香ちゃんのお見合い
それは突然やってきた
「香〜!一生の最初で最後で一度きりの私のお願い聞いて!!!」
絵梨子が突然事務所にやってきて申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせて懇願してきた
「ちょっと絵梨子、一体どうしたのよ」
香はいつになく困ってる絵梨子にあわてた。
その騒ぎに僚も何事かと顔を出したくらいだ。
「実は…うちのクライアントの社長が…」
絵里子の話では、社長の弟の息子が40代目前にもなるのに女性と一度もつきあったことがなく、
このままじゃ結婚もできず独身を貫きそうで心配しているらしい。
誰かお見合いの相手になってくれないかとあたり構わず頼み込んでるという。
「もちろん断ったんだけどね…でも何度も懇願されるともう断りづらくて。
とりあえず一度は女性を紹介したという実績があればなんとかなるのよ。
すごく勝手なお願いだと思ってる、でも他に頼める人がいないのよ、香」
そのクライアントはとても大事なお得意様だそうだ。
仕事関係の女の子を下手に紹介して断る事態になったらまずいし、全く仕事に関係ない
女性の知り合いは大体既婚らしい。独身で、断っても角が立たず、そこそこ紹介できる女性…
ってことで白羽の矢が立ったのが香だった。
「ホント勝手だと思ってる…ダメなら仕方ないけど…」
そんなふうに親友にお願いされて、断れる香ちゃんではない。
「絵里子まかせて!私で役に立つか分からないけど会うだけで絵里子のメンツが立つなら」
「ありがとう〜!香!今度何でも奢るから!!」
そんなわけで、人生初めてのお見合いはこんなきっかけでやってきたのだった。
「ところで何着てけばいいのかな。やっぱジーンズはまずいよね、これじゃラフすぎるし…」
一人ファッションショーを部屋で繰り広げる香を陰でのぞいている一人のスナイパー。
その名はシティーハンター冴羽僚。
その筋では有名な凄腕の男。
「俺くらいになるとのぞき位では気配は感じさせないぜ」
凄腕の男は自慢にもならない特技を同居人相手に繰り広げていた。
「しっかし…仕方なく引き受けたって言う割りにノリノリじゃねーか香のやつ…」
なんだか面白くない。ひっじょーに面白くない。
別に香のことなんて何とも思ってないぞ。
そうだ、アレだ、親友の預かり物だから心配してるだけだ。
なあ?槇村よ。そうだよな。そうだと言ってくれ…
「ちょっとなにブツブツ言ってるのよ」
「うわあ!」
「うわあって…失礼ね」
突然後ろから現れた香に心底驚いた。それよりも驚いたのは…
「ね、僚。こんなんでどうかなあ」
そう見せられた香の姿は長年一緒に住んでる俺でもどきっとするものだった。
薄黄色の春めいたカットソーは形のいいバストを包み込みデコルテラインを美しく見せている。
スカートは膝丈のマーメイドラインで細いウエストとそこからヒップにかけて
綺麗な曲線をみごとに描いていた。
一言で言えば清楚なお嬢さん。
きちっとメイクしてアクセサリーでもつければもう完璧だ。
「ちょっと、なんか言ってよ。やっぱりおかしいかな?」
無言でぽかんと口をあけたままの俺に香が心配そうに聞いてきた。
「ま、別にどーでもいーんじゃねーのー?」
「もー役に立たないなあ」
俺の胸の奥で、黒いもやもやが広がるのが分かった。
面白くない
面白くない
「ずいぶんと乗り気じゃないの?香ちゃん。もしかして真剣だったり?
