観察、推理、そして賭

6.

 撩の部屋。香は部屋の隅にひっそりと立ってベッドを見下ろしている。
 ベッドの上では、男と女が激しく絡み合っていた。部屋に満ちる獣のにおい。
香は半ば呆然とその姿を見つめた。
 男は撩だった。筋肉質の逞しい長身が女の上に覆いかぶさり、その白い体を貪っている。
 「あっ……あっ……」
 女の口から甘い嬌声が洩れる。撩はその胸に顔を埋め、先端を執拗に責めていた。
唇で軽く挟みこみ、舌をチロチロと動かす。その刺激に女の全身が震える。
撩の手がもう片方の胸のふくらみに伸ばされ、いやらしい動きで念入りに揉みしだく。
指が、すでに尖りきった乳首に触れた。
 「ああ!」
 驚くほどの激しさで女が反応した。必死にもがくように首を振り、男の腕から何とか
逃げ出そうとする。もちろん逃す撩ではない。肩を押さえつけ、乳首を何度も摘まみながら、
目をきつく閉じて喘ぐ女の顔を見下ろす。
 ――撩の顔に甘い微笑が浮かんでいるのを、香は不思議なものを見る思いで見つめた。
こんな表情、今まで見たことがない。すごく優しい――心底愛しいものを見守るような。
香の胸の奥で、切なさが零れる。

 撩は体を下へとずらした。女の脚をぐいと左右に押し広げ、その中心の濡れた部分に顔を埋める。
 ねっとりと嬲る男の舌。蜜を舐めとる淫猥な音。
嬌声が次第に高くなり、それを聞いた撩は、ますます激しくそこを責めたて追い詰めていく。
突然、一番感じる芽を甘噛みされて、女の体が弾かれたように仰け反った。
 「やぁっ!……ああっ!」
 水から引き上げられた魚のように、腰がびくびくと大きく跳ねる。
しかし男はたくましい腕で太腿を押さえつけ、女が楽になることを許さなかった。
苦痛にも見える女の表情。――しかし苦痛ではない証拠に、花びらからは蜜が溢れ出ている。

7.

 あたし。本当にいやらしくなってしまった。
香は、目の前の光景から視線を外すことが出来ずに立ち尽くす。
男の体の下で身をくねらせ、啼かされ続ける女は――香だった。
絡み合う自分たちを、彼女は部屋の片隅から別人の目で見つめている。
 (いやらしい女になったな……)
 昨晩、撩が耳元で囁いた声が甦る。香はその声を追い払うため、頭を左右に振ろうとしたが、
体はぴくりとも動かなかった。
 (表情も声も……すごくいやらしい)
 そんなことを言われるのは嫌なのに。でも撩の声を聞いているだけで、
体の奥が熱くなってくる。その気に……させられてしまう。

 ベッドの上の撩は、ぐったりとした香の体を起こした。呼吸が落ち着くのも待たずに、
背後から腕の中に抱え込む。力の抜けた脚を思い切り開かせ、右手を無防備な付け根に忍ばせる。
ひとさし指と中指が、蜜で濡れた秘密の部分を探り、そして――奥へ沈んだ。
 「やっ!やあぁんっ……!」
 女の。涙交じりの切羽詰った叫び。それでも二本の指は容赦なくそこを苛む。
 昨晩の――今朝の明け方まで続いた執拗な愛撫。それがどれだけ甘美なものだったかを
思い出して、香は体の奥がうずいた。延々と責められて、逃れようもなくて、
苦しくて、でも――いやというほど刻み込まれる、深い快楽。
 香の背後で、撩は嗜虐的な笑みを浮かべている。この表情はいつもと同じ。
彼女を責めることが、楽しくて楽しくて仕方がないというような顔。
 撩の唇が香の白い首筋を辿る。左手が胸のふくらみを持ち上げるように包み込み、
その先端をくりくりと摘まむ。香の口からは、もう喘ぎ声しか聞こえない。
涙と汗で濡れた頬が光り、男の指の動きに合わせて悶えるその姿は――
淫ら、としか言いようがなかった。
 
 目を逸らしたい。しかしそれが出来ない。香はぼんやりと二人の痴態を見つめ続ける。
その時――香は背後に立つ人の気配に気づいた。いつからいたのかはわからない。
これが現実なら、香の後ろはすぐ部屋の壁で、誰が立つ隙間もないはずなのだが。
 (え……?)
 背後の人物からは、懐かしい雰囲気が感じられる。この人のことは――きっとよく知っている。
いつも。会いたくて会いたくてたまらない人。
 (香……)
 柔らかく呼びかける懐かしい声。香は必死で振り向こうとした。
それなのに、目以外の部分が金縛りにでもあったように動かない。
声は寂しげだった。男の愛撫にこれほど乱れる、淫らな彼女を責めているように。
香は何か言おうとする。しかし言葉が見つからない。何の言い訳も出来ない。
 だってあたしは、もう撩のものだから。

