「……という事でした」
「何がだ」
溜まった書類を分類しながら昨夜の柴崎イイ男論を披露すると、堂上は何かしらぶつくさと呟いた。視線は書類に落とされたまま、手は休む事を知らないようで。
「だから、男は四十代が分かれ目で、そっから人種が違ってくるって話が」
「その理屈で行くと、俺はダメな方のオヤジとでも言いたいんだろうな貴様は」
「そ、そんな、事――」
「口が強ばっとるぞコノヤロウ」
「正直者なだけですクソオヤジ」
表面上は穏やかな癖に、漂う空気は険悪だ。特殊部隊事務所に置いて副隊長席周辺のみいつも空気が悪いのは、ひとえに郁と堂上のかけ合わせが悪いせいに違いない。
だが小牧などに言わせると、似ても似つかないはずのふたりは「似た者同士」なのだとか。
比較的若い隊員は首をかしげるが、堂上小牧と同期かその上をいく先輩方は納得して手を叩いている。堂上は顔をしかめるだけで何も言わないが、郁にとってはたまったもんじゃない。じゃあ何か、自分も四十代の坂を越えたらダメな大人になるのがすでに決定しているという事か。納得いかねーし。
「くだらん事ぬかしてる暇があったら、この書類を総務に持ってけ」
「はいは〜い」
「返事は一回ッ」
「はい!」
クソオヤジ。
腹の中でもう一度毒づきながらドアを開けると、ちょうどいくつかファイルを抱えた柴崎とかち合った。
「あれ?どうしたの、柴崎」
「仕事に決まってんでしょ〜。あ、堂上一正お疲れ様でぇす!」
おい待て、なんだその猫なで声は!
「君は……業務部か」
「はぁい、業務部の柴崎でぇす。お見知りおき下さいね、あたし堂上一正の大ファンなんですぅ!」
これが女子力ってやつですか、柴崎さん……。
おののきつつもドアを閉めようとして、手が止まる。
堂上の大ファンだと公言する柴崎、狙っちゃおうかと嘯いた彼女。そのどちらも本気の本音なのだろうか。
なんとも思ってないのに。柴崎は友達で、堂上はクソオヤジでただの上官なのに、なんでこんなに胸がざわつくの?
ピシャリと閉めたドアの向こうにはもう戻れない。まるで郁だけが締め出された気になって、いろんなものを振り払うように足早に総務部へと向かった。

その時だ。

不意に鳴った館内警報に、ざわめきが起こった。







「正門に防衛部を伴って二班、講堂と裏口にそれぞれ一斑ずつつき、裏口は後方支援部と連携して当たれ!」
「おう!」
抗争では常に前線に立つ特殊部隊、作戦と言っても防衛部との配置と経路の確認をしたら、あとは相手の出方を見る。百戦錬磨の特殊部隊隊長を指揮官に据えて、図書隊は常に先守攻防の不利を守りながら戦う。
「堂上副隊長、あたしは……」
「取り決めに従って小牧班に入れ。バディは、――――なんて顔してる」
「なに、が」
抗争予告の一報を聞いてから一度も口を開かなかった郁の頬をつまみながら、この顔だ、と呆れたように堂上が言った。
「あでででででッ」
「一丁前に緊張しとんのか」
「し、してませんよ!」
「喚くな。どうせお前達にゃ期待なんぞしとらん」
「失礼なッ」
憤る郁は、しかし堂上の視線ひとつで言葉を詰まらせた。それは密かに手塚も同じ。
睨まれただけで息苦しくなる程のプレッシャー。それをひとつの武器として使えるようになったのは、一重に今まで堂上が重ねてきた経験から獲たものだ。
新人だとて、防衛部を飛び越えて異例の抜擢を受けたふたりだ。郁は猪突猛進なだけであまり考えがあるとは思えないが、手塚には自負するだけの実力も努力もある。しかし領分というものも弁えなければならない。それらを教え込むのも、年輩の勤めだ。
「まずは周りの動きを見ていろ」
「周りの……」
必要なのは把握力。
「次に余裕が出来てきたら全体を俯瞰するつもりで」
それを身につけたら連携、調和、などなど。新人にそんなものは求めない。だからまず、「見ろ」。
「自分ひとりで出来ると思うな。それが出来るなら、そもそも特殊部隊なんぞいらん」
確かに個々の能力もあるだろうが、特殊部隊に置いて一番必要不可欠は周りとの連携。これがあるからこそ、少数精鋭での編成が有り得るのだ。
まだ少し考える様子の郁に、納得顔の手塚。
これで話は打ち切りとばかりに郁の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜると、猫のような声を上げて毛を逆立てた。やはり動物だったか。
ならば、もって生まれた野生の本能でこの抗争もすり抜けてみろよ。







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