S.

skylark





































































































困ったことになったと。
次元は酔いの混じった頭の片隅で、そんなことを考えていた。





この数週間掛かりきりだった仕事が片付いたばかりで、その疲労があったのか。
そのヤマで手に入れたお宝を手に、例によって相棒が恋人のところへすっ飛んで行った、その腹立ちもあったのか。
次元にしては珍しく、酒のグラスを重ねて程なく、酔いが回りはじめた。





二人残されたアジトの居間。
次元は、ソファにだらしなく四肢を投げ出し、バーボンを煽る。
相向かいに端然と座る侍相手の愚痴も、ふと気づけば同じ言葉の繰り返し。
だが五ェ門は何の文句も言わず、静かに相槌を打っていた。
ふだんだったら厭味のひとつも返されていただろうに。
そのことに、少しは注意を払うべきだったのだ。





いつの間にか。





次元の隣に席を移した五ェ門の手が背もたれに回り。
その手がいつしか次元の肩に回り。
そして肩を引き寄せられ。
自分の愚痴への答えが直接耳元に囁きかけられ。





ここに至って次元は初めて、自分が酷く対処に困る状況に陥っていることに気づいた。










あれは雲雀、と彼は言った









五ェ門のすべらかな頬が背後から首筋に当たる。その感触に途惑っていると、耳に唇が押し当てられた。
「・・・ぁ・・・・・・ッ・・・」
こぼれ落ちた声は甘かった、次元にとって許しがたいほどに。
「わ、悪ふざけはよせって」
次元は慌てて身を寄せてくる五ェ門を引き剥がそうと、胸を押し返した。
冗談にしてしまいたかった。
酒の席でのちょっとしたはずみ、それで流してしまいたかった。
だが、返ってきた五ェ門の言葉は硬く、容赦のないものだった。
「あの浮気な男に操立てか。貞女もかくやの心意気だな」
鼓動が速くなるのが自分でもわかった。
「・・・・・・何の話だ」
「拙者がおぬしたちの関係に何も気づいておらぬとでも思っておったか」
どうやら惚けさせる気はないらしい。
「盗み聞きでもしたのかよ」
冷ややかに吐き捨てたが、侍はしらっと返した。
「知られたくないならば、拙者が同じ屋根の下にいる時くらい事を控えるのだな。おぬし、ああいった時にどれだけの声を上げていると思っている」
次元は羞恥に顔を背けた。耳まで熱い。
二人の身体の間で突っ張っていた次元の手が僅かに緩む。
その瞬間、五ェ門にその手首を掴み上げられた。
五ェ門の膝が、次元の脚を割り開いた。
脚の間に五ェ門の身体が割り込んでくる。
腰に当たる熱い感触に思わず身を退こうとしたが、全身で押さえつけるように伸し掛かられた。





ソファの上に仰向けの状態で息を弾ませ、それでも次元は自分を組み敷く男を、きつく睨みつけた。
「何のつもりだ」
「言ってほしいのか」
次元は軽く舌打ちする。
「いい加減にしろ。そもそもお前さんがどうこう言うような話じゃねえだろうが」
だが五ェ門も引く様子はない。がちりと次元の手首を掴んだ手は、動く気配すらない。
耳元に吹き込まれる強張った声。
「つまりおぬしたち二人の関係には他人の入り込む余地がないと。そう言いたいわけか」
「妙な言い方するんじゃねえ!ただの腐れ縁だ。あんなもんは、手っ取り早い────ただの処理みたいなもんだって話だ」





言った端から心が軋む。
次元は胸の内で、そんな自分を嘲笑った。
当たり前だ。あんなことにはその程度の意味しかない。
ルパンは気紛れに次元の身体を開き、飽きればまた気紛れに放り出す。
それが二人にとっては当たり前のこと。
目を背けていた事実を引きずり出され、次元は胸苦しさに奥歯を噛み締めた。





だが五ェ門の視線は揺らがない。
「ならば、拙者相手でも問題なかろう」
「そういう問題かよ」
声が震える。五ェ門の腕がきつく次元を引き寄せた。
「そんな顔をさせておく男におぬしを好きにさせたままで、拙者がいつまでも平気でいられると思ったか」
激しい腕とは裏腹の切なげな声。
次元は五ェ門の腕の中動くことも出来ず、ただ目を伏せた。返す声も自然と小さくなる。
「本当に、そんなんじゃねえんだ・・・・・・」
「ならば、何故おぬしはあれほど荒れていたのだ」
「それは────」
「不二子殿に奪われて、本人には恨み言すらいうことも出来ず、こうしてただふさぎこむばかりで」
「五ェ門ッ!」
「そんな姿を見せられて、それでも平気な振りをしていろというのか」
肩を掴まれ、揺すぶられる。次元は抗うことさえ出来なかった。





