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深夜────





冴え冴えとした月が、冬の夜の凍えた空気を切り裂く。
町外れの廃屋に、微かな気配。
コンクリートの打ち放しの床に、月に照らされ伸びる影。
そこにいるのはルパンの相棒、黒猫次元が座り込んでいた。
傍らには大粒のカナリー・イエローのダイヤモンド。今夜の月の光を集めたようなその宝石は、だが無造作に埃まみれの床に転がっている。
黒猫次元は手足を投げ出し、呆然と虚空を仰ぐ。
硝子玉のようなその目は何も写していない。
しっぽは力なく、だらりと床に落ち、薄く開いたままの唇からも何の声の発せられる気配もない。
ただ耳だけが、何も聞き漏らすまいとでもいうかのように、ぴんと峙っていた。
アジトに使う廃屋の一室、明かりを点けることも、火を熾すことも忘れ、黒猫次元はただひたすら待ち続けていた────彼の主を。










月夜の子猫









夜の街を、ルパンは駆けた。
捕り手の声は、もう聞こえない。それでもルパンは五感を研ぎ澄ませ慎重に、そして足早に疾駆する。
今夜はしくじった────ルパンは歯噛みした。
むろん、狙った獲物は彼の手中だ。クロフォード男爵家に伝わるダイヤモンドは、既に彼の相棒が持ち帰っている。
確かに怪我を負いはした。だがかすり傷だ。取り囲んだ警官の銃弾が微かに脇腹をかすめた。それだけのことだ。怪我の内にも入らない。
だがルパンにとっては今回のヤマは失敗でしかなかった。





今日の侵入先はクロフォード男爵の別邸、通称、迷路館。先々代(彼は「男爵の中の男爵」と呼ばれた────要するに完全にイカレてるってことだ! )が凝りに凝って建てた代物で、おそらく現当主さえその構造を把握しきっていない、トラップで埋め尽くされた狂気の館。
それでも手早く片付くヤマのはずだった────銭形さえ現れなければ。
あの執念の男は地元の警官を集め、予告状さえ出さなかったクロフォード家に突如として現れた。
クロフォード家のトラップと銭形。
だが計画に多少の狂いはあったものの、二人は予定されていた通り屋上へと向かい、脱出用に持ち込んだ小型のジェットパックを背負った。このジェットパックはルパンが改良を重ね、背負い式の一人乗り飛行マシンとしては破格の飛行距離と速度を誇る。 この館を取り囲む惑いの森を上空から抜け出すには持ってこいの装置だった。
まずは次元を飛ばせ、ルパンも続いた。
だが────





(くそ・・・やっぱり軽量化に走りすぎたか)
思い返し、ルパンは舌打ちする。警官の放った銃弾が、ルパンの背負った燃料タンクをガードごとぶち抜いた。推進力を失い、落下するルパンに尚も銃弾が撃ち込まれ続けた。
無様に回転しながら落ちてゆく、ルパンの耳を彼の名を呼ぶ次元の悲痛な声が打つ。
先に行けと、叫ぶのが精一杯だった。
言われた通りにひとり行く、その後ろ姿に安堵する。
だが、去り際に自分の姿を捉えたあの瞳────





