N.

New York City Serenade





































































































紐育小夜曲









底冷えのニューヨーク、その下町を男が行く。
明らかに余所者とわかる風体、だが誰ひとりとして絡もうとはしない。
ある者は男が通り過ぎるのを呆然と見送った後、傍らで同様にぽかんと口を開けた連れとひそひそと言葉を交わし、またある者は、男の姿を追いかけるテレビカメラでもあるのではないかと慌てて周囲を見回した。
男は紛れもなく余所者、異邦人だった。
黒い髪、黒い目、袴姿に腰には刀を帯びている。
そう、男はジャパニーズ・サムライだったのである。
聖誕祭を控えてさざめく街に、その男は余りにも似つかわしくなかった。
だがサムライは、そんな周囲の好奇の視線に頓着する様子もなく、手にした紙片を確認しながら、下町を行く。
やがて目当ての建物を見つけた男は、ひとつ頷くと、薄暗い階段を上っていった。
最上階、そこに目当ての部屋がある。
ドアを開けた次元は、意外な訪問客に目を見張った。
「次元」
しかし対する五ェ門も、次元の姿に目をしばたたいた。
グレーの薄手のハイネック、褪せた色のブルージーンズ、襟足にかかる髪を一束にまとめ、前髪は流れるに任せたまま。
ふだんの彼とはまるで違う、ずいぶんと気取らない格好だった。
玄関先で二人しばらく見つめあい、やがて同時に吹き出した。
「ま、こんなところじゃ何だな」
次元に招き入れられ、五ェ門は一礼して室内に入る。
打ち放しのコンクリートの壁に囲まれたその部屋。
一間しかないその部屋は、小さなストーブと、小さなベッド、クッションの痩せた椅子が一脚と、吸殻にあふれた灰皿の載った古びたテーブル。それ以外は何もない。
こればかりは大振りの窓からは、一面の灰色の空。
そして遠く聞こえる、下町の喧騒。
世界を股に掛ける大泥棒の、その一の相棒のものとは思われないほど、それは質素で殺風景な部屋だった。
「こういう場所が落ち着くんだ、俺みたいな野良犬はよ」
言い訳するように、次元が口早につぶやく。
まるで次元の心のごくやわらかい部分に踏み込んでしまったようなそんな心持ちになる。五ェ門の胸を微かな後悔がよぎる。
だがそれも一時のことだった。
今日は、決して引かぬ覚悟でここを訪れたのだから。
それがどれほど次元の心を悩ますことになるのだとしても。
そんな決意を知るはずもなく、次元はキッチンに立つと、やわらかい微笑で五ェ門を振り返った。
「コーヒー飲むか? 悪いが茶はないぞ」
次元はちいさなケトルを火にかけると、手早くドリッパーをセットする。流れるような動き。まるで五ェ門に口を挟む隙を与えまいというかのように。
「次元」
咎める気持ちを堪えきれずに、その名を呼ぶ。だが次元はもう振り返らず、手元に目を落としたまま作業を続ける。
「お前が来るって知ってたら準備しといたんだがな。いきなり来るから────」
「次元」
次元の手が止まる。
五ェ門は、背後からそっと次元を抱きしめた。
次元の身体が微かに強張った。この部屋に五ェ門を招き入れたときから、予期していたであろうことであろうに。そんなことはまるで考えもしてなかったかのように。
五ェ門は、次元の襟足に顔をうずめた。確かに伝わる鼓動は、どちらのものとも知れない。
やがてケトルが静かに蒸気を上げ始めた。五ェ門は手を差し伸ばし、ガスコンロのコックを捻る。そして再び、今度はきつく、次元を抱きしめた。
次元は、ちいさくため息を吐いた。
「お前は別に俺に気を遣う必要なんざないんだぜ」
気を使う、か。
五ェ門は苦く微笑んだ。
こうして触れることは出来ても、いつも心は遠いままだ。次元はいつもあの男を思い、自らを思う存在には視線を逸らす。
だが、それは嘆いていも仕方のないことだ。
そういう次元が、自分は────好きなのだから。
「お主は迷惑か、拙者がここにいることが」
「そんなはずないだろう」
返す次元の言葉はあくまでも静かだった。





