V.

vampire





































































































不二子と五ェ門に手伝わせ、次元は部屋中にニンニクをつるした。
そして調達したロザリオを身につけてしまえば、あとはもう三人にやれることは何もなかった。
「明日は晴れるといいんだが」
次元は山荘の窓から、荒れ狂う外の景色を見てつぶやいた。
嵐の中、古城が遠くかすんでいる。
あそこにルパンがいる────吸血鬼と化し、いまは魔物に操られてしまっている哀れな男が。
平来村で出土した黄金のマリア像を求め、その持ち主の美女カミーラに近づいたルパンだったが、彼女の毒牙に掛かり、まんまと吸血鬼の仲間となってしまったのだった。
「ガキのころから因果な奴だったが、まさかこんなことになっちまうとはなあ」
次元はため息をついた。





実際、明日晴れたとして、だからといってそもそもどうなるというものでもないのだ。
ルパンはいま、吸血鬼一族の長であるカミーラの完全なる支配下にある。
あいつに自分たちのもとへ戻る意志があるとは思えない。
もし無事再会できたとしても、それを覆す自信も策も次元にあるわけではなかった。
しかもルパンの智謀がこれまでと変わらずにいるのなら、押しかける自分たちを疎むのなら、会うことすら叶わないかもしれないのだ。
もう二度と会えないのかもしれない。
次元の目から涙がこぼれ落ちた。
俯いて歯を食いしばる。何とかこの悲しみをやり過ごすために。





「次元」
外を向いたままの次元に、五ェ門が声を掛けた。
静かで気遣わしげな声音に、次元は頬を赤らめた。
年下の五ェ門にこれだけ心配させてどうするんだ俺は!
そもそもルパンなんざ何でもてめえ勝手に好き放題やっているだけの男だ。
今回の件がこれまでとどう違うってんだ。





次元は、スーツの袖口で顔をごしごしと拭うと、二人に振返った。
うっすらといつもどおりに微笑んだままの不二子はともかく、あきらかにほっと嬉しそうな笑顔を向ける五ェ門。
気恥ずかしいが、それこそ今更というものかも知れない。
次元がルパンのことに関して平静をなくすのは、それこそよくある話で、次元自身もある程度はそれを自覚していた。
次元は二人に向かって、にかっと笑って見せた。そしてことさら明るく言葉を返した。
「女に釣られて道を間違うなんて、本当にあのバカは懲りるってことを知らねえよな」










我らがいとしのマリア様









三人は、マントルピースの前のソファに腰を落ち着けた。
小さく爆ぜる炎の音は、三人に落ち着きを取り戻させた。
「それにしても、不思議なもんだよなあ。血を吸うたびに仲間が増えていくってんなら、世の中の大半が吸血鬼一族になっちまうんじゃねえか?」
「仲間にするための儀式と血を吸う行為は、厳密に分けているなんて話を聞いたことがあるわ」
もっともな次元の疑問に答えるのは不二子、民俗学や因縁話なら彼女の独壇場だ。
「なるほど、食糧はあくまでも食糧ということか」
五ェ門の言葉に、次元は渋い顔をした。意外と信心深い男なのである。
「ただね、吸血鬼は処女、つまりヴァージンの血しか吸わないといわれてもいるのよ。処女の血でないと、彼らの命に関わるのだとか」
以前、本で読んだおぼろげな記憶を不二子は思い返す。
「エリザベート・バートリという伯爵夫人は、六百人以上にも上る処女の生き血を啜ったといわれているわ。そして捕らえられ、処女の血を吸えなくなって・・・・・・まもなく死ぬのだけれど、その美貌は見る影もなく、干涸らびるように死んでいったと伝わっているの」
次元はぞっとしたように身をすくめると、小さく十字を切って口の中で祈りの言葉を唱えた。そして不二子に向き直る。
「女が危ないってことか?」
「さあ、ヴァージニティがどういう状態を指すのかまでは、ね。私も専門家というわけではないし」
「ヴァージン────なるほどな」
確かにキリスト教的観念なら、ヴァージンの定義に男女の別はない。
二人の視線が五ェ門に注がれた。
「・・・・・・? 何だ」
「ま、気をつけるに越したことはないってこった」
次元は肩をすくめ、ふと思いついたように言った。
「そもそも男とヤッたことがない、なんて辺りが基準だったとしたら、たいていの男が当てはまっちまうしな」
「そうね。たいていの男性はそうかもね」
不二子と五ェ門の視線が、今度は次元に注がれた。
「・・・・・・? どうした」
次元はきょとんとしている。
ため息をついた不二子は、五ェ門に向かって言った。
「幸せに生きるのって案外かんたんね。すべての物事の判断基準から自分を除外すればいいんだわ」
「まったくだ」
五ェ門も深くため息をついた。
「何だよ」
「とりあえずあなたは安全だろうってことよ」
「ふうん、そりゃあ何よりだが」
首を傾げる次元。不意ににやつくと不二子に身を寄せ、そっと囁いた。
「実際のところどうなんだろうな、五ェ門のヤツ」
やっぱり童貞なのかねえ。
次元は妙に楽しそうだ。不二子は心底呆れた。
さっきまでのあの消沈振りはどこへいったやら。
いくつになっても下ネタが大好き、本当にこれだから男って!
「さあね。今度、夜這いでもして確かめてみたらどう?」
途端に次元は顔をしかめた。
「おい、俺は男なんてごめんだぞ」
「・・・・・・本当に、どの口がそういうことを言うのかしら」
この男は惚けて言っているわけじゃない、本気でそう思っているのだ。
つくづく始末に終えない。不二子は痛むこめかみに指を押し当てた。





