呟き 遼


はじめは驚きだったと思う。
「あのさ、遼。言いにくいけど下着毎日取り替えてくんない」
「なんでこんにゃく食べないの」
「仕事で疲れてると思うけど、おはようて言ったら返事して。気が悪いよ」
くるくる変わる表情で俺に話しかける。
愉しい話でもシビアな話でもない。只の話。
なんでもない話がこれほど心地いいとは知らなかった。
「カレイが安かったから今日は煮付けに決定」
「薬指が長い人は器用なんだって」

「ねぇ遼、夕日が綺麗だよ」
俺に笑う香に見とれる。
今まで女は嫌な事を忘れさせてくれるモノだった。どんな事があっても女を抱き胸に顔を埋めると忘れられた。
それが俺が女に求めるモノだった。
しかし香は違った。
「香」は、次ぎから次へと楽しい事を思い浮かばせ、俺の心を温めてくれる。
たとえ戦場に居ても香を思えば、からすぎたカレーやペアになってしまった恥ずかしい柄のパジャマ。くしゃみの時広がる鼻の穴。なんてので辛くはないだろう。

辛くはない。
香を思い出せば……香を。
香を思い出にすること。
香を?
香を?
思い出に……できるのか?

「遼。ベランダで食べようよ」
トレイで夕飯を運ぶ香を見ながら俺は自問自答する。
香を思い出にできるのか?
いや簡単なコトだ。しかし今じゃない。もう少し先のコトだ。
もう少し……。
「遼ーコップ持ってきて」
「あいよ、今行く」
…もう少しだけ。
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