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meteor





































































































北海道、霧多布。
黒の帽子、黒のスーツの男が、潮風吹きすさぶ草原の中、ひょこひょこと岬までの細い道を歩いていく。
猫背の痩躯、がに股の飄然とした足取り、どこへいくとも知れない風情で、だが確かに目的を定めて向かっている。
岬の端近の粗末なあばら家。そこの主がこの男の尋ね人だった。
「次元」
戸口の開く音に振り返り、五ェ門は意外な訪問客に目を見張った。
「何故ここに」
「んー」
人差し指で頬を掻き、そして次元は微笑んだ。
「それじゃ、ふと通り掛かったってことにでもしておこうか」
五ェ門は吹き出した。何もない片田舎、北海道の東の突端、ゆめゆめ何かの途中で差し掛かるような場所ではない。だからこそ、五ェ門は修行の場としてここを選んでいるのだから。
「いや、すまない。これは聞くほうが馬鹿だ」
次元は、自分に会うためにここを訪れたということだ。胸があたたかくなる。
迎え入れ茶を出しながら、五ェ門はさりげなさを装って訊ねた。
「ルパンとは・・・会わなかったか」
「いや?」
次元は小首をかしげた。
「ルパンも来ていたのか、ここに」
どうやら本当に会っていないらしい。五ェ門は嘆息すると、話を逸らすために最近我が身に起こった出来事をつらつらと話し始めた。










メテオ









先だって、一人の少女が五ェ門の前に現れた。
五ェ門の仕込み刀、流星。
すべてを断ち切るその刀の秘密を探るため、少女は五ェ門に近づいた。少女の祖父である刀師の、流星にも勝つ刀を打ちたいとの悲願。それを叶えんがために。
五ェ門の元を訪れていたルパンの計らいで、それは叶えられた。
刀師の打った刀が「流星」をへし折った────かに見えた。
だが真実は違う。
刀師の打った刀と流星をすりかえ、そしてふたつの刀を錯誤させる、というルパンの荒業によって、その悲願は「叶えられた」のだった。










「それでいま、手元に流星がないわけだ」
「ああ、ルパンは折を見てまたすり替えると言っているがな」
次元は得心したと頷いた。そして五ェ門の傍らに置いてある刀に手を触れた。
「道理でこいつには気配がないと思った」
次元はふだん、流星に決して手を触れない。名刀には業があり、生半な者の心を惑わせる。一つの道を極めた者特有の勘で、彼は触れるべきものとそうでないものとをきちんと見分けていた。
ためつすがめつ刀を眺めた次元は、不意にその刀を鞘から払った。
「・・・・・・・・・!」
次元の目が大きく見開かれ、そして────
五ェ門は額に手を当て、ため息をついた。
「次元、笑うな」
「だってよお・・・」
堪えても堪えても、次元の肩はぶるぶると笑いに震える。
すり替えてくるまでの代わりにと、ルパンから手渡されたこの刀。これもまさに文字通りの「仕込み刀」といえる代物だった。
次元は何度も刀を鞘に納めては抜きを繰り返し、そのたびに笑い転げた。
鋭い刃の代わり、柄の先から飛び出してくるのは、咲き誇る花。それこそ手品で使うような造花が、この剣には仕込まれているのだ。
「お侍さんが腰に帯びているのが、まさかお花だとは誰も思うまいよ」
そう言って次元は造花に口づけ、また笑った。





