「RAINY SEASON」




 雨が降りそうだった。

「達也先輩・・・あの、ずっと前から、好きだったんです・・・。つき合って下さい!」

 目の前に一,二度見たことがあるかないかの後輩の女の子が立っている。たぶん、委員会か何かが一緒だったのだろう。

 オレはその子をちらっと見ただけで、冷たく言っていた。

「悪いけど、俺他に好きな奴いるから。」

 彼女は一瞬表情を凍りつかせ、それから無理矢理作った笑顔で言った。

「あ、そうなんですか・・・。あ、それじゃあ、私行きます・・・。」

 そうして彼女は背を向け、歩いていった。



『好きな奴がいる』

 それは今までただの口実でしかなかった。本当は、友達以上の気持ちを抱いた人なんていなかった。

 ・・・・そう、いなかった。

 今日言ったその言葉は、俺の胸をざわつかせる。同時に思い出される唇の感情とだきしめられた感覚。クリアな雨の音に冷たい体。何もかも体全部で記憶してしまっている自分がいやだった。



 あの雨の日から二日。

 俺の体には、未だに克っちゃんに触れられたときの感覚が残っている。

 あんなことがあった次の日、俺はあのことをなかったことにしようと、普通に振る舞おうと決意し、普段通り「おはよう」と声をかけた。

 しかし克っちゃんは、そんな俺に困惑の表情を浮かべてみせると、小さく「おはよ」と言っただけで、背を向けてしまった。

 俺はどうしていいか分からずに、そのまま一度も話せていない。





 放課後。

 最後のチャンスと言わんばかりに、俺は早々と帰ろうとする克っちゃんに声をかけた。

「克っちゃんっ、一緒に帰っていい・・・?」

 克っちゃんは一瞬面食らい、それから苦笑を浮かべて「いいよ」と言った。

 校舎を出ると、肌にぽつりと雨粒が落ちてきた。

「雨だ・・・・。」

 二人で曇り空を見上げる。どんより暗い雲が辺りを覆い、空気は湿っている。その間にも雨足は強くなり、俺達の目の前で雨は土砂降りになっていた。

「あ、俺傘取ってくる!」

 思い出してくるんと向きを変えた。克っちゃんが落としていった傘を、ずっと置いておいたのだ。

「ちゃんと待ってろよ、克っちゃん!」

 びしぃっと人差し指を突きつけると、克っちゃんは気になる笑みで「分かってるよ」と答えた。



 あの日のように、俺達は沈黙のまま歩いていた。

 何度も克っちゃんの様子を伺ってみるのだが、克っちゃんはこっちを見ようとしない。

 俺はたまらなくなって、とうとう口を開いた。

「克っちゃん!どうしたんだよっ、俺と話したくない?もう顔見るのも嫌?」

 克っちゃんが傘と手荷物を持っているのをいいことに、俺は彼の両腕をつかんで、真正面からとらえた。

「っ達也・・・・?」

「もう駄目なの?俺達友達でいられないのっ!」

 興奮し出す俺とは反対に、感情を抑えきった克っちゃんが俺の手をふりほどいた。

「克っちゃん・・・?」

 呼びかけてもふいと顔を背けられてしまう。

「克っちゃん・・・・。」

 最後の望みをかけて、俺は手をさしのべた。が、克っちゃんは手の代わりに傘を押しつけ、走り出したのだった。

 完璧な拒絶だった。

 俺は足がすくんだ気がした。追いかけなければならなかった。追いかけて言わなければならなかった。「克っちゃんと友達でいられなくなるのは嫌だ。克っちゃんに拒絶されるのは悲しい」と。

 目の前を通り過ぎたここ二日間の情景をうち消し、俺は傘を閉じて彼を追いかけた。

「克っちゃん!待って!」

 ちらと様子を伺ったのが見えたが、止まる気配はない。

「くそっ・・・、止まってよっ、止まれ、克則!」

 すると、克っちゃんはぴくんと肩を揺らし、足を止めた。

 俺は急いで追いつき、雨滴でよく見えない眼鏡を外した。

「達也・・・・」

 そう言う克っちゃんの唇が震えている。

「克っちゃん、俺・・・・、」

 意を決した俺なのだが、その後は続かなかった。

 俺は、言い終わらないうちに、克っちゃんの腕に抱かれていた・・・・。

「か、克っちゃん?」

 声がうわずっているのが自分でも分かる。

 俺は・・・・ドキドキしていた。

「克っちゃ、」

「ばか・・・・」

 言葉をさえぎってつぶやかれたその声は小さくて、俺はよく聞き取れなかった。しかし聞き返そうとしたとき、すぐに大きな声で戻ってきた。

「ばか、達也!」

「へ?」

 ぱっと体を離し、赤くなった顔で克っちゃんは言った。

「シカトすんじゃねぇよ!オレがなんであんなことしたか分かってんのか?何もっ、・・・・なにもなかったことにすんなよ・・・。」

「・・・・・。」

「オレはトモダチで終わる気なんかないからな!」

 そう吐き捨てて彼は、俺の手に握られていた傘を開き、それをまた俺に握らせた。そうして、独り、降りしきる雨の中、走っていった。

「克っちゃん・・・・」



 その時俺は、間抜けにもやっと気づいたのだった。

 克っちゃんが何故あんなことをしたのか。どんな気持ちで俺にキスしたのか。それの本当の意味を・・・。

 俺は、克っちゃんの気持ちを『なかったこと』にしてはいけなかったのだ。無視してはいけなかったのだ。

 友達でいたいならいたいで、そう言わなければならない。俺の気持ちを伝えなければならなかったのだ。



 でも、そう分かったにも関わらず、俺は克っちゃんの後を追えなかった。今度こそ、脚が動かなかった。

 ただ、体を打つ冷たい雨を、感じていた・・・・。





                                        to be continued…

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