誓い


いつになく月が美しく見える。
月だけではない。
香と生きて行くと覚悟してから、全てが輝きに満ちている。
永遠に訪れないであろうと思っていた幸せを手に入れようとしているからだ。

「いよいよ明日ね、なんだか照れくさい」
バスローブ姿の香が髪をとかしながら笑った。
明日、ささやかではあるが式を挙げる。
結局香を裏の世界に引き込むことになった俺を、義理の兄になる男はどう思っているのだろうか。

「幸せになろうね。私は今までも幸せだったけど…」
「幸せ、か」
これほど俺に合わない言葉があるだろうか。
ベッドに腰掛けながら、目の前の白いドレスを見る香の瞳は少女のように輝いている。
『幸せ』にできる自信などない。
だが、今までしてきた以上に香を守り抜く。
そう決めていた。

「さっきから何も言わないのね」
「もう可愛いもっこりちゃんとイチャイチャできないと思うと悲しくてよ!」
・・・いつもならハンマーが飛んでくるところだが、香は「ふふん」と軽く鼻で笑い飛ばした。
余裕だ。
こいつは俺が心底惚れているのがわかってるのだ。


「ちっ・・・なんだよ。つまんねえなあ」

リョウが子供みたいにつぶやいた。
まあ、もともと子供みたいなやつなんだけど。
明日は結婚式。
こんな日がくるなんて思わなかった。
いろいろあったし、これからもいろいろあるんだろう。
でも何があってもリョウを私なりに守り続ける…。

「明日早いし、もう寝ようぜぇ、香ちゃん♪」
そう言いながら後ろから私を抱く。
この温もり。
肌を合わせる事はなくてもこの温もりを何年も感じてきた。
初めて結ばれてからは今まで以上にそれを感じている。
幸せすぎて・・・怖くなる。

「リョウ、どこにも行かないでね」

香が振り向き俺を強く抱く。
「おまえをおいて行ったこと、ないだろ」
髪を撫でると香への愛しさが沸き上がってくる。
髪から耳をなぞり頬に指が触れた瞬間、涙に気付いた。
「なに泣いてんだよ」
「なんだか急に怖くなって」
香がまっすぐな瞳で俺を見る。

怖いのは俺のほうだ。
人を愛する事を知らなかった俺は、普通の幸せなんて夢にみたことすらなかった。
香に出逢って、愛を知ってしまった。
知らないほうがよかったのかもしれない。
数え切れないほど人を殺してきた俺に、この安らぎが許されるのか・・・。


「リョウ・・・泣いてるの?」
自然と涙が頬を伝っていた。
柔らかい唇が俺の涙を優しく吸い取る。

−失いたくない−

声に出さずとも、想いが重なった。

激しく唇をあわせるとそのまま香は俺を倒し、バスローブの乱れも気にせず体中を唇で愛撫しはじめた。
激しくも、悲しい愛撫。
まるで、失いたくない、離したくないと言っているようだった。

こんな香ははじめてだ。

俺は不安になり香をきつく抱きしめた。
くちづけを交わし、脚を絡ませ、バスローブを脱がせながらゆっくりと上になる。
香の体は月あかりに照らされ白く美しく光る。
はかなくて、そのまま消えてしまいそうだった。
「愛してるよ、香」
言葉にせずにはいられなかった。
体の奥から抑えきれない激情が次々襲う。
香の首筋からその下の柔らかなふくらみに幾度も唇を這わせる。
さきほどまで白かった香の肌はとたんに紅潮し、かすかに開いた艶やかな唇から甘い吐息がもれる。
香がささやいた。
「リョウ・・・愛してる・・・」


再び唇を合わせる。
欲情のままに、そして互いの存在を確かめるかのように指を、脚を、舌を絡ませる。
香が俺の手をとり、蜜に満ちた場所へと導いた。
思わず香の顔を見ると、香は瞳で懇願する。

−はやく触れて。もっと愛して−

とろけそうな蜜が指にからみつく。
指を動かすたびに香の体が震えた。
もっと、とねだるように腰がうごめく。
そこにいる香はもう出遭った頃の少女ではない。
美しく咲き誇る『女』だった。
蜜に導かれるまま指を中に何度も滑らすと、しなやかな壁が柔らかく締め付ける。
胸のふくらみへと舌を這わせると、香はさらに体をくねらせ苦しげに喘ぐ。
すべてが愛おしい。

香の指が愛おしそうに俺の唇に触れる。
香の唇が優しく胸板をなぞる。
香の歯が柔らかく、時に強く耳を噛む。

― このまま死んでもいい ―

本気でそう思った。


いつも以上にリョウが愛おしい。
そう思うのはリョウの涙を見たから?
・・・違う。
考えようとしたけれど、リョウの愛撫が思考を止める。
もっと、もっと、もっと・・・。
どこまでも、どこまでも・・・。
今までにない欲望が私の全てを支配する。
手に入れたはずなのに、もっと欲しい・・・


香は自分の中にある俺の指をとり、蜜を嘗め取りながら言った。
「私が連れて行ってあげる」
全身が凍りつくような艶香。
上になり、ゆっくりと動き出す。
「さわって・・・」
そう言うと香は俺の両手を自らの胸へと強く押し当てた。
言われるがままに熱く柔らかい胸を弄る。
香の動きは激しさを増し、汗が流れ落ちる。
俺の胸に落ちた汗を舌で嘗めながら、香はちらっと俺に視線を向けた。
言いようのない快感が全身を駆け巡る。

初めて見る香の痴態。
俺は香のなすがままに流され、あっけなく果てた―



ふと目が覚めた。
午前3時。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

いつもは何度も愛し合うのに、今日はあれっきりだった。
情けないな、俺・・・もう歳かな。
苦笑しながら腕枕で眠る香の髪を撫でた。
静かに寝息をたて眠っている。
先ほどとはまるで別人の、少女ような寝顔だ。
これからもこんなふうに日々続いていくのだろう。
不安になることなんてない。

俺は安らぎに満ちていた。


― 神に誓う前に香に永遠を誓おう ―


健やかなる時も
病める時も

喜びの時も
悲しみの時も

富める時も
貧しき時も

おまえを愛し
おまえを敬い

おまえを慰め
おまえを助け

死が二人を別っても
共に生きることを・・・
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