合縁奇縁


生暖かい日差しが体をべったり包む。暑い。
ぼんやりとした頭で時計をのぞいて驚く。10時だ。
私は昨日、いつの間にかうとうと眠り込んでしまった。
多分12時間以上は寝ていたと思う。
寝過ごした!と思いながらパタパタとリビングへ向かった。
だらだらしているであろう同居人の姿はなかった。
キッチンや風呂場にも見あたらない。どこもかしこも家主に冷めた態度でガランとしていた。
百年前から一人で過ごしているような、妙な不安が襲ってくる。
まだ寝てる?と思い階段を駆け上った。けれど撩の部屋もどこにも姿はなかった。
撩の部屋の中はやっぱり暑い、いや異様に暑い。
撩に染みついた硝煙やオイルやタバコの匂いがむぁっと迫ってくる。
エアコンがつけっぱなしになってる。しかも何故か暖房。あのバカ何考えてるのよ。
けれど少しほっとする。
とにかくスイッチを切って、窓を開けよう。
いつもなら私が寝過ごしても、飯はまだかと起こすくせに、どうして今日はいないんだろう。
いないことには慣れているのに、どうしてこんなに居心地が悪いんだろう。
私は迷子の子供みたいに情けなくなっているんだろう。
……暑いからよ。
どうせあの男はナンパでもしているんだろう。あの恐ろしい目で美女でもキャッチしたに違いない。
こんなことを考えていてもくさくさしてくるだけだ。
私は全て暑さのせいにして、シャワーを浴びることにした。この妙な気持ちも洗い流せると思った。

シャワーを浴びて体中がさっぱりする。これが爽快ってものよね。
私はふと、うきうきしてきた。やってみたいことができそうだった。
誰もいない、風呂あがり、季節は夏、条件は揃っていた。
私のやってみたいことは…『裸で部屋中うろつくこと!』だ。
テレビで、セレブで有名の美人タレントが、家では裸だと公言していた。
いいわよねー見せれる体で…と流したが、ちょっと面白そうだった。
替えの下着や服は身につけず、バスタオルだけを体に巻いた。さすがに一糸まとわずは気が引ける。
やっぱり風呂上がりは牛乳の一気のみよね。
冷蔵庫から牛乳を取り出しコップに注いで、仁王立ちに腰に手をあてるという勇ましい姿でごくごく飲んだ。
プハー!生き返るー!などとわけのわからぬオヤジ臭いこと言って、気分を盛り上げる。
腹にものを入れると空腹感が襲ってきた。けれど裸で料理するのも恥ずかしい。
かと言って服を着てしまうのは、早々と負けを認めたみたいで、棚からカップラーメンを取り出して食べることにした。
お湯を注ぐとき、堅い麺にはじかれてお湯の飛沫が体にあたる。
アツっと言いながら、これは修行なんだと言い聞かせて耐えた。そのままキッチンで3分待ってもさもさ食べて、片づける。
数分ほどうろうろしてみたが、やってみると案外つまらない。
これってただのものぐさな人じゃない?
あと30分したら服を着よう。
そう決めてソファに身を沈め、ぼんやりテレビを眺めていたらうとうととしてきた。
私はバカだ。またいつの間にか眠ってしまった。


腹減った。俺は滅茶苦茶空腹で目が覚めた。クーラーの効きすぎだ、寒い。
節約だなんだと叫いて、クーラーは1時間しか使うな、設定温度は28度だ、とうるさいあいつに知れたらまずい。
この部屋の温度はどう考えても寒い。俺は急いでリモコンを取って暖房した。
うぅ腹減った。のそのそと階段を下りるけれど、飯の匂いがしない。
香ー飯ーと呼ぶけれど返事もない。キッチンにいない。リビングにもいない。寝てんのか?
香ー起きろーと声を張ってドアを開けた。やっぱり香は寝ていやがる。
ベッドにドーンと横になっていた。市場のマグロみてぇ。
何やってもなんか威風堂堂としてんなこいつ。違う『威張ってる』だな。
とにかくこいつを起こさんと飯も食えん。
起きろ!おい!と肩をつかんで仰向けにさせたら、俺はすげーびびった。
目がカッと開いてる!しかもヨダレ垂らしるぞ!俺初めて見たよ、目開けたまま寝てる奴。こんな凄い技持ってたとわ。
香、恐るべし!
記念に撮っておこうと思ったけれど、カメラ取りに行くのも面倒だ。やめた。
面白すぎるんで放置しておくことにした。
炊飯器の中はカラっぽ。
冷蔵庫を開くとキャベツとベーコンとカチカチのチーズしかない。兵糧攻めか?
とりあえず食ったが腹の足しにもならん。腹減った。
こんな時は麗香になんか食わせてもらおう。