そのときだった。
派手な音を立てて、窓が開いた。
途端に吹き込む横殴りの雨。
「鍵が緩かったかな」
次元が窓を閉め直そうと立ち上がる。
思わず腰を上げた不二子と五ェ門が、あらためてソファに腰を下ろそうとした。





その瞬間、「それ」は現れた──────





三人の目の前で、闇が蠢いた。
それは見る見るうちにルパンのかたちを取り、音もなく室内に舞い降りた。
黒のマントに身を包んだルパン、それはまさに闇の眷属。
双眸は虚無の闇に染まり、黒々として何の感情も窺わせない。
三人は異様な雰囲気のルパン──────吸血鬼に射竦められたまま、動くことも出来ない。声を出すことさえ出来なかった。





吸血鬼の視線が、かつての相棒にひたりと当てられる。
次元の指が震えながら胸元のロザリオを捜した。
しかし吸血鬼は次元の手首を掴み上げると、その身体を強引に引き寄せた。
指に絡んだ細い金鎖が弾け、十字架が床に転がった。
呆然とする次元が、吸血鬼の黒いマントの中に引き込まれる。
次元の姿がマントの中にすっぽりと覆われる。
うっすらと開いた口元から覗く鋭い牙、それがゆっくりと次元の首筋に近づく・・・・・・





「ひっ!」
不二子の小さな悲鳴。
我に返った次元が、ハッと目を見開いた。
咄嗟にルパンの胸を押し返す。
「ルパン、俺の血はヤバイ! 吸っちゃならねえ」
なおも自分を引き寄せようとするルパンに、次元は叫んだ。
「男と関係してる奴の血がダメってことは、俺のは14の年からの年期入りじゃねえか。そいつはお前が一番承知のことだろう、ルパン!」





室内の空気が凍りついた・・・・・・今度はまったく別の意味で。





不二子は、今度こそ本気で頭を抱えた。
次元はようやく先ほどの会話の意味を理解したらしい、この最悪のタイミングで。
しかも何だか一生知りたくなかった情報まで耳に入ってきてしまったのは気のせいかしら。
もう緊張感も何もあったもんじゃない!
視線を流すと、隣の五ェ門は真っ赤になって床にくずおれていた。
何かしら想像でもしたのか、うぶな五ェ門には刺激が強かったらしい。
そして吸血鬼は────ルパンは笑っていた。口元に浮かぶ、困ったような面映ゆげな微笑。





静まり返った室内の空気に耐えかねたのか、次元は吸血鬼の腕の中から首をめぐらせ、おそるおそる不二子に確認する。
「・・・・・・処女の血じゃないと命に障るんだよな?」
「知るもんですか」
ぷいとそっぽを向いてしまう不二子。次元は不安げにルパンを振り返った。
「やっぱりいろいろと、まずいだろ?」
ルパンはにっこりと笑った。
「ああ、まずいな」
「そうだよな」
吸血鬼の賛同を得て、次元はほっと胸をなでおろした。





