朝起きると、そこではアフタヌーンティーが始まっていました。


「っていうか、ここ奥多摩ですよね!そして朝っぱらからッ」
「おはよう、笠原さん」
「小牧教官、何なんですかこれは?」
ずらりと並べられたパンとケーキがいずれも数種類。更にはスコーンにジャム、紅茶も完備ときてらっしゃる。いったいどこの英国だ。いや確かにここは山里深い奥多摩のはず。
「これ?いやねぇ、昨日笠原さんが部屋に戻った後にわざわざ隊長がやってきてさ、『女の子も混じってんだから、たまにはおしゃれな食卓にしてやれ』って。だからってこれ一式はないよね、俺たちはまるっと無視だし」
「……俺、朝からケーキとか無理です」
楽しそうにあははと笑う小牧と、朝から甘いものを見ただけですでに胸焼けしかけて胃の辺りを擦っている手塚と。
だいたい男所帯の朝食と言えば、黙って白米に山盛りのおかずと味噌汁がデフォルトだったのに。
それが朝からケーキ。血糖値が確実に上がる仕様だが、案外隊員たちは馴染んでケーキを頬張っている。酒飲みは辛党じゃないのか。そう思っていたのが顔に出てしまったのか、真の酒飲みは甘党なのだと反論された。
後に判明した事だが、特殊部隊の中にはスイーツ部なるものがあるらしい。ケーキを愛し、ケーキを語るスイーツ部に興味がないとは言えないけれどもちょっぴり怖い。筋肉質のいい大人の男が寄ってたかってちんまり可愛らしいケーキを愛でる図を想像してみて、ないな、と頭を振った。
「笠原さん、甘いの苦手だった?」
呆然と立ち尽くしているのを違う風に受け取られたらしい。
「大々好物です!」
そう宣言すると、まずは定番のイチゴショートから食べ始める。
これをあの厳つい隊長が持ってきたと思うと笑いがこみ上げてきそうだ。この量を、ひとりで。――――ひとりで?
しかし有事の際を想定して、図書基地には必ず特殊部隊の隊長か副隊長が常駐してなくてはならないはず。
もし隊長が奥多摩に出向いてきたのであれば、副隊長である堂上はどうあっても基地にいるはずで。
――――やっぱりあの時見た背中は人違いだったんだ……。
そんなにうまい話があるわけない。いや、だいたいうまい話ってなんだ。別に堂上なんて関係ない。関係ないんのに。
のどの奥につかえたようなもやもやを、ケーキと一緒に飲み下した。










ちらりと壁掛けの時計を横目で確認して、それから堂上は深いため息をついて椅子の背もたれに深く沈んだ。
「疲れてるんですか、副隊長」
「そんなんじゃねっつーの」
「いいんだよ、放っといてやれ。お父さんは娘が心配で仕方ないんだよ」
「ああ、笠原か」
「んなわけあるかッ!」
「って言うか、この間、隊長の代わりに大量のケーキとか届けに行ったんだろ。会ったりしなかったのか?」
「知らんッ」
周りでいやらしく忍び笑いを漏らす先輩後輩に噛みつくも、余計ニヤニヤされて始末に負えない。こんな輩は無視だ無視。
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、周囲を拒否するようにぐるりと椅子を回して窓の外だけを睨み付けた。
おそらく奥多摩では演習の全行程が終了して、バスに揺られた班員たちがそろそろ帰って来る頃合いだろう。疲労もピークで全員爆睡しているんだろうな。
特に仕上げの野営訓練はふた班対抗のタイムトライアルも兼ねているから、一応女子のカテゴリに入る郁を要する小牧班はかなりの苦戦を強いられるだろう事が予想される。求められるのは連携と我慢。小牧の事だ、その辺りも織り込んで適切な指示を出しているだろうが――――……。
気づけば顔に力を入れすぎて顎が痛くなった。眉間を確認すれば、我ながら酷い事になっている。ため息をつきながら両手の平で顔を揉んだ。皮脂が掌にまとわりつく。ぎっとりとした自分の脂に、思わず顔をしかめた。不惑も視野に入りつつある親父だ、仕方ない。


図書大を経て入隊してから約二十余年。あと少しで四半世紀じゃないか、よく生命があったものだ。それだけ無茶をし通して周りをヒヤヒヤさせてきた。擦り傷切り傷当たり前、時には被弾だって何度となく。
だからこそ、自分の性質とよく似た郁を特殊部隊に配属する事を反対してきたのに。
身体に傷を残せば一体誰が責任をとるというのか。ましてや生命を落とすような事があれば……。
防衛部を希望するのならば従来通り防衛部の女子部に配属させ、後方支援をさせていればよかったものを。
だがもう遅い。今度は生き抜く為に鍛えるしかない。そしてその場合堂上の立ち位置を言えば、罵られようが恨まれようが引っ張り上げて、堂上が定年か図書隊を去るか郁の

除隊まで庇護するだけだ。

別に誰かがそれを堂上に託した訳でも、命令されたわけでもない。ただ単にいつもの世話焼き気質が騒ぎ、実家から遠ざかっているという特殊部隊の末娘の父親代わりを勝手に自負しているだけである。
ただそれは、堂上にとっても思いがけない複雑な感情を植え付けているのも確かで――――。


  



その時、哨戒に出ていた宇田川班から一報が入った。
事務所に走る緊張。すぐさま隊長室に向かい、指示を仰ぐ。
こんな時に。こんな時でよかった。アイツの心配をしながら戦場に立たなくてもいいから。
「良化隊からFAX届きました!」
「召集かけろ!」
次第に慌ただしくなる庁舎内。
――――今日は長い日暮れになりそうだな。
なぜそう思ったのかは定かではない。予感めいた呟きは、果たしてこの先を見越していたのか知れず、それは抗争が始まらないとわからない事だった。










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