麗香〜撩ちゃんだよ〜とご機嫌でお邪魔した。
麗香は気前よく飯を食わせてくれた。
カブのみそ汁、だし巻き卵、焼きたらこ、焼き茄子の挽肉あんかけ、アボガドとエビのサラダ…グ、グレイト!
おかずが3品以上ある!
俺はうまいうまいとガツガツ食べた。麗香は、大げさね、と笑っていた。
飯も作らず爆睡してやがる香とは雲泥の差だ。やっぱり麗香をパートナーにするべきじゃねぇか?
ルパン三世の如く服を脱いで、麗香!パートナーになってくれ!もっこり付きで!と迫ってみたが、
あっさりとハンマーで打ちのめされた。なんでみんなハンマー持ってんだ?
麗香は怒って俺を叩き出した。食後のコーヒーくらい飲みたかったなぁ。
それからフラフラとキャッツアイに向かった。無論、道中をナンパしながら。
しかし何故か成功しない。なんでだ?どーして?
最近じゃイエスガールが多いと聞くが…ガセか?絶対気持ちよくしてあげるのに…それともデカすぎてダメとか?
こんなときは海坊主をからかってやろう。
ドアの向こうで、美樹ちゃんはなんだかキャッキャとしている。海坊主は顔から湯気を出して仏頂面だ。
開ければ、いらっしゃい、と美樹ちゃんが微笑み、海坊主は、フン、と相変わらずの不細工顔だ。
お前気抜きすぎだろ。それともわざとか?後日子猫を送ろう。
コーヒーを頼んでタバコを吹かしていたら、美樹ちゃんが上機嫌で話しかけてきた。
「冴羽さん!ファルコンに凄い依頼がきたの」
「へーどんな?」素っ気なく返したが、美樹ちゃんは上機嫌のままだ。にこにこしている。うーん可愛い。
「ドラマの出演依頼よ!凄いわよねぇ」美樹ちゃんは瞳をキラキラさせている。案外ミーハーなんだな美樹ちゃん。
「そんなもの受けん!裏の人間がテレビに出れるわけないだろう!」海坊主はまた湯気出てやがる。
「はっ!どうせ通行人だろう?」
「喫茶店のマスターの役なんですって!出番も多いみたい」
「だから出ないと言っとろうが!」まるで茹でダコだな。こいつにカメラ向けたらコチコチじゃねぇのか?
「えー見たい ファルコンのマスター姿見たい!」
「いつも見とろうがっ!!」
「ちょっと待て 美樹ちゃんに依頼は…?ドラマの」
「私にはないわよ?」
「じゃあ タコの居ぬ間に愛を育みましょー!」美樹ちゃんに飛びかかったが、タコに吹っ飛ばされた。
それからドラマネタで海坊主をからかっていたが、窓の外にもっこりちゃんを発見してダッシュした。

なんでこんなに失敗するんだ?今日は厄日だ。金もねぇし、腹も減った。
いきつけの店に行けばツケを払えと追い回される。
他はこじゃれやがってOLのランチみたいなもんだ。腹の足しにもならんぞ。
キャッツアイに行けば海坊主に、ふられたのかと楽しくつっこまれるに違いない。うるせえ。
仕方ない。帰って飯でも食おう。
さすがにもう香は起きてるだろう。それに目ぇ開けて寝てたって笑い飛ばしてやろう。
俺はどんよりとわくわくを抱えて、アパートの階段を上った。
我が家が近づくにつれて、香の寝顔を思い出し、笑いがこみ上げてくる。
やはりあの衝撃の寝顔は激写するべきだった。
まぁ、また今度撮りゃいい。
ドアを開ければテレビの音がする。香はいるんだな。飯だ飯。俺はずんずんダイニングへ向かった。
が、飯を作った痕跡すらない。冷蔵庫の中は何も変わらない。何だ?
とりあえずリビングに行ったら、目の前に素晴らしい光景が飛び込んできた。
もっこりちゃんが、タオル1枚で横になってる!!
ナンパの神様は俺についてる!
ナンパした女の子が、やっぱり俺が欲しいとやって来たに違いない!
逸る気持ちを抑えて突進した。
なんちゅー美味しそうな体だ!とにかく声をかけてみた。返事がない。照れてんだな。
何度も言うが、逸る気持ちを抑えて彼女の内腿を触った。手にぴったりと吸い付いてくる肌。すげー気持ちいい。
よし服脱ごう!
俺はさっさと服を脱いだ。彼女の気持ちに応えねばならん。
そしてキスをしようと、膝をついて、ギターを弾くような格好で彼女を腕の中に抱いた。
んが、俺は顔を見て、ぎょっとした。