不意にルパンの手が、次元の胸を突いた。
軽く突かれただけだが、バランスを失った身体は、床に尻餅を突いた。
「痛ッ────おい、ルパン!」
ルパンの動きはすばやかった。
舞い上がるように不二子のもとへ近づくと、その身体をさっと抱えあげた。
「きゃ・・・・・・!」
「おいで、不二子」
慌てて立ち上がった次元の止める間もなく、二人の姿は夜の闇に消えていった。





呆然と立ち尽くしたままの次元。そこへようやく立ち直った五ェ門がよろよろと近づく。
「次元、おぬしという奴は・・・・・・」
「それよりも五ェ門、ルパンだ」
何とか絞り出した五ェ門の言葉も、次元はまったく聞いていない。
五ェ門はまたも脱力しかけたが、次元はかまわず続けた。
「気づいたか、五ェ門」
「・・・・・何をだ!」
「あいつにはニンニクも十字架もまるで効いちゃいなかった」
五ェ門もハッと気づく。次元は頷いた。
「つまりだ」





────ルパンは吸血鬼になっていない!





「いくぞ、五ェ門!」
「ああ!」
ルパンを追って、二人は嵐の中を駆け出した。











不二子を抱き上げたまま、ルパンは嵐の荒野を飛ぶように駆け抜ける、まるで本物の魔物のように。
だが腕の中の不二子には、慄きも恐れも感慨もないようだった。
「ルパン、ご満悦のところ申し訳ないんだけど」
不二子の目が冷たい。
「要するにあなた、連中の仲間になったっていうわけじゃないようね」
「ア、アハハハハ、ご名答」
その視線にたじろいで、ルパンは引きつった笑いで答えた。





仲間になった振りをして、黄金のマリア像を戴いてやろうと様子を窺った。
だが敵もそのあたりは心得たもの、吸血鬼の一族になった証としてこれまでの仲間を生贄に差し出せというわけだ。
「いやあ、本当は次元を連れていこうと思ったんだけどもさァ」
事情を耳打ちしようと近づいたらあの騒ぎだ。
まあ、ちょっと面白がって雰囲気を出しすぎた自分も問題があったとは思うが。
可愛かったからいいかと胸の内でつぶやくと、鼻の下を伸ばしているんじゃないわよと聡い不二子にさらに睨まれた。





「つまり私は次元のせいで、これから吸血鬼の館に乗り込む羽目になったってことなのね?」
不二子は柳眉を逆立てる。
「いや向こうはね、不二子ちゃん連れて来いってのが最初っからのご希望だったわけよ。ただやっぱり俺も大切な恋人を危険な目に晒したくはないしよ。
次元にしとこっかなーと思った俺の気持ちってのは汲んで欲しいんだよなあ」
「結果は一緒じゃないの」
「でも諦めきれないでしょ、あの黄金のマリア像」
「そりゃあ・・・・・・」
確かにその通りだ。あれをこの目で見て、この手で触れてみなければ、もう収まりがつかないほど気持ちは焦がれている。
不二子は腹を括った。
「そうね、物にはそれぞれ、それに相応しい持ち主というのがいるのだもの」
「そうそう、あの吸血鬼どもから派手に巻き上げてやりましょ」
顔を見合わせニヤリと笑う。二人は確かに最良のタッグだった。





「た・だ・し! こうなった以上、分け前はきっちりいただきますからね」
これだけはハッキリさせておかなくちゃ。不二子はルパンをねめつけた。ルパンは大袈裟に身を震わせた。
「おお怖」
「何か言ったかしら?」
「いえいえ、お互い納得のいく取引をいたしましょ」
食えないルパンの返答に、不二子は天を仰いだ。相変わらず最悪の天候!
「まったく・・・・・・聞きたくもない話を聞かされて、やに下がった男に嵐の中を連れまわされて、吸血鬼相手に身体を張る羽目になって、マリア様は私自身のことじゃないの」
「アハハ、まったくだ。マリア様、女神様、不二子様────って痛ェ!」
自分を抱えるルパンの腕をしたたかに抓り上げて溜飲を下げると、不二子は、こうなったらマリア像の他にもせいぜい連中からふんだくってやるわと、治まらない腹の内で皮算用を始めたのだった。








end










新ル第34話「吸血鬼になったルパン」ネタ。




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