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午後の縁側で、いつもどおりの袴姿で胡座をかき、のんびりと番茶を啜っていた五ェ門は、ふと傍らを見やった。
「良いのか?」
低く問いかける。
日が燦々と降り注ぐ、ここがフランスの片田舎とはとても思えないほどの、いかにも日本式の鄙びた庭の縁側で。
自分の隣に気持ちよさげにまるくなって寝ている黒猫に向かって。
黒猫に話しかける────といっても五ェ門が特段おかしくなったわけではない。
その黒猫は、ピンと立った形の良い真っ黒な猫耳と、しなやかでまっすぐな、これまた真っ黒な猫のしっぽのほかは、六尺に一寸ばかり足りぬほどのその痩身を黒のスーツに包んだ、至ってまっとうな成人男子であるのだから、それは何の不思議もない所作なのであった。
黒猫────次元大介は、耳をぴくりと動かしたが、顔も上げずにそのまま昼寝を決め込む。
その姿に、五ェ門は深々とため息を吐いた。
「何があったかは知らぬが────ルパンが心配しているのではないか」
次元の背が、見る見るうちに硬く強張った。
黒猫次元が五ェ門の隠れ家に転がり込んできたのが昨夜のこと。
次元は何も言おうとはしないが、またぞろあの男と喧嘩でもしたのであろうことは察しがついた。そのくらいにはこの二人・・・・・・もとい、一人と一匹との付き合いは長かった。
まあ、黒猫を自分の手元に置くこと自体は吝かではないのだが、飼い主を自認するあの男(そして口では嫌がってはいるものの、次元自身も実はそれを認めていることを、五ェ門は知っていた)がどう思うかを考えれば、一日でも早く返してやる方が無難というものだ。
何よりそれが次元自身のためなのだ。何せひとたび飼い主に歯向かおうものなら、仕置きと称して一週間も十日も閉じ込められてしまうのだから。
仕置きのあとにはいつも、すっかり痩せた風情となってしまう、どことなく子供のような所作を残す黒猫次元には、それは似つかわしくないようで、五ェ門の目には痛ましく写るのだった。
もっともそれは色やつれというたぐいのものであるような気もするのだが。
そのあたりはあまり深く考えないようにしている五ェ門である。
「それに、首輪はどうした」
トレードマークの赤の首輪は、ここに来たときから着けていない。
どうやらルパンの元を出てくるときに、置いてきたらしい。
拗ねたように唇を尖らせ、次元がつぶやく。
「・・・俺はもう野良猫だから、首輪なんかしねえ」
「そう言うな」
五ェ門はやさしく黒猫の背を撫でる。
次元が首輪なしで出歩くことをルパンが酷く嫌っているのは、その言動の端々からよくわかっている。
もともと次元は生粋の野良猫だ。
ルパンにしてみれば、いつ何どきいなくなるかという不安は当然あるのだろう。
そうした自身の弱さは決して見せない男だが、黒猫次元への可愛がり方を見ていれば、それもあながち間違った憶測とはいえないに違いない。
遅かれ早かれここも見つかるのだろうが、そのときにこれ以上あの男を怒らせてしまうのも可哀相な話だ。
黒猫を抱き上げ、膝に乗せる。そして懐から取り出した紺青色の細い組紐を、そっと喉元に結んでやった。
首輪とは違う風合いが珍しいのか、次元はまじまじと蝶結びの長めに垂れたその紐の端を見つめ、指は首に回った紐を辿って感触を確かめている。
「何もしていないよりは良かろうよ」
五ェ門は目を細めた。
「ああ。でも、青もいいな。よく似合っている」
「そうか」
次元は昨夜ここへ来てから此方、初めて微笑んだ。
そして五ェ門の首筋に、自分の額を、頬を、首を無心に擦り付ける。
