BAD TRIP



「ちく、しょ……ぅ」
 足元がふらつく。
 気を抜くとそのまま奇妙な酩酊感に飲みこまれそうだ。
 まったくもって、油断していたと思う。
 まさかクスリを盛られるなんて……使い古された手段をやられるとは思ってもみなかった。
 それも、よりによって一番相性の悪いL。
 一通り手をだしては見たものの、幻覚系とはことごとくウマがあわなかった。
 だから普段はマリファナと、コークに落ちついたのだ。
 まったく……誘う手間を惜しんでクスリを使う奴など、最低の下司ヤロウだ。
 ぶん殴って飛び出してはきたものの、かなり限界だ。
 冷たい汗が全身を濡らしている。
 視界はすでに幻覚の症状を表して、歪みはじめている。
 誰もいないのに、誰かの囁きが耳に吹き込まれる。
 駄目だ。
 マジにヤバイ。
 人目を避けるように、路地裏へと入りこんだ。
 そのまま地面へとへたり込む。
 体の震えを、止めることが出来ない。
 思考が、だんだんと途切れがちになってくる。
 目を閉じているのに、視界に飛びこんでくる歪んだ世界。
 誰もいないはずなのに、耳に囁きかけられる声。
「……く、そ」
 忌まわしい記憶が一気に押し寄せてくる。
 忘れたと思っていた。
 すでに乗り越えたと思っていた。
 それなのに……。
「いや、だ」
 あの頃と同じ、無力なガキに戻ってしまったような気分だった。
 ただ恐怖に震え、怯えることしかできなかった幼い自分に。
 冷たい汗が、体中から吹き出してくる。
「……ひっ」
 目を開けてみれば俺を覗きこむ、たくさんの顔、顔、顔。
 時には大きく、時には小さく、脈動するように変化しつづける顔の群れ。
 そのおぞましさに、体中の毛が総毛だつ。
 いつしか歪んだ人の体を手に入れた顔たちが、俺をゆっくりと取り囲む。
 吐き掛けられる、生臭い息。
 下卑た、嘲笑うような声。
 体を押さえつける、バカみたいに巨大な手のひら。
「やっ……め」
 幻覚だとわかっているのに、体をまさぐられる感触に嫌悪が走る。
 覗きこむ顔の群れの中、見知った顔を見つけた俺はたまらず悲鳴を上げた。
「ダッド!」
 俺に触れるダッドの手の、ねっとりした感触に吐き気がこみ上げる。
 逃れようともがいても、体はピクリとも動かない。
 初めてレイプされた時の恐怖と嫌悪が、鮮やかに俺の中に甦る。
「やめ……許し、て……」
 哀願などとどかないと知りながらも、言わずにはいられなかった。
 歪みながらも人の形をとっていたダッドの体が、不意に崩れおちた。
 地面にわだかまるアメーバ状の物体に浮かぶ、その顔。
「た……すけて、やだ……マム!」
 必死の叫びを笑う、見にくい女の顔が視界いっぱいに広がる。
 それに気をとられていた隙に、アメーバが俺の体を包み込んだ。
「―――っ!!」
 悲鳴を上げようとした途端、口に押し入ってきた生暖かな粘塊。
 それは俺の中を突き進み、体の中から汚そうとする。
 俺を食らいつくそうとする。
 いやだ、いやだ、いやだ。
 助けて、誰か……助けて。
 嫌悪。
 恐怖。
 絶望。
 痛み。
 あらゆる負の感情が、俺を陵辱する。
 負の感情に飲み込まれていく。
 だから、いきなり手を掴まれた感触に……俺はパニックに陥った。
 掴む手の感覚はひどくリアルだったが、今の俺にはそれが現実なのか幻覚なのか区別がつかない。
 ただその強い力に恐怖しか感じられなかった。
「ひぃ……っ!」
 誰かが、何か叫んでいる。
 ああ、止めて……怒鳴らないで。
 俺が、俺が悪かったから……。
「やめ……おねが、い……許して」
 すべてから逃れるように、体を丸めてただ許しを請う。
 そうしなければ、もっとひどい目にあわされるとわかっていたから。
 震える俺に触れてくる、手のひら。
 その温もりすら恐ろしくて……反射的に逃れようと暴れていた。
 けれどその手は、しっかりと俺を抱きしめて離さなかった。
「大丈夫……大丈夫だ」
「……やぁ」
「何もしない……何もしやしないから、落ちつけ」
 頭を撫でる、優しい感触。
 宥めるように、背中を叩く手。
 だ、れ?
 こんなの、俺は知らない。
 こんな優しい手を、俺は知らない。
 俺が知っているのは、容赦なく殴りつける拳。
 支配しようと押さえ込む、強靭な手。
 痛み、痛み、痛み。
 体を引き裂く、激痛。
 知らない、知らない、知らな―――