 彼女の思惟を読み取ったかのように。背後の気配がすっと遠くなる。
優しくて寂しい、微笑の欠片を残して。
 (待って!)
 香は叫ぶ。だが気配はどんどん消えかかる。胸に痛みを感じる。――もう取り戻せない。
 ――ごめん。ごめんなさい。
 赦しを乞う言葉が口から零れたのはどうしてなのか。自分自身でもわからないことに
戸惑いつつ、香は泣きながら呟き続ける。やがて気配は完全に消えた。


8.

 「……あ」
 「目、覚めたか?」
 香は重い瞼を開けた。明るい日差しがまぶしい。布団を干すのには絶好の天気のはず。
しかし体はひたすら重かった。重力が二倍になっているように感じる。……撩のせいだ。
 「って、あんたっ……何をしてるのよっ……」
 感覚を少しずつ取り戻して来るに従って、香は今の自分の状況を把握し、瞬時に真っ赤になる。
腕枕はいい。体をしっかり引き寄せられて、抱きすくめられているのもいつものことだ。
だが……朝っぱらから、撩の右手がどこに伸ばされているのかというと……
 「香ちゃんにいいお目覚めを、と思ってさ」
 にやにやしながら撩は言う。男の指が、香の敏感な芽を撫で、弄んでいる。
 「あんっ、やめっ……いい、お目覚めっ……じゃないっ!」
 「またあ。ちょっと触っただけでもう濡れてるぜ」
 「んっ。……撩ってっ……なんでそんなに……」
 際限がないの?と香は真剣に訊きたい。今朝だって寝かせてもらえたのは、
少なくとも四時は過ぎていたはずだ。窓が少し明るくなっていたから。
もしかしたら五時近かったかもしれない。
そして……時計を見ると、今は八時過ぎ。あんなに長くて、激しくて、体力を使わせられたのに、
与えられたのはたった四時間の睡眠。そして今もまたこんな風に……


 「なんせ種馬だしなあ」
 まるで他人事のように撩はうそぶく。それから、少し真顔になって言った。
 「何の夢見てたんだ?」
 「え?」
 「泣いてたぞ。うなされてた」
 そう言われれば、何か重たい夢を見ていたような気がする。香は記憶を探り、
その内容をおぼろげに思い出すと、妙に頑なな表情になった。
 「……何でもない」
 「何でもないことないだろ。寝言で、ごめんって」
 「……」
 「黙秘?」
 頑固に口を開く様子を見せぬ香を見て、撩はちょっと考えたようだった。
しかしすぐににやりと笑うと、香の腰に手をかけ、体ごと、ぐい、と引き寄せた。
横たわった二人が向かいあう形になる。
 「きゃああっ!」
 完全に不意を突かれる。香は全く心の準備が――出来ていなかった。
撩の手で彼女の脚が素早く持ち上げられ、すでに猛っている彼のものが、香の中に突き入れられる。
 「……んっ……あっ」
 「言えよ」
 「あんたって……信じられないっ……!」
 「……言わないと挿れたまま寝ちまうぞ」
 言った途端に目を閉じてわざとらしく狸寝入りを始める。微妙に香の体を揺すりつつ。
激しい刺激ではないが、これをずっと続けられたら、きっと参ってしまう。
 「ちょ……やめ……りょうっ!」
 「言ったらやめてやってもいい」
 「もうっ、忘れたわよっ!こんな……ことされて」
 「嘘つき」
 撩の揺すり方が少し激しくなった。だが香は歯を食いしばるようにして何も答えない。
あの夢は。誰にも言えない。自分にさえ認めない、密かな奥底のものだから。

 揺すられ続ける香はきつく目を閉じ、撩の二の腕を力任せに掴む。
この男もたまには少し痛い目にあえばいいのだ。いや、是非あわせたい。
だが、撩は全くこたえた様子もなかった。
 「言わないとなあ……」
 「もうっ……やっ!……」
 「最後までしちまうぜ?」
 突然体勢を変え、撩が彼女の上にのしかかってくる。わずかな手加減もなく奥深くまで
男の熱い自身を潜りこませる。――香の体は貫かれる快感に硬直した。
 「ああっ……りょうっ」
 「素直に言わないからだ」
 「……言っても……する癖にっ……」
 「多分な」
 男は真顔になり、本格的に律動を始める。
朝の光の中。ベッドという檻の上で、香はまた撩の与える快楽に引きずり込まれて行った。

9.
 