ルパンが、今年のクリスマスは不二子と二人、マイアミで過ごすことにしたと二人に告げたとき、思わず振り返った五ェ門の目に飛び込んできたのは、わずかに目を見張り、やがて穏やかに微笑んだ次元の表情だった。
何の反対も口にしない次元に、ルパンも途惑った様子だった。
次元がせいぜい妙なことに巻き込まれないようになと揶揄すると、ようやくいつもの調子で不二子への賛美を繰り返していたが、ルパンとしても、もしかしたらあの次元の反応は予想外だったのかもしれない。
そしてすべてを諦めていたはずだった五ェ門に火を点けたのも、あの瞬間の次元の瞳だった。
穏やかな諦めを沈めた、凪いだ瞳。





「ありがとな、五ェ門」
俯いた次元の横顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「あの二人が上手く行けばいいと思ってるんだ、本当にな」
実際、そうなのだろう。
ルパンの幸せを、一番に願っているのが次元であるのも、またその通りであるのだから。
それがたとえ、自らの幸せと引き換えなのだとしても。





もう堪らなかった。
五ェ門は、腕の中の身体を強引に正面へ向かせると、唇を寄せた。
「よせよ」
次元が掌をかざし、五ェ門をそっと押しとどめた。
だが、五ェ門はかまわず、その掌に口づけた。
慌てて離れようとする次元の手首を掴み、掌に唇を、舌を這わす。
赤く染まった瞼が、何かに耐えるようにぎゅっと閉じられた。
力を失った手はもはや何の盾にもならない。
やがてふらりとガス台にもたれようとする腰を抱き取り、思うさまに口づけた。
「ん・・・・・・」
初めて触れる唇は熱く、濡れていた。
夢中で唇をむさぼり、舌を絡め、唾液をすする。
舌で口の中をまさぐれば、腕の中の身体は慄くようにびくりと震える。
身体を撫で回す手から逃れようと、次元が身を捩る。その動きに煽られて、五ェ門は次元の身体をキッチンの床へと組み伏した。
「あ・・・・・・」
五ェ門の腿が下肢を割り、次元は頬を赤らめた。熱を孕み始めた腰に、五ェ門は自分の腰を押し付ける。
次元の身体がすくむ。
それはこれから先に何が待ち受けているかを知っているからだ。
そしてそれを次元に知らしめた男は、いまここにはいない。
息が上がる。まるで物慣れない子供のように。
興奮を隠せないまま、五ェ門は次元の身体に伸し掛かり、そこかしこに口づけを降らせ、身体をまさぐった。
「あ・・・よせって・・・」
「いやだ」
きっぱりと言い切ると、耳の中に舌を這わせ、耳たぶをあまく噛む。身をすくめ、次元がちいさくつぶやいた。
「・・・お前まで巻き込むわけにはいかねえよ」
何に────とは、次元は言わない。
「巻き込んで欲しいと、拙者が望んでいたらどうする・・・?」
「これ以上、事態をややこしくしてどうするんだ」
次元は呆れたように首をすくめた。
だが、口づけから逃げようとはしない。
頬に、瞼に繰り返し落とされるそれを、目を閉じて受け止める。
「お主が寂しいのなら、そこにつけ込むまでのことだ」
「本人に言っちまったら、つけ込むことにはならねえだろう」
「なあに」
五ェ門は笑った。
「お主はこうして言ってしまえば、逆に身動きが取れなくなる男だからな。そうした深慮遠謀なのだ」
「何だよ、それ」
次元が笑う。まるで泣き出す寸前のような笑顔。
「そんな深慮遠謀とやらを駆使して口説く相手が俺かよ。何か根本的に間違ってるんじゃねえか」
その声も、すぐに吐息混じりになる。
仰け反る首筋に吸い付いた。ラインに沿って舌が這い、次元の息がさらに荒いだ。
「間違いなどあるはずがない」
ただひたと、次元を見つめる。
「お主は、拙者の宝だ」
「バカか、お前は・・・」
「バカでもかまわぬ」
こうして触れることが出来るなら、どう言われようとかまわない。
ずっとこうして触れたかった。たとえ望まれないとわかっていても。
「────好きだ」
たとえ、次元が誰を好きでも。
「俺は────」
「答えて欲しいわけではない」
次元の頬を撫でると、その瞳をじっと見つめた。
「だが、好きでいることくらい、かまわないであろう・・・?」
次元の瞳が揺れる。
「俺は・・・・・・」





