遼×香
エンドロールが終わって、画面が暗くなると、香はクッションを抱きしめてほぅ、とため息をついた。
今日は土曜日、2週間ほどかかった仕事が終わり、収入も入って、久しぶりにゆったりとした時間を過ごしていた。といっても同居人はさっさと飲みに行ってしまい、時間を持て余した香は、久々に映画のDVDを借りて見ていたのだった。
(昔ならこんなの絶対見なかったのに…)
と思いつつ、ベタ甘のラブストーリーを、ラストシーンの余韻に浸ったまま、目尻に涙さえ浮かべて反芻していた。
(あの俳優かっこよかったなあ…)
香の脳裏に俳優の姿が浮かぶ。劇中、何度も何度も惜しげもなく恋人に愛の言葉を囁いていた。
(いいなぁ…あたしもあんな…あんな風に…)
気づかぬうちに、頭の中の俳優の顔は、現実の想い人にすり替わっていた。そのまま場面はキスシーン、ベッドシーンへと移り、香は真っ赤になってクッションをぎゅうぎゅうに締め上げていた。
そこでやっと自分の妄想に気づくと、
「ち…違う違う!!」
と、首を激しく左右に振りながら一人喚いて、ぼすぼすとクッションに拳をぶつける。 顔は湯気でも出そうなほどに赤くなり、香は恥ずかしさのあまり誰もいないリビングをこっそり見回したりした。
少し経ってようやく落ち着くと、クッションを抱えたままソファに横になった。そうしているとやはり物思いにふけってしまう。考えるのはいつも同じ、同居人のことだ。
今の生活は、幸せだ。苦労もするし、危険も伴うけれど、一番好きな人といつも一緒にいられるからだ。
(だけど…)
それだけでは、パートナーで、同居人で、親友の妹で、大事な預かり物、というだけでは満足できなくなっていた。
いや、とうの昔に、香はそれ以上を望んでいた。
いつか、愛する者だ、と告げられた時、香は死んでもいいと思えるほど感激し、同時に、これでようやく何か進展があるのでは、とほのかに淡い期待を抱いていた。
しかし何も変わらなかった。いつもと同じ日常が続くだけだった。恋愛などろくにしたことが無い香が、だからといって自分から何か仕掛けられるはずもなく、もどかしい日々が、今の今まで続いている。
(今のままでも幸せなんだから、それ以上を求めるのは、わがままなのかも知れない…)
そんな風に考えたり、自分の、撩を愛する気持ちと、撩があたしを愛する気持ちは種類が違うんだ、と自分に言い聞かせていた。
恋人になれなくても、そういう対象に見られさえしなくても、「愛して」くれているなら、それでいい。撩の傍にずっといられるなら…
日増しに募る気持ちは、そう冷静に考える理性とは裏腹に、香の胸を締め付けた。どうしようもなく、香は撩を求めていた。それに苦しみ、また、それを決して素直に示せない自分に苛立った。
見ていた映画のヒロインは綺麗で女らしく、でも自分の気持ちを素直に恋人にぶつけていた。
(あたしがこんなだから、駄目なのかしら…)
甘えたくても、すがりたくても、泣きつきたくても、どうしても意地を張って強がってしまう。それは、いつも仕事で足を引っ張りたくない、と思っているせいなのだが、そのために自然と自分の女の部分を押さえつけてしまう。
(可愛いくないなあ…色気も無いし。そりゃあこんなの相手にしないわ)
そう自分で言っておいて、香の目には涙が滲んだ。
撩への気持ちばかりが日々膨らんで、しかもそのはけ口がなく、一人になる度香は延々と考え続け、かと言って行動に出られるわけでもない。結局悪循環に陥って、最後は泣いてしまう。最近はいつもこのパターンだ。