ルパンは足を速めた。
早くあの猫に無事な自分の姿を見せてやりたかった。そして何より。
自分が、早く次元を抱きしめたかった。










アジトに足を踏み入れたルパンは、微かに息を飲んだ。
暗いままの冬の冷気そのままの室内に、次元はぼんやりとうずくまっていた。薄手の仕事着のまま、身じろぎひとつせず、何の生気も感じさせず。
「次元・・・・・・!」
ルパンは慌てて駆け寄った。
虚ろな目が、ゆっくりとルパンに向けられた。
ただ向けられていただけの目が、徐々にルパンの姿を捉え、目の奥に像を描き出す。
次元はひとつ息を飲んだ。見る見るうちに涙があふれ出す。
「悪かった、次元・・・」
黒猫の痩せた身体を腕に抱き取った。触れた頬は、冷え切って凍えていた。
ぬくもりを分け与えるように、頬に、髪に、首筋に、何度も唇を押し当てる。強張っていた身体は、ルパンの腕に抱きしめられ、やがてかたかたと震えだした。
「ごめんな、もう大丈夫だから・・・ごめんな」
黒髪に顔をうずめ、やわらかな毛で覆われた耳に、繰り返し言葉を吹き込んだ。
次元は耳をびくびくと震わせながら、ルパンの存在を確かめるように必死に抱きついてくる。力ない、震える指が肩に縋った。
「ルパン・・・」
ようやく出した声はひどくしゃがれていた。
「ああ、俺だよ」
それはずいぶん間抜けた言葉だったかも知れない。
だが次元はちいさく何度も頷いた。そして声を上げて泣き出した。まるで、子猫のように。










ようやく落ち着きを取り戻した黒猫を抱き上げて、ルパンは奥の部屋へと向かった。
居室として使っているその部屋だけは、きちんと整えられ、人の住みかの態を成している。
清潔なベッドの上に寝かせてやると、ルパンはストーブを点けようと立ち上がった。行きかけて、くいと引き戻される。見ると、黒猫次元の指が、ルパンの服の裾をぎゅっと握りしめていた。
「どうした」
屈み込むと、ベッドの上に引き倒された。そのまま次元がルパンの身体の上に馬乗りに乗り上げてくる。ルパンはぱちぱちと目をしばたたいた。そんなルパンを、黒猫次元は真っ赤に泣き腫らした目で睨んでくる。
「次元」
名を呼んで促すと、次元は俯いたままようやくつぶやいた。
「傷・・・・・・」
かすれ声に、自分が怪我をしていたことを思い出す。安心させようと、笑いかけた。
「かすり傷だって、ほら」
次元に怪我の場所を指し示してやった。
実際、ほんのかすり傷なのだから。銃弾がかすめただけの擦過傷。これまでに、もっと酷い怪我をしたことだってある。
「な、大したこと無いだろ」
次元は無言のままだった。
機嫌を損ねているのかも知れない。
なだめようとルパンが手を差し伸べようとした瞬間、次元はそっとルパンの身体に屈み込んだ。
まだ強張ったままの指で、ルパンのシャツを肌蹴させる。そして震える舌を差し伸ばし、そっと傷口を舐め始めた。
「・・・・・・・・・っ」
ルパンは息を飲んだ。だが黒猫はかまわず、傷痕に舌を這わせ続ける。ルパンの下肢にうずくまり、ただ一心に。
赤い舌が閃き、やわらかな感触が肌をくすぐる。ぴちゃぴちゃと濡れた音が部屋に満ちる。舌の這うその後を追うように押し当てられる熱い唇。
知らず息が熱くなった。身体の奥があやしく蠢きだす。
(まずい────!)
ルパンは慌てて次元の肩に手を掛けると、強引に身体を起き上がらせた。そして脇に手を回し、膝の上に抱え上げる。
息を整え素知らぬふりで、ルパンは抱き上げた次元の髪を撫でた。
「ありがとな、もう治っちまったよ」
お前が舐めてくれたおかげだな、そう笑っても次元は唇を噛んで俯くばかりだった。
「お、おい」
またぽろぽろと涙がこぼれ出す。慌てて抱き寄せるルパンの胸に、次元はぐいぐいと額をこすりつけた。
「お、お前は・・・」
しゃくり上げて、次元がつぶやく。
「お前は俺に何もさせてくれない・・・・・・さっきも・・・俺だけ先に行かせて・・・お前、ひとりだけで・・・」
泣きじゃくり、ルパンの胸を叩く。
「俺だって・・・お前のた、ために・・・何かしたい・・・お前の、や、役に立ちたい・・・お、俺だって・・・」
ルパンの胸を叩く、その手さえ弱々しい。
くぐもった泣き声。吐息が胸に掛かる。
堪らなかった。堪らなく、愛おしかった。
痩せた身体をきつく抱きしめる。びくりとすくんだ次元を、そのままベッドへと押し倒した。
「・・・・・・・・・!」
大きく目を見張る黒猫、その唇に噛みつくように口づけた。
舌を探り、唾液を流し込む。脚で黒猫の下肢を割り、すっかり熱くなってしまった腰を押し当てる。
「んっ・・・んん・・・・・・ん・・・っ」
慄いて震える身体を、逃がすまいと腕の中に押し込める。さらに深く舌で口中をまさぐる。次元の息が荒くなった。
音を立てて唇が離れた。唾液が銀の糸を引いた。
シーツにぐったりと次元は身をうずめた。ルパンは身を重ねたまま、そっとその頬を撫でる。
「お前はさ、自分が役に立ってねえって言うけどよ」
ルパンのつぶやきに、次元は顔を上げた。
「お前がいるから、俺は戻ってこようと思うんだ。お前が俺を待っていて、俺の顔を見て、おかえりって笑ってくれるから、俺は何としてでも帰らなくちゃならねえと思うんだ」
「けどよ・・・」
俯きかける次元の顎を掴んだ。強引に顔を上げさせ、その揺れる瞳をじっと見つめる。
「嫌か、俺のために笑顔でいてくれるのは。帰って来た俺を抱きしめてくれるのは」
視線を逸らすことも許されず、次元はただ浅い息を繰り返す。そしてやがて観念したように、微かに唇を震わせた。
「────や・・・じゃない・・・」
つぶやきはか細く、震えていた。
ルパンは腕の中の身体をきつく抱きしめると、再び唇を、そしてその吐息を奪った。