「それで────どうだったんだ」
次元がふと視線を逸らしながらつぶやいた。
「? 何がだ」
意図がわからずに五ェ門は首を傾げる。次元の横顔が見る見るうちに朱に染まった。
「次元」
問う声に、次元は五ェ門の視線から隠れるように顔を伏せた。だがそれはもしかしたら逆効果だったのかもしれない。露わになった首筋はほのかに赤く、肌は微かに震えている。五ェ門は息を呑んだ。
逡巡の末につぶやいた、その声も微かに震えていた。
「その女子高生とやらは、お前を誘惑しにかかったんだろう?」
「ああ」
「お前はさ・・・・・・その誘惑に、乗ったのか・・・?」
消え入りそうな声。たまらず腕を引いた。腕の中に次元を────恋人を掻き抱いた。
「乗るはずがない・・・」
服越しの肌が熱い。次元の指が五ェ門の背中を這う。五ェ門もしっかと痩躯を抱きしめる。胸と胸が重なり、速い鼓動が互いに触れ合う。
かすれた声で、次元はさらに問いを重ねた。
「どんな・・・誘惑をされた?」
「裸で・・・寝床に入られた」
「裸で」
「だが指一本たりとも彼女には触れていない。本当だ」
口早に言い切る。肩に触れる次元の唇が、微かに笑った気配がした。
「・・・勃ったか?」
逡巡の挙句、五ェ門は正直につぶやく。
「────ちょっと勃った」
「正直でよろしい」
次元は顔を上げると、微笑んだかたちのままの唇を五ェ門の頬に押し当てた。
「ご褒美だ」
照れくさそうに次元が笑う。
「女子高生の誘惑に乗らなかったからな」
そしてまた視線を伏せる。瞼まで赤い。
逸る気持ちを抑えるすべなど、まるでわからなかった。
両手で頬を包むと、顔を上げさせる。腕の中に捕らえた男の、その目を見つめる。
「もうひとつ、褒美が欲しい」
かすれ声で囁く。自分でも、それが欲情にまみれているのがわかった。
「まだ明るいのに・・・」
咎める次元の目の奥も揺れている。
「暗くなるまでなんて待てない」
もう一つ駄目を押せば、次元はわずかに目を閉じて、やがて苦笑した。
「純情なお侍さんを誑かすのも、また乙なものかもしれねえな」





恋人を抱き上げ、床へ連れ込んだ。次元が服を脱ごうとするのを押しとどめ、五ェ門の手で一枚一枚剥いでゆく。襖を閉め切れば薄暗いその中、衣擦れの音と口づけ合う濡れた音が部屋に満ちてゆく。
時間を掛けてゆっくりと、その肌に口づけながらすべてを脱がした。裸の肌と肌を触れ合わせると、それだけで次元が上擦ったため息を漏らす。
さらに愛撫を重ねようとのし掛かるが、次元の手がその身体を押し返した。
「何だ」
不服に唇を尖らせる、五ェ門の口がやがてぽかんと開いた。
次元の手が、自らの膝裏に掛かる。それぞれの手で脚を抱え、五ェ門の目の前に下肢を開く。もどかしげに腰が揺れた。
「早く────欲しい」
次元の目が、懇願に濡れる。
「もう待てない・・・」
言葉が終わるやいなや、五ェ門は弾かれたように次元の身体に飛びかかった。そして勢いよく猛った性器をねじ込んだ。
「・・・くっ・・・・・・ああっ・・・」
きつく締め上げられ、五ェ門の眉が寄る。だが五ェ門に慣れた身体は、すぐにほどけ、男に馴染む。堪らず腰を動かせば、濡れた声が上がった。
「あ・・・あっ・・・・・・はあっ・・・」
抱えられた、その目の前の足首を掴み上げ、床に押しつける。さらに奥まで入り込む。その熱さを堪能する余裕もなく、激しく腰を叩きつけた。
「あう────」
次元の眉がきつく寄せられる。首が仰け反り、弾みで唾液が頬を伝った。汗で滑る肌にもかまわず、膝立ちになり腰を打ちつけ続ける。
「あう・・・んっ、あ、あっあっあああっ」
性急に高まり合う身体。すぐに高見が見えてくる。五ェ門は足首を離し、脚を肩へ抱え上げると、次元の性器を擦り上げた。組み敷く身体ががくがくと震えた。
「も・・・いく・・・」
ひそやかな声にひとつ頷くと、五ェ門はさらに腰の速度を上げた。狂おしげに次元の首が打ち振られ、黒い髪が床に乱れる。次元はもはや言葉もなく、鼻に掛かった吐息が切なげに揺れる。
やがてピンと身体を張り詰めさせて、五ェ門の手の中に次元は行った。間を置かず、五ェ門の精液が中に注ぎ込まれ、さらにびくびくと身体を震わせる。
「あ・・・あぁ・・・・・・」
耐えかねたように喘ぐ唇を、五ェ門は伸び上がり強引に塞いだ。深く舌を絡め合わせ、互いをむさぼる。
「・・・はぁ・・・・・・」
唾液の糸を引き、唇が離れた。五ェ門の唇はそのまま次元の首筋を這い回る。繋がったままの腰が、淫猥な水音を立てる。
「まだ・・・・・・硬い」
次元は震える声でつぶやいた。目には陶然とした色が浮かんでいる。
一度達したものの、五ェ門の性器はまだ張り詰めたままだった。五ェ門の唇が、舌が、恋人の肌を再び煽ろうと動き回るたびに、中でその角度が変わるのか、次元が悩ましげに声を喘がせる。
「・・・こんなんで、よく抱かずに済んだな、その女の子を」
「俺が女性にもてるはずがない。だったら何かはかりごとがあって近づいたのだと察することくらいできる」
「ふうん」
言い切れば、どこか安堵したような次元の声。
「俺にもててるんだから、いいじゃねえか」
浅い息の中、次元が笑った。手が五ェ門の肩に回り、引き寄せられた。
誘われるがままに腕の中の身体を抱きしめる。五ェ門は目を閉じ、苦さのにじむため息を押し殺した。