「・・・・・・別に恋愛とかなんとか、そんな話じゃねえんだ」
あの男が好きだった。
強引に身体を開かされた気の狂うような夜の果て、次元はそれに否応なしに気づかされた。
自分のものにしたいわけじゃない。
あの自由な魂を縛り付けることなど出来得るはずもない。
そんなことは次元自身も承知していることだ。
ただこんな夜は────少しやるせなくなるだけだ。





目の前の五ェ門の顔が、不意にくしゃりと歪んだ。
「こんな夜でさえ、おぬしはあやつのこと以外、考えようとしないのか・・・・・・」
五ェ門の声がかすれた。
「どうしても、拙者では駄目なのか」
ぱたり、と五ェ門の涙が次元の頬に落ちる。嗚咽を堪えるように、五ェ門の喉が鳴る。
次元は目の前の五ェ門を見つめた。
白皙の頬が濡れている。こんなときだというのに、その美しさに我知らず見とれた。
だから、自分の唇が言葉をつむいだのも、それは無意識のことだった。





「・・・・・・今夜だけ」





「・・・・・・え?」
次元自身、思わず自分の言葉に耳を疑う。だが、口にした言葉に取り返しのつくはずもない。だから口早に言い捨てた。
「今夜だけなら、かまわねえ」
「今夜」
五ェ門は呆然と鸚鵡返しにする。
「ああ、今夜一度かぎりのことにするなら────それが条件だ。飲めるか?」
五ェ門はしばし瞑目した。
「・・・ああ、かまわぬ」
絞り出すような声だった。後悔が次元の胸をよぎる。
だがもう取り返しがつくはずもないのだった。










次元は、五ェ門を自分の部屋に連れ込んだ。
支度も始末も、自分の方が慣れている。ならばその方が理にかなっている。
こんなことは自分にとっては何でもないのだと、手馴れた風に振舞うことは、さほど難しくないことだった。
さっさと服を脱ぎ捨て、ベッドの上で男を誘う。
先ほどまでの激情が嘘のように、五ェ門はおずおずと身体を寄せてきた。
触れ合う肌は思いのほか熱い。
吐息がこぼれそうになるのを噛み殺し、次元は自分に伸し掛かる男の背に手を回した。





五ェ門が慎重な手つきで次元の肌を探る。
それを受け止めながらも、次元はぼんやりと考えをめぐらせていた。
自分たちがこうなってしまったと知ったら、ルパンは一体どう思うだろう。
怒るだろうか?
笑うだろうか?
詮のないことだったが、考えずにはいられなかった。
どちらにしても、ルパンにとってはそれほどたいした話ではないだろう。
自分の飼い犬がじゃれあっていると。
もしかすると、その程度の話だろうか。





