P.

Promise





































































































仕事終わりでほとぼりを冷ますための潜伏中、このところの俺は修道僧もかくやたる身奇麗さだった。
狭苦しいアパートの一室で相棒と二人、顔を付き合わせたままのここ数日だった。
さりとてさしてやることもなく、日長一日酒をかっ喰らう次元に付き合っていた。





思い当たる理由なんていくらでもあって、だがそのどれもが少しずつ当てはまらないのかもしれなかった。
ただその提案そのものは、俺にとってはそれほど奇異なものではなかったことだけは確かだった。





俺のベッドの上に二人差し向かい(そう、この部屋にはソファさえないのだ!)、飽きを紛わそうと始めたカード勝負。
珍しく連勝して、相棒から掛け金代わりに何をふんだくるか思案していた俺は、ふと思いつき、何の気なしにその要求を口にした。





「なあ次元────セックスしねえ?」










約束









「・・・じ、じ、じ、冗談じゃねえ、何をトチ狂ってやがる!」
俺の“提案”を聞いた次元はしばらく呆然としていたが、すぐに怒りに真っ赤になった。
カードを放り投げ、俺の胸倉を掴みあげてくる。
「おーお、耳たぶまで真っ赤っか」
瞬時に赤く染まったのに感心してつぶやいたが、次元のその真っ赤な耳には、俺の言葉は一言も届いていないようだった。
カンカンに沸いたホイッスルケトルのように、次元が俺の耳元で喚く。
「てめえに今更モラルなんざ期待しやしねえがな、いったい全体、なんでまたそんなけったいな気を起こしやがった?!」
俺はいろいろと考えを巡らせた末、いちばん無難そうな答えを選んだ。
「んー、好奇心?」
「てめえってヤツは・・・・・・」
次元はがっくりと肩を落とした。
「溜まってるなら外へ行って女でも────」
言いかけて今の状況に気づいた次元は渋い顔になる。
「・・・・・・ダメか」
「そゆこと」
最近手を出したヤマで俺たちはマフィアとトラブルを起こした。しつこい連中を何とか振り切り、そのほとぼりを冷ますための潜伏生活というわけなのである。
現在、裏から手を回してはいるが、今はおとなしくしていたほうがいい。
「だ、だからってなあ・・・・・・!」
焦りを隠さないまま、次元は尚も言葉を継ぐ。
「いーじゃないの。勝負の負けは身体で払う。ありがちなパターンでしょ」
「勘弁してくれ・・・」
次元がいい加減、この状況に対して面倒くさくなり始めているのがわかる。
こうなるとこっちのものだ。
こういう時、次元はたいてい俺に妥協する。
俺が言い出したら引かないというのは、長い相棒関係でこいつも充分承知している。
言い争いが続くのを嫌い、すぐに俺に流されるのが二人の間の常だった。
はあ、と深いため息。ゲーム終了の合図だ。
「わかったよ、好きにしやがれ」
次元はベッドの上へ、ごろんと大の字になった。色気のないこと甚だしい。
まあ承諾も下りたということで、俺はその上に身体を重ねた。
と、俺の耳元で次元がまた怒鳴る。
「言っとくが俺は男同士なんて何も知らねえからな!」
そりゃそうだろう。
というか、だから面白そうだと思ったんだしね。
次元が聞いたら怒り狂いそうなことを胸の内でつぶやく。
「ま、このルパン様にまかせなさい」
「・・・・・・もう勝手にしてくれ」
「へいへい、勝手にしますとも」
俺は腕を一閃させた。途端に二人ともの衣服がベッドの下に落ちる。
次元は目をぱちくりさせた。
「・・・本当にすごいんだな、お前」
賛辞の言葉とは裏腹の呆れ顔。次元はべらべらと遠慮会釈ない言葉を浴びせかけてくる。
「この手際じゃあ、ストリップなんざ見たって意味がねえな。一瞬で済むことを何チマチマやってるんだってなもんだろ」
「あのな、人を情緒皆無の効率人間みたいに言わないでくれる?」
「なるほど、ああいうのは情緒の領域か」
次元は裸の胸の前に腕を組み、うんうんと何度も頷く。
俺は、深くため息をついた。
「・・・・・・お前さんね。もうちっとばかし真剣に事に臨んでもらえませんかね」
「悪ィな。妙に感心しちまった」
真顔の次元に、俺はもう一度深くため息をついた。





