R.

Rose





































































































至上の薔薇









一人きり残されたアジトで、次元は出窓の細い張り出しに腰を下ろし、ガラス越しに外を見つめていた。
傍らに上着とボルサリーノを放ったまま、異変を何ひとつ見逃すまいと、必死に。
部屋に戻ったルパンは気配を殺し、その様子を見つめていた。
窓に映る次元の顔は、酷く憔悴していた。元より痩せた頬が、この数日でさらに削げた。





ガラスの中で目が合った。
振り向いた次元は慌ててボルサリーノに手を伸ばしたが、ルパンは言葉でそれを制した。
「いいぜ、そのままで。俺以外には誰もいない」
惑った指は、躊躇うようにクラウンに二、三度触れ、そのままボルサリーノから離れた。
「来いよ、次元」
横長のソファの真ん中に腰を下ろし、ルパンが次元を呼んだ。
次元は素直に出窓から滑り降りると、ルパンの前に立つ。そして手を引かれるがままに、向き合うようにしてルパンの膝に座った。
痩せた尻を抱えて引き寄せた。互いの腰が重なり合う。次元は居心地悪げに身じろぎしたが、何も言わなかった。
代わりにルパンの肩におずおずと手を回す。
うなじを撫でて促してやると、次元の額がことんとルパンの肩に乗せられた。





「今日は?」
訊ねる次元の声はかすれていた。
「資産家のところに強盗に入られた。全財産を奪い、娘を犯したあと家族皆殺しだ」
ルパンは声のトーンを意識的に上げた。
「まったくすばしっこい野郎だぜ。毎回、すんでのところで逃げちまいやがる。まあ、手がかりもずいぶん残しているから、ふん捕まえるのも時間の問題だけどな」
「そうか・・・・・・」
身を硬くした次元の背を、ルパンはそっと撫でた。
「本当に、お前とまったく寸分違わないそうだぜ、そのニセ次元とやらは。たいした執着心だな、まったく」
目の前の強張った頬に音を立てて口づけて、ルパンは笑った。
「俺の相棒は男にモテて困る」
女にゃモテねえのになあ。そう言うと、次元は不貞腐れたように言い返す。
「変なこと言うな。男なんて冗談でもごめんだ」
その心底嫌そうな口調に、思わず悪戯な気分になる。
「俺もか?」
笑いながら、次元の目を覗き込んだ。
次元は慌てた様子でルパンの肩から顔を上げると、ぶんぶんと何度も首を横に振った。長い髪がぱさぱさと揺れる。
「それは・・・・・・お前は違う」
「どうして?」
次元は何度か口を開きかけたが、結局何も言えないまま、真っ赤になってうつむいた。
乱暴にルパンの頭を掻き抱き、その短い髪に顔をうずめる。うめくようなつぶやきが、押し当てられた胸を通じて直に響いた。
「あまり意地の悪いことを言わないでくれ、ルパン」
ルパンはくすくすと笑うと、耳を次元の左胸に押し当てた。
いつもより速い鼓動が、確かに響いている。










ニセ次元が現れたのは、数日前のことだった。





容姿も声も仕草も、まるで写したように同じニセ次元の、ただひとつ違っていたのは、その凶悪な手口の犯行だった。
この純朴な男では思いつきもしないような悪辣で残虐な犯罪が、この男の名のもとに繰り返された。
逸る次元を、混乱を招くだけだとアジトに押し込め、ルパンと五ェ門、そして不二子も頼み、探った先には奴らがいた────ネズミ一族。
憤っていた次元が、その名を聞いて蒼白になった。
次元は呆然としてつぶやいた、「あの男かもしれない」と。
五ェ門と不二子を部屋から追い出し、怒りながらなだめながら根気よく聞きだすと、次元はぽつぽつと要領を得ない因縁話をした。





「・・・・・・本当は借りがあったんだ」





一のネズミと呼ばれる男に、仕事で命を助けられたことがある。
それを楯に一のネズミは次元を呼び出し、完璧に次元そのものに成りすますすべを会得した。ルパンを殺すために。
しかし、義理に迷った末に、次元はルパンのもとへ向かう一のネズミを狙撃した。ルパンを守るために。
そして、次元の狙撃から辛くも逃れたネズミは、いまは次元への復讐を誓っている。





それでも。





ルパンを狙い、いまや次元自身をも付け狙うその組織の、一の手練れに借りがあるのだと次元は言った。
自分から何もかもを奪おうとしている男に義理があるのだと、そうつぶやいた。