「次元?」
五ェ門がいぶかしげに顔を覗きこんでくる。
「ああ、すまねえな」
次元は苦笑した。
確かに自分の頭の中はルパンのことばかりだ。
(これじゃ五ェ門の言うことを否定なんて出来やしねえ)
自分の女々しさがおかしかった。
途惑ったように自分を見つめる男の肩を、今度は自分から引き寄せた。
二人の腰が触れ合えば、相手はもうすっかり熱くなっている。
案外手早く済みそうだと安堵しながら、次元は五ェ門に口づけた。
五ェ門の口づけはつたなかった。
うぶな様子に新鮮な感動を覚えながらも、次元は唇同士の愛撫をその唇をもって教え込む。
五ェ門は優秀な生徒だった。実地での教育に即座に反応し、次元を陶然とさせた。
花を手折る背徳の悦びが、快楽に拍車をかけた。
口づけながら五ェ門の性器を探れば、そこはすっかり準備が整い、腹に付くほど立ち上がっていた。
受け止めきれるだろうかと一抹の不安を覚えるが、いまさら止めろと言うわけにもいかない。
次元は五ェ門の身体の下からするりと抜け出すと、ナイトテーブルの引き出しを開け、コンドームを取り出した。
「自分で着けられるか?」
放り投げられたそれを慌てて受け止め、侍は生真面目な様子でうなずいた。
「着けたらしばらく壁の方を向いてろよ。俺がいいと言うまでこっちを向くんじゃねえぞ」
「なぜだ」
「何でもだ。いい子だから、五ェ門」
五ェ門は慎重にゴムを着けると、ごろりと壁の方を向いて横になった。
次元はほっと息を漏らすと、ナイトテーブルからオイルの瓶を取り出した。
くしゃくしゃのシーツをかぶって五ェ門の横に寝転がると、次元はオイルに濡れた指で自分の尻の間の翳りをそっと探った。
「──────ッ」
いつまでも慣れない感触に、ぐっと息を飲み込んだ。
震えそうになる身体を必死に押さえ込み、奥まで指を差し込みオイルで濡らす。
本来男を受け入れる仕組みの身体でない以上、準備を施さなければならない。
まったくみっともない有様だったが、身体に障って困るのは自分だ。
次元はあらかじめきつく歯を食いしばると、もう一本指を押し込んだ。くちゅりと濡れた音が微かにこぼれた。
その瞬間、いきなりシーツがはがされた。
思わず身をすくませた次元を、五ェ門が目を見開いて見つめていた。慌てて指を抜くと、身体をまるめるて、五ェ門の視線から顔を隠した。
「次元、おぬし・・・・・・」
「見るんじゃねえって言っただろうが!」
必死に視線を伏せて、次元は叫んだ。
「男の身体なんだ、慣らさなきゃしょうがねえだろうが」
「あ・・・・・・」
ようやく理解したらしい五ェ門に、だが次元は顔を向けることが出来ない。
羞恥で人が死ねるというなら、いっそ死んでしまいたかった。
「次元」
五ェ門の手が、次元の震える肩に掛かる。優しい声だったが、その手は強引だった。
「お、おい」
いきなり身体を仰向けられ、両肩を抱き込まれる。抵抗しようにも、腕と伸し掛かる胸にがっちりとホールドされている。
焦る次元を見つめながら、五ェ門の空いたもう片手が次元の下肢を這った。
「ちょっと待て」
身をよじるが、逃げることは叶わない。
五ェ門の指が、次元の中に入り込んできた。
「──────ッ!」
声もなく、次元は仰け反った。
加減を知らない指が、傍若無人に中を這い回る。
オイルに濡れたそこは、何の技巧もないその指の動きを、やすやすと受け入れた。
「くっ・・・・・・うぅ・・・」
噛み締めた唇の隙間から、低い呻きが漏れる。
長い指に、躊躇いもなく中まで突き上げられ、抜き差しされる。
二本、三本と馴染む間もなく指を増やされ、次元の目じりに涙が滲んだ。
五ェ門は興奮を隠しもせず、必死に背けようとする次元の顔を覗き込みながら、息荒く次元を追いたてる。
五ェ門の舌がひらめき、乾いた自分の唇を潤すようにぺろりと舐めた。
その赤さに思わずぞくりと身を震わせる。いきなり指を締め上げられた五ェ門はわずかに顔をしかめた。
「あ、すまねえ──────あぅっ」
口を開いた瞬間、指がさらに奥を強くまさぐった。堪えていた声が上がってしまう。
もう、限界だった。
次元は必死で声を押し殺しながら、すがるような思いで五ェ門を見上げた。
五ェ門の指が、ようやく止まった。
引き抜かれた指にほっとする間もなく、五ェ門が次元の足首を掴み上げる。
心を落ち着ける暇もなく、そこに猛りきった五ェ門自身が押し当てられる。
そして五ェ門が腰を進めようとしたそのときだった。
「あ・・・・・・」
訪れない衝撃に次元もおそるおそる身体を起こす。
五ェ門が、呆然と自身の下肢を見下ろしていた。
(なるほど)
どうやら、入れる前に暴発してしまったらしい。
若いねえ────なんて言ったら真っ赤になって怒り狂うんだろうなあなどと思いつつ、次元は少しほっとしていた。
五ェ門はすっかり肩を落としている。
「すまぬ」
「いいさ、慣れてねえんだろ」
五ェ門がこうした事柄を大切にしているのはよく知っている。
それがよりにもよってこんな性悪にとっ捕まっちまって可哀相に。
手早くコンドームを始末してやると、落ち込みを隠せない目を覗き込んで笑いかけた。
いきなりきつく抱きしめられる。勢いに押されてそのままベッドに倒れこむ。
「次元」
「ん?」
「次元、次元、次元・・・・・・」
次元は苦笑しながら子供のようにただ自分の名前を繰り返し呼ぶ男の背をさすった。
お互いにとって、これでよかったのかも知れない。
五ェ門が落ち着いたら風呂でも沸かしにいこう。
そうして何もかもを洗い流してしまえば、こんなこともいつかは笑い話になってしまうのかもしれない。





