Watermark
3日ぶりに家に戻った俺を迎えた香は、不機嫌だった。
香にはろくに何も言わずに出かけたのだから、仕方ないことだが。
なにせ、言えるはずがない。
俺は、また冴子に面倒な仕事を押し付けられていた。
こないだ、俺の仕事上の「ちょっとしたこと」で起こしたトラブルの
後始末を冴子にしてもらったのだが、タダ済ませてくれるようなヤツ
ではないとは思っていたものの、3日も掛かりきりになるようなこと
をさせられるとは思ってもみなかった。
あの女狐、俺が香とそれなりの関係になった途端、もっこり要求
されないからとばかりに足元見やがって・・・、
などとムカつきながら、自室のベッドの上で天井をひとりで睨みつけていた。
「あァっ!いやっ!!キャアアアー!!」
階下で突然、香の悲鳴が聞こえた。
なにごと?!と、俺はパイソンを引っつかんで階段を駆け降りた。
「香!!」
どうやら風呂場にいるらしく、水音がしていた。
おい、なにがあったんだよ!と顔を引きつらせつつ、俺は走った。
廊下の突き当たりのところで、香はびしょ濡れで座り込んでいた。
しかも何も身につけずにだったことにも驚いたが、それだけでなく、
俺はその足元が赤く染まっていたのを見て、俺らしくなく気が動転して
風呂場目掛けて発砲した。
「香!大丈夫か!?」
冷水を頭から被りながら俺は無我夢中で香を抱き寄せた・・・はずだったが、
なぜか俺の頭上にはハンマーが炸裂していた。な・・・なんでだ??
「こらぁ!!風呂場が余計に使いモンにならなくなっただろうがぁー!!」
へ?どゆこと?
「もぉ~、前々から古くなってたと思ってた給湯器、やっぱりダメだったわ。
頭っから真水被っちゃった・・・。しかも水止まらないし・・・。
へっ・・・クシュ・・・!」
俺はハンマーを頭上に載せたまま、まじまじと香の顔を見た。
「おま、血がさ・・・」
香は、やば・・・、と声を上げて足元に視線を落とした。
「あはは・・・、ごめ、セーリ。見なかったことにして」
香は、両手で俺の目を隠した。
俺の留守中に冴子からの電話があって、冴子の仕事を俺が押し付けられて
いることは分かっていたこと、昨日から月のものが来て気分が最悪になって
いるところに俺が帰ってきたが、疲れて帰ってきているのは分かっているのに
不機嫌な顔でしか迎えられず、気分を変えようとシャワーを浴びようとして
いた矢先のハプニングだったこと、と香は話してくれた。
「ごめん、僚。ついいつものクセで・・・。本当は3日も大変な思いをして帰って
きたのだから、優しく出迎えてあげたかったけど・・・」
俺は香の手と頭上のハンマーをどけると、その唇を塞いだ。
「その・・・なんだ、香。ものはついでと言っちゃなんだが、ここで・・・。
お前見たら、俺やっぱ我慢できんわ・・・」
床にあふれかえった水のように俺の中の水位標が上昇し、香を押し倒して
びしょ濡れになりながら、香には悪いが俺は最後までいたしてしまった。
翌日、二人して熱発して寝込んだのは言うまでもない。
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