M.

Moonlight Castle





































































































浴衣の袂に軽い引っかかりを感じ、次元は思わず身をすくめた。
瞬間、座卓の上のグラスが倒れたらしき派手な音。
途端にばたばたと大きな足音が響く。
旅館のベランダから外を眺めると言っていたルパンが、慌てて室内に戻ってきたようだった。
「大丈夫か」
言葉に怒気を感じ、次元は俯いて言い訳をする。
「あ────水を飲もうと思って」
「俺に言えよ、そういうことは」
「けどよ・・・・・・」
まごまごしているうちにひょいと抱き上げられ、寝床へと連れ戻される。
ルパンの手が、次元の身体を改めるようにあちこちに触れる。
「大丈夫だから」
「黙ってろ」
次元の指の先まで触れて、怪我ひとつないのを確かめると、ルパンはふーっと大きなため息をついた。そのままぎゅっと抱きしめられた。
あたたかな感触。
「あんまり心配させるんじゃねえよ」
真摯な声に、胸が苦しくなる。次元も思わずルパンの背に手を回した。
慣れた体臭が、ことさら愛おしく感じる。
闇の中、その存在だけが確かなものだった。










恋のMoonlight-Castle!









「五ェ門と不二子は?」
割れたグラスを片付けるカチャカチャという音。それに紛れてルパンが声を掛けてくる。
「さあな、気づいたらいなくなってた。どうもウトウトしちまったらしい」
「まだ見えねえのか?」
さりげなさを装っていたが、気遣わしげな響きが隠しきれていなかった。
「────ああ」
次元は布団の中で体を丸めた。
「五ェ門は一晩経てば治ると言ってたんだがな・・・・・・」
だが朝になった今も、少しも視界の晴れる気配はない。
「大丈夫なのかよ」
「忍者の術だ。医者に行ったって、治るかどうかもわからねえだろ」
次元はぽつんとつぶやいた。





山深きその中に築かれた名城、月影城。
ルパン、次元、五ェ門の三人は、そこを訪れていた。
月影城に秘された宝、その中に五ェ門の求める名刀・月影丸があるのだという。
五ェ門のたっての願いでその宝を探す三人の前に、やはり月影城の宝を狙う、女頭目風魔しのぶ率いる風魔一族が立ちはだかった。
何とかその場は無事風魔から逃れた三人だったが────次元は、彼らの術によって視力を失っていた。
夜には不二子も合流したが、宝のありかを示す暗号の解読すらも、いまだ儘ならない状態だった。





