抗争開始から一時間が経過。予定終了時刻まで、あと三十分強――――。




サブマシンガンの弾倉を変えながら、堂上は浅く息を吐いた。
閉館間近の夕暮れ時、奴らがこの時間帯を狙うのは閉館が近いからなどという道義的な理由からではない。薄暗い方が闇間を縫って奇襲を仕掛けやすいからだ。
今日は特に気が抜けない戦況である。
相手の数がいつもより多いのか、四方からゲリラ戦を仕掛けられているのだ。屋上の狙撃隊が寸でのところで威嚇をするが、それにしたって目が、人が足りないい。
だから堂上がバディも付けずに単騎で縦横無尽に敷地内を駆け巡り、援護射撃でなんとか凌いでいる。
あともう一班あればなんかなるものを……。
しかしにがったところで現在の体制が変わるわけもない。むしろこれ以上削られないようにするだけで精一杯なのだ。防衛部をよく思わない行政派の締め付けが、ここにきてジワリジワリと図書特殊部隊を追い込んでいく。
『講堂方面に良化隊展開!』
「ッそ!」
鉛になりつつある脚に発破をかけて地面を蹴る。今いる裏門からすぐだ、なんとかしろ堂上篤!
自分で自分を鼓舞も、四十代の坂を越えた身体はいくら訓練をくぐり抜けてきたとは言え悲鳴を上げる寸前だった。もちろんそれには気づいている。気づいているが、
――――桁外れの精神力が、なんとかそれをねじ伏せていた。







「……タイミング悪かったね」
ハンドルを握りながら車を路地に滑り込ませた小牧は、一旦路肩に寄るとひとつ伸びをして深いため息を漏らした。
「検閲抗争ですか……?」
顔を強ばらせた手塚に、同じく硬い表情の青木が神妙に頷いた。
まさか基地内に入れないまま検閲抗争が始まるとは。
特殊部隊がふた班ずつ交代で奥多摩演習に出るのは定期的なものだから、いない間の各班フォローマニュアルはある事はある。だがしかし、絶対的に人員も武器も数が違いすぎる相手に対してギリギリの戦いを強いられることに変わりはないのだ。
何か手助けをしたい。だが奥多摩演習組の手元に武器はなく、装備だって訓練服のみ。そしてこの際のマニュアルによれば、基地外の目立たない場所で待機するべきなのだ。
自分の無力さに歯噛みし拳を握るしかない郁は、暫く項垂れるたあと顔を上げた時に他の隊員達も同じように耐えている姿を見て、小さく呻いた。あの小牧でさえ、無表情の裏側で苛立っているのがわかるくらい。
今この瞬間にも、良化隊の砲撃が同僚達に向けられていると想像しただけで、いても立ってもいられないのだ。何の為に鍛えた身体があるのかと。
ただここで検閲抗争が終わるまで息を潜めていなくてはならないのか。消音器では消しきれない、まるで硝煙の臭いを鼻先に突き付けられているかのような不安。こんなに離れているのに。

「……あ?あ」

ビクリ。

突然放たれた、わざとらしい小牧の溜息に郁の肩が跳ねた。
気づかないうちに相当力が入っていたらしい。筋肉が緊張していたせいで身体が痛い。
眉を潜めて小牧を見やると、困ったような苦笑いで後部座席を振り返った。こんな状況に不似合いな、わざと本音を覗かるような隙のある笑い方が小牧らしくない。
見るからに何かを企んでいる様子の班長は、訝しむ隊員らに向けて爆弾を投げ放った。
「ちょいと一丁、暴れちゃいますか」
「……小牧一正!」
それは咎めるものか、待ち望んでいたという声か。
「マニュアルによると、『基地内で起きた検閲抗争に対して、基地外にいる図書隊員は待機すべき』とありますが」
「さすが手塚。歩く図書手帳」
神妙な面持ちで言葉を返す手塚を、だがしかし小牧は一蹴した。
「しかし、だ。一方では『検閲抗争において、基地外に所在していた各班員(待機班を除く)は、基地より半径五キロ内であれば早急に駆けつけて戦闘に参加』ともある。――――さて」
ぐるりと車外を軽く見て、小首を傾げて小さく笑いった。
「大変だ。ここは基地から三キロ弱の地点だね」
さも愉快そうな様子に手塚は頭を抱え、他の隊員たちは背嚢を置いて靴紐を縛り始めた。郁も右に習って靴紐を締める。
「俺は半径三キロを実行すべきと思うんですがね、青木一正はどう思われますか?」
「問題ないんじゃないか?」
両班長に唆されたらやるしかない。建前は班長からの指示となり、事実上責任問題は上官のものとなった。
ここまでくると手塚も諦めたように支度を開始し始める。
狭い車内で隊員を見渡すと、青木が不敵な笑みを浮かべながらタイムスケジュールを言い渡した。まるで最初から待機する気がなかったかのようだ。
「これよりヒトハチイチゴウまでに基地内に各班侵入する。また装備も武器もない状態であるからして、無理はするな。勇気ある撤退をする場合はこの場に戻って、抗争終了まで待機!質問は?」
「侵入経路は?」
「抗争地帯は基本的に第一図書館内だ。つまり各庁舎側は非抗争地域にあたる」
そこから。
だが良化隊とて正門と通用口のみを張っている訳ではあるまい。図書基地全体を取り囲んでいるであろうその隙を狙って、どうにか敷地内に戻るのだ。
そうと決まれば前は急げ。
バスから降りると身体を低くしながら物陰から物陰へと移動していく。
郁も手塚のあとについて行動を起こした。
祈る気持ちで走り出す。

どうか誰も被弾しませんように。
どうか仲間が欠ける事のありませんように。
どうか――――、




あのオジサンが怪我なんてしませんように……。






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