残されたもの
足音が重い。不本意にも明瞭なままの思考がはっきりとそれを自覚していた。
本当なら、もっと乱れて濁っている筈の思考回路が、今日に限っては憎らしいほど明晰。
酒が足りない。重ねて呑もうにも、先立つものが足りない。
無い訳じゃない、持ち歩いてないだけなのだが、
そもそも「ツケといて」とさえ言えばどうとでもなる馴染みの酒場にばかり居た筈なのだが、
乏しくなってきた財布の中身に気付きもしなかった自分が空しくて、そんな言い訳をする気も起きなかった。
のろのろと鍵を開ける。扉を開く。
迎えてくれるのは、闇ばかりだ。
誰も居ないのは当たり前だ。俺はここで、独りで暮らしているのだから。
そんなことは解ってる。解ってる癖に、どうにも納得出来なくて入り口に立ち尽くした。
後ろ手に閉めた扉に背を預けて、俺はずるずるとその場に座り込む。
「……なんでだよ」
なんで、居ないんだよ。
愚問としか言い様のない台詞を呟いて、その声が静寂に溶けてしまうのを待つ。
「…………」
たっぷり三分は経った。どこか遠くで犬が吼える。
のろのろと立ち上がり、流し台に手をついた。蛇口から直に水を飲む。
午前二時。眠らなければならない。
眠りが訪れるまでに、どんなに長く、不愉快な時間が続いたとしても。
* * * * * * *
香が死んだ。
それを知らされてから一月半。
それが事実であることを理解出来るようになってからは三週間弱。
……理解出来るようには、なった。
受容することは、まだ出来ない。
無機質な闇で溢れた寝室に、重い足を向けた。
電灯のスイッチに指が触れる。触れるだけだ。押すことはない。
誰も居ない空間を、わざわざ明かりで照らそうとは思えないから。
夜が来るのが厭で仕方がない。
肉体を持って生活している以上、睡眠を取るべき時間帯である夜が不要な筈はなかった。
けれど眠れない。眠ろうとして目を閉じると、思考が勝手に廻り出して、収まらない。
だから酒が必要だった。何も考えられなくなるほどの量のアルコールが。
元々強靭な肝臓だったらしい上、得体の知れない薬物に対する耐性まで持つよう厳しく躾けられて来てしまったから、それは恐ろしいほどの、文字通り浴びるほどの量になった。
過剰摂取を繰り返した体が、段々狂って来ているのが解る。
けれどこれを止めたら、先に心の方が壊れてしまう。
そう思ったから、呑み続けてきたのに。
「……全然、足りねぇよ」
重いばかりの体、くらりともしない頭を、投げやりにベッドに沈める。
汗ばんだシャツの布地が邪魔臭い。不自然な角度で腹に食い込むベルトの金具も。
緩慢な動作で服を脱ぎ捨てて、下着一枚になる。それを咎める奴も居ない。
脱いだ服はそのままベッドから滑り落とす。床に、じゃらり、と響く節操の無い音。
尻ポケットに突っ込んだままの札入れの中身を思い出し、苦々しく息を吐いた。
「札」入れとは名ばかりの、小銭だらけのそれ。
名前に相応しい状態にしてやるには、明日、まともな時間帯に起きて銀行へ行かねばならない。
面倒くせぇな。
わざとらしくそう考える。
昔は、何の遠慮も心配もなく札束を家に置いていたような気がする。
きちんと口座を持って管理するようにしたのは槇村だった。
電気代やら水道代やらの払い忘れがあまりに多いのを見かねて作ってくれたのか、気付いたら冴羽商事の公共料金は自動引き落としになっていた。それ以来、こまごまとした収支はすべてあの生真面目な相棒が引き受けてくれていたのだ。
そして槇村の後は、香が。
「…………」
溜め息が出た。
結局思考はここに戻って来てしまう。
香、という終着地点。