やはり首輪を置いてきてしまって、不安だったのだろうか。
唯唯あまえるその仕草は、愛らしいばかりに五ェ門には写った。
ゆったりとその背を撫でおろしてやる。
そして、まあ猫相手のことなのだしな、と自らに少し言い訳をし、その頬に唇を押し当てた。次元はまるく目を見開いて、くくっと低く喉で笑うと、じゃれつくように肩に抱きついた。
そのときだった。
「ほお、仲のよろしいこって」
瞬間現れた気配に、二人は弾かれたように飛び離れた。
庭の木戸口に、ルパンが立っていた。
赤いジャケットに黄色のネクタイ、いつもどおりのルパン三世────だがその纏う空気は氷よりも冷ややかで、それがすべての彼らしさを奪っていた。
刃のような視線が、次元を捕らえた。
「ずいぶん可愛らしいおリボンを付けてもらったじゃねえかよ」
蝶結びで首に揺れる、紺青の組紐を目にしたルパンが片頬を歪める。
対峙する次元の耳はぴたり伏せられ、直立したしっぽは完全に毛が逆立っている。
五ェ門は眉を寄せた。
どうしたことだ、この剣呑な雰囲気は。
むろん、次元が家出したというわけだから、そう穏やかというわけには行くまいということくらいは想像はついていた。
(だが、次元が別のものとはいえ、飼い猫の印をつけたのだから、ルパンの気持ちも少しは収まるかと思ったのだが・・・)
しかし五ェ門は肝心なことをわかっていなかった。
飼い主以外の手で付けられる首輪が、愛猫に首輪なしで出歩かれるよりもよほど腹立たしいものであるということを。ましてルパンにとってそれはもう、はらわたが煮えくり返るほどに。
「・・・いい度胸だな、次元よォ」
そのつぶやきの不穏さに、五ェ門は咄嗟に黒猫次元を振り返る。
だが次元は何の驚きも見せず、ただルパンをきっと睨み据えるだけだった。
「もう俺は、てめえとは何の関係もねえ。どこで何をしようが俺の勝手だ」
低く呻ると、背中のベルトに押し込んであったマグナムに手をかける。
「次元・・・!」
「のわっ」
咄嗟に五ェ門は、次元の背中に体当たりを食らわせた。
素っ頓狂な声を上げ、次元の身体が庭に転がった。
「行け!」
次元は呆然と地べたに座り込んでいたが、五ェ門の声に慌てて駆け出した。
低い垣を飛び越え、隣家の塀伝いにトトトと駆けて、その姿はすぐに掻き消えた。
「どういうつもりだ、五ェ門」
「頭を冷やさぬか!」
睨むルパンを、五ェ門は一喝した。
「何があったかは知らぬが、あのような態度では次元とて戻るに戻れないだろうが。それがわからぬお主ではないだろうに」
幾日か姿をくらまそうと、次元はいつも必ずルパンの元へと戻っている。
半野良のような次元の居住まいをルパンが嫌うのはわかるが、かといって無理を強いても黒猫の自尊心を傷つけるだけだ。
「そもそも、お主が謝るのが筋だろうが。次元とて、それを無碍にする男ではあるまい」
「言っておくがな」
不貞腐れたように、ルパンが吐き捨てた。
「今回、俺は何もしてねえぞ」
「は・・・?」
五ェ門は、ぽかんと口を開けた。
「お主がまた新しい女でも作ったのではないのか・・・?」
「んなはずあるかっ!」
だったらとっとと謝ってる、と自慢にもならないことをルパンは胸を張って言う。
「す、すまん、いつものことだと思ってつい・・・」
さりげなく本音を吐露しながら、五ェ門は頭をかいた。そして首を傾げる。
「ならば、なぜ次元はああもお主から逃げるのだ」
「知りてーのは俺の方だ」
騒がせて悪かったなと、ルパンが立ち去る。そしてふたたび庭に静寂が戻る。
五ェ門は呆然と、その後ろ姿を見送った。
「・・・・・・何があったのだ、あの二人に」
五ェ門のつぶやきに、返る言葉はなかった。










