シンデレラif



腕の中にくるまれるように抱かれたまま、涙がこぼれた。
うん、と言えたらどんなにいいだろう。
はじめて、香は自分をみじめだと思った。
本当のことを言えない、みじめなシンデレラ。どんな幸運が
舞い込んでもそれは魔法のおかげ。
帰ろう。もう耐えられない。
力ない腕で、リョウの体を押し戻す。なんなく離れたあっけなさに、
また悲しくなる。
「行かれない」
「なぜ」
「だって、行っちゃダメだから。もう、魔法はおしまいなの」
さよならくらいあたしから言わせて。
化粧がはげる勢いで、目元を拭った。シンデレラは最後泣いてなんか
なかったし、あたしは笑顔で別れたい。涙のバカやろすぐ止まれ。
またにじむ涙に伸びた手を、リョウがつかんだ。
「そうか」

彼の指先が、変わりに目元を拭っていった。やめて。帰れなくなる。
「きみにはきみの王子様が待っているんだな」
そんなのいない。
いなくてもいないと言えないなんて泣くしかなくなるから言わないで。
返事できない香の心を知ってか知らずか、リョウはゆっくりと体を傾け、
つかんでいた彼女の手首に口づけた。ぴくりと香の体が震える。
また泣きそうになったのを知りながら、そのまま首筋へと唇を落とした。
「やめ…っ、離して」
身をよじる。逃げられない。さっきのあっけなさが嘘みたいに、リョウの
体がのしかかる。一瞬、針のような痛みがして、やっとリョウが離れた。
「じゃあ、魔法がおしまいじゃなくなったら?」
「…え?」
チリ、と金属質の硬い音が響いて、シルバーのイヤリングが彼の指先に
あらわれた。驚いて、はっと耳元に手をやると、片方なくなっている。
「硝子の靴を悪い泥棒に奪われてしまえば、魔法はどうなる?」
ふざけた口調。だけど、目は笑っていない。
「そしてその泥棒が硝子の靴をこわしてしまったら」
ピンと指でイヤリングをはじく。大きな弧を描いたシルバーは、
街灯の覚束ない光を一度だけぴかりと反射して、どす黒い海へと
落ちていった。ごく小さい飛沫があがる。
目を見開いた香の表情を、楽しそうに見やりながら言葉を継ぐ。
「魔法はずっと解けないまま」
一歩前に踏み出す。イヤリングが沈んだ海を呆然と見つめている香を
リョウは伸ばした腕の中に抱いた。
「シンデレラはずっと泥棒の手の中だ。…そうだろ?」

言い聞かせるように、髪に口づける。
「…ありえないわ。そんなの夢よ」
くぐもった涙声が返ってくる。
「夢か」
肩から背中へ、背中から腰へ、腰からやわらかなふくらみを掌で暖かくたどる。
このぬくもりが夢、か。


俺の今の毎日こそ、夢を見ているようなものだ。
あり得ないはずの普通の日々。普通の生活。穏やかな時間。
こんな長い幸せな夢を。


お前が。



「夢なら何が起きても驚かないな」
腰から背中へ。背中からうなじへ。そして強い力で仰向かせる。
なんで泣いてる?
「突然魔法が解けて元に戻ってしまっても、何が起きても」

口づける直前、名を呼んだ。



香、お前が消えてしまわない限り。

背後でドアがしまる。こわくて振り向けないまま、香は身を硬くして
立ちすくんだ。
まだ信じられない。激しいキスのあと、コートにくるまれるようにふらふらと歩いて、
いつの間にかここへと連れ込まれた。ウィッグもいつなくしたかわからない。
「香」
リョウの柔らかい声が、考える力を奪っていく。
ふわりと整髪料のにおいがして、後ろからゆっくりとうなじに唇を落とされる。
それだけで、さっきのように体の芯が火照る感じがしてくる。一つひとつの
キスが長い。じわりと何かが溶ける感覚がして、息を吐いた。
肩からゆっくりとリョウの掌がすべっていく。キスを落としながら、
手はおなかへとまわり、静かに体を抱きしめた。
背中全部から、リョウの熱が伝わってくる。
「…いい?」
顔が熱くなる。ただ、頷いた。

するりと手が離される。そしてすぐに、背中のボタンがゆっくり
外される感触がした。上から、順に一つずつ。
触れられていないのに、熱があがった。見られている。そんな気がする。
「…リョウ」
「見てるよ」

心を読んだように、リョウは言葉を返した。
「きれいだ」
頬の上気がとまらない。次第に肩口がゆるんで、背中から
冷たい空気が入ってくる気がする。
ふっと背中の真ん中に指があたったと思うと、ブラのホックが
外されて、ストラップレスが下に落ちる。
「あっ」
胸先が服に直に触れて、思わず声が出た。
再び、うなじにキスが落ちてきた。
「あ…っ…ん…」
同じようなはずなのに、さっきよりもずっと体の奥で感じてしまう。たまらず
体をよじると、肩から胸を掠めてブラウスが滑り落ちていった。ああっ、と
声が出ると、嬉しそうに後ろからリョウが喉を鳴らした。
「いい声だ」
露になった上半身の腹部にあらためて腕を回すと体を引き寄せ、肩から
こっそりと胸を眺めながら、滑らかな肌にいくども掌をすべらせた。

息がどんどんあがっていく。徐々に手をすべらせて、胸のふくらみを
味わっていく。
最初はただなでるだけ、次は片方のふくらみを包み、そして両の胸を
揉みしだいていく。頂はまだ責めない。
やわやわと揉むだけで、香の息は弾み、つややかな声があがる。
不意に指先を胸先にあてた。
「ああっ!」
ぴりっと電流が走り、何かがあふれていくような感覚がはじまった。
乳頭はきれいに立ち上がり、刺激を待ちかねている。
幾度も周囲を揉んでは指先で乳首を弄ぶ。指の腹でじんわりと
擦り、くりくりと回してやると香の声はひときわ高くなった。肌が
じんわりと汗ばんでいる。どんどん硬くなる胸先をよそに
時に胸の谷間を指でなぞると、大きく身を捩って悶えた。
「気持ちいい?」
ああっ、ああっとただ快感に呑まれて喘ぐ香を頷かせたくて、
わざとたずねる。思った通り、頬をさらに赤らめて、小さくこくりと
頷いた。
「じゃあ、もっと、な」
満足げな笑みを見せると、リョウはそのまま片手で胸を弄びながら
もう片方の手を下半身へとのばしていった。
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