(撩はあたしの気持ちを知ってて知らないふりをしてる。それは撩があたしを女としては愛せないからだし、拒否したらあたしが撩の傍にいられなくなるから…)
――撩は優しい。優しくて狡い。
(撩の馬鹿…)
そう心の中で独りごちて、泣き疲れた香は知らず眠りに落ちた。
*****
気がつくと、香は撩の腕に抱かれていた。顔をあげると、すぐ近くに撩の顔がある。
びっくりして何か言おうとした瞬間、唇をふさがれた。
少しして唇が離れ、撩が口を開く。
「私が悪かった。もう君を離さない…愛しているよ」
違和感に気づいた瞬間、香は今度こそ目を覚ました。
目の前の画面は、今まさに夢と同じシーンを映していた。
ただでさえ寝起きで訳が分からずぼんやりしていると、
「あ、起きた?」
と、聞き慣れた声がした。
香が見やると、ソファの反対側に腰掛けて、撩がリモコンを弄びながらにやにやしている。
香は夢のせいで気まずく感じて目をそらした。冷房も暖房もいらない季節だが、風呂の後にタンクトップとショートパンツ姿で寝ていた体は少し冷えていた。
「お前こーゆーの好きだったんだ」
「…何が」
「香ちゃんがこーゆーベタ甘のが趣味だったとは思わなかった」
「う…」
うるさい!と言おうとしてがば、と撩のほうに振り向くと、画面を指さされ、思わずそちらに目をやる。
画面はまさに濃厚なキスシーンの真っ最中だった。
「……!!」
香は顔を真っ赤にすると、
「うるさい!返せ!」
と怒鳴りながら、リモコンを奪おうと撩に掴みかかった。が、その両手を逆に掴まれぐい、と引き寄せられる。
「!?ちょっ…」
「お前もあーゆー風にされたい?」
「えっ…」
思わず香がひるむと、さらに体を引っ張られ、少し笑んだ撩の顔が近づいて来た。
はっと我に帰って、香は顔を背ける。
「さ…されたくない!!」
「遠慮すんなって」
「誰が!……もう、やだったら!!」
撩がその気なら香の抵抗がかなうはずはない。からかわれているのは分かりきっていても、本気で抵抗せずにはいられなかった。
(可愛くない…)
されたい。本当はして欲しい。でも死んでも言えるはずない。
そう思って、目頭が熱くなる。ますますムキになって、ようやく撩の腕を振り払った。しばし睨み合った後、
「…ったく可愛くねーなぁ」
撩がぼやく。
自分でも痛いほど分かっているのに、それをさらに遼にまで言われて、何かが決壊した。
「…どうせ可愛くないわよ」
と言った香の声はか細く、震えていた。
涙を悟られるのが嫌で、撩が何か言うより早くソファから立ち上がってリモコンを拾い上げた。
その手を再び撩に掴まれる。
「…離して…」
「…お前泣いてんの?」
遼に優しく尋ねられて、香は思わず引き寄せられるまままたソファに腰を落とした。
「泣いてな…」
「嘘つけ」
撩が顔を覗きこむと、香の頬にはすでに涙の筋が出来ていた。
「も……ほっといてよ…」
隠すように顔を背けると、撩の大きい手のひらが香の頭を撫でた。
ますます香の涙が止まらなくなる。
「なぁ…どうした?」
怖いほどの優しい声で撩が問いかける。
優しくされれば優しくされるほど、香は辛かった。泣きたくないのに、見られたくないのに、もはや言葉も出てこなくなり、香はひたすら静かに涙を流した。
もうすべてをぶちまけてしまいたい。でも出来ない。
拒絶されるのが怖いから。幸せな今が終わるのが怖いから。
――それは撩も一緒でしょう?