「次元、起きろよ。水、飲むんだろ」
既にそんな気持ちは失せていたが、次元はのろのろと身体を起こす。
途端に背中にぬくもりを感じた。
「え────」
ルパンが次元の背後に回り込んでいた。膝の間に抱き込まれ、後ろから伸ばされた手に腰を抱かれた。
「おい、子供じゃねえんだぞ」
次元は慌てて回された手を外そうとしたが、ルパンは笑うだけだった。
「いいからいいから」
肩に触れるルパンの喉から振動が伝わる。次元が俯くのを見計らったように、ルパンの手が離れ、すぐに冷たいグラスが唇に触れた。
そのまま支えるように頬に指を添えられ、グラスが傾けられる。
「じ、自分で飲める」
まるで本当の子供扱いだ。というか、ガキの頃だってこんな真似されたことはない。
だがルパンは平然としたものだ。
「なんだあ? 口移しのがいいってか」
「勘弁してくれ・・・・・・」
結局、ルパンの手ずから水を飲まされて、濡れた口元まで拭われた。
頬や耳どころか額まで熱い。
「もっと飲むか?」
「もう充分だ」
何だか本当に熱が上がった気がする。次元は横になろうと、今度こそルパンの腕から逃れようとするが、ルパンはそれを許さない。
いや、ある意味次元の意志どおりにはなった。
ルパンに抱きしめられたまま、二人は布団に寝転がった。腕の中でそっと向きを変えられて、今度は正面から抱きしめられた。
「ル、ルパン」
慌てて胸を押し返そうとしたが、ルパンの腕はさらにきつくなる。
「こういう時くらいあまえろよ。このはねっかえりの強情モン」
微かにかすれたつぶやきが、次元の身体の強張りを解いた。強い腕に引かれるままに、身をゆだねた。
布越しに、あたたかな体温を分け合う。合わせた胸から、心音が伝わる。
次元は、視力を奪われたあのときから、緊張し通しだった自分に気づいた。
ルパンの腕は不思議だ。
この中にいると、すべてのこだわりが嘘のようになくなってしまう。
ほんの欠片の意地でさえ、この男の前には無意味だ。
次元は、男の肩に顔をうずめてつぶやいた。
「こんなにあまえてるじゃねえか」
自分の失策で視力をなくし、こうして迷惑をかけている。
ルパンがいまだ月影城の暗号を解けずにいるのも、自分のことを心配して、暗号に集中できないせいもあるのかもしれない。
申し訳ないと思うのに、自分の心の片隅が、確かに喜んでいるのが分かる。
(本当にどうしようもねえ)
だが、返されたルパンの言葉は、次元の思いもつかないものだった。
「あのなあ。あまえろってのは、不安だから手ェ握っててくれーとか、眠るまで添い寝をしてくれーとか、そういうことを言ってんの」
ルパンの大げさな物言い。
もしかして、自分の気を軽くしようと、気を使っているのだろうか。
だから次元は素直に笑った。
「なんだそりゃ。タチの悪い冗談はよしてくれ」
しかし実際、自分がそんな手の掛かる女のように振舞うさまは、さぞや滑稽だろう。
いつまでも笑い止まない次元の唇を、不意にやわらかな感触が襲った。
「お、おい」
軽く触れるだけの口づけだったが、次元は慌てて顔を背けた。
「やばいだろ、おい」
不二子のいるときに、互いに触れることはしない。
それは二人の暗黙の了解だった。
いま彼女はこの部屋にこそいないものの、いつ帰ってくるとも知れないのだから。
「これだけだって、な?」
まるで子供をあやすようにささやいて、ルパンが覆いかぶさってくる。再び唇が重なる。
「ん・・・・・・・・・」
思う様むさぼられて、次元の意識があまく溶ける。
濡れた吐息を漏らしながら、いつしか次元も深い口づけに応えていた。










(かーわいいねえ、次元ちゃん)
角度を変えて口づけながら、ルパンはにやけそうになるのを堪えていた。
口ではあれこれ言っても、指は必死にルパンの背にすがってくる。
上顎の弱い箇所を舌でくすぐりながら、きつく抱きしめた腕をまさぐるように動かせば、次元は切なげに身をくねらせた。
(あーあ、何でこういう盛り上がってるときに限ってなーんも手出しできないような状況なんだろうなあ)
この気位の高い相棒が、こんなに素直にルパンの言葉を受け入れて、こんな朝っぱらから、素直に身を寄せてくる。
せめてもと、容易く割れる裾を捲りあげ、開いた腿の内側に指を這わせる。
「ん、ぅ・・・・・・ん」
濡れた吐息。
弱い箇所への愛撫に、次元の身体がわなないた。
抵抗のないのをいいことに、さらに指を奥に進めようとしたその時だった。
ふっと微かな気配を感じて、ルパンは視線だけを上げた。
わずかに開いた出入り口の襖の陰に、ちらりと覗く袴姿。
(やべ・・・・・・)
思わず唇を離し、顔を上げると、案の定そこには五ェ門が呆然と二人の姿を見下ろしていた。
五ェ門も二人の関係くらいは薄々察している風だったが、こうして現場に踏み込まれたのは初めてだった。
「ルパン?」
息を乱した次元が、不安げな様子で首を傾げる。
ルパンは、次元を布団から掬い上げるように抱え上げると、乱暴に口づけた。
「んん、んっ・・・・・・」
眉を寄せて、次元が小さく呻く。
ルパンは口づけながら、五ェ門を目で促した。
我に返った五ェ門は、気配を殺すとすっと襖を閉めた。
ルパンはほっと肩を撫で下ろすと口づけをほどき、膝の上に抱え上げた次元をあらためて対面に抱えなおす。
次元は喘ぐような息をこぼしながら、ルパンにぐったりともたれかかった。