「で、俺は何をすりゃいいんだ」
怒りが吹っ飛んだのか、次元が暢気に聞いてくる。
「あー、もう。じっと横になってりゃそれでいい」
「人を丸太ン棒みたいに言うんじゃねえよ」
「ムダ口叩かないだけそっちのがよっぽどマシじゃねえか」
ため息混じりにぼやく。さすがに次元もむっと顔を顰めた。
「だったら丸太抱えて独り寝してやがれ」
「あーウソウソ、冗談だってば次元ちゃん」
「ちぇっ、適当なヤツだ」
小生意気な口を塞いでしまおうと、唇を寄せた。
しかし、次元の手が、慌てた仕草で胸を押し返してくる。
「何だよ」
俺は口を尖らせた。
「・・・そういうのは、マズくねえか・・・・・・?」
今夜初めて見せた次元の躊躇い。妙に子供っぽい表情に思わず笑みがこぼれる。
「何だよ、怖いのか」
「そんなんじゃ・・・・・・ねえけどよ」
「だったらいいだろ」
まだ何事かを言おうとする口を強引に塞いだ。
重ねた唇は思いのほか柔らかい。舌を探ると、おずおずとそれに応えてきた。
驚かせないように、そっと舌を絡ませる。
(処女を相手にしてるみてえだな────まあ、ある意味処女か)
舌を絡ませたまま、何度も唇の角度を変える。唇同士を何度も緩く触れ合わせる。
唾液を絡め合う濡れた音と、荒くなり始めた二人分の吐息。
「・・・ん・・・・・・」
最後に軽く唇を吸い上げて離すと、次元は耐えかねたようにあまい声を上げた。
「どう、気分出てきた?」
「・・・上手いな、お前」
「天下の色事師の名は伊達じゃないよ」
「振られっぱなしの癖によ」
次元はふいっと横を向く。
「だから次元ちゃん、慰めてよ」
俺は笑いながら、あらわになった首筋に唇を落とした。
男の硬い肌。俺はそのラインを唇でたどり、ねっとりと舌を這わせた。
耳の裏を舐め上げると、次元の身体がびくりと震えた。
「ここ、いいんだ?」
「くすぐってえだけだ・・・」
「へーえ」
「いちいち手間ァ掛けるな。とっとと済ませろよ」
自分の反応が悔しいのか、次元が腹立たしげにつぶやく。
「冗ォ談」
「な・・・・・・っ?!」
乱れた前髪越しに睨まれる。濡れ始めた目がなかなか色っぽい。
「手間も時間もたっぷり掛けて可愛がってやるよ、次元ちゃん」
次元の頬が引きつった。
退屈な日々に現れた、久々の狩りの獲物。
簡単に離す気など、毛頭なかった。