「ルパン?」
自分の左胸に耳を当てたまま、身じろぎもしないルパンをいぶかしんだのか、次元がルパンの名を呼んだ。
ルパンは呼ばれて顔を上げた。そして、にんまりと次元を覗き込むと、また左胸に顔を伏せた。
「あっ・・・・・・!」
薄いシャツ越しに胸の突起に噛み付く。
「ちょ、ちょっと待てって・・・・・・」
次元は慌てて身体を離そうと腕を突っぱねる。
「待たねえよ」
「・・・・・・ああっ!」
弱い箇所へのいきなりの刺激に、腕の中の身体が弓なりに仰け反る。腰を抱え込み、反った胸を舌で追いかけ、今度は舌でじっとりと嘗め回す。
唾液で湿らされた布越しに、刺激を受けた乳首が硬く凝り、その存在を誇示する。
舌で転がすと、ゆるい愛撫に次元は切なげな声を上げた。
「ふ・・・・・・ああん」
次元は此処が弱い。
少し弄られただけでも、身をよじり、たまらないと声を上げる。
いや、そうじゃない────弱くさせたのは自分だ。
やさしい幼馴染を、自分の快楽にいくらでも添えるように、その身体に教え込んだのはルパン自身だった。
日の高いうちに、いつ仲間が戻るか知れないアジトのリビングで。
この気のいい男の嫌がるすべての手続きを踏むのは昏い快楽だった。
震える胸の、その尖りを布ごと食むように、きつく吸い上げた。じゅくじゅくと湿った音が部屋に篭る。その音に耳まで犯され、次元はもどかしげに肌を寄せた。
先を請う仕草。
だがルパンは、与えてやる代わりににやりと笑って見せた。
「おねだりしたいことがあるんだろ、言ってみろよ」
次元の喉が鳴った。
そんなことはとても無理だと、ゆるく首を横に振る。
だがルパンは、布を隔てた愛撫さえ止めて、じっと次元を見つめた。
今日は言わなければ与えるつもりはないのだと、次元がわかるように。
次元の赤い舌が、乾いた唇を舐めた。
「あ・・・・・・じ、直に」
震える声が、必死に願い事をつむぐ。
「ん?」
「直に・・・・・・舐めて」
きつく閉じられた瞼が、泣き出す直前のように震えている。そっと髪を撫でてやる。
「きちんと言えたな、いい子だ」
ルパンはシャツの釦をすべて外し、掌で薄い身体を撫で回しながら布を剥いだ。
ウエストに両手を回し、そこからボディラインをたどるように、掌を這わせる。胸を円を描くようにゆったりと撫でる。親指で乳首を押しつぶすと、次元の身体はがくがくと震え、鼻に掛かったあまい嬌声を上げた。
肩から肩甲骨へ、シャツを落としながら撫で下ろした。次元の息が荒くなる。
脱がされたシャツは次元の肘に溜まり、緩い手枷のように次元の腕を後ろ手に戒める。自然と突き出された胸、そのぷっくりと膨れた赤い粒を、誘われるままに舌先で触れた。
「あっ」
次元の身体が弾む。
ルパンの舌はいったん乳首から離れ、薄い乳輪の外縁をたどり、円を描く。焦らされて、次元の吐息が熱く濡れた。
「ああ──────!」
乳首を吸い上げた瞬間、待ち望んだ刺激に次元は高い声を上げた。
わざと音を立てて舐め回し、舌で転がし、甘噛みする。
そしてもう片方を指で挟んで擦り合わせる。
濡れた音と、すすり泣くような喘ぎ声。それがルパンの耳を楽しませる。
次元が、喘ぎに紛れて恨み言を口にした。
「胸ばっかり・・・・・・」
ふと顔を上げて、ルパンは笑った。
「お前は此処が好きなんだからしょうがねえだろ」
「そんな・・・・・・」
ルパンは、次元の下肢をまさぐった。
「あうっ」
次元は仰け反った。そこはもうすっかり熱く、硬くきざしている。
「胸を舐められただけで、もうこんなだぜ。いやらしいな」
「んっ、んんっ」
「いっぺん胸だけでイケるか試してみるか、ええ?」
ズボンの上からぐいぐいと擦られる直接的な刺激と、羞恥を煽る言葉。次元の身体ががくがくと震えた。
腕を後ろ手に枷られたままの不安定な身体が、大きく揺らぐ。ルパンは腰に回した手で引き寄せると、腕に絡むシャツを床に落としてやった。
震える身体をソファに横たわらせる。次元はなされるがままに、赤く染まった目元でルパンを見つめていた。
ルパンの手がベルトを引き抜き、ズボンを床へと落とし、下肢をすっかりあらわにする。
「ルパン」
不安げなまなざし。
男の身体の下に組み敷かれてのそれが、却って嗜虐心を煽るということを、この男が理解するのはいつのことなんだろう。
細い足首を掴むと、脚をぐいっと開かせる。右足をソファの背に掛けさせ、左足のつま先は床に触れるほどに。
「おーお、いい眺めだこと」
次元は柔らかなソファの背に顔をうずめてしまう。その顎を取って、無理やり顔をこちらに向けさせる。
震えを止めようと噛み締められた唇に、ルパンは口づけた。
首の後ろに手を当てて引き寄せると、無防備に開いた唇に入り込む。
舌を絡め取り、吸い上げる。唇をぴったりと重ね合わせ、撫でるように愛撫する。舌で上顎をくすぐれば、次元はくぐもった声を上げた。存分に唇を愛撫して、ようやく開放してやる。
荒い息の下、泣きそうな顔で次元がつぶやく。
「二人が戻ってきたら・・・・・・」
まだそんなことを言っている。ルパンは口の端を上げた。
「お前、早いんだからそんな心配しなくても大丈夫だろ。俺にちょっと弄られたら、すぐイッちまうクセに」
「ルパン!────あっ」
ルパンの指が次元の性器に直に触れた。
親指の腹で先端を撫で回すと、そこはぬめりをあふれさせた。
震える指が、ルパンの背にすがった。





