フィルタ越しの世界


自分の部屋と、腰かけたソファ。何の感慨も無く、眺めやる。
窓の外は、もう日が落ちたらしい。華やかなネオンが、晴れた都会の空を明るく燃やす。
手持ち無沙汰になって、ジッポと煙草を手にとる。
無造作に火をつけて、咥え煙草。

どこで生まれたのか、両親が誰なのかとか、知らない。
育った所では、いつも雨が降っていた。
銃弾と、血と、末期の涙のひと雫。

ずっとそうしてきたのだと、教えられた。
雨が降らないと、生きてゆかれないのだと。
いや、雨を降らせられないと、自分が雨になるのだと。
自分が生きて行くためには、誰かを血の雨に仕立てねばならない。
きっとその時は、生きているとか、そんなことどうでも良かった。

ある人はそこをHELL=地獄と呼んだ。
自分は地獄しか知らない。それ以外知るはずが無い。
その手を伸べて、自分の手をとり引き上げてくれた人がいる。明るく笑う少女と、その父親。
年相応と言うべきか、自分の年など知らないのだが、自分の父か兄のような親しみを覚えていた。
彼は雫になった。

興味も無く、記憶にも無い。寄る辺無い身だから、何時死んでも悲しむのは自分位かもしれない。そうして、いつしか戦場に戻ってきた。
おやじが姓名(奇しくも日本語で、名前が”生命”と同じ読みをする、と知ったのはこの頃だったか)のうちの姓と、名の字を与えてくれた。
けれど名の読みは、ただこの命と共に両親が与えてくれたものだろう、どんな人がくれたのか、わからない。
戦場で…おやじにエンジェルダストを打たれ、海坊主の部隊を壊滅させたらしい。

生きるために血の雨を降らし、生きるために故国にきた。
故国……両親のすんでいた国。自分の育った環境とはずいぶん違う。
帰ってきた、と言ってしまって良いのだろうか。後々聞いた所によると、自分は法的には死人となっている。
教えてくれたのは、おせっかいな警官たち(この国の貧相な治安維持部隊)
一人は権限を振るっては、厄介な仕事を押し付けてくる。
一人は、この国で信頼に応え得た正義感溢れる男は、血のつながらない妹を頼むと言い残し、雨の雫と消えた。


残された妹は、先ほど自分の隣に来てコチラを睨んでいるわけだが。

「風呂がわいたんだけど……、リョウ、エロ本買って煙草ふかすお金があっていいわね〜。そのお金でご飯にしてくれるとありがたいんだけど〜〜」

まあ多分、いつものように風呂→晩飯等々知らせに来たのだろう。
脇に隠しておいたお宝を取りあげられる。
「そ!それはまだ堪能してないリョウちゃんの生きるための貴重な糧〜!ある意味ご飯に等しいから返して〜!」
「さっさと風呂にはいんなさい、その後の態度次第で考えます」
気難しげに腕組みをして告げられる。
「ちぇ〜〜……性欲は食欲と同じくらい、満たされるととっても幸せなのにぃ」
「うるさいっ、さっさと入らないんなら私が入るわよっ」
耳が赤く見えたのは気のせいだろうか。

とり上げたエロ本の始末を考える。本や紙ごみの回収日は来週である。
……返すんでいいか。

自分では選んだり、買うことのない本である。ちょっとした興味から、開いてみると……
全裸になった東洋系の女性の写真が目に飛込んでくる。モザイクがかけられている場所があり、ソコには何か女性の体でないものが写りこんでいる。
(なんつーか、ちょっとグロいかもしれない)
女性が恍惚とした表情なのは、なぜだだろう。
男性と付き合ったこともないし、若い女の子向けの特集でみた限り付き合いなど面倒だし……
キスして抱き締められるその先に、ああいったちょっとグロい構図が広がるのかと思うと、少し怖いという気持もある。
そんな訳で、未だ処女である。……それに関してからかわれる理由はよくわからない。

「香〜、本返して〜?」
言った通り風呂に入ったらしい、いつも通りにTシャツ等々に着替えたリョウが香の部屋を覗く。
「へ?あ、ああっ……な、なに、リョウ?」
開いていた本を慌てて閉じる。
「んだから、それ、返せって……なんだ、見てたの?」
ひょいと手元を覗かれて慌てて、本を掴んだまま振る。
「いや、その…ちょっと興味が……」
「は、はーん…かーおりちゃん、やっぱり処女なのね?教えたげよーか!手取り足取り、キスからもっこり一発まで!」
にやにやとすけべな、下卑た笑みを浮かべて肩に手を触れられる間もなく