それは月の綺麗な夜のことだった。
五ェ門の住まいに、月見をしようと次元が日本酒を片手に訪れた。濡れ縁に並んで腰を下ろし、取り留めのない言葉を交わした。穏やかな時間がそこにはあった。
もう長いこと、次元がルパンを恋うているのは知っていた。
言葉もなく、ただひたむきに思っているのを察したその理由が、自分も次元をひたと見つめているからだと気付いた瞬間、五ェ門の中の何かが弾けた。
まるで魔にとり憑かれたような────あのときの自分を表現するに、それ以上の言葉は無かった。自分の隣で安心しきってくつろぐ身体を固い床に組み伏せ、呆然と見つめる瞳を裏切り、その目の前でそのままシャツを引き裂き────
しかしそこではたと手が止まった。
(俺は何を・・・・・・)
次元の身体にまたがったまま、五ェ門は放心しているばかりだった。五ェ門の動揺に却って落ち着きを取り戻したか、次元はひとつため息をつくと五ェ門の手を取り、ペチリと軽く叩いた。まるで子供の悪戯を叱る、母親のような仕草で。
次元の手が離れると、五ェ門の手はだらりと濡れ縁の板敷きに落ちる。次元はまた大きなため息をついた。
「何をしたいんだ、お前さんは」
帽子は組み伏せたときの勢いで庭に飛ばされていた。長い前髪は後ろに流されていて、いつも隠されている次元の顔は、すっかり露わになっていた。
黒い瞳に月が映る。何ひとつ嘘などつけないような、澄み切った瞳。思うそのままに言葉がこぼれた。
「・・・・・・抱きたい」
次元は目をまるくした。
「俺をか」
五ェ門は頷く。
次元は怒らなかった。呆然と五ェ門を見つめ、やがてくつくつと笑い出す。その表情はすっかり物慣れた年上の男のそれに立ち戻っていた。
「また酔狂な・・・」
「言うな」
まったく自分だってそう思うのだから。
やわらかな肉体も、しとやかな心を持つわけでもない、そして何より他の男を思う相手など────酔狂にも程がある。
うなだれる五ェ門の目を次元が覗き込んだ。差し伸ばされた掌が、五ェ門の頬をやさしく撫でる。
目をしばたたく五ェ門に、次元が笑いかけた。
「いいぜ、好きにしろよ」
五ェ門は息を飲んだ。
月を浮かべた瞳はどこまでも澄んでいて、何ひとつ嘘など見えなかった。
その夜、五ェ門は次元を抱いた。
床へ連れ込み、幾度も、幾度も。初めて男を受け入れる身体を、その思いのままに。





次元がどうやってルパンへの思いを鎮めたかは知らない。
だが次元はその夜から、五ェ門と二人向かい合うときは、恋人として振る舞っている。気遣わしげな振る舞いと、大人らしく僅かばかりの悋気を垣間見せる、ごく当り前の恋人として。
つれない男を思うことを、諦めたのだろうか。
それとも目の前の五ェ門を哀れんで、情を掛けたのだろうか。
それとも────