「なぁ、槇村」
呼んでみる。
「……そりゃ、確かに預かり物だったが」
預かるってのは、いずれ「返す」ってことだったが。
槇村のいる、川を挟んだ遠い世界へ返すってことじゃ、なかった。
「……なんでだよ」
どうして、俺を置いて行ってしまう。
槇村と同じように。香も。
誰かと暮らす快楽を、大切な人がいる快感を、こんなにも教え込んでおいてからいきなり――置いてきぼりを喰らわすなんて。
分かってた。
そんなことを教え込まれたら俺は、それを手放せなくなる。
不本意な別離でしか、結末を迎えられなくなる。
だから近付けない様に、近付かない様にして来たんだ。
軽口から始まる巧妙な嘘で。
揶揄って、罵って、気のない素振りで、いい加減な扱いで、
毎日、綱渡りのような関係を積み重ね続ける。
卑怯だと言われても仕方なかった。見捨てられても文句は言えなかった。
俺は俺なりに、必死だったんだ。
遠ざけておく為の言い訳を、俺にもお前にも用意しなくてはいけなかったから。
……本当は、気付いていたのに。
足を引っ張られた以上に、俺はお前に救われていたのに。
得体の知れないコワイモノから、何度も何度も守られていたのに。
愛されているのだということが、目眩がするほど嬉しかったのに。
認めたくなかった。
……呆れるほど長い時間をかけて。
不器用に段階を踏んで、恐る恐る手を伸ばして、ずっと焦がれていた眩いものを、抱く。
闇の中に、片脚どころか自ら進んでどっぷり首まで浸かりながら、いつまでも日向の匂いを失わない女。
香。
決して離れないと言ってくれたから、決して放さない俺を許してくれたから、だから俺は漸くお前を抱いたのに。
こんなに早く居なくなるなんて、そんなの――
「……酷ぇよなぁ……」
独白を吸い込んで、空気が重さを増した。
纏わりつく夜気に湿った匂いが混じる。
ぱらりぱらりと、音。
雨だ。暗闇の雨。
あの夕方によく似た音。
手に入れたと思った途端にそれはあまりにも呆気なく。
――見てもいないその瞬間を、何度も何度も思い描く。
叩き付ける雨の音。子供用の雨傘。
頭より先に体が動いて、無茶な体勢で、無謀なタイミングで。
「そういう奴だよな、お前は……」
全く、馬鹿げたお人好しだ。
意識が消える瞬間でさえ、自分のことなど考えていなかったに違いない。
思っていたのは多分、子供は無事だろうか、ということと、
似合わない衣装を持て余した俺が、どうしているだろうか、ということ。
「……こんなざまだ」
情けなくて笑ってみる。
だって俺は、あんなにも時間をかけてお前と半分以上融け合ってしまった俺は、
お前無しじゃもう、どうしようもないんだ。
「……馬鹿げてるぜ、ほんと」
呟いて目を閉じてみる。
瞼の裏には、開けていても閉じていても変わらない、空虚な暗闇の気配しかなかった。
* * * * * * *
――奇妙な渇きで目が覚めた。
カーテン越し、薄明かり。疎らに鳥の声。
陽射しはないが、雨の音もしない。
陽が昇る直前、世界が息を詰めて新しい一日を待っているような、ぎりぎりの夜明け前。
……なんで、こんな時間に目が覚めるんだ?
ぼんやりと天井を眺めて考えてみる。
……あー、昨夜、珍しくさっさと寝ちまったからかなぁ。
夜遊びに慣れてしまった体には、偶の早寝は逆に堪える。
この渇きもきっとその所為だ。二日酔いでもないってのに。
水道水でも構いやしない、何か飲んでまた眠ろう。
半分這いずる様にしてベッドから抜け出す。
霞んだ頭を叩き叩きダイニングの扉を潜り、顔を上げると、振り返った香が目を丸くした。
「あら! どうしたのこんな時間に?」
――――?
