「嵐の中のワガママモノ」 その夜、家に家族はいなかった。 お盆なのをいいことに、父の実家へ帰っていたのである。 一週間は帰ってこない予定。 その間、良は家で一人だった。 三日が過ぎたが、何とかやっている。 この年で寂しいなんて思うわけもなく、むしろ、気楽に過ごしていた。 しかし、その夜は、嵐だった。 窓の外では間断なく雷が光る。 何分か前からここら一帯は停電していて、雷だけがこの辺りを照らす光だ。 雨は激しく大地を打ち、強風は渦を巻いている。 まるで神の怒りを見ているようだった。 馬鹿馬鹿しいが、本当にそう思えるのである。 その絶対的な自然の力。 それはイコール神の力のようだった。 嵐は人を孤独にする。 側には誰もおらず、真っ暗闇で雨が大地を打つ音と、風、そして雷の音だけが、耳には届く。 体が冷える。 孤独。 誰かを無性に求めたくなる。 誰かのぬくもり。 自分以外のぬくもり。 人の温かさ。 妙に恋しくなる。 孤独が言葉を多くする。 無性に誰かを呼びたくなる。 その名がふいに、口をついて出る。 「ゆうき・・・・・・」 良は携帯電話をとりだした。 ゆうきの携帯の番号、それが目に映る。 “発信” コール音は3回だった。 3回でゆうきは出た。 耳に響くゆうきの柔らかい声。 「良?どうしたの?」 「来いよ」 良の声は、ゆうきの声に反して冷たく響く。 いや、焦っているのかもしれない。 焦りを隠そうとしているのかも。 こいつに無様なところは見せられないから。 「何?」 訝しげな声が返ってくる。 良は急く気持ちを押さえ込む。 ずいぶんと影の薄くなった理性で。 「来いよ。今すぐここに来い」 「はあ?外は嵐だよ?」 「それがどうした」 「どうしたって、・・・本気?」 「冗談なんて言えるかよ。早く、来いよ」 沈黙が落ちる。 その間にも雷は轟き、雨は激しさを増していく。 良はちらり、と外を伺うが、さして気にする様子もなく。 耳元に届く息づかいを聞いている。 「わがまま」 沈黙の後、返ってきたのは悔しそうな声。 良は知らずに笑みを浮かべていた。 それは酷薄で、それでいて安心したような息をつく。 「タオル用意して待っててやる」 呆れたような微笑。 それでもこいつはやって来る。 それが分かっているから、良は余裕を持っていられる。 わがままでいられる。 「5分で来いよ」 「ばか、無理に決まってるだろ!」 ムキになってくれるのが楽しくて、良の口から自然と笑みがこぼれる。 「待ってるからな」 態度は尊大なのに、その言葉だけが甘い。 決して弱みは見せない良の、他人には見せない甘え。 嵐のせいで、孤独を感じてしまうから。 独りがたまらなく嫌だから。 誰かが恋しくてたまらないから。 ぬくもりが欲しくてあがいているから。 甘える。 「待ってろよ」 甘えだと気づかずに。 でも、気づかずに甘やかしてくれる。 その挑戦的な瞳を思い出す。 負けたくない。 でも、負けている。 こいつの鈍感さに。 救われている。 悔しいけど、 嵐の夜は特別だから。 「すぐに来い、ゆうき・・・・」 END top |