次元が訪れる、ほんのわずかばかり前のことだ。
「なあ、五ェ門」
潮風吹きすさぶ中、夢が叶ったと、喜びに涙ぐみながら帰って行く祖父と孫娘の、寄り添う後ろ姿を見送った。傍らのルパンが声を掛けてくる。
「あれも幸せなんだろうな、当人たちからすれば」
「だろうな」
彼らは信じている。祖父の打った刀が流星をへし折ったと。昨夜の内に、ルパンがふたつの刀をすり替えたとも知らずに。
彼らにとっては折れた刀は「流星」であり、それ以外の「真実」はない。
それで彼らの心が安らぐのなら、それはそれでかまわないのかも知れない。
「手の内にある真実ってのは、実際そういうものなんだろうな。自分が信じているということ────その一点だけが真実の価値を決めるんだ」
ルパンがつぶやく。
「たとえ当人に実際の事実を告げたところで、信じ込んじまったヤツにしてみれば、そんなもんはもう余計なおせっかいでしかないんだろう。それは誰にとっても幸せはもたらさない」
「今日はずいぶんお喋りだな、ルパン」
「いやなに」
ルパンの言葉は、風に消え入りそうなくらいひそやかなものだった。
「人のものになっちまったと思うと、途端に惜しくなるだけさ。泥棒のさがかな」
思わず振り返った五ェ門に、ルパンは、独り言だ、と笑い返した。そして、流星な、と話を差し戻す。
「すり替えてきたら、またそいつととっかえてやるよ」
あの爺さんにとっちゃ「真実」でも、お前さんに取っちゃ、それは「偽物」だからな。
そう笑い、造花の剣を顎しゃくる。
またなと手を振ると、ルパンは振り返ることなく立ち去った。










「五ェ門」
次元の声に、五ェ門は我に返った。
「何か・・・あったのか?」
腕の中の恋人が気遣わしげに見つめている。五ェ門は、吐息混じりに笑った。
「いいや、何もない」
そして次元の身体を抱きしめたまま、強引に起き上がった。繋がったままの次元の身体を胡坐をかいた膝の上に押し上げる。猛ったままの五ェ門の性器をさらに深く飲み込まされて、 腕の中の痩身が引き攣った。
五ェ門の肩に頬を寄せ、あまえた口調で次元がぼやく。
「五ェ門、痛い」
「痛いのは嫌いか」
髪を撫でてやりながら、からかい含みにつぶやいた。
「好きなんだろう、実は」
次元の顔が、泣き出しそうに歪んだ。
そんな表情をしたってもう無駄なのに。知っているのだ、次元のことは。身体も心も、その好むところはよく知っている。
それだけ長く、恋人として二人は過ごした。
「俺のことをなんだと思ってるんだ」
悔しそうに次元がつぶやく。その目を見つめて、五ェ門は返した。
「恋人だろう、俺の」
次元は真っ赤になった。
「違うか」
容赦なく質す。ぷいと横を向き、しばらく黙り込んだ末にようやく次元は口を開いた。
「・・・・・・そうだ」
笑いながら、五ェ門は目の前の拗ねた頬に口づけた。
そして腕の中の身体を、再び突き上げ始める。腰を抱えられたまま、次元の身体が弓なりに反った。





あの時の、ルパンの顔つきを思い出す。まるで途惑った子供のような、彼には似つかわしくない表情を。
彼にとっても、予想外だったのかも知れない。誰にも揺るがされることのないと信じていた彼の精神に、人のかたちの空洞が開いてしまうなどと。





次元の手の内に本当は存在するもの────それを次元自身が無いものと思い込んでいるのだとしても。
だがそれが、彼の中での、もはや真実なのだ。
そしてその「真実」ごと、五ェ門が彼をしっかりと抱き込んでしまえばそれで良い。語られない言葉など、それは「真実」になり得るはずもない。










だから五ェ門は、腕の中の無邪気な恋人を抱きしめた。
彼の抱える真実ごと────決して離すまいときつく、きつく。










end










原作「五右ェ門流し」、「五右ェ門星」ネタ。




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