「………く…ぃで…」
「…ん?」
「…優しく…しないで……あたし、また勘違いしちゃうから…」
撩の手がそっと香の頬に触れた。香がびく、と体を震わせると、長い指が涙をぬぐった。それでも止まらない涙が、香がまばたきをするたび溢れて、撩の指を濡らす。
「…馬ぁ鹿」
そう呟くと、撩は香を自分の胸に抱き寄せた。
香は抵抗しなかった。そのまま体を預けて泣き続けた。撩の体温が、匂いが、聞こえてくる鼓動が、次第に香の心を落ち着かせて行った。
香の体に回された撩の手は、香の髪を、背中を優しく撫でている。それがとてつもなく嬉しいけれど、切なさのほうが立ち勝って、香はぎゅっと目を瞑った。
撩は撩で、香の頭の上で悟られないよう小さくため息をついた。
香の気持ちを今まで分かっていて見て見ぬふりをしていたが、ここまで香を追い詰めたことに、少々後悔していた。
本当は、香が欲しい。すべて自分のものにしたい。
けれど、単純に男と女の関係になってしまうのが怖かった。
今、自分たちはある意味それを超えたところにいるから、もう一度立ち戻ってやり直すのは恐ろしかった。
そして今の日常が無くなるのが。…いつか香を失うのが。
(…我ながら臆病なこった)
そう心の中で自嘲気味に呟いて苦笑した。
しばらく二人は体をくっつけ合ったまま、黙り込んでいた。
時計の針の音と、かすかな嗚咽だけが、リビングに響く。とうに真夜中は過ぎている。
香の体がもぞ、と動き、撩が腕の力を抜いた。
香が恥ずかしそうに俯いたまま体を離し、手の甲でごし、と目元をこすった。
「ごめん…」
何となく気まずくて、香は顔をあげられなかった。
俯いて目を伏せた香の濡れた睫が震えている。
それに吸い寄せられるように、撩は額に口づけた。
唇を離すと、驚いた表情で香が遼を見上げた。
「…撩?」
「…いいんだな?」
「な…にが?」
香が不思議そうに眉根を寄せる。
「覚悟しろって意味。俺もするから」
「え…」
香が何か言葉を紡ぐ前に、唇はふさがれていた。
突然のキスに、香は身動き出来なかった。目を瞑るのが精一杯だった。
閉じたままの唇に、撩の唇の感触がある。
心臓は爆発しそうだったが、動揺のあまり体は固まってしまう。その体に、撩はそっと腕をまわして抱き寄せた。
唇が離れ、香はやっとの思いで
「撩…」
と囁くように呟いた。 何も言わずに香を見つめていた撩は、再びその開いた唇をふさぐ。
唇を押し開いて、撩の舌が香の舌を絡め取る。
香の戸惑った声が漏れた。
「んっ…」
ためらいがちに撩の胸に置かれた手に力がこもった。撩の舌は味わうように、香の口の中を探って行く。
何度となく吸われ、なぞられ、甘噛みされ、次第に香の体から力が抜けて行った。
「………は…」
名残惜しげに唇が離れると、香はとろんとした表情で、少し荒い呼吸を繰り返した。
その耳元に撩が囁く。
「…俺の部屋連れてっていい?」
撩の低い声が体の奥まで響いて、香は体をすくませた。
しばしその意味を考えてから、顔を真っ赤にする。
そうして何も言えず黙り込んでしまった。強いて返事を求めず、撩は目の前にある耳に舌を這わせる。
「!…やっ……ぁ!…」
途端に香の背筋にぞくぞくと快感が走り、思わず高い声をあげた。
撩の手がタンクトップの裾から中に入り込み、下着の上から乳房をやわやわと揉んだ。
耳元では撩の舌が立てる水音と吐息がますます香を責め立てる。
「ゃ…あっ…あぁっ……遼…」
下着と肌の境を指でなぞる。耳たぶに軽く歯を立てると、
「やぁっ…」
と一際高い声が上がった。
ついついそのまま続けてしまいそうになるのを抑えて、撩は愛撫の手を止めた。
「…なぁ。連れてくぞ」
「やっ…りょ…そこでしゃべんないで…」
「それともソファがいい?」
耐え切れなくなって、香は無理やり撩を引き離した。
目を潤ませ、頬を紅潮させ自分を見上げる表情は、それだけで撩の理性を飛ばしそうになる。