全身に隈なく舌を這わされ、次元が声もなく喘ぐ。
小さくこぼれる吐息はすっかり熱を帯びている。思わずにんまり笑った。
「感じてきたか?」
「・・・・・・うるせえ」
次元は真っ赤になって吐き捨てる。
次元、お前さんってのは、まったく可愛いヤツだよ。
俺はそう言いたいのをグッと堪えた。
稀代の怪盗、ルパン三世だって、我慢しなければならないことがある。
この場合がまさにそれだ。
気のいい相棒は、こんなことを言おうものなら、臍を曲げてしまって、俺はそれをなだめるのにさまざまな手練手管を用いなければならないだろう。まったく、並外れて気高く気難しい女にだって使わないような誠意を以って。
だから言葉の代わりに、口づけを落とした。
次元もそれに応える。この短時間で、すっかり俺の好みを覚えこんでいる。
素直で忠実な俺の相棒。
「ちょっと待ってろよ」
唇を離すと、ベッドを立つ。小さなクローゼットに放り込んであった荷物から、潤滑油代わりのオイルを探す。
ようやく探し当てて振り返ると、次元はベッドの上に身体を起こし、不安げに俺を見つめていた。
「それも────するのか?」
「当然」
すがるような表情に気づかない振りで、俺は笑った。
次元は諦めたようにまた寝転がる。
あらためて伸し掛かると、オイルを絡めた指を次元の中に差し入れた。
「・・・っ、くっ・・・・・・!」
「ほら、息しろよ次元。これじゃ苦しいだけだぜ」
がちがちに緊張した身体を撫でさする。
次元は俺の言いつけどおり、懸命に浅い息を繰り返す。
「いいぜ、その調子だ」
肩を抱き寄せ、瞼に、頬に軽く口づけを落としながら、俺は浅い位置で指を遊ばせた。
その位置を徐々に深くしていく。
次元の目が不安げに俺を仰げば、穏やかな口づけで誤魔化した。
次元の其処は、ゆっくりと俺の指を飲み込んでいく。
「・・・は、あ・・・・・・ぁ・・・」
腕の中で微かにふるえる痩せた身体。
肌は上気し、微かに開いた口元から、荒く短い息がこぼれ落ちる。
ぐったりと俺の腕に身をまかせ、初めて知った快楽を追っている。
それは初めて見る次元の姿だった。
もっと、もっと知りたい。
欲求は唐突で、衝動的なものだった。
「あ────っ?!」
高い声を上げて、次元の身体がのけ反る。
指で粘膜を擦り上げる。そしてひときわ強く反応を返すその場所を探り当てると、其処に指の刺激を集中させた。
「ひっ・・・あ、あ・・・っ」
のたうつ身体を逃すまいときつく抱き寄せる。
指を二本に増やし、さらに中を抉る。
引きつる喉からこぼれる喘ぎと、オイルに濡れた指が粘膜を擦る、グチュグチュといやらしい音が、俺の耳を楽しませた。
「あ、あ、ああっ・・・・・・!」
次元の声が切羽詰まった響きを帯びる。悩ましげに眉間にしわが寄る。止まることのない喘ぎに閉じることもできなくなった口元からは、透明な唾液が頬を伝った。
その銀の筋を舌で掬い、顎の際から舐め上げる。次元の舌が無意識に差し出され、誘われるままに俺はそれを絡め取った。そして舌で次元の唇に押し入った。
ねっとりと次元の口の中を愛撫する。とたんに抜き差しも叶わないほど、指が粘膜に締め上げられた。
いったん唇を離すと、俺は笑った。
「そんなに、気持ちいいか?」
次元は荒い息で胸を喘がせながら、ぎゅっと目を閉じ横を向いてしまう。
「キスされると気持ちよくなっちまうから、だから最初嫌がったのか?」
次元は下唇を噛んだ。顔を覗き込むと、低く呻って枕に顔を沈めて、身体を伏せてしまった。
俺は少し考えると、そろりと次元の中の指を動かした。抜き差しできないならと、絡みつく粘膜を押し返すように、二本の指をバラバラに動かす。
「──────ッ!」
目の前の背中が、声もなくのけ反った。
鍛えられた背筋の動きが綺麗だった。俺は、その流れに沿わして舌を動かす。
びくびくと震える身体。
「・・・あ・・・・・・あっ・・・」
枕に顔を押し当てたまま、くぐもった声が上がった。
狭い其処を、時間を掛けて慣らしていく。
身体の準備が整うころには、次元はもう息も絶え絶えだった。
指を引き抜くと、次元の身体からはすっかり力が抜けた。