息も整ったころ、次元がふとつぶやいた。
「なあ五ェ門のヤツ」
ルパンはさすがにぎくりとしたが、平静を装って言葉を返す。
「何だあ?」
「さすがに遅くねえか」
・・・・・・まあ、事情を知らなければ、確かに相当時間、出かけているように思うだろう。
「大丈夫だろ、忍者相手はヤツの方が馴れてるんだからよ」
「それに、不二子も」
次元の声が、わずかにかすれた。
「見てきてやったらどうだ、ルパン」
そんなことを言いながらも、指はぎゅっとルパンの浴衣の袂を握っている。
(ったく、ヤキモチ焼きなんだからよォ)
ルパンはでれでれと鼻の下を伸ばしながら、そっと背を撫でてやった。
「化粧かなんかだろ。覗きに行ったら、却って怒られちまうぜ」
次元は俯いた。
「すまねえ、俺が足を引っ張っちまって」
どうも違う意味に受け取ってしまったらしい。
「お前じゃなくて、あの形振りかまわねえ風魔のバカタレどものせいだってえの。これっぱかのお宝ひとつに目の色変えやがって。地に落ちたもんだ、あの連中も」
だが、次元の顔色は一向に晴れない。ルパンは声を改めると、昨夜から何度目かの問いを繰り返した。
「医者に見てもらわなくて、本当に大丈夫か?」
「俺は怖えんだよ、ルパン」
袂を握ったままだった次元の指が力を失い、ことんと床に落ちた。
「このまま目が見えねえままで、それを医者にまで認められちまったら」
次元の声は、あくまでも静かだった。
「見えないままじゃ、銃は使えねえ・・・・・・そうしたら俺は、お前の隣に立つ資格がなくなっちまう」
ルパンは迷わず、次元の後頭部を掌で張った。
「痛ッ」
「バーカ」
まったく何をいまさら言っているんだ、こいつは。
「資格だか三角だか知らねえが、そんなことはぜーんぶこの俺様が決めるこった。お前、このルパン様から逃げようったってそうはいくかい」
「ルパン、だが・・・・・・」
ルパンはそっと次元の頬を撫でた。
「お前は俺のもんだよ、次元。お前にだって、それを覆す権利はねえんだ」
「ルパン」
今は見えない次元の目が、うっすらと涙を浮かべる。
震える手がそっと伸ばされ、ルパンの首を引き寄せる。
触れるだけの口づけ。唇はすぐに離れた。
「次元」
「俺もお前と、ずっと一緒にいたい」





それは、ずっと知っていた言葉だ。
だが、こうして直接聞いたのは初めてなのかもしれない。





今度はルパンから首を引き寄せる。指で顔の輪郭をたどり、唇でその跡を追う。
濡れた音を立てながら首筋に、喉に、顎に口づける。舌を這わせる。
浴衣の上から凝った乳首を親指の腹で転がすと、次元の手が慌ててルパンの胸を押し返した。
「これ以上は、もうダメだ」
「あとちょっと、なあ」
未練がましく胸をいじる手を、震える指が必死に引き剥がした。
「ダメだ、これ以上は────俺が我慢できなくなる」
恥ずかしそうにつぶやくと、次元はルパンの肩に顔を伏せた。
それをそっと抱きしめてやる。素直にその腕に身を摺り寄せてくる熱い身体。
(本当に、こういう時に限って、なあ)
ルパンは胸の内で大いに嘆いた。