「ね…覚悟ってどうゆう意味なの?」
おずおずといった様子で香が尋ねる。
「…知りたい?」
こくんと頷いた。
「後悔すんなよ。…一番分かりやすいように、体に教えてやる」
言うが早いか、撩は香をソファから抱き上げて、リビングを後にした。
本当なら、何か言い返したいのに、言葉が出て来ず、部屋へ向かう間香は撩の腕の中で身を小さくして口をつぐんでいた。
部屋に辿り着く。
暗いまま入り、香をベッドに横たえると、ベッドサイドの灯りをともした。
淡い光が部屋を少しだけ明るくする。
遼はベッドの傍に立って自分の上着を脱いだ。
香は寝ていられなくて身を起こしたが、撩の裸の上半身を見て赤くなると、膝を抱えて縮こまった。
ギシ、とベッドが軋んで香がびくりと体を震わせた。
「香」
名前を読んでキスをする。深く長いキス。香の息が次第に荒くなっていく。
唇が離れ、そのまま首筋を辿る。耳に、首筋に、鎖骨に撩の舌が這う。
「あっ…ん……あぅ…やっ…」
手は背筋を撫で上げ、ブラのホックを外すと、今度は直に乳房に触れた。
包み込んでも手に余るほどに豊かな胸を愛撫する。
次第に固く尖り始めた先端を指先で弾くと、
「あぁっ!」
声が上がって遼の首に回された腕に力が入る。敏感な反応に、しつこく乳首をなぶり続けた。
全体を揉みしだき、先端は指でつまみ、押し潰すようにこね回す。
「やっ…いや…あっあぁっ」
余裕の無い喘ぎが、ますます撩を煽った。布の上から食らいつくように乳房に口づけた。
きつく先端を吸うと香が身をよじる。
しかし腰をしっかり抱きとめられて逃げられない。
「あっ…ゃ……りょ…う…んっ」
撩の頭を胸に抱いて、香は喘ぎ続けることしか出来なかった。
撩がふと体を離した。
香の息はすっかり上がって、震える吐息で浅い呼吸を繰り返す。
潤んだ瞳を撩がいたずらっぽく覗き込む。
「初めての割にはいい声出すのな。…そんなに感じた?」
「なっ…」
真っ赤な顔がますます染まって、にやにやしている撩を睨みつけた。
「馬鹿!…か…感じてなんか…あっ」
言葉とは裏腹に、胸に軽く触れられるだけで香の体は反応してしまう。
「ふーん…?」
わざとらしく不思議そうに言って、撩は恥ずかしがる様子を思いっきり楽しんでいた。
「じゃ、もっとしてやらないとな」
「…え」
そう言うと、タンクトップの裾をつかんで脱がせにかかる。
始め香は抵抗したが、「破いちゃおっかな〜」と言われ、しぶしぶ腕を上げた。
下着も剥ぎ取られ、露わになった胸を、肩を抱いて隠した。
その両手首をつかんで、ゆっくり開かせる。
そのまま、香の体はシーツに沈んだ。
抵抗する間もなく、ショートパンツも下着も奪われて、形の良い胸も、くびれた腰も、すらりと伸びた脚も、すべてをさらけ出していた。
白い、しなやかな、すっかり女らしく、美しく実っているのに男を知らない体。
香のすべてを目の当たりにして、撩の中には、今すぐ自分の欲望のままに香をめちゃくちゃに犯したい気持ちと、傷つけてはいけない、優しく抱いてやろう、という気持ちが渦巻いていた。
香は耐えるように固く目を閉じている。
こわばる体を解きほぐそうとするように、撩の指、唇が、再び香の体を辿り始めた。
自分の体温がどんどん高められ、撩が触れる所が熱を帯びて疼くのを香は感じた。
「んっ…んんっ…」
しかし、からかわれたせいで恥ずかしさが先に立ち、声を上げられない。
香は唇を噛んで、必死にこらえていた。
それに気づいて、撩が囁く。
「…何で我慢してんの?」
「…っ……だって…あぁあっ」
香が口を開いたのを見計らって、撩の舌が胸の先端を舐め上げた。
直に、熱い、ざらついた舌が執拗にそこを責める。
「やぁっ、ゃ、だめ…ぁ……」
撩にいいように翻弄されても、もう頭では何も考えられなくなっていた。