 結局、男が鎮まったのは、それから三時間近く後のこと。
香はまだ自分が何とか生きていることに内心でこっそり感謝を捧げる。撩の相手をするのは、
おそらく3000メートル級の山を駆け足で往復するくらいの体力がいる。
生きてて良かった。
 「ねえ……どうして今日は、こんなにシツコイの?」
 腕枕をされた香は、至近距離にある撩の目を見ながら心底呆れた声で尋ねる。
 今日はというか、昨日からずっと。基本的に淡白とは全く縁のない男だが、
今回は程度を超してしつこい。一体正味何時間……それを数えるのはあまりに恐ろしい。
 「んー。珍しく香が誘ってくれたから。ついついはりきっちまった」
 「はりきりすぎ……。いくら何でも節度ってものが」
 これほどされてしまうのなら、もう二度と自分からは誘うまい。香は固く心に誓った。
 「節度ねえ。まあ、俺の辞書にはないな」
 「……あのね」
 「お前のことならいくらでも食えるし」
 「あたしっ、食べ物じゃない!」
 男の、まさに人を食ったような言い方が口惜しくて、香は撩の腕の中でもがく。
それを難なく押さえつけながら、彼は薄く笑った。
 「まあ似たようなもんだろ」
 「何で。どこがよ」
 「食わないと死んじまう」
 「……っ」
 さらりと言われて、香の頬が赤くなる。それを見て撩はくすりと笑うと、優しく言った。
 「疲れただろ。……ゆっくり寝ろ。掲示板は俺が見てくるから」
 「ん……」
 途端に、香に睡魔が襲ってくる。一分後にはもう軽い寝息が聞こえて来た。
撩はその安らかな寝顔を長い間、見つめ続けていた。

10.

 体が重い。あれから夢も見ずにぐっすりと眠ったとはいえ、たった数時間の睡眠では
まだ体力の回復は不可能らしい。すでに体感重力は五倍になっている。
 しかし生きるためにはそろそろ何か食べなければ。撩じゃないけど――さっきの言葉が
耳に甦り、香は赤くなる――食べないと、人間は死んでしまうのだ。
普段であれば、もう夕飯の支度を始める時刻。さすがに香もすっかり空腹になっていた。
鼾をかいて熟睡しつつも、撩は香の体をしっかりと抱きしめている。妙に幼く見える寝顔。
香はそっと鼻にキスをした。 

 重たく絡みつく腕を何とか外して起き上がり、手近にあった彼のシャツを
素肌に羽織って、香は音を立てないよう部屋を出る。
 リビングに足を踏み入れた時、彼女の口から呟きが洩れた。
 「あ、しまった」
 部屋の電気がつけっぱなしだ。慌てて手を伸ばし、スイッチを消す。
電気代がまずい。ただでさえ生活が苦しいのに。
時間的にどうかと悩みつつカーテンを開け――その時香は、重大なことに気づく。
この部屋の窓は、向かいに住む住人から丸見えなのだ――。

 電話の留守録が点滅している。
 <――リビングのライトがついたまま。そして電話には出ない。
……ってことはお取り込みの最中ってことかな?>
 笑みを含んだミックの声が再生される。
 <リョウに少し急ぎの用事があるんだ。手が空いたら電話をくれないか?
今晩は……無理だろうから、明日の午前中くらいに。え?……>
 しばらく声が遠ざかる。電話の向こうで、何か笑いあっているらしい声が微かに聞こえる。
 <……カズエは、午前中でも無理だろうって言ってる。――じゃ、ディナーでも賭ける?
昼前までに電話が来たら俺の勝ち、そうでなければ君の勝ちだ>
 くすくすくす。恋人たちの楽しげな笑い。
 <……聞こえたか?リョウ。カズエを勝たせたいからって、ずるはなしだぜ。じゃ、よろしく>
 時刻は前夜の23:02。再生が終わっても、香はその場に固まっている。

 ――賭けをしているミックたちは、きっと何度もこの部屋の窓を確認しただろう。
そして彼らが見るのはいつまでも消えない部屋の電気と、閉まったままのカーテン。
しかももう五時過ぎ。一体どんな想像をされていることか。

 「いやあんっ!!」
 顔を真っ赤にした香は、一声叫ぶとリビングを飛び出した。
次の瞬間、撩の部屋から、どかんどかんという大音響と、
焦りまくった「いや、待て、香、どうした」という彼の声が聞こえる。
――やがて「うぎゅっ」という断末魔の呻き。
 男の生死はさだかではない。
 

                      終了
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