「あ・・・ァ・・・・・・」
全身に舌を這わせる。次元はもはや指一本も自由が効かない状態で、リネンの上、ただ熱い吐息を零す。
さっきのお返しだ。
そうルパンは言うと、次元の肌に舌を滑らせた。最初はくすぐったげに身を捩じらせていた次元も、舌の触れる場所が多くなるごとに、徐々に息を荒がせていった。
「やっ・・・ん・・・・・・あ、あぁ・・・」
切れ切れの声が冷たい空気に熱く溶ける。のたうつ身体を押さえ込み、ルパンは高ぶった次元の性器を口に含んだ。次元の喘ぎに泣き声が混じる。
張り詰めたそれを口の中で舐めまわし、吸い上げる。次元の身体がぴんと反った。
「いや・・・だ・・・・・・だめ・・・え・・・・・・ああっ・・・」
あっけなく、次元はルパンの口の中に精液を吐き出した。ルパンはすべて飲み干すと、びくびくと震える身体を抱きしめた。
「大丈夫だって。気持ちよかったろ」
背中を撫で下ろすと、また身体が強張る。
(初めてってわけでもねえのによ)
ルパンは苦笑を隠せない。尻を撫で回せば、その先を知る身体は、またびくんと震えた。
しょうがねえヤツ。
もっとも何度抱いたか知れない身体だ。こういうときの、手っ取り早い方法だって知り尽くしている。
ルパンは思い切り切なげな顔を作り、次元の目をじっと見つめた。
「・・・嫌か、俺にこういうことされんのは」
こう言えば、素直な子猫は必死に首を横に振る。
「じゃあ、いまみたいにされるの、好きか?」
次元はひくっと喉を震わせ、ちいさく「・・・好き」とつぶやいた。
そうして何度も黒猫に問いただして、焦らず指を進めていく。追い詰めてゆく。
煽られ続けた肌は、仕舞いにはとろとろに溶けて、重ね合うルパンの肌に馴染んだ。
「助けて・・・くれよ」
次元の頬を、新たな涙が伝う。
「も・・・どうにかなっちまう・・・・・・あっ・・・」
中に入り込む指の動きに、耐えかねたように揺れる腰。オイルで濡らした指が蠢くたび、そこは淫猥な水音を立てた。
「すげえな、食い千切られそうだ」
指に内壁が絡みつく。ルパンが笑うと、そこはまたきつく締まった。
「欲しいのか?」
もう次元には、何も考える余裕もないようだった。がくがくと首を縦に振り、自分の脚を自ら抱え、男の前に身体を開く。
「欲し・・・い」
焦らさず、高ぶった性器を押し当てる。指での愛撫にすっかり熟れた其処は、言葉通りに物欲しげにひくついた。
「・・・入れていい?」
ルパンの声も、焼けつくような欲望にかすれる。それすら気付かぬ様子で、次元はルパンの首に手を回し、男の身体を引き寄せた。
誘われるまま、次元の中に入り込む。ゆっくりと時間をかけて奥まで埋め込んだ。
「ああ・・・・・・」
腰を軽く揺すってすべてを入れてしまうと、待ちかねたように次元の脚が腰に絡んだ。
「いいか・・・?」
上ずった声で囁くと、次元は浮かされたように頷いた。
「うれしい・・・」
ルパンの肩に手を回し、汗に濡れた額を何度も擦り付ける。
「こうしてれば・・・ずっと一緒にいられる。だから・・・」
「次元」
「だから・・・ずっとこうしてたい・・・」
その瞬間、理性が飛んだ。
嬌声が泣き声に変わり、やがて意識を飛ばしただ揺さぶられるだけになってしまった身体を、その夜ルパンは飽くことなく抱き続けた。