香じゃねぇかっ!!!
なななななんで、香?!!!?!
俺は固まった。
しかし指はタオルの上から胸を揉み、内腿を舐めるように触っている。手が、止まらん。
香は瞼を閉じて、すうすう寝ている。良かった気付かれていない。気付かれてみろ、確実に消される。
止めねばならん。やばいやばいってと心の中で叫ぶ。しかし手が、止まらん。
俺のもっこりは先が光ってやがる。うぐ、なんでだ?俺のもっこりレーダーは確実に美女を捕らえるはず?!
全神経をもっこりに集中して、おさまれおさまれと念じるが、ますますもっこりはデカくなる。
念じてどうこうなるもんでもないが。
内腿を触りまくる手は、どんどん香の中心へ向かう。うわ、しっとりしてる。
触った瞬間、香は、小さく悲鳴を上げて体を魚みたいに跳ね上げた。
俺はどきっとして、俺の体も小さく揺れた。まるで童貞。しかし手が、止まらん。
乳を揉む手は、タオルの中に侵入し、生でさわり、中心をさわる手はしつこい。そこはすぐにぬるぬるしてくる。
…俺、香とやっちまうのかよ!?
でも、だけど、と頭の中でぐるぐるする。答えが出ない。結論は先延ばしにしよう。
いつ起きるかわからん。というかこんなことされちゃ速攻起きるだろう。爆睡させよう。それからじっくり考えよう。
決定:しばらく眠らせる
そんなわけで、俺はキスしようと香の顔をまじまじとのぞきこんだ。
香ってこんなに可愛いかったか?!!!?
俺の知るどの日系人よりも、色が白い。
ほんのりと上気した肌、行儀良く並ぶ睫毛、薄く開いた口、漏れる吐息は尊くて、愛しい。
どこもかしこも艶っぽくて、潔い。心臓がばくばく言う。
くちづけたら目ぇ覚ますんじゃねぇのか!?
しかし、そんなものは杞憂に終わった。
香と目があったからだ。
俺は仰天した。ものすごい上空から落とされたタライで、頭を打ったような衝撃。
死ぬほど驚くと、体は死体みたいにぴくりともしないものなのか。俺は微動だにできなかった。
と思ったが、手は健全だ。元気に動いている。
香は目を開けたくせにうんともすんとも言わない。おかしい。
そういえばこいつには、目を開けたまま寝るという常人にはできない技があった。寝てるんだ。
良かった。
俺はほっとした。
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!」
ドォゴォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン!!!!

走馬燈を見る暇もなかった。

「バカ!変態!もっこり男!!」
香は知る限りの言葉で撩に罵声を浴びせた。
すまきにしてやりたかったが、相手は素っ裸。恥ずかしくてできない。
早速と服を着て、まだ怒りがあるのかハンマーを撩の頭にぐりぐりと押しつけた。
「ずびばぜん」
下から情けない声がする。
「あんた!今度変なことしたらただじゃすまないからね!!」
ハンマーを肩にかけて仁王立ちで、語気荒く言い捨てた。まさに仁王のそれだ。
撩はくるっと顔を向けた。3分しか持たないシリアス顔だ。奇妙に口が動く。
「お前 ずっと俺と変なことしないつもりか?」
香は力が抜けたのか、意表を突かれたのか、ハンマーが床に落ちた。
「あ パンツ見えた」
「しねっっっっっ!!!!」
何トンあるのか、巨大なハンマーの唸り声がこだました。
怒号と絶叫をおまけにつけて。




おしまい
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