王というと、大臣らに仕事を任せて、華やかで優雅な生活を送っている印象を 持つ者が多いが、決してそう言うわけではないのが現実じゃ。
国を治めるものとして、民の上に立つものとして執務は欠かせないわけで、 それをこなすのは決してたやすいものではない。その日の仕事が終わると、 ここに布団を敷いてくれといわんばかりにドッと疲れと眠気が襲うものじゃ。
しかし、それも仕事がスッキリ片付けばの話じゃが、そう上手く行くことは めったにありはしない。ズルズルと尾を引いて、モヤモヤしたまま終わることは 珍しくもなんともない。
そんなときは、部屋に帰って一杯やる。ベランダの窓を開け放って、窓の下に広がる 薔薇の香りと月明かりを肴に飲む酒はなかなか良い。窓から入ってくるひんやりとした 夜風が頬を撫ぜ、その日一日のモヤモヤをかき消してくれる。

あぁ、今日もまた話がまとまらなかった。最近一人での晩酌が日課になってきている。 いかんな…
戸棚からまだ封の切られていないボトルを取り出し、グラスを出そうとしてふと手を 止めた。そう言えば、今まで晩酌は一人っきりだったな。何でだろう?いや、今更 それに気付くことに何でだろう、か?
あぁ、多分寂しいんだな。時折孤独を感じる瞬間があるが気付かない振りをしていた。 疲れていると、その振りも出来ないらしい。
「あやつ、まだ起きているだろうか。いや、闇の精霊のくせにもう寝ているようなら ひっぱたいてやらねば」
我ながらむちゃくちゃな理由だと思いつつ、簡単に決まった晩酌相手の部屋に 向かった。

このくらい仕事も楽に決まればこんなことにはならなんだが。

とりあえず、この手は奴をひっぱたかずに済んだ。どうやら読書の最中であった らしく、本が開いたまま寝台の上に伏せられている。
ヤズムの部屋は非常に簡素で飾り気が全くない。本当に必要最低限と言っていい。 本人もそれで満足しているので別に良いのだが。
「晩酌…あんたついに一人で飲むのが嫌になったのか」
「うるさいのう、いいからとにかくわらわに付き合え」
半ば強引に奴の手を引き、わらわは部屋に戻った。