その瞬間。
電子音がキッチンに響いた。
次元は慌てて五ェ門の身体を押しのけると跳ね起きた。ジーンズの尻ポケットから慌てて携帯電話を取り出す。
「誰だ」
五ェ門に背を向け床に胡坐をかき、電話のむこうの相手を怒鳴りつける。空いた片手は、必死に乱れた衣服を整えている。
「────ルパン?」
次元の声のトーンが上がった。五ェ門は次元にいざり寄ると、まるまった背中を背後から抱いた。次元の肌は微かに震え、だが抗おうとはしなかった。
静かなキッチンに、傍若無人な男の声が響く。
────おい、次元、ちょっと来てくれ!
「おい、ルパン、何があった」
────いいからマイアミまで来いって。大至急だぞ。
「待てよ、人の話を聞けって・・・・・・」
五ェ門の手が、携帯電話を掬い上げた。
次元の手が取り返そうと慌てて伸ばされる。その手首を捉え、手の甲に音高く口づけた。濡れた音があたりに響く。
身をすくめた次元を尻目に、五ェ門は悠々と電話口の向こうの男に言葉を返した。
「わかった、マイアミだな」
ルパンが、微かに息を飲んだ。
────・・・五ェ門か?
「ああ」
途惑うルパンの声に、五ェ門は笑う。
「拙者も次元と共に向かう。それでいいだろう」
────どういうことだ。
「理由が必要か、こうしたことに」
────お前・・・
つぶやいたきり、ルパンが絶句する。
それは長い時間のことではなかったのかもしれない。
だがそれは────世界の変わった瞬間だった。





やがて言葉を発したのは、ルパンだった。
────わかった、とにかくとっととこっちに来いよ。
感情を覗わせない低い声。
返事を待たずに通話が切れる。五ェ門は苦笑すると、携帯電話を次元に手渡した。
困惑を隠せずに、次元が問うてくる。
「おい、いいのか・・・?」
「何がだ」
「あ、いや────お前まで行く羽目になっちまって・・・」
「なに、かまわぬ。あの男の身勝手ぶりなど、とうに慣れた」
そう笑えば、次元もぎこちなく微笑んだ。
次元の逡巡。
いいのかと、まるで五ェ門のつごうがあるかのように口走ったものの、実はそれは次元のつごうだ。
五ェ門は、ルパンに二人の仲をどう思われようとまるでかまわないのだから。
次元がこの状況に混乱しているのならしめたものだ。
ならばあの、次元の思いをまるで疑おうとはしない男への宣戦布告と洒落込もうか。
五ェ門は腕の中の身体をきつく抱きしめた。





ニューヨーク、クリスマス。
やがて懐かしく────それとも切なく、この日を思い返すときが来るのだろうか。
だが、たとえ叶わないのだとして、やすやすと諦めるつもりなど毛頭ない。





「次元」
「ん?」
振り返る次元のおとがいを捉え、口づける。
触れるだけで離すと、眦を赤く染めた次元が上目遣いに睨んだ。
五ェ門は声を上げて笑いながら、もうひとたび抱きしめる。
次元は諦めたようにため息をついた。
そして、抱き寄せてくる五ェ門の腕に、そっと身をゆだねた。










end










「Best that you can do」改題。




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