こんな閨では当たり前の所作さえも、以前の次元はまるで出来なかった。
必死にリネンにすがりながら、快楽も苦痛も等しく噛み殺し、耐えていた。
まるで兄弟のように育ったがゆえの禁忌。男同士であることの葛藤。
次元の持っていたすべてのモラルを俺が壊し、そこに新たなる秩序を植え付けた。





ぐじゅっ、ぐじゅっと。わざと濡れた音を高く立てて、ルパンの手が上下する。
「ああ・・・・・・ああ・・・・・・」
高い声で次元が喘ぐ。びくびくと腰が揺らめく。
その動きが早まるのを見て取って、ルパンは手の動きを止めた。
狂おしげに身をよじり、浮かされたような声が上がる。
「いきたい・・・・・いかせて・・・・・・」
ルパンは低く笑った。
「なんだ、もう我慢できないのか」
「あ・・・・・・」
次元の目に涙があふれた。頬を伝うそれを唇で吸い取ってやる。それすらも快楽として受け止めてしまうのか、次元はきつく目を閉じ、すすり泣いた。
ルパンは、濡れた指を次元の中に滑り込ませた。
「あうっ」
いきなり突き上げられ、痩せた身体が弧を描いた。
ルパンはかまわず二本に増やした指で次元を激しく突きまわす。ルパンの愛撫に慣れた身体は、指をきつく締め上げながら、また高みへとあおられていく。
「ああ、ああん、ああっ」
入れたままの指をくいっと曲げた。溶かされた身体が不意の刺激に震える。
そのままゆっくりと、肝心の場所を外して、指を動かす。
じわじわと愛撫の色を濃くしていく。だが決して、決定的なものは与えない。
そして、次元の下肢に顔を伏せると、指を入れたそのふちに、尖らせた舌を這わせた。
「あ・・・・・・ああぁ──────!」
次元の身体が波打った。
それを押さえつけ、太腿の内側を撫で上げながら、チロチロとラインをたどるように舐め回す。
入れた二本の指でそこを押し広げ、硬く尖らせた舌を中にねじ込めば、次元は悶え、古いソファを軋ませた。
あと少し。次元の息がさらに熱くなる。
そこでルパンは、また指を止めた。
「どうして・・・・・・ルパン、どうして・・・・・・?」





喘ぎ上下する次元の胸、その左胸にルパンは耳を押し当てた。
確かに響く鼓動。この男の生きている証。
これを俺から奪うことは、誰であっても許されない。
それは次元自身であっても同じことだ。





