「フォロー!!」 宇田川の声に合わせて班員が一斉に短機銃を構えた。良化隊がそれに攻防半々で応戦する中を堂上が一気に横切り、走りながら次々と弾を命中させていく。 ガガガガガッ 銃声は幾分消音器にかき消されても、空気を震わす衝撃は、撃った方も撃たれた方も身体の芯をも揺るがせる。それを腹の底に押し込めて素早く立て直した方が必然的に先手を取れる。そういう意味では経験も多大なる貢献なのだ、狙いを定める前に身体の記憶が銃を構えさせた。バンッ 堂上の遊撃攻撃と狙撃班の威嚇射撃で、塀を乗り越えようとしていた良化隊員たちが目に見えて後退している。時間を確認する余裕などないが、抗争終了は目前まで迫ってきているのが相手の焦り具合でわかった。あと一押し。 もう一度攻撃をしかけよう。恐らくそれで最後だ。そうじゃないと、きっと大腿筋の古傷が限界を超えて動かなくなりそうで怖い。感覚としては肉離れ寸前に似ている。 酸素を取り込んで息を止めると、意を決して地面を蹴った。 その時、目の前に広がる夕焼けを背に背負った良化隊、その西日が容赦なく堂上の瞳を刺し――――。 ドッ 一瞬視界を奪われて足が止まった刹那、右胸骨に重い一発がくい込み、踏ん張りきれなくなって後ろに吹っ飛ばされた。 「堂上一正ーーーーー!」 誰の叫びかわからない。 ただ激しい銃撃は倒れた後に咄嗟に起こしかけた堂上の胸やら腹部を次々と正確に襲い、衝撃に上半身が踊った。 「げほッ」 鮮血混じりの唾液が噴き出し、顔が歪む。こんな所で――――。 ――――堂上副隊長 久しく聞いていないアルトに呼ばれた気がして、なんとか瞼を押し上げようとする。 「しっかりして下さいッ!」 頬を張られて今度こそ目を見開いた。というかあまりの衝撃に差し歯が抜けた。 「死んじゃ駄目ッ!」 「かさ……」 フル装備で短機銃を乱射し、郁を援護するように小牧が防護盾を構えていた。 「おま、……らッ」 「な?にやってんの、堂上。カッコ悪いよ」 「ぬ……か、せ」 「あと二分、保ち堪えて下さい!」 叫び声と防護盾が弾を受ける音とが重なる。生きる声と奪おうとする重い音と。 衝撃が激痛となって身体中に走る堂上は、ただただ守られる事しか出来ない。その不甲斐なさに気を失いそうだ。 郁が、出来損ないの部下が堂上を助けてくれた。多分に小牧の指示があっただろうが、それを差し引いてもきちんと指示通り動けて役に立ったという事。その事に満足と――――寂寞の両方が綯交ぜになって胸に嵐をわき起こす。 正門とに分かれて手薄になっていた狙撃の手が増えた気がする。小牧班と青木班に属する狙撃手――――手塚たちが戦線に加わったのだろう。 「ッわ!」 悲鳴にも似た声と同時に郁の持っていた短機銃が空中で弧を描いた。弾が掠ったのか、弾かれた銃がいやにゆっくりと視界の中で泳ぐ。それを惚けたように見上げる郁。 ぼんやりと成り行きを見ている手を引っ張って、咄嗟に抱き寄せて堂上の身体を盾に押し倒した瞬間、抗争終了の合図が響き渡った。 「大丈夫……じゃないね、堂上は」 くすくす笑いながら、しかし寝そべったままの堂上を起こそうともしない。こちらは身体中撃たれて瀕死だというのに。だが堂上は軽口も叩くし憎まれ口も聞く。まだまだ閻魔様の前に引き出されるような状態ではなかった。 「早……く、起こ、せ、アホウ」 「自分で起きればいいじゃないの。防弾チョッキの上から弱弾浴びたって、一番死ににくい組み合わせなんだから」 それとこれとは別だろうが。 動けないまま舌打ちすると、更に堂上の身体の下から申し訳なさそうな声が、様子を伺うように割って入った。 「あのう……、重いです、堂上副隊長」 「ぅおッ!」 慌てて郁の上から退けようとして、しかし身体が思うようにいかず、なんとか僅かに浮かせたぐらい。それにしたって近い。 「なんでそん、そんな所に、いる……か、貴様はッ」 「あ、アンタがいきなり手ェ引っ張ってあたしの上に乗っかってきたんでしょうがーッ!」 そうだった。 郁の銃が弾かれた瞬間、無意識に弾に当たらないように地面に伏せさせて身体を起こさないようにその上に乗ったのだ。 思い出すと耳まで赤くなる行動ではあったが、生死をかけた現場なのだから仕方ないだろう。だからそっちも赤くなるな。 しかし理由を話さなければ真意が伝わるはずもなく、ムッツリと押し黙った堂上に郁が噛み付くのも無理からぬ話である。 「早くどけて下さい、オヤジ臭い!」 「いうに事、欠いて、それ、か!」 血を吐きながら喚くのは止めろという小牧の突っ込みも無視である。 「当たり前じゃないですか加齢臭ですよ?好きな匂いなわけないでしょーがッ」 「…………!」 不惑目前の男に不適切な発言だ。それ以前にこの格好自体が不適切であるが。 「いい、かッ」 堪らず堂上が吠えた。 「お前、を……護りたいん、だよ!」 「……え」 突然の宣言は郁の言葉を奪い、小牧の上戸を誘った。 「え、ナニソレ堂上、そこ告白?」 「ん、んなわけ……ある、かッドアホウッ!」 自分で言ったのにエラい言いようである。真っ赤になって弁明しては、怒鳴った所で威力もクソもない。 言った堂上は勿論のこと、言われた郁も元々顔を赤らめていたのが隙間のないくらい朱に染まってしまった。口をパクパクさせているが、言葉が音になって出てこないでいる。当たり前か。 「ちがッ、お前を、じゃなくッて、部下を、だ!」 「わかってますよそんなん言われなくても、おぉッ!」 「!?」 渾身の力でもって堂上の重たい身体を僅かに持ち上げると、そこから素早く転がり出てようやく膝立ちになって一息ついた。それでも呼吸は荒い。しかし荒いのは疲労からだけではなかった。 「護りたいだなんて偉そうに言わないで!」 残りの力を振り絞って立ち上がる。 「アンタがあたしに生き残る為の訓練をしてくれたのッ」 息を詰める。 「護る護らないじゃなくて、一緒に生きる為に戦い抜くのッ!」 「――――ッ!」 言うだけ言い放つと、鼻息荒く郁は立ち去ってしまう。 その背中を見送りながら、小牧が上半身だけ起こした堂上の肩を叩いた。 「言われちゃったね、副隊長」 面白がるな。 喋る気力もなくなった堂上は、グッタリとしながら再び寝転がり今度こそ瞼を閉じた。 耳に聞こえるのは抗争後の後片付けの音。 隊員たちに指示を送る隊長の声。 そして――――……。 深くにも目の奥がツンと疼き、熱くなった。 一緒に生きる為に戦い抜く その真意はどうであれ、負けを認めそうになった自分に、今だけは素直になってもいいのではないかと思う夜だった。 |