お見合いでもない限り相手にしてくれる男いないもんなー頑張んないとねえ」
「なんですって!?」
ああ、今俺はひどいことを言っている。
心にもないことを言っている。
分かっているけど、残酷な言葉で香を傷つけたい衝動が止まらない。
「せーぜー頑張って。ま、結婚できた暁にはちゃんと祝ってやるからよ」
ずきんと胸の奥で亀裂が走った。
自分で言った言葉に自分で傷ついているのが分かった。
香の顔が見れない。
香がどんな顔をして聞いているのか分からない。
「もういいわよ」
てっきりハンマーが飛んでくるかと思ったが、香はあっさり部屋に戻っていった。
…残されたのは激しい後悔。
「なにやっとんだ俺…」
深く重いため息を長く吐き出した。
吐き出したところで胸の奥のもやもやは晴れない。
嫉妬からきた感情だと分かっていたが認めたくなかった。
子供じみた毒を吐いたところでどうしようもないことも分かっている。
香は家族みたいなものだから。
女としてみてはいけない存在なんだ。
そう思い込んできた。
だからこのお見合いが成功したっていいじゃないか。
祝福できるぞ。
なんたって大事な預かり物を幸せにしてくれる男の元へ送り出すんだからな…
「やべ」
あ、なんか泣きそうだ俺
やばい
胸の黒いもやもやはいっそう広がって俺を侵食していった
あれ以来、僚と顔を合わせないまま、お見合い当日になってしまった。
通された和室は眺めのいい庭に面していて格好のお見合い部屋だ。
「分かっていたけどさ」
僚が私を女として見てないことくらい。
いずれ私を表の世界の男性と結婚させて元の生活に戻したいと思ってることも。
だけど悲しかった。
言われたくなかった言葉を突きつけられて泣き出さない自信がなかった。
だから何も言いかえすこともできなかった。
お見合いだって頼まれてやること知ってるくせに
本当にするわけじゃないのに
「あーもー!知らない!僚なんてもう知らない」
考えてるうちにムカムカしてきたので思考を中断することにした。
こうなったら真剣にお見合いしてやる!
そう意気込んでるとそっと障子が開いて男性が入ってきた。
「遅くなってすみませんでした」
目の前のお見合いの相手はとても人のよさそうな落ち着きのある男性だった。
40代前で女性と付き合ったことがない、といううす暗いイメージはない。
年齢も実年齢よりは若く見えるし、ちょっと不器用な感じに好感を持った。
「初めまして、大谷と申します」
「あ、わ、私、槇村香といいます」
お見合いは思ったより楽しかった。
「すみません、伯父がムリにセッティングして。
でも牧村さんみたいな若くて綺麗な女性が来るなんて思ってなくて緊張してます」
「そんなことないですよ。私お見合い初めてで、私も緊張してます」
大谷さんはとても気遣いの出来る人で空気が柔らかい。
感情でひどい言葉をぶつける僚とは大違いだ。
「職場は男性ばかりで、気がついたら独身を貫いてたという感じで…」
大谷さんは仕事の話や趣味なんかを面白く話してくれた。
その真摯な姿はいっつも女を追いかけてる僚とはえらい違いだ。
はずんだはずの会話
だけど
気がつけば、ずっと、僚のことを考えていた…
「なに楽しそうに談笑してんだよ香のやつ」
そんなこと言える立場にないのは重々承知だが、愚痴らずにはいられない
大きな庭に面した部屋を遠くのビルからのぞくなんて凄腕スナイパーにとっては朝飯前
結局気になってのぞき行為をはたらいていた。
「…思ったよりも普通の相手だな。まさか香マジで付き合ったりしないよな」
香は自覚がないかもしれないが、年上の大人の男性に弱い。
きっとブラコンからきてるのだろう。
自分を包んでくれる包容力のある男性に好意を持ってしまう。
今すぐあの部屋に乗り込んで邪魔したい
邪魔して、香を連れ帰りたい
「あーもー俺重症だわ」
情けなく肩を落としつつファインダーをのぞく
「今日帰ってくるよな…」
僚のたくましい妄想がはてしなく羽ばたいてあらぬ方向へシュミレーションしていた
「香、戻って来い。だめだそんなはしたない!」
望遠鏡をのぞきつつブツブツ言ってる姿は完全に情けない男の姿だった
「ただいまー」
日も落ちた頃、帰宅した香は玄関を開けると部屋が真っ暗な事に気がついた
「あれ、僚出かけたのかな…どうせ飲みにでも歩いてるんだろうーな」
まったくもう、と一人文句を言いつつリビングのドアを開けようとした時、背後で気配を感じた。
「っ」
香は気配を感じた途端、ふっと意識を手放した…
「んっ…あれここどこ…」
香は意識を取り戻しながら、薄暗い部屋のソファで寝かされていたのに気がついた。
見覚えのある天井…自宅のリビングだ
「やっと起きたか香」
斜め上から聞き覚えのある声が降ってくる。
僚だった。
「あれ、僚。私、どうしてたんだっけ…」
くらくらする頭をむりやり覚醒しようとするが上手く働かない。
何してたんだっけ?
