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「…………ッ」 今、壁が弾いたのは間違いなく銃弾だった。 跳ね返って跳弾になってまでもコンクリートの地面を抉って傷つける。それをゴーグル越しに見ながら、郁は背中を凍らせた。もしあれが自分に向かってきたら――――。 『裏口、気ィ引き締めろ』 続きを想像しそうになった絶妙のタイミングでインカムから堂上の声聞こえた。 「言われなくっても、引き締まってるよ」 軽口を叩く小牧の後ろで、そっと息を吐いた。 低くて重い声が訓練の時のようで、最高潮に高まっていた郁の脈が少し治まる。こんな時にまで――――。 図書館において行われる抗争の本部は特殊部隊庁舎となっているが、実際そこで采配を揮うかと言わばそうとは言えない。 大体にして隊長がじっとしていてくれないのだが、輪をかけて副隊長たる堂上が動きたくて仕方が無い。そうなると抑え役として誰かが残るよりも、どちらかひとりを放牧した方が楽であるというのが特殊部隊隊員の暗黙の総意なのだそうで。という事を抗争の直前で郁と手塚は小牧から言い含められた。イイのかそれで？ そうして今回は堂上が本部付きになったらしく、すこぶる機嫌が悪かった。眉間のシワが五割増しだ。 対する隊長と言えば、遊撃隊よろしく無線機を肩に引っ掛け相棒のサブマシンガン片手に駆け回っているらしい。 郁でさえ頭が痛くなる状況だが、これが許容される特殊部隊すげえとしか言えない。いや、半端ない信頼関係なのだろう。 そんな中で郁は裏門担当の小牧班、手塚は狙撃手の腕を買われて屋上の狙撃班にそれぞれ組み込まれている。正直言って役に立っているのかわからない。 言われるまま弾薬の補給に走り、怒られながら無線機を繋ぐだけ。狙撃手としてすでに威嚇射撃をしている手塚の方がまだましだろう。 ――――いじけた心が役に立たなければという、そんな焦りを生んだのかもしれない。 「……！」 不意に裏門から逸らした視界の端。木の下で影になる叢。その中に――――。 「不審人物発見ッ！」 「笠原さん、戻って！」 小牧の怒声を耳に受けながら、だが脚は既に動き出していた。止まらない。止まらないのは脚か、内側で暴れる鼓動なのか。 確かに光った何か。だがこんな所で一般人もなく、となればどこからか入り込んだ良化隊員でしかなかろう。 郁の脚が追いつく前に、そいつは叢から身を乗り出してサブマシンガンを構えた。狙われる！ インカムから誰かの声が聞こえたが、そんなものは耳に入らない。 今はただ、目の前でサブマシンガンを構える良化隊員しか意識の中にない――――。 狙いを逸らすために軌道を変えた瞬間、屋上からの威嚇射撃が足元を撃つ。手塚か、誰かか。 相手が怯んで銃を抱え直した瞬間、それを見逃さずに鳩尾目掛けて一気に突進した。 「だーーーーーーーッ！」 無我夢中だった。体当たりをかまして腕を捻りあげるまで、何度も訓練でやった事を流れるように。 だが。 ひとり捕らえた所で気が抜けた郁のヘルメット越しに、銃が突きつけられてカチリと硬い音が鳴った――――敵にもバディというものがあるのを忘れていた。 「残念だったな」 無慈悲な背後からの声に目を瞑った刹那。 「郁ッ」 「！」 名前を呼ばれて閉じていた目を見開く。 諦めちゃだめだ！ 脱力しかけた全身を強ばらせて振り返ろうとする前に、後ろから銃を突きつけていた男が横っ飛びに吹っ飛ばされた。もんどりうってそのまま気を失ったように動かない。 その時抗争時間終了のサイレンがなり、全身から力が抜けて膝から倒れ込む。極限の緊張にありったけの力を使い果たした身体では、己を支えることすら難しかった。 「――はぁ」 「立てるか？」 気が抜けた所に声を掛けてきた相手を見て、驚く。本部にいるはずの、堂上が。 「どし、て……？」 問いの応えは、横っ面をひっぱたかれる事で返ってきた。軽くたたらを踏むくらいだから手加減されたのはわかった。わかったが、痛いのは頬ではなかった。 「なぜひとりで飛び出した！あれほどフォーメーション崩すなと口酸っぱく言っただろうがッ」 「…………」 口答えもなく呆然と突っ立っている郁に開きかけた口を閉じ、堂上はしばし睨みつけたあと踵を返して小牧の元に駆け寄った。 ただ残された郁は、まるで脚が石になってしまったかのようにその場から動けないまま。 ガガ、という雑音に呆けた意識が浮上した。インカムからの音に耳を傾ける。 『――――笠原』 「手塚」 珍しく気の抜けた声に、少し強ばりが解けた。 「あ、ありがとう……さっきは援護して、くれて」 威嚇射撃が手塚によるものかはわからなかったが、とりあえず先ほどの礼を言った。本当に助かったから。 なのに。 『謝罪するぐらいなら最初からすんな馬鹿野郎ッ！』 「！」 怒声に機械音が混じり不快な音が耳を刺した。しかしインカムを外す事さえ忘れた郁は表情を無くしたまま、促されて後片付けに合流した――――。 |