「ん……」
 頭がひどく重かった。
 いつもの二日酔いと変わらず、鉛でできてるかと思うくらい重い。
「……イテぇ」
 寝起きのぼやけた視界に写るのは、テレビとビデオテープの山とあたり構わず散らばったジャンクたち。
 そう、ここは俺の部屋。
「水」
 口の中がネトついて、喉がヤケに乾いて仕方がない。
 昨日はそんなに飲んだだろうか?
 確かに酒は飲んだ。そして……クスリ。
 クスリ?
 そうだ……クスリ入りの酒を飲まされて、飛んじまったのだ。
 それもかなりのBAD TRIP。
 なのに……何でちゃんと服を脱いで、俺のベッドに寝てるんだ?
 考えても、まったく思い出せない。
 俺は水を飲むためにも、そのへんにあったズボンだけを履いて部屋を出た。
「何時だと思ってるんだ?」
 部屋を出た途端、旦那に見つかった。
 二日酔い状態の頭には、ヤケに旦那の声が響く。
「おまえも吸血鬼みたいに、昼夜逆転してるんじゃないか?」
「夜型なのは、確かだけどね」
 作業台の近くの冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを取り出す。
 半分ほど一気に飲み干したところで、ようやく人心地がついた。
「なぁ……昨日、俺どうしたか知ってる?」
 作業台で銃の手入れをしている旦那を、俺は後ろから覗きこむ。
 作業の手を止めずに、旦那はあっさりと教えてくれた。
「倉庫の前に転がってたのを、俺が部屋へと運んでやった。感謝しろ」
 前に転がってた?
 マジで?
 ここまで帰ってきた記憶などまったくない。
 確かに飛んじまってたなら、記憶も一緒に飛んじまったかもしれない。
 だけど俺には、あの路地裏までの記憶ははっきりと残っているのだ。
「どうした?」
 黙り込んだ俺を、旦那は作業の手を止めてようやく振りかえって見てくれた。
「じゃ……俺の服は、旦那が脱がしてくれたの?」
 旦那がひとつ頷いた。
「すけべ」
「地面に転がってたせいで、泥だらけだったからだろうが!」
 ムキになって言い返す旦那に、俺はあわてて後ろから抱きついた。
 首に手を絡めて、その顔をすぐ傍から覗きこむ。
「ウソ、ウソ。感謝してます」
 旦那はそっぽを向いて、俺から視線を反らしてしまう。
 ちょっとしたジョークだったのに、大人気ないなぁ。
 それにしても……うろ覚えな昨夜の記憶は、全部が幻覚だったのだろうか?
 俺は路地裏には座り込まず、ここまで自力で帰ってきたのだろうか?
 ならば、あの……手は?
 あの手の持ち主も、幻?
「あまり懐くな、うっとおしい」
「つれないなぁ……ホントは嬉しいくせに」
「誰がだ」
 俺は更に力をこめて、旦那にべったりと張りついてやる。
 ホント、素直じゃないねぇ。
 イヤなら振り払えばいいのに、絶対しないんだから。
「……あ」
 ふと目に入った、旦那の腕の小さな傷跡。
 持ち前の回復力でほとんど治りかけてはいたが、それが最近できたものだとわかった。
 俺は旦那の首に絡めた自分の手に目をやった。
 右の薬指の爪にこびりついた、赤。
 それは、間違いなく血の後だ。
 ってことは……やっぱり。
「なぁ、旦那」
「なんだ?」
 微かにこちらに向けられた顔は、普段通りの無表情。
 そこからは何も読み取ることは出来なかったけれど……。
「ありがと」
「……フン」
 照れてるのか、旦那は小さく鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。

今回はらぶらぶを目指して見ました!
目指したとおりのほのぼの・らぶらぶになってるといいなぁ。
それにしても、ブレスカは書くの楽しいです
この勢いは、当分止まりそうもないですね(苦笑)

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