黒猫次元の優雅なる逃走









パリ郊外の豪奢な邸宅。
意匠も調度もすべて彼女好みにしつらえられた、不二子のお気に入りの館だ。
暖かなリビングのマントルピースの前、薔薇のレリーフが施されたロココ調の優雅なカウチソファ、その上に寝転がる、何とも似つかわしくない姿がひとつ。
その前に仁王立ち、不二子は深々とため息を吐いた。
「で、貴方いつまでここにいるわけ?」
「あん?」
不二子の声に、じろりと片目を開けた、ソファの上の黒猫が一匹。
そう、次元大介だった。胸には青いリボンが揺れている。
昨夜いきなりこの館に飛び込んできた黒猫次元は、何もかまうことはねえからなとこのソファに陣取り、それからずっとしんしんと眠り続けていた。
ソファの上、大きく伸びをして、次元は欠伸混じりに言い返す。
「別に。風が変わる前には消えてやるさ」
そうしてまた目を閉じてしまう。まともに取り合うつもりなんてまずないらしい。
まったく招かざる客の癖に何て大きな態度かしら(もっとも、それが猫という生き物なのかもしれないが! )、不二子は少し意地悪い気分になった。
「このところ裏社会ではもっぱらの評判よ」
不二子はマニキュアで美しく彩られた人差し指で、つんと黒猫の額をつついた。
むっとしたように、ようやく顔を上げる黒猫次元。
「黒猫次元が飼い主の元から現在逃走中。必死の形相のルパン三世を拝みたくば、是非パリへ来られたし、ってね」
「・・・・・・・・・」
「昨日もずいぶん派手に追いかけっこをしたそうじゃない。世界一の怪盗と世界一のガンマンが花のシャンゼリゼで銃撃戦だなんて、本当にたいしたゴシップだわ。何て言われてるか知ってる?」
「・・・知りたくもねえ」
「知らなくて正解かもね。貴方、憤死しかねないわよ」
「けっ」
黒猫次元は、不貞腐れてそっぽを向いてしまう。不二子は肩をすくめた。
「まったくもう────貴方たちの痴話喧嘩に私まで巻き込まないで頂戴」
「・・・あいつはここには来ねえよ」
横を向いたまま、次元がぽつりとつぶやく。
「まあ、貴方が私のところになんて逃げ込んで来るはずがない、ルパンならそう考えると踏んでいるわけね」
次元はちいさく鼻を鳴らした。図星を差されたときの次元らしい仕草だ。まったくもってその通り、ということなのだろう。
まあでも、実際正しいやり口だと不二子も思う。
ふだんの次元と不二子との間柄を思えば、誰だってここを捜そうとは思うまい。しかし今回は事情が違う。
「かなり筋の良い考えだと思うわよ。だって────」
声を上げて、不二子は笑った。
「さっき、貴方がここにいることを告げたとき、ルパンったらあまりにも予想外だったのか、電話口でしばらく絶句していたんだから」
あのルパンがよ。
そう言って笑い転げる不二子を、次元はぽかんと大きな口を開けたまま見つめた。
「・・・告げた?」
呆然と、次元が鸚鵡返しにする。
「ええ、電話を掛けて教えてあげたの」
途端、空を切る爆音。
ヘリコプターの飛行音が屋上から聞こえてくる。
微笑んで、不二子が頷いた。
「お迎えよ、迷い猫ちゃん」
「何で────何でだよ」
次元の声は微かに震えていた。空っ惚けて不二子は返す。
「あら、貴方の思うとおりにしてあげる義理なんて、私にはなくってよ」
「けどよ・・・」
次元は色を失った唇をきつく噛んだ。
────そうね、貴方の思惑はきっと違ったのね。
胸のうち、不二子はつぶやく。
貴方はきっと、私が貴方の逃亡に手を貸すと思っていたのね。ルパンの元から離れるためならと。
確かに私はルパンを愛している。でもね、別に隣にいたいわけじゃないの。
「ルパンの膝の上がお似合いよ、貴方は」
それは貴方の役目なのよ、次元。
「──────!」
次元の顔が、泣き出しそうに歪んだ。
「・・・畜生」
一言吐き捨てると、次元は身を翻した。そのまま窓から躍り出ようとする。
瞬間、凍りついた。
「ざーんねーんでした、本命はこっちなんだよねえ」
窓の外、ぬっと男が顔を突き出した。
驚きに固まった次元の目の前に、男はひらり窓を飛び越えて、鼻先が触れるほどの目の前に降り立った。
不敵に笑ったルパンは、おどけた仕草で天井を指差した。
「陽動なんだなァ、あっちは」
ぱちりと指を鳴らす。
爆音が、止んだ。
次元は短く舌打ちした。
「くそっ」
後ろに跳び退り、背中に手を回す。だがルパンの手が一瞬早かった。
「うわ・・・っ!」
ぱんっと軽い音が弾けた。
ルパンの手の内から飛び出したのは、十センチメートルほどのスティック状のカプセル。よく見知ったそれを目にして、次元の頬が引き攣る。
目の前で真ん中から真っ二つに破裂したカプセル、そこから噴き出した粉を顔面に浴びたその瞬間、次元は床に昏倒した。