しのぶは宿の廊下のガラス窓に映る自分の姿を改めて見つめた。
自分を見つめ返す、そのガラスに写った顔は峰不二子そのものだった。
峰不二子が、いま若い男に懸想して東京に長期滞在中であることは既に確認してある。 ルパン一味の元に峰不二子を装って潜り込み、暗号の解読内容をいち早く入手するには、いまが好機だった。
(大丈夫だ、ばれるはずがない)
しのぶの変装は完璧だった。現に、あの仲間である三人でさえ少しも疑う様子はない。
不意にガラスに映った人影に、しのぶは慌てて振り返った。
咄嗟の声色も、完全に彼女を模していた。
「あら五ェ門。お部屋に戻ったんじゃなかったの?」
果してそれは、伊賀の手業を持つ手強い侍だった。何故かどことなく表情が暗い。
それに先ほど、摘みたての薬草を手に部屋へ戻ったばかりだったのだが。
次元のためのものであろうそれを手渡すことはなかったのか、懐に押し込まれたその薬草がちらりと襟元から覗いている。
「ルパンも次元も、お部屋に居たでしょう?」
「・・・・・・いた」
歯切れの悪い返答に首を傾げる。五ェ門は苦々しげに吐き捨てた。
「あの二人は、相変わらず部屋でいちゃついておる」
「いちゃ・・・・・・?」
古風な侍の思わぬ発言に不二子────しのぶは目を白黒させる。
その様子に、五ェ門の目にいぶかしげな色が混じる。しのぶは慌てて話をあわせた。
「あの二人にも困ったものね」
「まったく次元も物好きなことだ。お主も少しあの男との付き合いを考えたほうがいいぞ」
「五ェ門」
「相棒だ、恋人だ、言葉を使い分けてもやっていることは何も変わらん。お主たちのどちらに対しても不誠実に過ぎるではないか」
「・・・・・・・・・・・・」
迂闊に反応しづらい情緒的な雰囲気だ。しのぶは思わず黙り込む。
するとしのぶ────不二子の沈黙に何かを感じたのか、五ェ門の目が、恥ずかしげに伏せられた。
「すまぬ。八つ当たりだな、これは」
そのまま静かに宿の階段を下りてゆく。
「どこへ行くの?」
「散歩だ」
その後姿を見送るしのぶの目があやしく光った。
(ほう・・・・・・?)
どうやらこの四人、仲間とは言えど幾許かの複雑な感情を孕んだ関係らしい。
(これは使えるかもしれない)
しのぶは咄嗟に考えを巡らせる。
次元を連れ出し、かどわかす。目のことを引き合いに、病院にでも行くと言えば、連中を言いくるめることは可能だ。そして道筋に配下の者たちを待機させれば、目の見えない次元のこと、容易く取り押さえることが出来るであろう。
彼奴の身柄を盾にルパンにあの厄介な暗号を解かせる。月影城の宝に執心の五ェ門も、先ほどの様子を見るに、次元の身柄と引き換えということにすれば、おそらく反対することはあるまい。
(完璧な策だ)
ルパンを意のままに操るためには峰不二子の姿が得策かと思っての変装だったが、これで連中の内情が知れるとは、思わぬ僥倖もあったものだ。
(これで月影城の宝は、我ら風魔のもの)
しのぶはほくそ笑んだ。不二子の顔をもってのそれは、酷薄でひどく美しかった。










様子が落ち着いたのを見計らって、ルパンは改めて次元を寝かしつけた。
「だから子供じゃねえんだぞ」
顎まで布団を掛けられた次元が、扱いに口を尖らせる。
「こういう時ぐらい世話ァ焼かせろっての」
ルパンは濡らした手ぬぐいを絞ると、まだ腫れの引かない目に当ててやった。
「さーて、暗号解読に戻りますか」
ルパンは大きく伸びをすると、暗号の数字と戦うために、卓上の電卓を手に取った。
「頑張って五ェ門にあの刀をプレゼントしてやらねえとな」
「ああ。喜ぶだろうな、五ェ門のヤツ」
嬉しそうに次元が笑う。ルパンは思わずぼやいた。
「まったくお前は五ェ門に甘ェよ」
「お前に言われたくはねえけどな」
次元がまぜっかえす。先ほどまでのつらそうな様子はもうなかった。
ルパンはほっと胸を撫で下ろした。





さっきみたいな頼りなげな風情もちょっとないことで、確かに心ときめくものはある。
だがそれはたまさかのことだからいいのであって。
やはり次元はこうやって強気に笑っていたほうがいい。





ルパンは笑った。
そして、まだ目の見えない次元の唇に、ルパンは笑みをかたどった自分の唇を押し当て、それを知らせた。










四人の思惑をよそに、月影の里は穏やかな朝の光にあふれていた。










end










新ル第36話「月影城の秘密をあばけ」ネタ。




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