛り上がった中心の管状花が特徴的な、華やかとは言い難いささやかな姿。だが、たおやかな見かけよりもずっと芯が強そうにも感じられた。
「・・・こんな時期にも咲くのか?」
「春蒔きも秋蒔きも出来ますけど、暑さに弱いので秋蒔きの方が巧くいきやすいそうです」
何か言いたそうな郁の真意はわからない。だが以前直接カミツレをみたいと言っていた堂上の為に、わざわざ作業を中断してまで案内したわけではないだろう。
苦難の中の力―・・・。それが意味する事。
「誰かがカミツレのことをよく調べて知ってて、それで育てている人がいるんですよ。ほら、もう地面に植え替える準備ができてる」
堂上を見つめてくる顔が輝きを増す。
「きっと階級章にカミツレが入った理由を知っている人ですよ、ほら。きっと毎年」
プランターの挿し札を見ただけで、一度きりのしようではない事がわかる。何度も何度も。例え抑えつけられようとも―。
「『苦難の中の力』を知ってる人がここの図書館にもいる―――」
唐突に郁の言葉が切れたのは、堂上の肩で口を塞がれる格好で抱きしめられたから。

自分に偽るのは、もう止めた。

堂上との出会いで郁の人生を替えてしまった後ろめたさから、ずっと胸の内で大切にしていた存在を認められなくなった。
だがそれは無駄な努力で。呆気なく堂上の垣根を越えて、こんなにも簡単に郁は傍に来てしまった。こんなにも近くに来られたら嫌でも目に入ってしまう。素直でまっすぐこちらをのぞき込む褐色の大きな瞳だとか、溢れるような笑顔だとか。
改めて抱きしめた身体はプロテクターがなくなった分余計に細さが感じられ、それでも背中にはしっかりと薄い筋肉がついている。すらりとした肢体。自分とは違う柔らかな身体。違う、いい香り。
「あ・・・の、堂上、きょ・・・」
戸惑う郁の手は宙に浮いたまま手持ち無沙汰にもがいている。観念して背中に回せば可愛いものを。それとも突然の包容に戸惑っているのか。
しつこいくらい堂上につきまとうも、そこはやはり純情乙女が大部分を占めるこいつは、案外攻められると弱いのかもな。

どれだけそうしていただろうか。
観念したように額を肩にくっつけ、それでもどうしていいのかわからず腕をだらりと垂れ下げている郁の髪の毛をいじるように指を梳かしながら、すっかり熱を持って真っ赤に染まっている形のいい耳にそっと宣戦布告をする。
「後はお茶だな。東京戻ったら覚悟しておけ」

もう隠さない、偽らない。
今度はお前が心を乱す番だ・・・。




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