這いつくばったままだった次元が、ようやく身じろいだとき、変化は始まっていた。
「・・・んっ・・・・・・あ・・・・・・」
しなやかな肢体が絨毯の上をのたうつ。
もどかしげに床に身体をこすりつけながら、腹を無防備に晒し、次元は切なげに喘いだ。
とろんとした目は焦点が合っていない。
自分の顔に指を這わし、頬に付着した粉を拭い取る。そしてその指にしゃぶりつく。
ルパンは低く笑うと、次元の身体を起こしてやった。
腕に抱かれたまま、次元はルパンの胸に、額を擦り付ける。まるで身の内を湧き上がる熱に耐え切れないとでもいうように、幾度も、幾度も。
「気持ちよくなっちゃった?」
「ん・・・・・・」
次元はちいさく頷く。その弾みに薄く開いたままの口の端から透明な唾液が頬を伝い、ルパンの赤いジャケットに大きな染みを作った。
「しょうがねえなあ」
ルパンの指が、濡れた次元の頬を拭う。だが次元はルパンの手を取り、舌を差し伸ばし、その指を舐めしゃぶった。ぴちゃぴちゃと濡れた音が辺りに満ちる。
「美味しい?」
「・・・んっ・・・・・・ふぅ・・・ん」
ルパンの指が上顎をくすぐると、次元の身体がぶるぶると震えた。眦から涙が零れる。
これ以上はまずいかとルパンは笑い、口腔から指を引き抜いた。途端、次元の舌が切なげに追いかけてくる。
「これ以上はお家で、な」
なだめるように額に口づけを落とすと、力の失せきった黒猫を膝に抱き取った。
「ほら、次元」
黒猫はルパンの腕の中、腕と脚を必死に目の前の身体に巻きつけた。たまらぬように肌を擦り付けて、鼻にかかった吐息を漏らしている。両腕でかじりついたルパンの首筋をちろちろと舐める赤い舌。その目はすっかり身を焼く熱に混濁し、色めいている。
呆然とその様子を見ていた不二子が、ようやく我に返って鋭く囁いた。
「ちょっと、おかしな薬品なんじゃないでしょうね」
「不二子ちゃんのお家で妙なモノ使うわけないでしょ。またたびだよ、ま・た・た・び」
ああ、そういえばまたたびは猫にとって媚薬のようなものなんだったわね。
不二子は独りごちると、次元の嬌態から慎重に目を反らしながらつぶやいた。
「今の自分の姿を覚えていたら、次元、どうにかなっちゃうでしょうね」
またたびのせいとはいえ、次元もよもや不二子の前でこんな姿を晒したくはなかっただろうに。
しかしルパンは事も無げに笑う。
「それがさァ、意外と覚えてんのよ。効果が醒めたら、真っ赤になって口もきかねえで怒ってるぜ。部屋の片隅に隠れて恨みがましい目でじとーっと睨んでさ」
しょっちゅうやっているのね、とか、次元も全然懲りる気配がないのね、とか、何だかあれこれ言いたいことが胸をよぎったが、美しくも賢い彼女は一言も物言わずに留めた。
「んじゃ、こいつ意外と効いている時間が短いから、とっとと連れて帰るわ」
せいぜい二、三十分ってもんなのよと、あまりルパン以外には必要ないであろう情報を口にしながら、よいさと黒猫を抱えて立ち上がった。そして不二子に笑いかける。
「お礼はまた今度ってことで」
「おかまいなく」
だが不二子は素っ気無く首を軽く振った。その言葉にルパンは目をまるくした。
「おんやあ、珍しいね」
「別に。これで借りは返したってことよ」
「はあ・・・?」
だが、不二子もこれ以上ルパンと語り合うつもりもなかった。
「さすがに可哀相だし、早く連れて帰ってあげたら?」
「ふうん・・・まあいいや」
そこはすぐに察したか、ルパンはあっさり引き下がる。
「んじゃ、またね〜」
「もうここには来ないことを祈ってるわ」
二人────軽快な足取りで去っていく一人と、ぐったりと抱きかかえられた一匹を見送り、不二子はあらためてリビングを見渡した。
黒猫の毛のついたカウチソファ、粉まみれの絨毯、窓枠から侵入した男がつけた、べっとりと無遠慮な靴の跡。
不二子はもうひとたび大きなため息を吐くと、遠巻きにこわごわと様子を覗うメイドたちを呼び寄せ、後片づけを命じた。










