ADでどん
明かりのない部屋に静かに足を踏み入れると、
飾り気のないパイプベッドの上に撩は腰掛けていた。
暗闇に隠されて表情は見えないものの、あたしだと気づいらしく
狭く湿り気の多い部屋の空気が張り詰める。

「なぜ…来た?」
「はぁ!?来るに決まってるじゃない。あたしはあんたのパートナーよ?」

出来るだけ普段どおりに、精一杯胸を張って答える。
撩の返答は無く、沈黙に耐えられなくなってマシンガンのように喋りたてた。

「あんたってほら、欠食児童みたいに凄い量食べるからあたしが毎日そりゃもう凄い量
 作ってやんなきゃいけないし部屋だって放っておくと戦争が起こったみたいに
 散らかしまくるし洗濯物も脱ぎっぱなしでいつまでたっても洗濯かごにもいれないから
 放っておいたら毎日おんなじもの着てそうだしそれよりなにより
 あたしが世のもっこり美女をあんたの魔の手から守らなきゃいけないし!あと、それと…!」

「…性欲処理機でもあるし… だろ?」

あたしの言葉を遮って、撩の低く乾いた言葉が部屋に響く。
言葉に悪夢が呼び覚まされて足元が揺らぐけど悟られてはいけない。

「違うわ。それは撩が一番わかってるはず。」

「…出て行け。二度と顔を見せるな。」

撩が、撩が泣いている。表情は見えなくてもわかる。
何も考えられなくなって駆け寄って抱きついた。
手を振り解かれたかと思うと、力任せに肩を掴まれベッドに押し倒される。
獣が獲物を食らうようにジリジリと迫ってくるのに、
恐怖よりも先に久しぶりに見る撩の顔が嬉しかった。

「これが最後の忠告だ…また…犯すぞ?」

「犯せばいいじゃない!!!!」

咄嗟に口から吐かれた言葉に、撩はビクと体を揺らし硬直する。


――――ほら。あんたはあたしを自分から傷つける事なんて出来ない。



あたしの肩を押さえたまま動けないでいる撩に、ゆっくりと首に手を回し唇を重ねる。
撩は眼を見開いたまま困惑の表情を浮かべている。

「自分で…何をしてんのかわかっているのか?」
「わかっているわ…。…撩が苦しんでる事だって…」
「…わかってんならなんで俺を追い詰める…!!!」
「こんな所に閉じこもってればあたしを傷つける事がないとでも思ってんの!!!?」

声を荒げる撩に食いつくように叫んだ。
あたしの知っている撩は、いつも冷静で、こんな風に取り乱しているのを見たことが無い。

両手で撩の顔を捕まえて、絶望に包まれた瞳を覗き込む。

「大丈夫よ。あたしは傷つけられたとしてもあなたから逃げたりしない。」

再度、慣れないキスをする。
恐る恐る舌を伸ばしいれると、熱い体温に驚いた。
ギッとベッドが軋み、体に撩の重みがのしかかる。

「頼むよ…俺を困らせないでくれ…」

力一杯抱きしめられたかと思うと、耳元に顔をうずめて囁かれた。
その力ない声に、堪らなく苦しくなって消え入りそうな撩を抱きしめる。
傷つけているのはあたしだね。ごめんね。撩。
あたしは、決意すらすれど助ける術をしらない。
これはただの意地なのかもしれない。

「…最初にね。好きになったのは声だったの…。
 香――――って不機嫌な声で呼ばれると凄く嬉くて。
 だから、これからも呼び続けて?香、って。」

「香…」


そうだ、あたしの恐怖は撩がいない日常―。
少しくらい怖くったって構わない。

―――きっとあたしも狂ってる。

――――どんなに痛くても。



――――――撩無しに生きていけない。





髪に、耳に、頬に唇を滑らせる。
たどたどしく髪を梳いて額に口づける。
困ったような眼で見つめられて、あたしは涙を流さないではいられない。

「おまえってやつは…」

途端、あたしは食べられていた。
息もつけないようなキス。
ライオンに食べられてるみたい。って頭のどっかで考えた。
何所かにいってしまいそうで撩にしがみつくと、シャツの中に冷たい指が滑り込んできて、
背中にくすぐったさと、微弱電流みたいなのがザワザワと走る。
ブラの上から、大きな手が胸を包み込んで息が詰まる。

「逃げるなら今だぞ…?」

「…逃げないってば。」

撩は、あたしの言葉にイラついたように、強引にブラを引きおろして首筋に舌を這わせる。
吸い付かれて、舐められて、撩の頭が下がっていく。
きゅ、と乳首を摘まれたと思うと、もう一つの手でシャツを捲り上げられる。
強引な手つきは、この間よりずっと優しい。
怖いけど。
撩に触られて。嬉しい。

お腹に唇が寄せられて、背中をなぞられる。
くすぐったさに体が勝手に捩れる。
拒絶に取られるのが嫌で、体が動くのを自分で制御しようとするけど眉間に力が入るだけで困る。

「 ん…っ! 」

分厚い両手に、円を描くように胸を撫で上げられて抓られて。
…よくわかんないけど声がでた。
それを合図にでもしたように、獣みたいな撩が胸に貪りつく。
舐めあげられて、軽く噛まれて。背筋を指がなぞって。
あたしは、おかしくなる。

「なぁ。逃げろってば。」

胸の上に顎を置き、無表情に低い声で言う。
…ムカツク。
なんだか非常にムカツク。
ムカつきのあまり、撩の両肩をむんずと掴んで突っぱねた。
あたしが逃げ出すんだと思ったらしく安堵の表情を浮かべた撩に、また、ムカツク。
ムカつき過ぎて今度はあたしが、ベッドに撩を押さえ込んだ。
スカートが捲くりあがるのも気にしないで腰の上にまたがって動きを封じる。
自分でシャツを脱ぎ捨てて、鍛えられた大きな肩をあたしの両手で押さえつける。

目をまん丸にしてあっけにとられている撩に、唇を重ねる。
頬にキスする、首筋に軽く噛み付く。
Tシャツを捲くりあげたいけれど、両手を離したら逃げられそうで。
抵抗もしない腕を掴んで脱ぎ捨てたシャツで縛りあげた。

「―――おまえ馬鹿かっ!!!!?」

なんか怒られてるけど。知らない。
無視してTシャツを捲り上げて、さっきまで撩にされたようにする。
お腹に唇を寄せて、背中に手を滑らす。
厚い胸板に顔を埋めてキスの嵐を降らす。
盛り上がっている物体がショーツの上から、あたる。
その硬い感触に驚いたけど、あたしでこうなってくれているって実感できて。
嬉しかった。

体を後方にずらして、そこを触る。
ジーンズのボタンに手をかけて苦しそうなそこを開放する。
どうやって触ったらいいか分からなくて、とりあえず手で包み込んでそこにキスする。
初めて間近で見る、撩のに戸惑う。
人間の体の一部にこんな黒くて硬いものがあるなんて、不思議。
舌を尖らせてチロ、と舐めて見るとピクンと反応して。
なんだか凄く面白くってチロチロと舐める。
するといつの間にか、撩はシャツの拘束から抜け出ていてガシ。と肩を掴まれていた。

「…わ かったからっ!!!やめろ!!」

「 や…! 」


抵抗の声の途中で、あたしは行為の中断をさせられる。
体を起こした撩に軽々と手を取られる。食べられる。
ライオンみたいなキス。

「…後悔してもしらないからな。」

耳元で囁かれて、息が耳にかかって。
頭の中が熱で支配される。後悔なんて、しない。
今度は優しくベッドに寝かされて、全身に口付けされる。
初めて快感を理解したあたしは頭が痺れて、もう。どうしょうもない。
いつも眺めていた指先が、あたしの体をなぞる。
太ももを包まれたと思うと膝を持って脚を広げさせられる。
ショーツの上から筋をなぞられて体に勝手にビクと電流が走る。
指が滑り込んだ途端に、中心を擦りあげられる。
左手は胸に。もう片手は中心に。唇はあたしの口を満たしていく。
唇が、体が、満たされていくのが怖い。
撩が下がっていって熱い生き物がクチュと厭らしい音を立てる。

「 んっ…あぁっ ひゃっ!!」

声があがる度に、刺激を強くされる。
太い指があたしを、埋め尽くして、
ぬるま湯に溺れたような感覚に陥って、空気を求めてシーツにしがみついた。

「ごめんな…。」

遠くで撩の声がする。
あたしは、もう、どうなっているのかわからない。
ただ、ただ切ない。
満たされて過ぎて、自分が何所にいるのかもわからない。

「…っ!お願いりょ…!!!!」

溶けてしまう感覚に恐怖して、撩を求めた。
空気の代わりに唇を求めて、唾液を注がれる。
腰をズッと引かれたかと思うと、大きな塊があたしを引き裂かれる。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――!!!!
―――嬉しい。


撩の作る波と風が堪らなく嬉しい。
痛みは繋がっている喜びと撩が其処いる事を確認させてくれて嬉しい。

「香っ…!!香っ…!!香…!!」

切なげな声で名を呼ばれて揺らされて満たされて、快感の階段を駆け上がった。

終ってしまっても、離れてしまうのが怖くて
何度もお互いを求め合った。力尽きるまで。




…どれだけの時間が過ぎたのだろう。
暗闇に包まれているこの部屋は、時間を知る事が出来ない。
隣に横たわって眠る撩を眺めて涙が溢れた。
きっと、ずっと眠れない日を過ごしていたんだろう。

―撩の狂気。
――あたしの傲慢。

体をいくら重ねても、答えが出ることは無かった。

でも、あたしは愚鈍な事に正気の撩に抱かれてやっと気づいた。
撩もまたあたし無しに生きられないんだ。と。
きっとあたし達はこれからも、
傷つけあいながら傷の舐めあいをして生きてく。

それだけは確かなのだと。


******************************



あれから数日が過ぎ、一人でアパートに戻ったあたしは
今日も暖かな食事を用意して帰りを待つ。

ずっと待ちわびていた、部屋の扉が開く音が聞こえて、
音がする方へ駆け寄った。


―――おかえり。撩


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