無体な仕打ちにぽろぽろと涙をこぼしながら、次元がつぶやいた。
「お、怒っているのか、ルパン・・・・・・?」





そうだ、怒っているのだ。
やすやすと他の男に心を掛ける目の前のこの男に。
相棒の心を他の男に繋ぐ隙を作った自分に。





怯えに身をすくませる相棒に、ルパンは鋭く言い放った。
「お前は誰の物だ?」
初めて次元の身体を拓いたあの日。
絶望に沈む瞳を睨み据え、幾度も繰り返したあの問いを、ルパンは再び繰り返す。
次元は大きく目を見開いた。
唇が震え、あのときの言葉を繰り返した。
「お、お前のものだ、ルパン」
それは支配であり、誓いでもあった。
「俺のすべては、お前だけのもの────」
「そうだ、よくわかっているじゃないか」
そうだ、俺のものだ。他の男に渡すつもりなど毛頭ない。
そう、それがたとえ心の一かけらであったとしても。
「お前の勝手で好きにできるものなんか、何一つないんだ。お前自身の身体だって命だって・・・・・・心さえもな」
傲慢な台詞を、だが次元は陶然と聞いていた。
「ルパン・・・・・・」
「お前のすべては俺のものだ」
ルパンは、次元の中に込めたままの指の動きを再開した。
次元の身体が喜悦に啼いた。
今度は焦らさず、一番弱い箇所を撫でてやる。次元は狂ったように身体をのたうたせた。
「ああ────いく、イッちまう・・・・・・!」
「いいぜ・・・・・・イケよ」
中を抉る指はそのままに、空いた片手で次元の性器を擦りあげる。
「あ・・・・・・ああ──────!」
何度も首を打ち振りながら、その手の中に次元は欲望を解き放った。










次元の肌に浮いた汗と下腹に飛び散った残滓を拭い、丁寧に後始末をしてやると、ルパンはぼんやりとしたままの次元に服を着せかけた。
シャツの釦を喉元まで留めて、ズボンに脚を通してやる。首の加減に気をつけながらネクタイを結び、タイピンを留めてしまえば、ふだんより色づいた肌以外は、すべてが日常へと戻る。
次元は途惑った様子を隠せずに、そんなルパンを見つめていた。
言葉よりも雄弁なその目に、思わず苦笑がこぼれる。
「いまはお前だけ、な」
ルパンは身体を起こすと、座った膝の上に横抱きに次元を抱え上げた。
腕の中の次元が、気遣わしげな表情になる。
「お前・・・・・・いいのか?」
どうやら、自分ばかりというのは気が咎めるらしい。
ふだんはこうした事柄にあまり積極的でない相棒の、何ともぎこちない気遣いがおかしくて仕方ない。
「別にいいさ」
しかし、暢気に笑ってられたのもそこまでだった。
真剣なまなざしで、次元がつぶやいた。
「なあ・・・・・・口で、しようか?」
ルパンは派手にむせ返った。次元が慌ててその背をさする。
「お、おい。大丈夫か」
「お前ってヤツは・・・・・・」
真面目くさった顔をして何を言い出すかと思えば!
しかも、人が手出しできないときに限ってこんなことを言いやがる。
「ったくゥ・・・・・・寝た子を起こすようなこと言うんじゃねえよ。俺がその気になっちまったら、二人が帰ってくるまでどころか、真夜中まで入れっぱなしにしたって終わらねえぞ」
状況を考えろと言外に諭す。二人だけのときではないのだ。
次元は真っ赤になった。
「すまねえ・・・・・・」
絵に描いたようにしょぼくれる相棒。
まったく悪気がないというのがタチが悪い。
ルパンがその表情に弱いということをわかってやっているわけではないのが、さらにタチが悪い。
結局、ほだされてしまうのはいつだってルパンの方だった。
「そんな顔するんじゃねェよ」
汗に濡れた前髪を梳き、あらわになった額に唇を押し当てる。そのまま、頬に、首筋に、髪に唇を滑らせると、次元は身体の強張りを解き、うっとりとそれを受け止めた。
しどけなくもたれかかる身体をゆったりと撫でながら、ルパンはその赤く染まった耳にささやいた。
「この件が片付いたら、三日くらいぶっ通しで頑張ってみっか」
「そんな・・・・・・無理だ」
「このルパン様に不可能はないぜ」
次元は、まるでネコの子があまえるように、額をルパンの首筋にこすりつけた。
「俺が無理だ、死んじまう」
あまい睦言。だがルパンは、腕の中の次元をきつく抱きしめた。
「死なせるかよ」
硬い声。次元は息を呑んだ。