黒猫次元が眼を覚ましたとき、そこは見慣れた自分の寝床だった。
ルパンが自分のためにあつらえてくれた寝床だ。
いいにおいのする若木のベッド枠の中には、ふかふかのブランケットが幾重にも敷き詰められている。どこまでだって潜り込める、やわらかな寝床。
あまいにおいの毛足に鼻面を埋め、また眠り込もうとしたその時、次元はようやく事態に気づいた。
寝ぼけ眼で辺りを見回す。パリのアパート、ここ最近の二人のねぐら。
(まずい!)
自分の身体を確かめる。青いリボンがなくなっている以外は、きちんと服は着ている。他には何の拘束もない。
慌ててベッドから滑り降りようとする。しかし、うまく身体が動かない。頭が鈍く霞み、身を起こすのも億劫だ。
(そういや、例のアレを使われたんだった・・・)
霞を払うように何度かかぶりを振り、何とか起き上がった次元は、戸口に佇む影にはっと身をすくめた。
「どこへ行くつもりかなァ、次元ちゃん」
腕組みをしてルパンが次元を見つめている。
どうやらずっと様子を見られていたらしい。
冷ややかな笑顔を浮かべたまま、ルパンがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。次元は声もなく見つめていることしか出来ない。
「これ、なーんだ」
片頬を歪めたルパンが、ポケットから取り出した────赤い首輪。
(俺の────)
懐かしさに胸が痛む。
思わず呆とする黒猫次元に、ルパンが飛び掛ってきた。
「やめろ」
跳ね除けようと必死にもがくが、力の入らない四肢でそれは叶わない。
「よせったら」
「無駄な抵抗、するんじゃないよ」
せめてもと男の胸を押し返すが、ルパンにとっては何の抵抗にもならないようだった。
「・・・・・・・・・!」
ルパンは、次元に伸し掛かったまま、満足げな笑みを浮かべる。
赤い首輪が、ふたたび次元の首に嵌った。
これを自分が身に着けることは、もうあってはならないのに。
次元の指がもどかしげに、首輪のバックルを捜す。早く外してしまわなければ。
だが、これまでとまるで同じに見えた首輪なのに、実際の留め具だったはずのバックルはただの飾りとなってしまっている。ならばと首輪を指で辿り留め具を探すが、繋ぎ目がどこにも見当たらない。儘よと首輪の隙間に指を掛け、ぐいぐいと引っぱってみるがそれでももびくとも動かない。
「取れない、何でだ」
黒猫次元は泣きたくなった。
「俺様が同じ愚を犯すと思うか」
ルパンの顔が、いっそ酷薄に歪む。次元のしっぽの毛がぶわっと逆立った。
慌てて逃げ出そうとするが、すぐに首根っこを掴まれ引き戻される。弾みで首輪についた金の鈴が、涼やかな音を立てた。
仰向けに押さえつけられる。目の前でルパンが、歯を剥いて笑った。
「さあて、お仕置きと参りますか」










木の寝台が、激しく軋んだ。
「いや────いやだ・・・!」
黒猫次元は必死にもがいた。
ルパンはそんな次元の手向かいを鼻で笑うと、ゆうゆうと腿で脚を割り開き、その間に身体を入れてしまう。男の腰の熱さを感じ、次元の頬がかっと赤らむ。
「素直になれって。そうすりゃこいつをくれてやるよ」
ぐいぐいと押し付けられる布越しの猛った性器の感触に、次元の喉がひくりと震えた。
「だ、誰が・・・」
「お、頑張るねえ。好きモノのくせによ」
黒猫の抵抗をあしらいながらも怪盗の器用な指先は、するすると上着を脱がせシャツを剥いてしまう。次元はいつしか、自分自身の青いシャツが、自分の手枷となってしまったことを知った。どれほど手首を動かそうとしても、びくともしない。もがくうちに枷は余計にきつくなる。ほどけるどころかもはや指の少しも動かせない。次元の頬を涙が伝った。
「ど・・・して・・・・・・」
涙でけぶる視界に、ルパンが写る。いままで見たこともないほど、冷たい目。次元の目に、さらに涙があふれた。
だがルパンにとって、それは心動かすものではないようだった。
「ぐ・・・・・・っ・・・」
尻にいきなり、乾いた指を突き立てられた。引き攣る感触に身体がたわむ。無造作に指を動かされ、きつく奥歯を噛み締める。
「・・・いたい・・・・・ルパン・・・」
「へえ、珍しいな。いつもならすぐに欲しがって吸い付いてくるのに」
「・・・うぅ・・・・・・っ・・・」
「五ェ門に可愛がってもらわなかったのかよ。ヤツなら喜んで応じただろうに」
聞き捨てならない言葉に、キッと目の前の男を睨みつける。ルパンはせせら笑った。
「本当のことを言って何が悪い。お前だって首輪を付けさせてたくらいだ、股のひとつやふたつ────っ・・・!」
これ以上聞きたくない。次元は、目の前の白い首筋にきつく噛み付いた。
首を押さえ、ルパンが呻いた。中を犯す指が抜かれ、次元はほっと肩で息をする。
二人分の荒い呼吸が、部屋の中に響く。
やがてぽつりと、ルパンがつぶやいた。
「そんなに────俺が嫌かよ」
初めて見る、静かな瞳。次元は息を呑んだ。
「あ・・・・・・」
「もう、触られるのも嫌なのか・・・?」
「ち・・・違・・・・・・」
黒猫は必死で首を横に振る。
違うのだ、そういうことではないのだ。
「じゃあ、どういうことだ」
問い質すルパンの声は静かだった。
次元は幾度か躊躇い────そして唇を開いた。