一瞬、頭の芯が揺らいだ。
目を擦り、香を見る。いつも通りの香だ。
見慣れたシャツにハーフパンツ、いつものエプロンを無造作に身に着けて、
コーヒーミルに片手を掛けている。
「当然、昼までは寝てるもんだと思ってたのに。ご飯、当分出来ないわよ? また寝とく?」
迷惑がっているような素振りで、けれど申し訳なさそうに、言って香はまた俺に背を向けた。
「……いや……」
朝飯なんか、どうでもいい。
さっきから、この違和感は何だ?
香から目を離せないまま、無意識に椅子を引いていた。
背を向けたままの香の手元から、豆を挽く音がかりかりと響く。
その後姿を、見るとも無しに見ている。
無防備に晒された膝裏と、力を入れる度に微かに揺れる腰が何となくいやらしい。
「……俺にも、コーヒーくれ」
「はいはい」
気軽で陽気な返事。火にかけられた薬缶がしゅんしゅん音を立て始めた。
なんて健全な朝の風景。
――拭えない違和感。
空のコーヒーカップをテーブルに置いて、香が笑った。
「ちょうどいいわ、ベッド空けておいてね。ベッドマット干すから。また寝るんならソファ使って」
「……何だよ、俺は邪魔者かぁ?」
ちょっと不貞腐れたように、半分甘えたように、不満を口にする。
「えーえー、邪魔に決まってるじゃないそのでかい図体! あたしの言う通りにどいててもらいます。今日は家中すっきりさせるんだから!」
香が大袈裟な呆れ顔で応える。
慣れたやりとり。そうだ、これが日常。照れてしまうくらいに甘ったるい毎日だ。
「今日はいい天気になるらしいし。梅雨入り前に、出来るだけのことはやっとかないとね」
まーったく、張り切っちゃって。女ってよく分からんのなぁ。
暢気な感想を思い浮かべる頭の片隅、じりりと焼け付くような違和感。
いい天気?
青空。光の射す、明るい部屋。
日向の匂い。陽だまりの匂い。
――香?
違う、そんなんじゃない、
俺の知っている香は、
俺の覚えている香は、
俺の憶えている最後の香は――
――最期の、香は……
土砂降りの雨に打たれて、
暗い、深い、黄昏の匂いを纏った、
冷たい……
「――――!」
思わず腰を浮かせた。
冷たい汗が毛穴を駆け上り、ざわりと鳥肌が立つ。
違う、おかしい、だって、香は――
かちりと音を立てて香がコンロの火を消した瞬間、
俺は後ろから香を抱いていた。
腕の中に丁度納まる、馴染んだ身体。
違う、違う違う違う、こんなのはおかしい。
香は居ない。何処にも居ない。
これは夢だ。そうでなければ幻覚。
だから、抱き締めたらきっと消えてしまう。
力を込めたらきっと目が覚める。
ああやっぱり夢だった、と、俺に納得させてくれ!
