V


 さっきとは全然違う気持ちで玄関の前に立ったオレは、急く想いをセーブしきれず、鍵がなかなか鍵穴に入らなかった。
 なんとか扉を開けて達也を招き入れると、オレは後ろ手で鍵を閉めた。カチリ、と静かな部屋に冷たい音が響いた。オレの心臓がどくん、と跳ね上がった気がした。
「克っちゃん、暗いよ。明かりどこ?」
 そう言ってスイッチを手探りで探す達也を、オレはじっと見つめて確認した。
 達也はここにいる。それだけでいいような気がした。
 オレは彼の存在を確かめたくて、後ろからきつく抱きしめた。
「っ克っちゃん?」
 驚く達也を抱きすくめ、彼の細めの肩に顔を埋める。優しい人の体温に、オレはほっと息をついていた。
「克っちゃんっ・・・、冷たいっ、風邪ひくよっ。・・・・シャワー、浴びてきなよ」
 恥ずかしそうな達也の小声にぱっと顔を上げると、目の前には紅潮した首筋があって。あんまり可愛いものだから、オレはそっとその首筋に唇を寄せた。
「うあっ!」
 更に赤くなる彼は、とうとう力任せにオレを突き飛ばし、声を荒げた。
「克っちゃん<何するんだよ、急にっ!」
 拳を振り上げようとする達也をかわし、
「オレ、シャワー浴びてくる」
そう言って洗面所の扉を開く。後ろで「もうっ」という声がして、オレはばれないようにクスリ、と笑んだ。
「あ、」気づいて振り返る。「電気のスイッチはそこね。それと・・・・、達也、一緒にシャワー浴びる?」
「克っちゃん<」
 あわててバタン、と扉を閉める。
 怒ると恐いんだよな、達也は。と、達也のふくれっ面を想像すると、自然と頬がゆるんでしまう。・・・明のことを、忘れていられる。オレが独りだったことを、忘れさせてくれる。
 オレは、さっさと達也の元へ戻るために、急いで服を脱ぎ捨てたのだった。


 肌を伝う温かい湯に身をまかせ、オレは少しばかり幸せな気持ちで考えていた。
 達也で、良かった・・・。
 達也がオレのとなりに来てくれて、良かった。暗い部屋で独りにならなくて良かった。今この冷たい世界に、独りでなくて良かった。
 オレは、達也が好きだ。
 達也も、俺が好きだと言った。
 それはもちろん、友情という感情を超えている。
 達也が好きなんだ。
 あの茶色い目が好き。ちょっと低くも甘ったるい声が好き。あのなめらかな肌が好き。小さめの手が好き。あの腰のラインが好き。あったかい体温が好き。眼鏡の奥の、あの笑顔が好き・・・。
 達也が、好きだ。
 ふと、明のことを思いだし、オレははっとした。
 明はどうなっただろう・・・?電話は来ない。母さんは大丈夫だろうか?父さんはちゃんと母さんを支えられているだろうか?
 急に不安がこみ上げた。
 と、同時に、そこに自分がいてあげられないことに、もどかしさと悔しさを覚えた。今までそんなことさっぱり忘れて、悠長に達也のことを考えていたことを棚に上げて。
 そうしてオレはたまらなくなった。
 震えそうな手で蛇口を締め、勢い良くドアを開ける。適当にタオルで体を拭くと、オレは下着とズボンだけはき、タオルを首にひっかけて洗面所を飛び出した。
「・・・達也っ」
 電気の明かりに導かれ、居間の扉を開くと、シュンシュンとやかんの音が聞こえてきた。
「達也・・・?」
「あ、克っちゃん」
 声がして、達也が台所から出てくる。
「台所勝手にかりたよ。ココアいれたんだけど飲む?」
 眼鏡を外した達也が、オレに柔らかい微笑みを向けた。戸惑いながらうなずくと、達也は持っていたコップをオレに渡す。もう片方の手には自分のコップを持って、彼はオレの横を通り過ぎた。
 オレはぼーっとその姿を見送っていた。
「ねえ、克っちゃん、」
 普段通り、いや、いつもより暖かいくらいの声音で、達也が語りかけてくる。
「オレ、今日泊まってっちゃだめ?」
 思いがけない言葉に我を忘れかけたものの、数瞬おいて正気に戻った。
 ソファの背もたれに腰掛ける達也の真意を確かめようと、その茶色の瞳を真っ直ぐ見つめてみるのだが、そこにはオレを心配する気持ち以外見られない。
 それは嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
「ありがと、達也」
 それしか言えなかった。
 達也はそれを受けて、「電話かりるよ」と言って、ボタンを押した。
「あ、母さん?・・・・うん、今克則の家。・・・うん、克則の弟がね、」
 母相手に説明している達也を見ながら、"克則"と呼ばれるくすぐったさに、また、頬がゆるんだ。
 そうしてオレは、考えていた。かつて、これほど優しい時間があっただろうか。優しく、暖かい時間。あたたかい人。そう考えていると、やっぱり笑みが浮かんでしまう。
「・・・うん、じゃあ。・・・ん、うん、大丈夫だよ。うん、じゃ」
 電話を切った達也の口から「いいって」と、短く了承の言葉が落ちた。
 トクン、と心臓が波打った気がした。そしてオレは締まりの悪い顔を無理に引き締め、誤魔化すように口を開いた。
「オレの部屋いこっか」
 言った瞬間、墓穴を掘ったことが分かった。更に緊張するようなことを言ってどうするんだ、と心の中で己を叱咤する。
 しかし達也は、心中七転八倒しているオレをよそに、軽く「いいよ」と言ったのだった。