それは、前回の仕事のときのことだったと、黒猫はつぶやいた。
「不二子に・・・・・・」
「不二子だあ?」
黒猫の口から転がりだした意外な名前に、ルパンは眉をひそめた。
ルパンの様子に気付かないのか、黒猫次元はきつく目を閉じたまま頷いた。
「不二子に、お前みたいな疫病神と一緒じゃおちおち仕事も出来ねえって言ったら」
次元の唇が微かにわななく。何度か言い淀み、そしてかすれた声が零れ落ちた。
「く、黒猫の俺の方がよっぽど不吉だって言われて・・・」
「黒猫が不吉って────ただの迷信じゃねえか」
そんなことで飛び出したってのか。
あんぐりと口を開けたルパンにかまわず、次元は言葉を継ぐ。
「そしたらお前、あのとき────俺を庇って怪我をして」
思い出した。脱出のときのことだ。
忍び込んだ古城、怪我をした黒猫を抱えたまま城の迷路を抜けた。背後から襲い掛かる敵、次元を庇いつつの戦闘に手間取り────確かに一度ぶん殴られて気を失ったことは確かだ。だがすぐに五ェ門が来て事なきを得たのだし、すぐに意識は戻ったのだし・・・
「・・・かすり傷だったろ?」
髪を撫でてやろうと手を伸ばすが、黒猫は首を振ってそれから逃れる。涙がきらきらと空に飛んだ。
「もう少しで、死んじまうところだった・・・!」
抱きしめた身体からみるみるうちに血の気が失せて。
青ざめた唇から零れる吐息がみるみるうちに浅くなって。
「俺のせいで・・・」
次元は横顔をブランケットにうずめた。その頬に、新たな涙が流れる。
「俺を庇ったせいで・・・」
震える肩をそっと抱き寄せ、ルパンは独りごちる。
(「借りを返した」ってのはこういうことか────)
ルパンはようやく合点した。
不二子が、自分の館に次元が逃げ込んできた、などとわざわざ自分に連絡を入れてきたのは妙だと思ったがなるほど、それはあの女なりに悪いと思ってのことだったらしい。
ちょいとばかり次元をへこませるつもりで投げた言葉が、思いのほか効き過ぎたというわけだ。
次元の家出に一番驚いたのは、きっと彼女だったのだろう。
「そんなことだったのかよ・・・」
「そんなことたァなんだ!」
目に涙を浮かべて次元が怒鳴った。
「お前が無事なら、俺は他は何もいらない・・・たとえ傍にいられなくても────お前が、幸せなら他は、何も・・・」
たまらず震える黒猫を抱きしめた。次元はもう、抵抗しなかった。










