blood



「…痛っ」
 ジャンクの角にでも掠ったのか、指先が切れていた。
 微かな痛みと同時に、見る見るうちに溢れてくる赤い血。
 他人の血は平気だが、自分の血は苦手だ。
 慌ててそこいらにあった布で拭おうとしたら…大きな手にいきなり掴まれていた。
「旦那?」
 俺の声など聞こえないかのように、旦那…ブレイドはゆっくりと俺の指を自らの口元へと運んだ。
 傷口をなぞる…暖かな舌。
 その柔らかな感触に、背筋をゾクリとしたものが走りぬけた。
 旦那は丁寧に、俺の溢れる血を一滴残らず舐めとっていく。
 普段はそんな様子は決して見せないが、やはり血への欲求はあるのかもしれない。
 吸血鬼と人間のハーフとはいえ、吸血鬼の本能には逆らえないのだろうか。
 そういや、そろそろ旦那の注射の時間だったな。
 もしかして…これってかなりヤバイ状況?
 旦那がゆっくりと顔を上げた。
 サングラス越しでも、黒い瞳が俺を見つめているのがわかった。
「逃げないのか?」
 ガタイによく似合った、低いその声。
「何で?」
「俺には吸血鬼の血が流れてるんだぞ?」
「知ってるよ」
 旦那のやや厚めの唇から、ため息がこぼれ落ちる。
 俺…なんかヘンなこと言ったかな?
 不意にのびてきたもう片方の手が、俺の顎を掴んで上向かせる。
「やっぱり…変わってるな、お前」
「そうか?」
 命の危険があったら…とっくに逃げ出している。
 まぁ、旦那が本気を出したら逃げられないことくらいわかってるが、とりあえずは逃げてみるだろう。
 そんな俺が逃げ出しもせずされるがままになつてるのは…旦那が危険だとは思えないから。
 俺を傷つけるような真似はしないとわかっているから。
 まぁ…それだけ信頼してるってことだ。
 俺の立場を考えればまずいんだろうけど。
「あんたの相棒してるくらいなんだから、変わってるってことは否定できないかもな」
 そう言いながら笑ってやると、旦那もニヤリと笑った。
「言ってろ…」
 顎を引き寄せられ…そのままキスされた。
 旦那の舌が、俺の口の中を縦横無人に暴れまわる。
 それだけで下腹にジン…とした痺れが走っちまったのは、確かに問題かもしれない。
 慣らされたね、俺も。
 それでも俺は…自ら旦那の舌に舌を絡めた。
 舌に、微かに感じる俺自身の血の味。
 俺にとっては鉄錆のような味としか思えないが、吸血鬼にはどんな風に感じられるんだろう。
 ほんのすこし、興味がわいた。
 唇が離れたと同時に、俺は再び血の滲んだ指を旦那の唇に押し込んだ。
 ちょっと驚いたような眼差し。
 何事にも動じない旦那を驚かせたことが、ちょっとだけ嬉しい。
「なぁ…どんな味だ?」
「なんだ?」
「血だよ…俺の血は、どんな味がする?」
「極上の酒よりも…いい」
「クスリよりも?」
「比べ物にならない」
「ふーん」
 俺はややタチの良くない笑みを浮かべて旦那を見た。
「飲みたきゃ…飲んでもいいんだぜ」
 Tシャツを引っ張り、あらわにした首筋を旦那に晒してやる。
 すぐさま視線がそこに突き刺さるのがわかった。
 これがかなりヤバイ挑発だとはわかっていた。
 だが止められなかった。
「…本気か?」
 ほんの少し…欲情に掠れた声。
 なんだかひどく興奮する。
「飲まれても…またワクチンを打ってもらえれば人間に戻れんだろ?」
 当然のように、俺はまだ死にたくはない。
 吸血鬼にもなりたくはない。
 まだまだ人間としてやりたいことがたくさんあるからな。
 グラサン越しにも…ブレイドの目がすっと細められるのがわかった。
 次の瞬間、旦那の唇が俺の首筋にあてられた。
 牙と化した歯が、柔らかく皮膚に食いこんでくる。
 まさにそれは、生と死の境目。
 だが…それだけだった。
 すぐ牙が引っ込み、唇が俺の首筋を強く吸い上げる。
 そして旦那の手が俺のシャツを引き裂いた。
 ああ…お気に入りだったのに。
 俺の嘆きを知ってか知らずか、旦那の手が露になった俺の肌を這いまわる。
 どうやら…別なトコを挑発しちまったようだ。
「飲まないのか?」
「楽しみは…もう少し後にとっておく」
 それが冗談かどうかはわからない。
「楽しみにしてるよ、その日を」
 多分…その日はけっして来ることはないだろうけど。
 俺は笑いながら旦那の頭を抱き寄せ、自らのその唇にキスをした。

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