カクテルの名はJealousy









静かな夜だった。





ルパンがセーラと別れてアジトに戻ったとき、リビングのソファには、相棒の次元大介が眠っていた。
ボルサリーノを顔の上にのせ、脚を高く組む、いつも通りの姿勢で。





ルパンは相棒を起こさないように、着けたばかりの間接照明の光量を絞ると、その傍らに立った。
次元は身じろぎひとつしない。胸すら呼気で動く様子はない。
ルパンは、そっとボルサリーノに手を伸ばした。





「お前さんが据え膳も食わずに御帰宅なんざ、珍しいじゃねえか」





静かな声だった。
ソファから身を起こした次元は、ボルサリーノを自分の頭の上にのせた。
伏せられた目はそのまま、つばの奥に姿を消した。





ロサンゼルス銀行イギリス支店のオーナー、ジャック・メトゥーサから金塊を奪う計画を立てたとき、そこにメトゥーサからすべてを奪われた女────セーラの「復讐」を織り交ぜることを思いついたのは、ほんの気まぐれからだった。
ああいう種類の男のプライドを粉々に砕くのは、ルパンにとって酷く快感でもある。
己の悪辣さでのし上がった男を、その己自身の所業によって叩き落とす。
これ程愉快なことも早々ないだろう。





だが、男同士で覇を競う、そうした鞘当てとは無縁の世界に生きる相棒にとって、ルパンの姿勢はまったく別物に映ったようだった。





確かに、美しい女だった。
触れなば落ちんといった風情で、自分に微笑みかけたあの女。
だがルパンは、彼女に指一本触れることはなかった。





あの夜、バーの裏口で、じっと自分を待って闇に佇んでいた次元を思い出す。
詰りたい気持ちを押し殺し、静かに言葉を選びながら、だが恨むような濡れた瞳を自分に向けていた、あの夜の次元を。





「こんなゴキゲンな夜くらい、恋人を悲しませるような野暮な真似はしたくなかっただけさ。俺の恋人はけっこうなヤキモチ焼きだからよ」
ルパンはそう言って次元にウィンクした。
だが次元は、ろくにルパンを見ようともせず、ぷいと横を向いてしまう。
「ヤキモチ焼きだあ？ ケッ、不二子の奴ァ、てめえの分け前を抱えて、とっとと帰っていきやがったぜ。お生憎様だったな」





その強張った横顔。
頑なに引き結ばれた唇。
ルパンはがっくりと肩を落とした。





「･･････おまけに激ニブ」





「？ 何か言ったか」
「べーつーに」
ルパンは肩をすくめ、リビングの片隅の、造り付けのキャビネットに向かう。
中からグラスをふたつとスコッチの瓶とを取り出すと、次元を振り返った。
「乾杯しようぜ、次元。仕事の成功と、復讐を終えた彼女の未来に」
「･･･そうだな」
ようやく次元も微笑んだ。





グラスを琥珀色の液体でなみなみと満たし、ひとつを次元に手渡す。
ルパンは次元の隣に腰を下ろした。
「乾杯」
ふたつのグラスが触れ合う。
薄いグラスは、高く美しい音を響かせた。





酒で唇を湿し、グラスをテーブルに戻すと、空いた両手をオペラ歌手ばりに芝居っ気たっぷりに広げ、ルパンは歌うように詠じた。
「美しくも賢きセーラに、そして美しくも我を誘惑してやまない麗しの金塊ちゃんに」
おどけた口調に次元がくすくすと笑う。
ルパンは、その広げた腕の中に次元の身体を閉じこめた。そのままきつく抱きしめる。

ふっと声を低く落とし、耳元に直接囁きかけた。





「それと、もうひとつ────お前の瞳に、乾杯」





「･･･ッ！ バカか、お前は！」
次元は真っ赤になった。ルパンを突き飛ばすと、ボルサリーノを目深に被り直そうとする。
だがルパンの動きが一拍早かった。
怪盗の指先がボルサリーノの縁を捉えた。器用に絡げとったそれを、ルパンはソファの後ろへふわりと飛ばした。
「お、おい」
「おーお。真っ赤っかだね、次元ちゃん」
目の縁まで赤くした次元の、その瞳はルパンの思ったとおり黒く濡れていた。まるで、あの夜のように。





ルパンはあらためて次元の肩を抱き寄せた。次元ももう、抵抗をあきらめたようだった。グラスを置くと、おとなしくルパンの腕に身をゆだねた。
「･･･ったく、何のつもりなんだか」
「いいじゃないの、たまにはこんな夜も」
次元の目が、今夜初めてルパンを捉えた。ルパンも、その瞳を見つめ返す。
やがて、どちらからともなく、唇が重なった。





静かな、夜だった。








end










パースリ第30話「カクテルの名は復讐（リベンジ）」




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