「ばっかだなあ、そんなもん偶然に決まってるだろうが」
ことさら明るく言葉を紡ぐ。大きな猫耳が、ぴくりと震えた。
「黒猫が不吉の象徴ってのはただの迷信だっての」
「けどよ・・・」
実際、あんなことがあったのに。
抱きしめた腕をほどくと、ルパンは両手で黒猫の頬を包んだ。額を合わせ、目と目を合わせる。
「大体お前、日本では黒猫は福の神だぞ」
「そうなのか・・・?」
次元が目を見張って小首を傾げる。ルパンは重々しく頷いた。そして順を追ってゆっくりとその理屈を説明する。
「日本語で、商売で利益が出ることを『黒字』っていうだろ」
「ああ」
「そんで、やっぱり日本語ではその物の地の色が黒いことを『黒地』っていうだろ」
「ああ」
「そいでまた、黒猫はいわば地の色が黒いってことだろ」
「・・・・・・・・・」
「『黒地』の黒猫が『黒字』を招く────ってことで福の神」
「駄洒落かよ・・・」
呆れたようにつぶやく次元、その鼻先に人差し指を突きつけてルパンは怒鳴った。
「日本ではそーなの!」
「けどよ・・・」
「お前は日本人だろうが」
「うん・・・」
納得いかなげに言い淀む、その唇に音を立てて口づけた。
ようやくまっすぐに目を合わせ、間近で見交わしあう。
真っ黒な瞳の中、写る自分自身の姿を認める。ようやく取り戻した────ルパンは微笑んだ。
「それに、お前と一緒に不幸になるなら・・・・・・俺はそれでかまわねえよ」
「ルパン──────」
次元はまるく目を見開き、やがてくしゃりと顔を歪めると、子猫のように泣き出した。





シャツの枷を解き、あやすように抱きしめた。
泣き声がようやく落ち着いたころ、ルパンは腕をほどくと、次元の顔を拭ってやる。
まるきりの子猫扱いも、次元は今日ばかりは何も言わない。ただ恥ずかしげに視線を伏せている。
神妙な様子の次元に、ふいに悪戯心が湧いた。
「ま、次元ちゃんは要するに俺のことが心配で心配でならなかったと」
からかうように鼻の先をつつけば、黒猫次元は真っ赤になった。
「俺の身に危険が及ばないように、そう思って身を隠したってことだよな」
「そんなんじゃ・・・」
「そんなんじゃ?」
目を覗き込んで鸚鵡返しにすると、次元は目をそらしながら唇を尖らせ、もごもごと言葉を濁した。
「ま、俺から逃げようなんて考えがあまいんだって」
笑いかけると次元はあっとつぶやき、しっぽでぱしりとルパンを叩く。
「何だよ」
悪戯の仕返しに耳をいじる。くすぐったそうに身をすくめながら次元はぼやいた。
「あ、あんなもん使いやがって・・・」
「えー、あんなもんって何?」
にやっと笑って覗き込む。それから逃れようと、次元はルパンの胸に顔を伏せてしまう。
「わ、わかってんだろうが」
「えー、何なに、教えて」
「・・・・・・・・・ま」
「ん、なあに?」
ぎゅうぎゅうに抱きしめてやると、次元は逡巡の挙句、ぽつりつぶやいた。
「・・・またたび」
「あー、お外で使ったのは初めてだったなあ」
可愛かった、可愛かったと繰り返すと、腹を立てた次元が二の腕に噛み付いてくる。さっきとは違う、愛撫のようなやさしい甘噛み。
ルパンは声を上げて笑った。
ふてた頬に、そして唇に。音を立てて口づけて、最後に耳を噛んであまく囁く。
「あんなもん使わなくても、メチャクチャ気持ちよくしてやるさ」
そして深く口づける。あまやかな口づけに、次元はうっとりと目を閉じた。