――強く強く抱き締めたのに、香は消えない。目も覚めない。
「……リョウ」
穏やかな、香の声。
俺の名を呼ぶ、遠い、懐かしい響き。
もう一度、強く腕を巻き付けて、目の前の髪に唇を押し付けた。
「リョウ」
今度は静かに、呟くように。
香はそっと手を持ち上げて、俺の腕に重ねた。
余計なものは何もかも削ぎ落とした軽さで。
ああ。もういい。
手を滑らせて、柔らかな乳房に指を喰い込ませる。
解った。解ってしまった。
全く、呆れたお人好しだ。
「…………」
その優しさにつけこんで、俺は静かに名を呼んだ。
「……香、」
もう一度だけ、抱かせて。
* * * * * * *
「――あ、っ」
かたん、と音を立てて香の膝が床に付く。
ずり落ちた下着が脚に絡んで、崩れた体勢を立て直せない。
繋がった部分ごと下に持って行かれそうになった俺は、香の胸を包んでいた両手をずらし、
丸い腰を抱えて強く引き上げた。
「――ん、んあぁっ!」
中が擦れ合う刺激に、一際高い嬌声が上がる。
力の抜けてしまった上半身はもう壁に辛うじて引っかかっているだけになり、
初めは身体を支えていた細い手も、シンクの縁を弱々しく掴むだけになっている。
呼吸の音は早く、浅い。手のひらに伝えられる肌の感触は熱くて、纏ったままの服が急に邪魔に思えた。
「……移動しよう」
え?と聞き返そうとする香が振り向くより早く、背後からの姿勢のまま抱き上げる。
「や……ちょっと、やめ……!」
膝の下に手を入れて持ち上げ、少し重心を後ろに傾けて、俺の胸に凭れ掛からせる。
「はぅん!」
重力で余計に密着させられた結合部分から、押し出された体液が滴り落ちた。
なんていやらしいんだろう。
他人事みたいに考えて、俺は少し笑う。
小さな子供を抱えるようにしたまま寝室へと急いだ。
寝乱れたままのベッドに、枕はひとつしかない。
口元を歪めて、香ごと乱れたシーツに倒れ込んだ。
「ひゃぁんっ」
衝撃で奥にぶつかり、香が甘い悲鳴を上げる。
うつ伏せた白い身体に覆い被さったまま、緩く腰を揺すってみる。
角度や深さを変えながら、少しずつ少しずつ。
本当はそんなことをしなくったって分かっている。この女が感じる場所、好きな角度、反応する言葉。
それでも今は、確かめたかった。香を。香の身体を。
その身体は俺の胸の下、シーツに頬を押し付けて、執拗な責めに堪えている。
腰の動きは止めないまま、俺は片手を白い脚に這わせた。
半端に引っかかっている下着を、爪先へ向けて引き下ろす。
香が僅かな抵抗を見せた。
「やぁ……んっ……」
「何が?」
ここまでされておいて、厭だも何もなかろうに。
「自分で……脱ぐ、から、いっ……いったん、抜いて……」
「……やだね」
囁いて、細い両腕を頭の上に纏め上げる。
捲り上げられたまま胸に引っかかっていたシャツを引き上げ、ホックの外れたブラジャーごと無理に脱がせる。
「なんでっ……」
「一度離したら、」
茶化して言おうと思ったのに、口から飛び出してしまった声はやけに深刻で。
「消えちゃうかもしれないだろ、お前」
――自分でも驚くほど、臆病な言葉だった。
散々焦らしながらこちらも服を脱ぎ終えると、俺は繋がったままの香の身体を反転させた。
濡れた茶色の瞳と、まともに向き合う。
ほんの少し色素の薄い、真っ直ぐな目は、
自分でも気付かない何かまで貫いてしまうようで。
その揺ぎ無さに、惹かれた。
「……香」
薄く開いた唇に、キスする。
温かくて、柔らかくて、微かに甘い――俺の知っている香の、唇。
――そうだ、俺は知っている。この感触。この温度。
頼りない腕を掴んで、首の後ろに回させた。
言いたいことを的確に掴んで、香は俺の頭を強く抱き寄せる。
もっと深く。
尖らせた舌で、融けるほど濡れた内側を探る。
行儀良く並んだ小さな歯の形、俺のより薄く柔らかい舌の感触。
貪るようにひとつひとつを確かめながら、繋がった腰も更に深く、奥へ奥へと潜り込ませる。
擦れる度に、中が、融ける。
「んっ……んぅ」