「・・・とまあ可愛かったのによォ」
「何か言ったか」
「べーつーに」
シングルソファに腰を下ろしたまま、ルパンは横を向いてぶすくれた。
黒猫次元の呆れたようなため息。





仕事帰りに傷を負った。アジトに舞い戻ると、一足先に戻っていた次元が出迎えた。脇腹の擦過傷に気付いた次元が一言つぶやいた。
「────どじ」





「五年の歳月は残酷なもんだ・・・」
あの、俺の怪我に泣きながら心配してた子猫はどこに行ったとルパンがぼやく。
黒猫次元は肩をすくめると、ルパンの前にうずくまった。
「傷、見せてみろよ」
「あらやだ、エッチ」
ルパンが傷を隠そうとするのを押し留め、次元はシャツを掻き分け傷を見つめる。
やがてちいさな安堵のため息が聞こえた。何だか面映い。
「こんなの、舐めときゃ治る」
上目遣いの悪戯な視線。
それはすぐに伏せられて、そして傷口をそっと舌が這った。
「お前もずいぶん落ち着いたよなあ」
あのころは離れて行動するのも心配なくらいだった。
ルパンはそうつぶやけば、舐める舌の動きはそのままに、平然と次元が返す。
「だってお前は、必ず俺のところに戻ってくるって言ったからな」
「そうか」
「嘘じゃ────ないよな」
わずかに揺れる声。次元の髪を指に絡めながら、ルパンはわずかに笑った。
「戻るよ、お前のところに必ず」
「・・・そっか」
「ああ」
黒猫はそのまま顔を上げようともせず、ただ傷口を舐め続ける。ルパンは髪を撫でながら、やがてつぶやいた。
「あー、なあ次元ちゃん」
「ん?」
「こっちも舐めてくれると嬉しいかなーなんて」
黒猫の手首を掴むと、すでに兆し始めた性器を布越しに押し当てる。弾かれたように飛び退ろうとするのを許さず、腕を引いて膝に乗せると、そのままぎゅっと抱きしめた。次元は腕の中で緩くもがいた。
「バ、バカだろ、お前」
黒猫次元は耳まで震わせる。
こういうところは、いつまでたってもうぶなんだよなあ。
思わずにやけそうになる口元を、そのやわらかな耳の内側に押し当てた。
「な、寝室行かねえ?」
逡巡は、腕の中であっさり溶けた。ルパンの耳元に落とされるかすれた囁き。
「──────うん」
そして次元はルパンの首にかじりつき、頬にそっと唇を押し当てた。










いつまでも可愛い────大切な俺の黒猫。










end










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