乙女の恥じらい100(t)%ハンマー。
「…怒り、じゃなくて、恥じらいなのね……」
「ど、どうせあんたなんか、私にはもっこりしない癖に…出来るもんなら、してみなさいよ!」

「香……俺のなけなしの理性、飛ぶだろーが」
いつものようなふざけた雰囲気が消える。
肩を引き寄せられ、顎の下に指が触れ、それから……
「目は、閉じるもんだぜ……」
たしなめられて、顔が熱くなった。言われた通りに目を閉じたら、馴染みのない柔らかなものが唇に触れる。
そっと唇を動かされ、当惑していると、唇にまた違う暖かい…舌?…が触れた。
「ふ…んん?」
思わず目を開けると、間近に見慣れた顔がある。いや、こんな表情は知らないけれど、ずっと見てきた顔立ちがとても近くに。
いつも他人に一発等々言うときと比べて、優しくて何か期待させるようなキス。

不意に唇が離れる。
「なぁーに目ぇ剥いてんの……キス位した事あるだろ?」
「ないわけじゃ、ないけど……今のはあれとは」
「……全然、違う?」
低い声に言葉尻を取られ、心臓が跳ねる。
「うん…違う……」
「どっちが嬉しい?」
「…今の方………」
「よーしもう一回、しよう」
一方的に言い放ち、唇が触れる。いつの間にかリョウの腕が後ろに回っている。
後ろ頭に、リョウの掌。髪を撫でるように支えられて、離れないよう密着した唇から、舌を挿し込まれる。
私の舌に触れたり、唇をなぞったりと思うままにうごめいて、でも唇は触れ合ったまま。
するっ、と腰に腕が回されて腕の中に引き寄せられる。
服越しの体温が、まだ知らない感情を呼び覚ますような気がして、思わず顔を背けようとした。

一度だけ、真面目に「恋人になる?」と聞いた。その時は、あまりに呆然とされたし、何より非常事態だったり照れ臭くなったりで、つい冗談にしてしまった。
一度だけ、唇で香に触れた。引き寄せた腕の細さにどきりとした。額でなく唇に触れていたら、どうなっていただろうか。
一度だけ、二人でデートをした。仕事のパートナーではなく、恋人同士のように。一晩限りではあったが、あの時間はとても楽しかった。
あの晩の、シンデレラのような魔法は解けて消えてしまったけれど、香は今腕の中にいる。

冗談で引き寄せてキスしたのに、本当に理性が飛んでしまいそうなキスをしたい。
そんなキスをしてしまえば、満たされるまで止まれない。そうして一線を越えてしまえば、多分二度と、居心地のよいあの微妙な関係には戻れない。だから、その前に聞いておかなければ。

「香、俺……最近、ナンパのヒット率0なんだ」
「はいぃ?……だったら何よ!」
なかば背けられたその顔が怒りを宿して赤くなり、目が吊り上がる。。
「今もっこりしたいって思うのは、香なんだ」
「へ?」
「していいか?」
「……えっ、あの…」
「いいか?」
なるべくふざけてとられないように、瞳を覗きこむ。
「あ……その…えっと…」
香は、いつかの告白の時と同じ顔になっている。
「……だめか?」
困惑している様子に、また冗談で誤魔化したい気持ちや残念だったと諦める気持ちが膨らむ。ふ、と顔に笑みを浮かべておいて、降参の意味で手を上に上げる。そのまま1歩離れて、
「なーんてな、冗談なんだ。ちょっと外に――」 言いながら背中を向ける。
「あ、待ってリョウ!……あの、嫌じゃないから!」

背中越しに、いま、何をいわれたんだ?
「その……酷くしないで……」
oh my goddess、遠回しにだけど抱かれたいと聞こえたんだが、俺の耳、それは確かか? 視覚で、聴覚で、脳で、体全部で確認をとれ。
堪らず、香にむき直る。
「酷くって?」
「その、出来るだけ痛くしないとか……」
そうして満たされるまでいってしまったら、香の中で、もっこり1発は一体どういうものとして取り扱われるんだろう。
「努力する。…じゃだめか?」
「………いい、わよ」
香のそんな表情を見るのは、初めてかもしれない。今にも顔を手で隠してしまいそうな、こんな顔は。もっと見てみたい。その顔が、快楽でどんな風に変わるのか。
腕を伸ばして抱きしめれば、すっぽりと収まってしまう細いウエスト。みぞおちあたりに押し付けられる胸は、決してささやかではない。