    W


「あれ、克っちゃん、これ買ったの?」
 部屋に入って電気をつけるとすぐ、達也が床の上のCDを指さし言った。それは、前々から達也が欲しい欲しいと言っていたCDだった。
「ああ、弟が買ってきたから達也に貸そうと思ったんだけど、どうしても貸せないとか言ってさ、仕方ないからMDに録ってやろうと思ってたの」
「え、ホント?ありがと、克っちゃん!」
 珍しく手放しで喜ぶ達也。ここまで喜んでくれると、せっかく引き締めた頬もついついゆるんでしまう。
 ただ、・・・・その言葉で思い出してしまった。今手術台の上で苦しんでいるだろう、明のことを。手術室の前で手を握りしめているだろう、母を。
 そんなオレを察してか、達也は口をつぐんだ。
 オレはそっとベッドの脇に座り込み、達也のいれてくれたココアを口に運んだ。とても甘くて、あったかかった・・・。
 達也もオレのとなりに座った。腕と腕とが触れる。息を吸い込むと、何かあたたかいものが流れ込んだ気がした。
「達也ぁ・・・・」
 自然と甘えた声が出ていた。
 すがりつきたかった。泣きたかった。抱きしめていて欲しかった。 さびしかった。
「達也・・・・」
 オレの中の明を心配する気持ちと、達也に求められたいという、どちらも随分と自分勝手な気持ちが交錯する。でも、行き着く感情は似たようなものだ。

 さびしい

「克っちゃん・・・?」
 近くの机に手をのばし、ココアのコップを置く。達也のも取り上げて同じように置いた。
 少しの戸惑いと優しさの入り交じった瞳が、オレを見ていた。
 雨音が聞こえた。
 さっきまで冷たかった雨が、今はひどく優しく俺達を包み込む。
 世界にたった二人きりでいるような錯覚を覚える。
 甘い感覚が沸き上がった。
 オレは、達也に警戒されないように、ゆっくり場所を移動した。
「か、かっちゃん?」
 移動した場所は、達也の目の前。彼の股の間であった。そっとその胸に頬を寄せる。
 戸惑う達也の体を抱きしめ、オレは不安を吐露した。せずにはいられなかった。
「オレ、オレだって、明が心配なんだぜ?明が死んじゃうんじゃないかって、不安なんだぜ・・・?なのに、なのに母さんは分かってないんだ。オレが同じように不安を抱えてることをさ。だから、独りに出来るんだ。・・・独りにするんだ。オレだって・・・」
 達也はうんうん、とうなずく。優しい手でオレの背をさする。あたたかい感覚。その手の動きに合わせるようなゆったりとした声が、オレの鼓膜を震わせた。
「大丈夫だよ、克っちゃん。今夜は、オレが側にいるから。ずっと、側にいるから・・・」
 顔を上げると、目の前にははにかんだような茶色の瞳。
 オレは、そっと口づけた。
 ずっと側に・・・。その言葉がどれだけ真実味に欠けるかなんてことは、オレだって知っている。でも、その言葉ほど、今のオレを安心させてくれる言葉はない。
 オレの心にじんわりとしみこむ。
 その言葉が、雨と共にオレ達を包み込む。
「克っちゃん・・・」
 甘い吐息が達也の口からこぼれた。
 それが雨音に溶けてゆく。
 そうしてじんわりとしみこんでゆく。乾いた大地に、確かな息吹を芽吹かせるために・・・。じんわりと。そして確実に。


 暗闇の中で雨音を聞いた。
 それに溶けゆく優しい声を、聞いた。
 そしてただ、愛しい人の体温を、肌で感じていた。
 それがどれだけ幸せなことか。
 その時オレは、初めて知った。
 側にいることが、こんなに愛しく優しいことを、オレは初めて知ったのだ。
 暗闇の中で、静かな雨音を聞いていた・・・・・・。


END?


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