逢魔が刻
香の様子がおかしいと思い始めたのは、いつ頃だったか。
表面上は今までと何ら変わりのない生活を送っている。
毎日伝言板とキャッツに寄り、
依頼がないことを嘆き、依頼があるときは歓喜し、
くるくると俺の身の回りの世話を焼き、ちょくちょくハンマーを振り回し------
そう、何ら変わることのない。いつもの香だ。
しかし、どこがどうと、はっきりとは言えないのだが、
ふとした時の雰囲気や、そのちょっとした仕草に違和感を覚える機会が増えた。
その違和感を感じる度に、訳も分からず、不安になる。
それとなく香の近辺に探りを入れてみたが、
特に目ぼしい情報もなく、徒労に終わる。
美樹ちゃんなどからは、逆に心当たりはないのかと厳しく追求され、
ミックに至っては、この俺に見当違いな言いがかりを付けて絡んで来る始末だ。
俺が?香と?
-----------------あり得ない。
奥多摩で二人の気持ちを確認した後も、
俺達の関係は何ら変わることはなかった。
そのことで、周囲の連中は、ことあるごとにあれやこれやと口喧しく、
余計なおせっかいを焼こうとしたが、あいつらに何が分かるというんだ。
香は俺にとって、唯一愛せる家族なんだ。
槇村亡き後、二人で傷を舐め合うように寄り添い、互いに埋め合い、常に側にいた。
そうやって二人で長年築き上げてきた信頼が、二人を他人以上の絆で結び付けた。
俺にとって香は、最後のパートナーであり、家族であり、守るべき全てなんだ。
安っぽい男と女の関係になれるほど、軽いものではない。
それは香も同じだろう。
確かに最初に出会った頃は、恋愛感情ともいえないような少女めいた淡い恋心を、
香が俺に対して抱いていたのは事実だ。
しかし、しょせん男女の恋愛など、勘違いの上にしか成立しない。
今まで俺を好きだと言った、どんな女もそうだった。
俺という人間を知れば、甘っちょろい恋愛感情など、すぐに冷めて離れて行ってしまう。
香だけだ。あそこまで俺という人間を知りながら、なお俺の側にい続けようとしてくれるのは。
それは紛れもない。香にとっても、俺が家族だからだ。
----その、はずだ。
なのに何故だろう。
香の家族としての俺への愛は疑いようもないのに、
最近の香の微妙な変化に、俺はどうしようもない不安と焦燥を感じていた。
頭の中に警鐘が鳴り響く。
俺は何かを見落としてるんじゃないか?
取り返しのつかない過ちを犯しているのではないか?
香は本当に、俺の信じる香なんだろうか?
---------何を考えてるんだ。俺は。
逢魔が刻。昼と夜の交わる場所。
セピア色に染まる街並は、全てにおいて曖昧で、
己の存在すら危うくなる。
早く、家に帰ろう。
早く、早く。
家に帰れば、いつもの香が待っている。
温かな食事と、柔らかな寝床を用意して。
いつものように「おかえりなさい」と迎えてくれる。
そんな甘い夢のような生活に--------俺は溺れきっていた