「RAINY SEASON」 「克則、こねーな。」 クラスメイトにそう言われ、俺は今日何度目か分からない動作、つまり、辺りを見回した。 「うん・・・・、来ないな、克っちゃん。」 「達也、何か知ってる?」 俺は首を横に振った。 雨は昨日の夕方降り始め、今だ降り続いている。天気予報では、今日の午後やむということだ。 どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。 もう十時半をまわったというのに、雨はやむどころか、激しさを増している。 『オレはトモダチで終わる気なんかないからな!』 「克っちゃん・・・・、」 あれから何度つぶやいたことだろう。オレの頭の中は、克っちゃんでいっぱいだった。 ・・・・俺は、克っちゃんのことが好きなんだろうか。 確かに好きだ。好きだけど・・・、克っちゃんは友達なんだ。友達として好きなんだ。 別に、き、・・・・キスしたいとか、そういうことは思わない・・・・。 考えた瞬間、この前の情景が、感触が思い出され、俺は顔が熱くなるのを感じた。 ・・・・不思議と、気持ち悪くはなかったんだよな・・・。 熱くなった頭で必死に思考を働かす。俺は、どうすればいい?どうすれば・・・・。 「達也!」 ふいに大声で呼ばれ、俺はそおっと振り返った。それは、聞き慣れた声だった。待ち望んでいた、声だった。ずっと、聞きたかった声・・・。 「克っちゃん・・・?」 「達也、来い!」 ちょっと緊張したような、それでいて有無をいわせないような、そんな声で克っちゃんは言った。 真っ直ぐ向けられる視線に、俺は焼けるかと思うほど熱くなった。 「達也、早く・・・!」 克っちゃんは動けないでいる俺の前に、すっと手をさしのべた。 俺は、小刻みに震えているその手に、そっと自分の手を重ねた。 「た・・・・っ」 達也、そう言おうとして飲み込んだ言葉を、思いごと手に込める克っちゃん。俺も、自然に手を握り返していた。 その途端、克っちゃんは俺の腕を引き、走り出した。 「か、克っちゃん?何処に行くの?」 スピードを上げて走る克っちゃんに、必死でついていく。 「ねえっ、どこ行くのっ!」 走りながらそう訊くと、克っちゃんは振り返りもせずこう答えた。 「イイとこっ!」 「何それ〜?」 そう言いながらも、俺は克っちゃんに導かれながら、階段を上がっていた。わくわくした気持ちさえ抱えて。 ここまで来れば、俺にだって分かる。そう、ここは、屋上に続く階段・・・・! 克っちゃんがそおっと開けた扉の向こうは、降りしきる雨、雨、雨・・・・! 「克っちゃん、雨降ってるよ!しかも授業始まる、」 俺が屋根の下から出るのをためらっていると、克っちゃんは強引に俺を雨の下へと引っ張った。 途端、俺の体は冷たい雨にさらされた。 「あ、・・・・。」 ぱたぱたという音が耳に届いてくる。みずがしみ込み、服が重くなっていく。 ・・・・俺は、ぞくっとしたのを感じた。 克っちゃんの目が真っ直ぐ俺を見据える。真剣な眼差し・・・・。 俺は、その目を見ていられなかった。 「あ、授業遅れるよ・・・?」 そんなことを口実に逃げようとするが、克っちゃんは俺の腕をつかみ、引き止める。もう、逃げられない・・・・。 克っちゃんは何も言わない。ただ、だんだんと腕をつかむ手に力が込められていく。 「ん、痛いよ、克っちゃん。放して、」 「放さない。」 腕の力は痛くない程度にゆるめられたが、その視線は俺を放さないと語っている。 「・・・克っちゃ、」 「達也・・・」俺の言葉をさえぎり、克っちゃんは言った。「俺、もう我慢するのやめた。おまえの気持ちを、教えてくれ」 「っ・・・・・。」 俺の口は、そう簡単には言葉を紡いでくれそうになかった。ただ口をぱくぱくさせるばかり。何か言いたいのに、何も思い浮かばない。何を言えばいいのかが分からない。・・・これが、どんな気持ちなのかが分からない・・・・。 「達也っ!」 克っちゃんが泣きそうな顔で俺を見上げてくる。 俺は更に言葉を詰まらせた。 いったい何を言えばいい?自分の気持ちもわからないのに、何を言えば・・・! 「・・・・お願いだ、達也。何か、何か応えてくれ・・・!」 押し殺した声だった。 もう克っちゃんは、俺の方を見ていなかった。何かをこらえるように、下を向いていた。 俺達は、容赦なく降り続ける雨に打たれ、冷え切っていた。 克っちゃんの肩が震えている。寒さのせいだけではない。よくよく見ると、俺の腕を握る手は、力を入れすぎて白くなっている。 必死なのだ、克っちゃんは・・・・。 急に、俺の心が震えた気がした。 「克っちゃん・・・?」 意を決して呼びかけると、克っちゃんはそおっと顔を上げた。 「たつ、や・・・?」 そう言う克っちゃんの瞳が、涙に濡れている。 俺をつかんで放そうとしないこの手も、俺を従わせるためではない。すがりついているのだ。心から、願っているのだ。俺に応えて欲しいと。 何も答えは「スキ」でなくてもいいのだ。「キライ」でも、「トモダチ」でも・・・。 でも俺は、今この胸に沸き上がる思いに、ウソはつかない。 「ゴメンね、克っちゃん・・・。俺も、克っちゃんのこと、スキだよ。」 その時克っちゃんが見せた笑顔を、俺はきっと忘れないだろう。涙に潤んだ目で、信じられないと言いながら、それでも浮かべたあの笑顔を、俺はきっと忘れない・・・・・。 END top
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