ふと、五ェ門の腕が離れた。
五ェ門は両手を次元の脇につき、少し身体を浮かせて、次元の顔を見つめる。
その目は、欲情しきっていた。
瞬間、焦って身体が逃げるが、五ェ門の手が肩を掴んで引き戻す。そのはずみで腰が当たった。
そこはすっかり、勢いを取り戻していた。
(げ──────)
「次元・・・・・・」
(ちょっと待て、早すぎねえかオイ?!)
焦りすぎて言葉が出ない。
慌てて伸し掛かる体を押しのけようともがくが、もう遅かった。
大きく脚を開かされ、五ェ門が押し入ってきた。
「────────ッ!」
勢いよくねじ込むような挿入に、次元の身体が引きつる。
五ェ門は顔をしかめながらも、強引に奥へと進んでいく。
もっとゆっくりと、せめて言葉で押し留めようとしても、衝撃に声さえ出なかった。
腰を揺すり納めきると、五ェ門は深くため息を漏らした。
次元の指が、せめて少し待ってくれと五ェ門に伸ばされる。
五ェ門はその震える手をとると、そっと指先に口づけた。
そして、すぐに腰が動き始めた。
「ひ・・・・・・っ」
衝動のままの激しい突き上げ。次元の身体は苦痛に震えた。
次元は必死になって自分も腰を蠢かせる。
少しでも快楽を得られるように、リズムを合わせようとする。
ようやく気づいたのか、五ェ門の動きが緩やかなものに変わった。
「・・・・・・あ・・・ぁ・・・・・・」
緊張の解けた身体に、快楽が襲ってくる。男に慣れた身体は、容易くそれに陥落した。
粘膜を擦りあげられる感覚に、次元はたまらず喘ぎを漏らした。自分が中の男を、きつく締め上げているのがわかる。
ほどなくして、内側が熱く濡らされた。びくびくと中で震える感触に身をよじる。
五ェ門の指が気づいたように次元の性器に掛かり、扱きあげる。膨れ上がったそれは、すぐに五ェ門の指を汚した。
それを見届けて、五ェ門の身体が次元の上に重なった。荒い息のまま、緩やかに四肢を絡め合わせる。汗にまみれた五ェ門の肌は、しっとりと吸い付くようだった。
(あ────生でやっちまった)
勢いに流されて、着けさせるのを忘れてしまった。こりゃ後始末がなあ、と思っている矢先、それは起きた。
「あ、なんで────」
達したはずの五ェ門は、次元の中でまた力を取り戻していた。
次元は呆然と目を見開いた。
また身体を起こした五ェ門が切なげに眉を寄せる。
「今夜限りは────そういう約束だったであろう?」
そして次元の返事を待たずにまた動き始めた。
先ほど自ら教えてしまった弱い箇所を集中的に突き上げられる。
それに応え、身体は悦んで男を迎え入れる。
次元はきつく目を閉じた。










カーテンの隙間から朝の光が差し込む。
次元は五ェ門の膝の上に乗せられ、背後から苛まれていた。
何度となく絶頂を迎えさせられ、次元はもはや達することさえ出来ずに、力なく喘ぐだけだった。
「もう無理だ、もう────」
次元はかすれた喉で必死に哀願した。
「この床にいるうちは夜だ」
うなじにやわらかく噛みつかれる。次元は声にならない悲鳴を上げた。
一晩かけて身体中を貪欲に調べ上げられ、次元の身体は五ェ門にすべて知り尽くされ、完全に支配されていた。
終わりを迎えることのない快感に泣きじゃくりながら、次元は訴えた。
「もう日が昇っている・・・・・・」
「おぬしは一度かぎりと言った。 そうであろう?」
五ェ門の声は、まるで頑是無い子供のようだった。
「離してくれ、五ェ門」
「いやだ」
肩を押し付けられ、腰だけを引き上げられた格好で抉られる。
腰の打ちつけられる音が部屋に響く。
「この夜が終われば、おぬしはまたあやつの元に戻ってしまうのだろう。だったら、いまはまだ────」
五ェ門の囁きが、低く鋭く耳に注ぎ込まれる。
「わかった、わかったから」
もう、無理だ。
次元はこの夜、何度となく口に上らせかけ、その都度噛み殺した言葉をついに口にした。
「あいつのいない夜なら、これからもかまわないから────だから、もう・・・・・・!」
次元が上げた声は、まるで悲鳴のように響いた。
五ェ門が動きを止めた。
ゆっくりと引き抜かれる。支えをなくし、次元の身体はベッドに沈んだ。
どろどろになったシーツに顔をうずめ、切れ切れの息を整える。
事の終わった安堵に、重い身体が弛緩した。