細い首筋から背筋を腰までたどっていくと、くすぐったいのか震えが伝わってくる。
先ほどの続きにと癖のある髪に触れて、唇を奪って、先ほどよりゆっくりと感触を楽しむ。
今度は先ほどのように、されるままではなく、おずおずと舌が絡められる。
深く深くするキスから、唇をついばむようなキスもする。ぴくん、と震える体が、愛しい。
他の女性のように扱わない事で、触れないようにしてきた事で、もしかするととんでもなく損をしてきたのかも知れない。知らず知らずのうちに強く抱きしめていたのか、服越しに体温も心音も伝わりそうなくらい密着している。
「あの…リョウ、これ……」
何をか言わんや、聞こえないことにする。

体の一部を意図的に意識から切り放して、唇を離す。髪に回していた手で背中を探り、ブラジャーのホックを外す。
「ねぇ……リョウ? あっ、やぁんっ!」
腰は抱き寄せたまま、ホックを外した指で下着のラインをなぞり、ブラジャーの上から膨らみに触れ、ぱふ、ぱふ、ともてあそぶ。
「あ、あ、恥ずかしいわ…」
「ふふ……まだ序の口なんだなぁ♪ 脱いで見せて貰いたいけど、それは後でのお楽しみにするとして」
服の上からブラジャーをずらし、両手で双丘を揉みながら、頂きにある突起を親指で撫でるように触れる。
「大きすぎず小さすぎず、このサイズ、この感触……好きだ」
「うぅ…そう、なの…?」
人によって、サイズもその弾力も、千差万別なのは確かだ。服の上から揉むこの感触は、一言で言えば極上。胸の感触がこうだとすると、ヒップは…
触ってみた感じ、むっちりとしている。妙な感動を覚えるくらい、触れるのが楽しい。

ミックや他の男たちと、女の抱きごこちについて話す事はあった。どういうタイプが好きか、何を期待するのか、それから…肉体美と内面、どちらが大事か、等々。
一晩限りの相手なら、体の好みだけでいい。けれど。

腕で逃げられないようにして唇を塞ぎながら、尻の膨らみをなぞる。揉む。つまむ。
胸ほど柔らかに形が変わるものではないが、これはこれでセクシーな皺が出来上がるようだ。皺ついでにウエストを指で探り、ジーンズのボタンを外す。そこからシャツを引きずり出してウエスト周りをくすぐる。
「ん、むっむ…うんん…(や、ちょっと、そこは…)」
そこから手を差し込んで、シャツが半ばまで持ち上げながら腹回りに触れる。素肌に興奮を覚えて、震える肌をなぞりながらアンダーバストまでを撫で上げる。
やはりくすぐったいらしく、身悶えする様子がうかがえる。くすぐったさに気をとれている隙にシャツを脱がせると、ブラジャーは外れかけ、素肌もあらわになる。
「おぉ♪案外セクシー」
「や、やだ…ちょっと、恥ずかしいじゃない…」
「ん〜〜? 香ちゃんは、服を着たままするのがいいのかな?皺だらけになるけど、いい?」
「し、皺は…けどっ! ……困るけど、でもそういうんじゃなくて」
無意識に胸元で腕組みをしてくれるお陰で、その腕のそばのボリュームが欲望を膨れさせる。

かぷ。 かぷ。
「きゃっ! あぁ!」
耳を甘噛みして黙らせてからジーンズのファスナーを下ろし、ベルト通しをつまむ。
「皺がいやなら、脱ぎましょーね♪」
「ひゃっ…み、耳元で喋らないでっ…」
日本女性としては長身の体から、ジーンズをずり下げてすっかり脱がせにかかる。
腕で隠そうとする下着姿を眺めながら、自分の服も脱ぎにかかる。痛いほど自己主張していたものが少しだけ楽になったが、トランクスは後で脱ぐことにしよう。
「いやん♪恥ずかしいから、そんな見ないで♪」
「…ご、ごめんなさい…」
声が珍しいほど小さくなる。
ふう、と一息置いてから、額にそっと唇で触れる。
「うそうそ。おれは慣れてるし恥ずかしくはないのよん。もし良かったらあとでゆっくり見て触れて堪能してちょーだいな…」
「………バカっ」
「馬鹿ってゆーな。本当に」……本当に、自分とで良かったら。
もし拒否されたら、泣かれたら、、そうしたらどうするんだろう。
部屋の空気はこころなしか、ひんやりとして感じる。ぬくもりを求めて抱きしめてみると、同じくらいの体温がそっと肌に触れてくる。
「ベッドに入るか…?」
頭は縦に揺れた。
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