Bloody Memory 3
I have nothing.
今まで……俺は何も持っていなかった。
なにひとつ持っていなかった。
この体どころか命すらも俺のモノでなく、他人のモノだった。
俺を支配していた両親がいなくなってからは、フロストが俺の持ち主だった。
そして主たるフロストが死んでからも、俺は俺のモノではなかった。
そう……今でも。
「くっ……あぁ!」
動かれるたびに、引き裂かれるような痛みが走る。
いや、慣らされもせずにツッこまれたせいで、文字通り引き裂かれていた。
明かりの届かない路地裏で、冷たい壁に壁に押さえ込まれて、立ったまま俺はヤラれていた。
「んぅ、う」
深く貫かれるたびに、衝撃が頭の芯まで突き抜けていく。
壁に付いた手が、無意識の内に支えを求めて引っ掻いている。
ガクガクと膝が震え崩れ落ちそうになる。
けれど俺を穿つ逞しいコックがそれを許さない。
「あ…ぁ、ライ、ンハルト……」
俺の腰を押さえ込み、自らの快楽だけを求めて好き勝手に突きたててくるラインハルトは、俺のことなどこれっぽっちも考えていない。
いや……考えろ、というのが無理なのかもしれない。
俺をファックするラインハルトは、吸血鬼なのだから。
吸血鬼たるラインハルトにとっては、人間などはただの餌にしか過ぎないのだから。
耐えきれずに引き裂かれた俺のアナルから流れでる血さえ、てめぇの興奮を煽り立ててくれるもの……としか考えないにちがいない。
けれど流れ出る血が潤滑剤がわりとなって、だんだんと抜き差しをスムーズにしていく。
それにつれて……快楽が痛みを上回っていく。
「ふ……んぅ、ぁあ」
痛みが鈍くなるにつれ、快楽が鋭さを増すにつれ、自分の声が甘くなっていくのがわかった。
なんでも快楽へと変化させてしまう自分の体の浅ましさに、場違いな嗤いがこみ上げてきそうになる。
「もっと、声をだせよ」
耳元で囁かれる、楽しげな声。
ラインハルトが壁を引っ掻いていた俺の手を取り、指先に滲んだ血を舌で舐めとっていく。
指先をなぞり上げる舌の感触。
根元までしゃぶり上げる唇の動き。
それすらも……刺激となって俺の体を熱くさせる。
「あっ…ぁあ……」
首筋をたどる唇の感触に、総毛だつような震えが走る。
頚動脈をなぞるように、執拗に這いまわる舌。
それだけでは飽き足らず、血管の上を甘噛みされるかすかな痛み。
薄い皮膚を食い破らんばかりに、徐々に牙へとこめられていく力。
だがもう少し……といったところで、牙は引っ込められ舌が血管をなぞり上げる。
そのもどかしさに、気が狂いそうになる。
「やっ……ぁ!」
いっそ、食い破って欲しかった。
この血を思う存分味わって欲しかった。
そうすれば俺は……死ぬことができる。
痛みと最高の快楽のなかで、イキながら死ぬことができる。
それは……あまりにも甘美な誘惑。
決して与えられることのない最高の悦楽。
なぜ、ラインハルトは俺を殺さないのだろう。
この喉を引き裂き、暖かな血を思う存分味わうことをしないのだろう。
フロストという主を失った今、掟は俺には意味をなさない。
俺を殺しても、誰もラインハルトを責めることはできない。
なのに、何故?
「…ライン、ハル……トぉ」
頭を振りながら哀願する俺に、ラインハルトが嗤う。
ひどく楽しげな笑い声が、俺の耳に囁かれる。
「まだだ……もっと鳴け」
「っ……あああ!!」
先端まで引きぬかれ、そして一気に奥まで貫かれて俺は悲鳴を上げた。
声を出すように仕向けられているのはわかっていた。
ラインハルトが何を企んでいるのかも。
だが……声を押さえることなどはできなかった。
「あっ……ああ、ぁ!」
一層激しさを増した抜き差しに、理性が跡形もなく吹っ飛ぶ。
感じるのは……ただ、快楽だけ。
貫かれ、穿たれ、内壁を擦りあげられる刺激だけ。
触れてもいないのにもかかわらず、俺のコックは今にも弾けそうだった。
先走りの液を淫らに流し、解放を求めて暴れていた。
「こんなところで、お楽しみかよ?」
もう少し……という所でいきなり聞こえてきた見知らぬ声に、ほんの少し理性がもどってくる。
いつのまにか、男がそこに立っていた。
「それとも調教の最中か?」
その顔に浮かぶ……だらしなく崩れた下卑た表情。
だが、それがすぐに消えることになるのを俺は知っていた。
「……んっ!」
俺を穿っていたコックが、いきなり消える。
唯一の支えを失って、俺は為す術もなく地面へと崩れ落ちていた。
何が起きているのか……起きようとしているのか見る余裕などない。
行き場を失った熱が体中をかけまわり、それどころではなかった。
体中が……まるで火に炙られているかのように熱くてたまらなかった。
それにわざわざ見なくても、ラインハルトが何をしようとしているかぐらいわかっている。
これは、罠だ。