傾きだした陽が、出窓から部屋に差し込む。オレンジ色の光が、次元の顔に濃い陰影をつくった。
次元は、思いつめた表情でルパンを振り返った。
「明日からは俺もニセ次元を捜す」
「次元」
「このままじっとしてるなんて、性に合あわねえ・・・・・・ダメか?」
強気な言葉とは裏腹に、上目遣いに顔色を窺ってくる。ルパンは吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。ふだん、我が身の危険を厭わない男にも、先ほどのルパンの言葉にはそれなりに思うところがあったらしい。
(もっとも、自分自身をいとうことをしない、放っておくと俺のことばかりで頭をいっぱいにしている次元には、このくらいでちょうどいいような気もするが)
「そろそろ言い出す頃だと思ったぜ」
それでも安心させてやろうと、ルパンは次元にウィンクした。
自分でも次元に対してあまいと思うが、こればかりはしょうがない。
「見てな、次元」
ルパンは次元の目の前に、からっぽの掌を翳した。手を軽く握り、そして開いた。
その掌の上には。
「薔薇・・・・・・」
次元は目を見張った。
「好きだろ、赤い薔薇」
それをシャツに、まだルパンの唾液で濡れる左胸につけてやる。次元は、ルパンが手ずから薔薇を差すのを、じっと見つめていた。
「これがお前のしるしだ。偽者と見分けるには洒落た手だとは思わねえか」
この花の本当の目的はもっと別のところにあった。
だが、それをいま次元に明かすつもりはなかった。





ひそやかなノックの音が、二度響いた。
「入るぞ」
五ェ門の声だ。次元はルパンの膝からするりと滑り降りる。そのまま出窓の方へと戻り、放られたままだった上着を羽織る次元の背に、ルパンは声を掛けた。
「次元」
次元は振り返った。その目を見据え、ルパンは刻み込むように、言葉を告げた。
「お前は、俺の言葉だけを信じていればいい」
次元はこともなげにうなずいた。その目にあるのは、理解ではなく忠誠だった。










ネズミが仕掛けてきたのは、それから三日後のことだった。
ニセ次元に不二子が撃たれたその日、不二子の病室で二人の次元が顔を合わせた。
二人の次元は、二人とも胸に薔薇の花を差していた。





確かによく似ていた。だがそれは、ルパンの目を欺けるものではなかった。その場で言い立ててしまってもよかったのかもしれない。
だが、そのつもりはなかった。
次元の名を騙った────それで自分を欺けると信じた奴を屠るに何の躊躇いもない。
もはや嬲るような心持ちでルパンは、相棒が心に掛ける男を屠殺場に引きずり出した。





町外れまで、SSKを走らせた。
リアシートに並ぶ二人の次元はちょっとした見ものだった。
草原はからりと晴れ渡り、気持ちの良い風が吹いていた。
「50メートル離れて、お互い早撃ちで、胸に差してある薔薇を狙うんだな」
そうルパンが言い放った瞬間、ニセ次元は────そう、ニセ次元だけが微かな動揺を走らせた。
そうだ、驚かないはずがない。ただ胸の薔薇を撃ち合えと。
射撃の腕に大きな差があるわけではない。互角の腕でのそれは、二人ともの死を意味する。
ネズミの混乱が、ルパンには手に取るように分かった。
次元はすっかり落ち着き払っていた。
何も知らない次元は、だが何の疑いもなくルパンの言葉に従った。










荒野に、銃声が響いた。










「それで充分だ・・・・・・行こうか、本物の次元!」
地面に倒れ込むニセ次元────ネズミへの最後の言葉。
「俺が贈った薔薇には、防弾用の細工がしてあるんだよ」
途惑う次元の目が大きく見開かれた。










いつもどおりSSKの助手席に収まった次元は、決闘前の落ち着きが嘘のように、俯いたままだった。
「あいつ・・・・・・泣いていた」
倒れこむ瞬間、ネズミの頬に伝った涙。
感傷を削ぐように、ルパンは低く言い返した。
「お前が気に病むようなことじゃない」
「うん・・・・・・」
歯切れの悪い返事に、仕方なく慰撫するようなトーンで言葉を継ぐ。
「ヤツもお前の手に掛かったなら本望だったろうよ」
次元は微かにうなずいた。それを確認して、ルパンはエンジンを掛けた。
流れる景色。ネズミの姿が遠くかすんでいく。





オープンカーに吹きすさぶ風に紛れて、ルパンは言った。
「いい子だったな、次元」
物問いたげな次元の視線を横顔に感じる。ルパンはちいさく笑った。
「俺の言いつけをきちんと守っただろう」
「・・・・・・こんな仕掛けだったんだな、この薔薇」
次元がぽつりとつぶやいた。
「いつまでも散らないから、ふつうの薔薇じゃねえとは思っていたけどな」
「お前には似合いだろ」
「そうか?」
いぶかる次元に、ルパンは視線を前に向けたままつぶやいた。
「ああ、お前そのものだ」










決して散ることのない。
永劫に咲き誇る、俺の薔薇。








end










「オレの銃弾は・・・素敵・・・だぜ」 + 「グレイト・マウス」一部設定。




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