「・・・あっ・・・・・・ああん・・・」
ルパンの性器を自ら受け入れて、次元は泣きながらあまく呻いた。
やってごらんと囁かれ、黒猫はびくびくと耳を震わせながら頷いた。
寝転がったルパンの腰の上に跨り、串刺しにされるように飲み込んでいった。慣らされた其処はやわらかくルパンに絡みつく。まっすぐに立ち上がったしっぽも、先がぴくぴくと震えている。
自らの重みで常より深く咥え込み、どうしたらいいのかと次元がまた泣く。
その泣き顔にぞくぞくするほどの興奮を覚える。
「動いてごらん」
「え・・・・・・」
呆然と、次元の目が見開かれた。ルパンは笑う。
「忘れたのかよ、次元。お仕置きするって言っただろ」
「あ・・・」
「そう、だから全部自分でやるんだ。お前が、全部ね」
縋るような視線を無視して、顎で促す。黒猫は諦めたように唇を噛むと、おそるおそる動き始めた。
「・・・は・・・・・・ん、んっ・・・」
きつく目を閉じ、腰を揺らし始める。やわらかなブランケットにぐっと足を踏みしめ、不安定な身体を持て余しながら、必死に身体を上下させる。
腰が止まると、尻をぴしゃりと打って先を促す。次元は羞恥に泣きながら、腰を振った。そのたびに鳴る鈴の音が、より興奮を煽る。
やがて次元の腰の動かし方に、ひとつの規則が出来る。
かならずルパンの昂ぶりの先を押し当てるその場所。ルパンもよく知る、次元のもっとも弱い場所だ。
「ん、んんっ・・・・・・」
不意に次元の其処がきつく締まる。思わず息を飲み込んで、そしてルパンはくすりと笑った。濡れた瞳が、ルパンを見返す。
「ここ────好き?」
「・・・あああ・・・っ・・・」
下から其処を突き上げる。銛で穿たれた魚のように、次元の身体がルパンの腹の上で跳ねた。
次元の身体が崩れかける。また尻を叩くが、今度はそのまま倒れこみ、ルパンの胸に縋りついた。
「も・・・う、だめ・・・・・・ああ・・・んっ・・・」
濡れた頬を、胸に擦り付ける。閨でしか見せないあまえた仕草。ルパンは苦笑する。
「お前、ふだんからこれくらいあまえてみせろよ」
「ん・・・・・・」
何を言われているか、わかっているのかいないのか、次元は無心にルパンの胸に口づけ、舌を這わせる。肌を吸い上げられ、ルパンの息も徐々に荒くなってくる。
「まったく、おねだり上手になったもんだ」
ため息混じりに笑い、自分の上で震える黒猫の身体をきつく抱きしめ、性器を繋いだまま身体を反転させた。
「ああ────」
敷き込んだ身体は、突然の刺激に軋んだが、すぐにほどけてルパンの雄にやわらかく絡みつく。次元の唇から、感じ入った嘆息が零れた。
ルパンが片方の足首を掴み上げ、片脚だけ抱え上げると、次元の声はさらに高くなった。そこを伸し掛かる。張り詰めた性器を手でまさぐりながら、腰を抉るように動かすと、次元はもはや声を噛むことも出来ず、ただよがり泣いた。
「あ、ああっ・・・・・・ああ・・・」
汗に濡れた肌が滑る。腰を振るリズムに合わせて、淫猥な音が繋がった箇所から響き続ける。ちりちりと、鈴が鳴り続ける。
ルパン自身も限界が近い。手の中の次元の性器を、きつく扱き上げた。縋りつく指が、ルパンの肩に爪を立てる。狂おしげにかぶりをふりながら、腕の中、次元が絶頂を迎えた。瞼が耳がびくびくと震える。
瞼に口づけ、そして耳をあまく噛むと、ルパンもひときわ深く突いた。
きつく締められながら、中に精液を放つ。その熱さに撃たれるように次元の肌は慄き、そして陶然と溶けた。










息が収まると、ゆっくりとルパンは次元の中から身を退けた。思わずびくりと強張る肌を、ルパンの手がなだめるように撫でた。
「風呂、入れるか」
背中を撫で下ろしながら、ルパンがつぶやく。次元は上目遣いでルパンを見つめた。
んっ? と次元を見つめ返し、意図に気付いたルパンは片の口の端を引き上げた。
「駄目だぜ、今日はそれはずっとつけたままだ」
赤い首輪────いつもは風呂のときは外してくれていたのだが。自業自得とはいえ切なくて、次元はひっそり唇を噛んだ。
「まったく、お仕置きするって俺の言葉、全然覚えちゃいねえだろ」
人のあまさに付け込みやがってとルパンが苦笑する。意地悪ばっかりするだろうがと今度は次元が唇を尖らせる。
ルパンの人差し指が、黒猫の額をつついた。
「ま、いい子にしてりゃ、そのうち考えてやるよ」
「本当か────?!」
次元は目を見開き、途端笑み崩れてルパンの肩に指を掛ける。
そんな次元を、ルパンがじっと見つめた。
「ルパン・・・?」
首を傾げた次元にをさらに見つめて、そしてルパンは静かにつぶやいた。





「お帰り、次元」





ルパンが微笑む。次元にだけ見せる、やさしい笑顔で。
胸が詰まる。喉が震え、次元はようやくかすれた声で一言だけつぶやいた。
「・・・ただいま」
そして、ルパンの胸に飛び込んだ。










ここに、黒猫次元の優雅なる逃走は終わりを告げたのである。










end










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