ただ、撩にされるがままに、快感に身を任せるしかない。
うっすら目を開けると、見たことのない男の表情に、思わずどきりとした。
ふと目が合うと、香はぱっと顔を逸らした。
それを追いかけて、耳元で語りかける。
「少しは感じるようになった?」
笑いを含んだ意地悪な声。弱い耳をまた責められて、身をよじる。
「やだっ…それ…やめてってば…」
「どれ?」
「だから…み…あっ…ん…ぁ……」
その間にも体をまさぐられているせいで、少しも言葉にならない。
口では意地悪を言い、からかいつつも、自分の腕の中で乱れる香を、撩は愛しげに見つめた。
香の白い肌がしっとりと汗ばんで、淡く色づく。
体のあらゆる曲線を辿る指が、淡い茂みの奥を探ると、そこはすでに蜜でとろけていた。
「…濡れてる」
「ぁ…」
「分かる?」
「ゃ…言わない…で…」
乳房を唇で愛撫しながら、その部分を何度も指が往復する。
少しだけ強く、押し開くようになぞった指先が、敏感な芽に触れた。
「あ!」
香の体が跳ねる。
愛液で濡らした指で、円を描くようになぞると、びくびくと体が反応した。
「や、やぁ…だめ、そこ…あっ」
ますます蜜が溢れてくる中に、中指をゆっくりと入れる。
十分濡れているために、それほど抵抗は感じられない。
初めて感じる異物感に、香は思わず目を開いて、戸惑ったようなか細い声で喘いだ。
「ぁっ…は………んっ…」
ゆっくり出し入れさせると、襞が指を締め上げた。その度蜜が溢れる。
唇に軽くキスすると、撩は指を抜いて体をずらした。
両脚を思いきり開かされて初めて、香は何をされるのか悟った。
抵抗しようとしてももう間に合わない。
「ああぁ!」
撩の舌が秘裂を舐め上げると、悲鳴のような声が上がった。
信じられないほどの恥ずかしさと快感で、香の目から涙が零れた。
「いや、いや…ぁ…やめ……あっ…」
香の指が撩の髪に絡んだ。その指先に力は無い。
撩の舌がたてるぴちゃ、という卑猥な水音が、さらに香の羞恥心を煽った。涙混じりの嬌声が、しかし男を駆り立てる。
尖らせた舌先で芽を転がし、甘噛みする。
「はぁっ、あ、あっ…やぁあっ」
香の知らない所まで、撩が入って行き、快感を探り出す。
長い指が、再び中をゆっくりとかき回す。
どんどん強くなり、大きくなっていく快感に、香は怖さを感じ始めていた。それでも容赦ない撩の愛撫が、香を追い詰めていく。
「あっ、いや、撩…も、だめ……おねが…」
香の中がびくん、と蠢いて、絶頂が近いことを知らせる。
二本になった指の動きが激しくなる。
音をたてて芽を吸うと、ますますきつく指が締め上げられた。
「りょ…やめて…、あぁっ、あたし、あたし……」
芽に軽く歯を当てた瞬間、小さい声を漏らし、白い喉を反らせて、香の体が硬直した。
そうして次第に弛緩していく。
脈打つように中が痙攣し、指を何度も締めつけた。
それが止んで指を引き抜くと、香が「んんっ…」と声を漏らす。
溢れる蜜はシーツにまで零れていた。
顔を腕で隠すようにして、香は必死に息を整えようとしていた。
その腕をそっとどけさせる。頬は涙で濡れ、額にはうっすら汗が浮かんでいた。
額の髪を梳くようにかきあげると、香が重そうにまぶたを開いて撩を見上げた。
苦しいような、切ないような顔を見ていられなくて、思わず口づけた。
香の腕が、ぎゅっと撩の背中を抱きしめた。
初めて、しかもかなり強烈に女の悦びを教え込まれて、香は心も体も戸惑っていた。
嬉しいのと同時に、不安や恐怖があって、ますます腕に力がこもった。
撩もそろそろ限界だった。唇を離すと、香の顔をじっと見つめて囁いた。
「…最後までしていい?」
香が少し緊張したような表情になる。しかし出てきた言葉は意外だった。
「…撩は?」
「…」
「…撩がしたいって思うんだったら…して。…あたしは、ずっとして欲しかった」
撩は何も言えなかった。言えないかわりに、唇を乱暴に貪った。