まだ手のつけていないボトルは、ヤズムの手よって容易く封を切られた。キュポン、 と小気味よい音とともに、濃厚な酒の香りがあたりに漂った。
「うむ、良い香りじゃ。しかしいとも容易く栓が抜けるのは、日々の鍛錬の賜物じゃ のう」
「俺は栓抜きになるために鍛えてたつもりはなかったんだがなあ」
ヤズムは力なく笑いながら、わらわのグラスに酒を注いだ。グラスは徐々に、深い赤に 満たされていく。
「良い色じゃ」
「本当、あんたの眼みたいだな」
…時折、こやつはサラリと恥ずかしいことを言う。本人は全く気付いておらぬよう だから構わぬが、わらわの動揺に。
そして、二つのグラスに酒が注がれた。
「よし、何に乾杯が良い?」
「乾杯なんて初めてじゃからな…何が良いかのう」
「じゃあ、初めての差し飲みに乾杯でどうだろう?」
「んー…まあ良いじゃろ」
「それじゃ、初めての差し飲みに乾杯」
カツン、とグラスの音が響き、中の赤が揺れた。
「あぁ、封の開けたては違うのう、芳醇な香りと濃厚な味じゃ」
「…いまいちそういうの分からないな」
「ふふ、それはお主がまだ子供と言うことじゃ」
この言葉にムッと来たらしく、ヤズムはまだグラスに半分以上ある酒を一気飲み しおった。あぁっ、それが子供と言うものじゃバカモノ。
しかしその飲みっぷりはなかなか壮観じゃ。空になったグラスをテーブルに戻し、 余裕の笑みをこちらに向けるその姿はなかなか男らしい。良いじゃろう、それでこそ わらわの晩酌相手にふさわしいと言うものじゃ。
「良い顔じゃ、何だか見ているこっちも良い気分になってくるのう、さあ、もっと 飲め」
空になったばかりの奴のグラスに酒を注ぐ。
あんな無茶をしたから当たり前の話なのじゃが、ヤズムの頬はどことなく赤い。
「顔が熱い」
「当たり前じゃ、これは水じゃないからのう…なんなら飲むのをやめても構わんのだ ぞ」
「…それは嫌だ」
一体この男は何なのかのう。男らしいと思わせてみれば子供じみたことをしてみたり。 やはり、男とはそう言うものなのかのう。そこに何かをくすぐられ、酷く惹かれる わらわがおるのじゃが。
む、物思いにふけながら飲むのは何時もと変わらないじゃないか。せっかく「初めての 差し飲み」に乾杯したと言うのに。
我に返ったわらわは、グラスに残った酒を飲み干すと、グラスをヤズムに向かって差し 出し、注いでくれと催促した。
若干据わってきた眼を細めて微笑むと、ヤズムはわらわのグラスに、そして自分のグラ スに酒を注いだ。
グラスに並々と酒が注がれ、その表面に映る自分の顔を見つめる。一つ酒が入ってしま うとどうでも良い事が面白くなってくる。ゆらゆらと、水面に揺れる自分の顔を見なが ら、へらへらとヤズムが笑い出した。
「あーあ、ついに酔いが回ってしもうたなお前…」
「ふふふふ、そんな事ない。ちょっと面白いだけだよ、ほら、自分の顔がこんなに曲が っちゃってさ、あははは。でも、全然へいきぃ」
「それを平気とは言わんのじゃ…」
へらへらと笑いながらも、ヤズムは飲むことをやめない。あぁ、こいつどこ見ておるの じゃろう。
「なぁ、楽しい?」
「えっ?」
へらへら笑っていたのが突然、平然を取り戻した。しかし決して酔いが醒めたわけでは ない。眼は据わっているし、頬だって赤い。でも、非常にまっすぐこっちを見ながら問 う。
「俺と、飲んでて楽しいか?あんた何時も一人で飲んでんだろ?おれ、邪魔してないか ?」
その眼に、丸裸にされている気分だった。わらわは、こやつを見ながら物思いに耽って いた。これじゃ、一人でも二人でも変わらないじゃないか。こやつがいて違ったことと 言えば、何時もより容易く栓が抜けれたことと、自分で酒を注がなくても済んだこと。
わらわは、何でこやつを相手に呼んだんじゃ…?
凄く、申し訳なさでいっぱいになった。本当は、そんなつもりじゃなかったのに。
「わらわは」
胸がからっぽだった。どうせ、そのトロンとした目で、この胸の内も見抜いているん じゃろう。
「わらわは、二人で飲んで、何をしたいのか分からんのじゃ」
長い沈黙。さっきまで笑ってたんだから、笑ってくれれば良いのに。この間に、押し つぶされそうじゃ。
「よしよし」
突然のことでわけが分からなかった。温かい、いや、熱い手のひらがわらわの頭に乗せられ、無造作に撫でられた。まるで父親が息子相手にするかのように。
「じゃあ、何したら良いか考えればいいよ、これから。せっかく二人いるんだし。相手って、相談とか、話したりするのにいるんじゃないの?」
バカ。自分で問いかけておいて自分で解決しおって。
「分かってるんなら、最初から質問するんじゃないわ」
答えられた腹立たしさと、答えられなかった悔しさが、涙になって出そうになるのを、 残った酒を一気に飲み干すことでごまかした。
「…ふふ、わらわもお前と同じことをしているな」
「でも、気分良いでしょ?」
「…あぁ」
「じゃ、もう一杯」
「それじゃあお前も、もう少し付き合うておくれ」
「勿論」

この晩、わらわは一人では決して出来ない酔い方を知った。酒に酔うんじゃない、 晩酌の相手に酔うということ。相手を大人にも、子供にも変えてしまう不思議な 飲み物。 妖精の秘薬ですら敵わない、魔性の薬。それが、酒。

また、相手してくれるか?二人でする晩酌の方法を、せっかく覚えたのじゃから。


次の朝、寝台の下で目覚めたわらわ達に、お互いの酷い面を笑いあう体力はなかった。
「…お前、酒臭い」
「…あんたも人のこと言えないって」
…それもそのはずじゃ。真新しかったあのボトルは、空になって床に転がっておったの だから。

その日一日、一晩でボトルを空けた勇者二人は、己の臭いをひたすら気にしながら 過ごした。人生のうちで、もっとも素晴らしく不細工な一日であったに違いない。



「ゼフィスの乙女日記」の拡張版のような話になってしまいました。
大人気ない大人同士の掛け合いは、非常に可愛らしい気がして好きです。
最近乙女な彼女が非常に熱いです。

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