わざわざこんな場所でファックしているのも、俺に声をあげさせていたのも、それを聞きつけた……愚かな犠牲者を誘いこむための、罠。
鈍い音。
苦悶の声。
静寂。
濡れた水音。
頭から降り注ぐ生暖かな液体に、俺は顔をあげた。
すぐ目の前でラインハルトが、哀れな男の喉元に食らいついている。
その首は半ばまで引き千切れ、そこから溢れた血が俺へと降り注いでいた。
むせ返るような独特の匂いと、口の中に忍び込んでくる鉄錆くさい味。
頭の芯がジン……と痺れるような感じがする。
イけずにいたままのコックがビクンと震えた。
不思議なほど……同情心などは湧いてこなかった。
逆に、ひどく興奮していた。
かわいそうだとは思えなかった。
哀れだとも思えなかった。
ただ……こんな罠に嵌まるなんて愚かだとしか思えなかった。
ああ、いつからだろう。
生と死。
その境界。
それが曖昧になったのは。
執着しなくなったのは。
無関心になったのは。
こいつらが人を殺す事に、何の関心ももたなくなったのは。
俺達が物を食べるように、こいつらは人の血を吸う。
その命を糧とする。
こいつらにとって人間はただの食い物。
だがそれは……俺達が牛や豚を食うのとどこが違うのだろう。
そう、どこも違いなんてありゃしない。
ただ食われるのが……俺達、人間なだけ。
自分たちが捕食される側にまわっただけ。
たくさんの命を食らいつづけたきた俺達が、どうしてこいつらを責めることができる?
それとも、そう考える俺が間違っているのだろうか?
もともと、俺は俺自身の命に無関心だった。
だって命すらも俺のモノではなかったから。
いつ死んだって構わなかった。
べつに生きていてもかまわなかった。
ただその無関心がこいつらと付き合うようになってから拍車がかかっただけ。
「チッ……死んだか」
ラインハルトが死体となった男の体を投げ捨てる。
血まみれの手が俺の頬をなで、唇をなぞりあげる。
一層、強くなる血の味。
眩暈がしそうなほど……甘いその味。
「……好きだろ?」
俺は頷くかわりに舌を出して、自らラインハルトの指についた血を舐めあげた。
……たまんねぇ。
血は俺にとって、最高のドラッグ。
どんなクスリよりも天国へと導く、麻薬。
コックをギンギンに昂ぶらせながら、俺は夢中でその血を舐めていた。
そして、俺は気がついた。
それがなんだかひどくおかしくて笑っていた。
「どうした?」
声に出していたのか……ラインハルトが俺の顔を覗きこむ。
俺は笑いながら、手を伸ばしてラインハルトを引き寄せた。
「何でもねぇよ……なぁ、それよりも早く」
体が、熱くてたまらなかった。
早くイキたくてたまらなかった。
「早く……イカしてくれよ、なぁ」
浅ましくねだる俺を見て、ラインハルトが嗤う。
血まみれのキス。
足を持たれ、再び貫かれ、俺は甘い声をあげる。
もう、痛みはなかった。
あるのは目が眩むような快楽だけ。
体を震わせながら、俺はラインハルトにしがみつく。
ただ、快楽だけを欲して。
今ならフロストが……そしてこいつが、俺を殺さないワケがわかったような気がする。
俺の血を啜り、呪われた生を与えないのかわかったような気がする。
そんなことをする必要などないのだ。
血を吸われなくとも、俺はすでにこいつらの同類だった。
人としての境界を越えた、呪われた存在だった。
今更血を吸われなくても、すでに。
舌で、自らの下唇をなぞりあげる。
そこに刻まれた、所有の印。
あの日、フロストの手をとったその時から……俺を所有していた両親の血をこの身に浴びたときから……この印を刻まれたときから、ずっと。
そう、ずっと……。
「……ぁっ!」
数回動かれただけで、俺はザーメンを俺の腹にぶちまけていた。
それでもコックは萎えることなく、その存在を主張しつづける。
「もっと……もっと、だ」
「好きモノ、め」
体をすくいあげられ、その膝にのるような形をとらされ、俺は身もだえした。
さらに深くなった結合に、息がとまりそうなほどの快楽に包まれる。
逆らいもせず、俺は溺れた。
ただ、溺れた。
今まで……俺は何も持っていなかった。
なにひとつ持っていなかった。
この体どころか命すらも俺のモノでなく、他人のモノだった。
俺を支配していた両親がいなくなってからは、フロストが俺の持ち主だった。
そして主たるフロストが死んでからも、俺は俺のモノではないかわりに……誰のモノでもなくなっていた。
何も持ってなくても、俺は生きている。
呪われた生を、生きている。
終
えーと一応シリーズになるんでしょうか、これ?
シリーズなのにも関わらず過去やら現在やらにいろいろと飛んでいるのは
スカッドの過去……てなことで統一されているからかと(おいおい)
つーことで今回は過去のラインハルト×スカッドでした
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