やがて、ベッドに座り込んだままの五ェ門が呆然とつぶやいた。
「本当か・・・・・・?」
荒い息で肩を上下させながら、次元は顔を上げた。
「ああ、一度口にしたことは守る」
次元はよろよろと半身を起こした。ナイトテーブルの煙草に手を伸ばしかけたが、一晩に渡って酷使され続けた腰が悲鳴を上げた。
顔をしかめながら煙草を諦めて、ふと五ェ門の様子に気づく。
五ェ門は、呆然と次元を見つめていた。まるで何が起きたか、信じられないとでもいうように。
その表情は、子供のようにあどけなくもあった。
次元はポツリとつぶやいた。
「本当にこれでよかったのか・・・・・・?」
ルパンのいない夜ならば──────まるでその場に不在の思い人の身代わり。そんな扱いをこれからもしようというのに。
だが、五ェ門は笑った。
「おぬしは、何も分かっておらぬのだな」
やわらかい、透き通るような笑顔が、次元の胸を刺した。
「次元?」
次元は五ェ門の肩に額を押し付けた。
いぶかる五ェ門をよそに、そっとその背に手を回す。そのおだやかなぬくもり。





こんな表情が見たかったわけじゃない。
五ェ門には、ただ無邪気に笑っていてほしかっただけなのに。





ぼそりと五ェ門がつぶやいた。
「・・・あまりくっついていられると、それはそれでまたおぬしが困ったことになると思うのだが」
背に回る五ェ門の手が、不穏な動きで蠢いた。
「うわあああ!」
次元は慌てて身体を離す。五ェ門がくすくすと笑った。
「まったくおぬしは・・・」
髪を撫でられる。まるで子供に対するように、やさしく。
「風呂を用意するから少し待っていてくれ」
五ェ門は手早く着物を身に着けると、着流し姿となった。
「あ、ああ」
「おぬしも服くらい着たほうがいいぞ」
もっともな五ェ門の言葉だったが、次元はむっつりと黙り込んだ。
その表情に、五ェ門がようやく気づいたと手を打った。
「ああ、腰が立たんのか」
「言うな、バカ!──────痛ェ・・・」
叫んだ拍子にまた腰に鈍い痛みが掛かる。
「仕方のない奴だ」
五ェ門は床に落とされた衣服を次元に手渡した。
気恥ずかしさに耐えられず、次元は低く呻った。
「誰のせいだと思ってやがる」
「他の男のせいだとしたら、嫉妬で身を千切られる思いだったであろうな」
「・・・・・・・・・・・・」
思わず俯いた次元に、五ェ門はやさしくつぶやく。
「そんな調子だから、拙者に付け込まれるのだぞ」
五ェ門が静かに出て行く。次元は枕に突っ伏した。
「だからって、放っておけねえじゃねえかよ・・・・・・」
ルパンに対する思いとは違う。だが五ェ門のことも、確かに大切なのだ。
「どうすりゃいいんだろうな、これから」





五ェ門が自分を見つめる視線の意味に、気づいていなかったわけじゃない。
傷つけたくなかった。
ただそれだけだったのに。





しばらくして、五ェ門が部屋に戻ってきた。湯を使ってはこなかったようだった。
「何だ、先に風呂を済ませてくりゃよかったのに」
「──────」
少し黙り込んで、五ェ門はようやく言葉を返した。
「・・・・・・いや。風呂には一緒に入るから」
とんでもない言葉に次元は目を見開いた。
「いいいい一緒だあ?!」
慌ててベッドの片隅に逃げ込もうとしたが、五ェ門はそれを許さない。
あっさりひょいと抱き上げられる。
「まともに腰も立たないのだから仕方がないだろう。介添えのようなものだ。諦めて覚悟を決めろ」
「お前って奴は・・・・・・」
しれっと返す五ェ門に、次元は一人いたたまれず、五ェ門の肩に顔をうずめた。
なだめるように背中を撫でながら、五ェ門はさらにとんでもないことを言い放った。
「こうしたことも追々慣れる」
「慣れるって────お、お前、この先一体何をやらかす気なんだ?!」
「それは追々」
「追々とか言うんじゃねえ!」
次元の言葉に、五ェ門が笑う。
(あ──────)
それはいつもの笑顔だった。





本当にバカだ。俺も、こいつも。
喉に熱い何かがこみ上げてくる。必死にそれを飲み下す。
荒れ狂う感情を誤魔化すように、次元も笑った。
子供のように二人、顔を見合わせ笑い合う。
これからどうすればいいかなんて、まるでわからない。
だから。










いまはただ、笑っていたかった。









end










Text top

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル