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愚者たちの夜









静かな夜だった────いつもと何も変わらない夜。
初冬の冷えた空気に月が冴え、アジトのバルコニーには五ェ門が、端然とその月を仰いでいる。
冬空に掛かる玲瓏たる月と、涼やかな剣士。
まるで一幅の絵画のようなその光景を目の端に、次元はダイニング、咥え煙草で夕食の後片付けをしていた。
「出かけるのか」
不意の気配に手を止めて、次元が振り返る。
ルパンは赤いジャケットを羽織りながら頷いた。
「ま、ちょっとな」
どうやら言うつもりはないらしい。それでは今夜の相手は不二子ではないということか。
次元は肩をすくめた。
「ふん。リジーかエディスか知らねえが・・・今夜はせいぜい名前の呼び間違いなんて野暮な真似はしないようにな」
先週、口説いた相手のベッドから、夜中に叩き出された男の行状をちらり皮肉る。
別に次元が特段、詮索屋というわけではない。
その夜、ルパンがアジトへ帰って来た早々、寝ていた次元を無理から起こして泣きついて、ついでに相棒からの慰撫を求めて、すべてを洗いざらいぶちまけただけだ。
「てめえ・・・・・・人の心の傷を抉りやがって」
シャツの左胸を掻き毟り、ルパンが大げさな素振りで呻く。次元は笑い飛ばした。
「お前がそんなんで傷つくタマかよ」
「男心は繊細なんだよ」
唇を尖らせそうぼやくと、ルパンは軽い足取りで出て行った。
扉の閉まる音。そして室内は静寂に包まれる。
次元はふたたび後片付けに戻る。ひとまとめにした皿を抱えてキッチンのシンクに向かうと、慣れた手つきで食器を洗い始めた。
ルパンのヤツときたらまったく、相も変わらずまめなことだ。
ペルメルを咥えたままの口元に、思わず苦笑がこぼれる。
相変わらずで、いつものこと。
苦笑いの口元はそのままに、だがそれでも胸が疼くのを止めようもない。
こんな夜は、さっさと酒でも飲んで寝ちまおうか。
やりきれずに、ひとたび目を閉じる。その瞬間、はっと振り返った。
「──────!」
あやうく咥えたペルメルが掠めるほどの距離。
背後には、五ェ門が佇んでいた。
物言わぬ静かな彼の気配。だが、いつもならとうに気づいていたはずだ。
次元は腹立たしい気持ちを抑えることができなかった。
もちろん自分にだ。平静を欠くにも程がある。
「あぶねえだろうが」
自然と五ェ門に対する語調もつっけんどんなものになる。
だが侍は慌てず、次元の唇から煙草を抜き取ると、水に濡れたシンクへと放り投げた。じゅっとちいさな音を立て、掻き消える煙草の火。
「おい」
ふだんの彼らしくない不躾な所作に、ささやかな非難の言葉を投げつける。
だがそれも、すぐに五ェ門の唇に吸い取られた。
「・・・ん────」
やわらかく次元の舌を絡めとる、五ェ門の清らの舌。
静かに深く合わされる口づけに、次元の眉間に微かに皺が寄る。
布越しに次元の肌を這う指が、意図を持った動きを見せる。
次元の眉が、さらにひそめられた。





ルパンのいない夜ならば、肌を合わせることもかまわないと。
あの日、そう約束したのは次元自身だった。
それから時折、身体を重ねもした。
だが、今夜は────





「五ェ門」
次元は五ェ門の胸を押し返した。
微かに責める調子を隠せずに、目の前の男を呼ぶ。
五ェ門はかまわず、次元のネクタイに片手を掛ける。
片手は腰を抱いたまま、すっかり手馴れた仕草で解いたネクタイを引き抜き、そしてシャツの釦を外しに掛かる。
「・・・・・・・・・!」
喉元からふたつ、開けたはずみにわずかに覗く肌。
その喉元から胸元のわずかな隙間さえ幾つも残された、肌に残る赤い痕。
昨夜ルパンが、飽くことなく次元に刻み付けた、そのしるしだった。
五ェ門の手が止まった。その凍りついたような表情に胸が軋む。
次元は目を伏せたまま、静かな微笑を浮かべた。
「今夜は、やめとくか?」
「・・・・・・いや」
つぶやきざま、五ェ門にきつく抱き寄せられ、そのまま激しく唇を奪われる。
「・・・んん・・・・・・んぅ・・・っ・・・」
舌で唇をこじ開けられる。
むさぼられ、息を吐く、そのいとまさえ与えられない。
腰の引けた身体はシンクにぶつかり、寄せられた身体にあっさりと追い詰められる。
脚で脚を開かれ、男の身体が割り込んでくる。
さらに深くもぐりこんだ舌は次元のそれを絡め取り、きつく舐め上げられる。
袴に覆われた男の腿が次元の性器を布越しに擦り上げる。
膝が震える。腰に力が入らない。
ようやく唇が離される。頬に伝う唾液を舌が追い、その感触にさらに震える。
眦に溜まった次元の涙を指で拭うと、五ェ門はつぶやいた。
「そんなことは────とうに承知のことだ」
五ェ門はやわらかく微笑む。そして力を失った次元の身体を抱え上げると、確かな足取りで自室へと向かう。
整然とした五ェ門の部屋の、同じく整然と、皺ひとつないシーツの上にそっと横たえられた。そして重なる男の身体。
それを受け止めて、次元は微かに仰け反った。
窓から覗く、白々と輝く月。
幾度の夜を、ここで過ごしても慣れない。次元は躊躇いがちに男の肩に手を回す。
次元の瞼に口づけを落とし、五ェ門が言う。
「目を、閉じていればいい。そうすれば────」
五ェ門は切なげに微笑んだ。
「お主は想う男に抱かれていると、そう思っていられるだろう・・・?」
そうして侍の無骨な掌が、次元の両の瞼を覆う。
落とされた口づけは、あまいばかりのやさしいものだった。
「・・・五ェ門」
堪らずこぼれたささやき。
「次元・・・」
困ったような吐息混じりの声が、耳元に落ちる。
「五ェ門、五ェ門、五ェ門・・・・・・」
次元は男の肩に縋りつき、焦燥に駆られるままに繰り返しその名を呼んだ。
身代わりにしたいわけじゃない。
まして自分の心の呵責のために、五ェ門を等閑にしたいはずなどなかった。
なだめるように髪を撫でられる。
目を覆う手が離れ、そしてきつく抱き寄せられた。
「次元」
次に吹き込まれたささやきは、だが硬く、その癖どこか欲にまみれた声だった。
「わかった────それでは、今夜はお主が何ひとつとして考えることも出来ぬようにして進ぜよう」
ぞくりと、腰が疼いた。










五ェ門の腰紐できつく枷られた手はベッドの桟に繋がれ、もはや動かすことも叶わない。痕になってしまう・・・・・・それでも抵抗することは出来なかった。
むろん足は動く────はずだ。
だが、裸の腰の下に枕を押し込まれ、苦しいほどに身体を折り曲げさせられて・・・
両の膝裏を掴んだ手が、膝をシーツに縫いとめんばかりに大きく脚を割らせ、下肢のすべてを男の目の前に露わにさせられた。
あられもない格好に文句を言う隙も与えず、五ェ門はそこに顔をうずめた。
「よ、よせ、汚い────ああっ・・・」
叱咤する声は、すぐに溶けた。
口づけられ、舌が触れる。
其処を吸われ、緩む端から舌が中に入り込んでくる。
内側を尖らせた舌で奥まで舐められる。
「はっ・・・ああ・・・・・・ああ・・・んっ」
身体ががくがくと震える。
生き物のように中を動き回る舌の動きに翻弄され、次元は知らず嬌声を上げ続けた。
「あ・・・あ、ああ────」
突くように深く差し込まれたかと思うと、次には縁をくすぐるようにちろちろと舐めくすぐられる。濡れた水音が、追い打ちを掛けるように耳朶を打つ。
愛撫と音と。すべてに煽られて、次元はただ身悶えるばかりだった。
「は・・・ああ・・・・・・あぁ・・・っ」
声が抑えられない。
腰の震えが止まらない。
五ェ門の舌は、だが容赦なく次元の身体を追い詰める。
やわらかいばかりの愛撫に焦らされて、次元は泣きながら身をよじった。
(早く────)
「いい、か・・・?」
低いささやき。次元は何度も首を振った。
「いい────いい・・・だから・・・ァ・・・・・・」
口の端から、唾液がこぼれる。
五ェ門の指が伸びてその雫を拭い、そしてその跡をたどりながら、指が強引に口元に差し込まれた。
「ん・・・くぅ・・・・・・んっ・・・」
無我夢中で、口を犯す指を舐め上げる。誘うように、何度も吸い上げる。
ようやく五ェ門が顔を上げた。
ほっと弛緩した身体。
だが、息をつく間もなく、一気に奥まで突き上げられる。
「ああ──────」
衝撃に、身体がたわむ。
しかし慣れた身体は、送り出される腰の動きにすぐに快楽を拾い上げる。
「あ、あ・・・・・・あ、あああ────」
小刻みに突かれる動きのままに、堪らず声を上げる。
腰がうねり、知らず先をねだる。
「ごえ・・・・・・あっ・・・ああ・・・五ェ門・・・」
「いやらしいな・・・」
感に堪えないというように、五ェ門が呻く。
それでも、暴走した身体は止められない。
堪えきれず揺れる身体に、繋がれたベッドの桟がぎしぎしと鈍い音を立てる。
不自由な腕の分もさらにというように、腰を振り、男の身体を尚も迎え入れる。
五ェ門は促されるまま、さらに自身をねじ込んだ。
「ああ──────」
銛に穿たれたように、次元の身体がびくびくと跳ねた。
さらに足を広げられる。信じられないほど奥で、五ェ門を感じる。
「もう・・・・・・いく・・・」
顎を上げ、のたうちながら次元が呻いた。
お願いだから、と身も世もなく高く喘ぐ。
五ェ門の指が無言のまま次元の性器に絡んだ。
高く啼きながら、次元は五ェ門の手の中で終えた。
震える次元の中で、五ェ門の性器が震え、熱く脈打つ。
五ェ門が、歯を食いしばり呻いた。
「くっ────」
「・・・ああ・・・・・・っ・・・」
内が熱く濡らされる気配に次元が耐えかねて声を上げる。
すべてを次元の中で終えた五ェ門は、肩で息をしながら次元の身体を抱きしめた。
汗まみれの身体を重ね二人、荒い息を整える。
やがて五ェ門は身を起こすと、次元の手枷を解いた。
痕の残る手首にそっと口づけ、そしてまたすぐに次元の身体に覆いかぶさる。
抗う間もなく唇をひとたび吸われ、ささやかれた。
「今度は、もっとゆっくりと・・・」
そして肌に落とされる五ェ門の口づけ。
余す隙間がないほどに、幾たびも。
(あ──────)
それが、身体に残る赤い痕をなぞるものだと気付いた次元は、びくりと身をすくめた。
「・・・どうした?」
顔を上げることもなく、五ェ門が問う。次元は相手が見ていないことは承知の上で、ちいさく首を横に振った。
「・・・何でもねえ」
次元は、まだ痺れる手を伸ばすと、五ェ門の頭を抱き締め、髪に指を絡めた。
そして横顔を枕に伏せると、今夜初めて、快楽の故でない涙をこぼした。










ベッドに腰を下ろしたまま、次元はブルーのボタンダウンシャツを羽織った。
白蝶貝の釦が、月に淡く光る。
そのひとつひとつを丁寧に留めた。
そうして時間を掛けて身支度を整えると、次元はいまだベッドに横になったままの男をを振り返った。
五ェ門は壁に向いたまま、身じろぎひとつしない。
闇にほの白いその頬に口づけると、次元は五ェ門の部屋を出た。
部屋を出て振り返り、その部屋に動く気配がないのを確認して。
そしてようやく堪えていたため息をひとつこぼす。
次元の挙措を、誰よりも注意深く見つめる五ェ門の前では、それすらも出来ない。
彼のそれとは色が違えど、彼を大切に思う気持ちは変わらないから、なおさら。
次元は軽く首を振った。
考えても、どうなるはずもない。
シャワーでも浴びて、それから今度こそ酒でも食らって寝てしまおう。
次元は浴室へと歩を向けた。そしてリビングを横切ろうとした、そのときだった。
次元はぎくりと足を止めた。
窓から差し込む月明かりに照らされて浮かぶ、男の輪郭。
「・・・帰っていたのか」
「ああ」
明かりも暖房も点けぬまま、ルパンはリビングのソファに座っていた。
次元は取り繕うことも忘れ、呆然とつぶやく。
「女のところじゃなかったのか・・・」
「あれえ、俺そんなこと言ったっけ」
惚けた表情は、いつもとまるで変わらない。
確かにルパンはそんなことは言っていなかった。
次元が────五ェ門が、二人が勝手にそう合点しただけだ。
手にはバーボンのグラス。
卓上のアイスペールを見れば、ルパンがそれなりの時間をここで過ごしていたことが知れた。それはおそらく、二人が五ェ門の寝室に篭っていた間も、ずっと。
次元はちいさく舌打ちをした。
「・・・悪趣味な野郎だぜ」
ルパンは低く笑った。そして手にしたグラスを軽く揺らした。
「付き合うか?」
氷のはじく軽やかな音。
だが次元は頬を強張らせたまま、微かに首を横に振る。
「もう寝るんだ」
だがそんな答えはとうにわかっていたのだろう。
ルパンはグラスを干すと、軽快に立ち上がった。
「シャワーを浴びてから、だろ。来いよ、洗ってやる」
次元に向けて手が差し伸ばされる。
口元にはいつもの笑み、だがその目は闇に暗く光る。
次元はしばし瞑目した。
けれど、逃れるすべなど思いつくはずもない。
言葉もなく、目の前の男を見つめる。
無言は了解の意味だと正確に承知している腐れ縁の相棒の手が、無遠慮に次元の腰を引き寄せた。
次元はため息をひとつ吐くと、目の前の男の唇に、自分のそれを軽く合わせる。
そしてルパンに誘われるままに、浴室へと歩き出した。










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