それに必死に応えようとする香が愛しくて、暴走しそうになる欲望を必死に抑え込む。
潤った入り口に自身をあてがうと、やはり香の体が強ばった。
腿をそっと撫でさすりながら、ゆっくりと中に進めると、苦しげな声が漏れた。
かなり中はきつく、痛いほど撩を締め付ける。
痛みで止まっていた涙が再び溢れ出す。
「はぁっ、あっ、あぅ…撩、ぁっ……撩…!」
吐息の合間に、香は何度も消え入りそうな声で撩の名前を呼んだ。
どのくらい経ったのか、長く時間がかかってようやく撩のすべてを香は飲み込んだ。
そのまま抱き締めあって、キスを交わしていると、次第に辛そうな表情がやわらぎ、呼吸が落ち着いていく。
「…っ!!」
撩の腰がゆっくりと引かれて、香は声にならない悲鳴を上げた。
そのまま、香の中を、ゆるゆると静かに撩が往復する。
香は再び息を乱れさせながら、撩の背中に何度も爪を立てた。
「あっ…はぁ……あぁっ、ん…」
苦しさと痛みのずっと奥から少しずつ快感が訪れて、吐息がだんだんと甘くなり始めた。
それを飲み込むように撩が口づける。
指が、体中をめぐって、確実に香を昂らせていく。
「撩、撩……っ、あ、あぁ、…やぁっ」
香の限界が近くなり、撩に熱い襞が絡みつく。
何度か強く腰を打ち付けると、香は体をびくびくと震わせて達した。
中が何度も撩を締め上げる。
香を追うように、かつて味わったことのない幸福感に包まれながら、撩は果てた。
余韻にまかせて、二人は目を閉じたまま抱きしめあっていた。
お互いのまだ落ち着かない呼吸と鼓動が意識を支配している。
どこまでが自分の体でどこからが相手の体なのか、もはや分からないほど、二人の体は溶け合うようにぴったりと、密着していた。
満ち足りた心地よい疲労感が二人を包んでいる。
香には鈍い痛みが残されたが、それがむしろ嬉しいような気がした。
直に、好きな人に触れることが、触れられることが、
こんなにも幸せで、でも切なくて、苦しくて、そして気持ちが良いのか。
撩は何も核心に迫ることは言ってくれなかったけれど、何かを伝えられ、教えられた気がしていた。
それは思い込みかもしれないが、今こうして抱かれているだけで、香は泣きたくなるほど幸せだった。
どれくらいそうしていただろう。
ふと、撩の背中にあった香の腕から力が抜ける。
撩が気づいた時には、そのまま背をずるりと滑って、ぱた、とシーツに落ちた。
首元に埋めていた頭をもたげて見やると、香は精も根も尽き果てた、といった様子で体を投げ出していた。
虚ろな目でぽつりと呟く。
「死ぬかと思った…」
「…良すぎて?」
「っ…痛すぎてに決まってるだろ!!」
「…俺は死ぬほど良かったけど」
動きが一瞬止まった後、爆発しそうなほど顔を真っ赤にして目を白黒させる。
さんざん裸で抱きあったのに、あたふたする香が可愛くて仕方が無かった。
(可愛くないって思ってんのはこいつだけなんだよな…)
だからいじめずにいられない。
「もっ…もう寝る!お休み!」
いたたまれなくて、香はシーツをひっつかんで撩に背を向けた。
「何だよつれねーなぁ。さっきまであ〜んなに激しく愛し合った二人なのに〜」
大げさに嘆く調子で遼が言う。
「ししし知らない!」
「何なら確かめるためにもう一発…」
「何言って…こら!どさくさに紛れて触るな!」
「触るなっておまー、あ〜んなとこやこ〜んなとこまでもう触っちゃってんのに何を今更…」
「だからやめっ…あっ……馬鹿…!」
「ずっとして欲しかったんでしょ〜?だったら思う存分してやるって」
「ちが…や…ん…ちょっ…………調子に乗るなあああああ!」
――新宿の明朝、まだ明けきらない空に、聞き慣れた打撃音と男の断末魔がこだまする。
いつもと少しだけ違うのは、すごく変わったのに、
何も変わっていないことの幸せが、その音に感じられたからかもしれない。