只でさえ荒かった息が忙しく苦しげになり、呻きに似た声が唇から漏れる。
手のひらでか細い背中を包み、丸い膨らみに胸板を押し付けて、体中の皮膚で腕の中の女を味わう。
香の脚が俺の腰に絡み付いた。
繋がりが一層深くなる。正体も判らないほどの内側へ、呑み込まれる。
張り詰めている頭の真ん中が、霞む。
蕩ける。
「ふ……っ、ん、ん」
抵抗しようとするように、体が勝手に動いた。
強引に、乱暴に、好き勝手に香を揺さぶる。
絡んだ粘膜が一層熱を帯び、質感を増す。
「――んん!」
香の背が反り、鋭く上がったその声を唇の奥へ呑み込んだ瞬間、
引きずられるように俺も、頂点を超えた。
――それは本来行き場のない想いで、
だから吐き出したって空しいだけで、
要するに無意味な行為だってことは初めっから分かってた訳で。
けれどこの腕の中に居るのは香だから、
紛れもなく俺の大切な女だから、
こいつがそれを受け止めてくれたから、
多少の空しさなんかどうだっていい。
総てがまやかしなのだとしても。
その優しさだけは、本物だから。
* * * * * * *
「……りょーお」
甘えるように、宥めるように、香の声が耳を揺らす。
細い指が、俺の髪を絡めては梳き、優しく撫でている。
応える余裕はなかった。
白い首筋に顔を埋めて、俺は泣いていた。甘ったれの子供みたいに。
「ね……、顔あげて?」
「……っ」
駄々をこねるように首を振る。呆れたような、優しい溜め息。
「大丈夫だから、ね?」
何が大丈夫なもんか。
俺は全然、大丈夫じゃない。
お前が居ないんじゃ、どうしようもない。
泣き喚いて縋り付いて、無理矢理にでも引き止めておきたい。
――出来ない。分かってる。
だってもう香は、ここには居ないのだから。
唇を噛んで、強く息を吸い込んだ。
胸がいっぱいになる。
溢れそうになる何かを、唾液と一緒に呑み込んで、もう一度息を整える。
「……香」
意を決して、呼んだ。
なぁに?と、髪を撫でる手だけで香が訊く。
「……ありがとう」
手が止まった。空気が揺れて、言葉が零れる。
「……ごめん、って言ったら、引っぱたいてやろうと思ってたわ」
ふふ、と小さな笑い声。
恐る恐る顔を上げようとする前に、きゅっと抱き締められた。
「ねぇ、リョウ。大丈夫だからね」
――ああ。香の肌、香の体温。香の匂い。
こんなにも憶えていることが哀しく、けれど不思議なほど嬉しかった。
「忘れてしまったっていいし、忘れなくたっていい」
穏やかな声音に、思わず口元が綻んだ。
全く、どうしてそんなにお人好しなんだ。
「大丈夫よ、リョウ」
柔らかな手が、頬を包んで。
「こんなコトくらいで、あたしは消えない」
深い茶色の瞳が、俺を捉えて。
「――消えやしないわ、ずっと」
そして優しく、笑った。
* * * * * * *
――頬の冷たさで目が覚めた。
カーテン越し、目映い光。賑やかな鳥の声。雨は止んでいるらしい。
陽は昇ったばかり、世界中が新しい一日への期待を込めて伸びをする、清々しい朝だ。
……今度こそ、現実だ。
目尻からシーツまで伝う水滴の跡が、夢と現をはっきりと分けている。
あー、俺、ちゃんと泣けるんだな。
妙に嬉しいような気持ちが込み上げて、少し笑った。
大丈夫よ。
馴染んだ声が耳に残っている。
起き上がって大きく息をついた。
ああ全く、お人好しめ。
そんなに俺が心配で、――俺を見かねて、逢いに来てくれたのか。
忘れてしまったっていいし、忘れなくたっていい。
だから――ちゃんと生きてきなさいよ、と。
そう言いに来てくれたのか、香。
「あーあ、面倒くせぇなぁ……」
頭を掻いて、ぼやく。
お前が居ないなら、生きている意味なんてない。
そんな自堕落を見透かされて、優しく叱り飛ばされて、
でも俺は今、何故だかちょっと気分がいいんだ。
それはまるで、愛した人に永遠の忠誠を誓うような、心地よい束縛。
「……さて、朝メシでも食いに行く、かな」
カーテンを開け放つ。
遠ざけていた日向の匂いに包まれて、俺は改めて思い切り、笑ったのだった。