そう、そうだ。お見合いして帰ってきて、リビングの電気を点けようと思ったら…
「思い出したか?お見合い、ずいぶん楽しかったみたいだけど」
そう言った僚の声は硬く無機質でなんだか怖い
感情がないような声
「上手くいったのか?」
そう言いつつ僚は香の上にのしかかってきた。
「なあ、香。どうだったんだ?」
僚はゆっくりと手を伸ばして、首筋に触れ、顔を近づけてきた
「りょ、僚?」
僚は何も言わず、ゆっくりと唇を触れさせた
最初は触れるだけ、そして薄く口を開きねっとりと探るように舌をかきわけた
「ん…」
キスは長く、長く、冷たい声とは裏腹にひどく優しいものだった。
「あいつと結婚する気になったのか?」
僚は、機械的な冷淡な声で聞いてきた
でも私をみつめる目はなんだかひどく傷ついて見えるのは気のせい?
そのギャップに香は混乱した
お見合い前には、けしかけるようなことを言っていたのに
いずれ表の世界に帰すつもりのくせに
なのにどうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?
僚がわからない
「…僚は私に堅気の男性と結婚してほしいんじゃないの?」
「ああ、そうだ」
僚は即答した
「だけど」
獰猛な動物が獲物を狩るような動作で指を香の顔の輪郭にそって滑らせた
「誰にも渡さない」
そう言うと手をカットソーの裾から差し入れ背中をなで、ブラのホックを外した
直接触れられる僚の手の温度に香はざわつく感覚を覚える
「お前には迷惑な話だけどな」
「…りょ…」
迷惑なんかじゃない、私は僚がずっと…
そう言おうと紡いだ言葉は声にならなかった
僚が大きな手のひらで香の胸をもみ、太い指先で器用に胸の先端を弄んだ
「あっ、ん、りょ…」
そして片方の手は香のふとももへとすべらせて、何度もなでていた
香は沸騰しそうな意識をつなぎとめようとするが僚の熱っぽい目で見られると
なんにも考えられない
「俺はお前に幸せになって欲しいんだ」
ふとももをなでていた手はいつのまにか香の足の間へと移動し、香の敏感なところを探していた
「んんっ」
香の敏感なところは僚の指で掻き分けられすっかり湿り気を帯びていた
僚は香のショーツを脱がし自分も服を脱いだ
「お前を幸せにはできないけれど、俺はお前を手放せないんだ」
そういうと僚は香へと自分をあてがい一気に貫いた
「あああっ」
香はその衝撃に眩暈がした
痛い、痛い感覚
けれど
僚の悲しそうな目はずっとそのままだ
「りょう…」
香は自分の手を僚の顔へとやった
「かおり…」
「ばかね、僚。私の幸せは私が決めることよ」
「ん」
「私は僚の傍にいられたら、それで幸せなんだから」
「かおり」
僚は弱く笑うと、つながったまま香を揺すって長く暗い夜へ溶け込んでいった
目が覚めるともう外は白み始めていた
「もー朝かよ。無理させちゃったな」
延々つきあわされてぐったりしている香の寝顔を見てちょっと反省した
僚の気配に香も起きたようだ
「りょう…?」
「あ、おはよう香」
なんとも気恥ずかしくて目が合わせられない
香も同じだったようで
「今日の掲示板、僚が見に行ってよね。私動けないから」
と言ってゆるく笑ったのだった
1週間後ー
絵梨子が鼻息荒く興奮して事務所へやってきた
「ちょっと香!すっごい向こうが乗り気でまた会いたいって言ってるんだけどどう!?」
「え、いやどうって言われても…」
「向こうは資産家よーいやーまいったなー香のよさに気づいちゃったなんて。私も鼻が高いわ」
「いやちょっと絵梨子、これ会うだけだったよね?」
「うん。だけど一応お見合いだし、2人がその気になるのは止められないし」
「いや私その気になんてなってないし」
「つーかクライアントがすんごい喜んじゃって、また会ってほしいってー。
もちろん香の意思は尊重するけどさー。どう?そんなに悪い人じゃないでしょ?」
「いや、だから」
「ねえ冴羽さんどう思う?」
急に絵梨子に話を振られた僚は
「んー?まあ香の好きなようにすればー?」
と興味なさそうにコーヒーを飲んでいるだけだ
「だって、香。も一度会うだけ会ってみようよ」
「だけど」
と僚は新聞から目を離さずに続けた
「香は俺の世話で忙しいから、だ、め」
いたずらっぽく香にだけ分かる笑みを浮かべたのだった
おしまい