初めてならバックが楽だろうと、完全に身体を裏向けてやる。
次元の両の膝裏を掴むと、ぐいと脚を割り広げた。
ひくつく其処に高ぶった俺自身を押し当てる。
「ル、ルパン」
身体を進めようとしたとき、次元が振り返った。
「これ以上は、止めとかねえか・・・?」
目の奥が熱っぽく潤んでいる。
「今更止まるかよ」
低く言い捨てる。
「ルパン・・・」
次元の目が切なげに細められた。
その目に、ぞくりと腰が疼いた。
俺は堪らず次元にのし掛かると、指で慣らした其処にゆっくりと挿入した。
「・・・くっ・・・・・・」
まずは先だけ。
だが初めて男を受け入れた衝撃に、次元の身体が引きつった。
身体の強ばりが解けるのを待って、ゆっくりと残りを埋め込んでいく。
痛いほどきつく締め上げられる。
腰や背中を撫で、前に手を回して次元自身をあやし、時間を掛けて次元の中に入り込んでいく。
ついに、最奥まで入り込んだときには、俺たちは二人とも全身汗でぐしゃぐしゃだった。
二人とも、すっかり息が上がっている。これだけで、もう既にたいした達成感だ。
俺のブツを懸命に飲み込んだ其処は、健気にひくひくと震えている。
ぎりぎりまで押し広げられたその縁を、戯れになぞった。
「コッチも良い相棒振りじゃねえか、次元ちゃんよ」
「ああ・・・っ!」
敏感な箇所への刺激に、次元の身体がたわんだ。
悩ましげな声が耳朶を打つ。
「へへ、感じる?」
「だ・・・れが・・・・・・あっ」
敏感な次元の其処は、俺自身の脈動にすら感じるようで、そのたびにビクビクと身体が震える。
「動くぞ」
無言を承諾と了解して、俺はゆっくりと腰を動かし始めた。
圧迫感からか、次元が苦しげな息を吐く。
次元の中は熱かった。痛いほど締め付けてくる。
逸りそうになるのを自制して、身体を傷つけないように慎重に動く。
「ル・・・パン、まだ、か」
荒い息の狭間で次元が呻く。
次元は、俺にまだ終わらないのかと聞いているのだろう。
「ああ、もう少しだ」
だが、俺は逃すつもりはなかった────この快楽から。
俺は、興奮に乾いた唇をぺろりと舐めると、腰をいきなり突き上げた。
「あ──────?!」
見つけ出していた弱い箇所へのいきなりの刺激。次元は、快感より先に途惑いの声を上げた。
逃げようとする腰を、ぐっと引き戻す。
「い、いやだ・・・・・・こんなのはいやだ・・・」
次元の浮かされたような呻きを無視して、掴んだままの腰を強引に引き上げた。尻だけ突き出させた格好にさせ、自分は膝立ちになって腰を打ち付ける。
「ああっ、あ、あ・・・・・・あああっ」
「気持ちよくなるためにやってるんだぜ。もっと素直になれよ、コッチみたいによ」
次元の前をいじってやる。そこはすっかり立ち上がり、ぬめりをあふれされていた。
「ち、がう・・・こんな・・・ァ、あああ・・・・・・っ!」
「何が違うんだよ。お前の中、すごく熱いぜ」
「・・・こわい、ルパン────あ・・・あ・・・」
たまらないとでもいうように髪を振り乱しながら、裏腹に次元が泣きじゃくる。
「こんな・・・・・・俺じゃ、な・・・・・・こ、んなの・・・・・・」
なだめるようにうなじを吸い上げると、喘ぎにまたすすり泣きが混じる。
「大丈夫だって・・・・・・いいぜ、次元」
「・・・違・・・・・・こんな・・・・・・ああ、ああん・・・ああっ」
途惑い、俺を止めようとする声は逆効果でしかなかった。
子供のような泣き声に混じる、艶めいた喘ぎが興奮に火をつける。
俺は夢中で腰を打ちつけ続けた。
次元が果てると、また指で強引に性器を煽りたて、俺が満足するまで身体を繋ぎ続けた。










静まり返った部屋に、夜になっても引かないダウンタウンの喧騒が遠く聞こえる。
カーテンを引き忘れた窓から差す安っぽい色のネオン。
その中で俺は、半身を起こして紫煙を燻らせていた。
次元はぼんやりと横たわったままだった。泣き腫らした瞼が赤い。
あれから、事が終わって汗と俺の精液にまみれた身体を拭ってやっている間も、次元は呆然と為されるがままだった。
俺は次元の髪を指に絡めた。汗で湿った髪は、俺の指によく馴染んだ。
その感触が快く、そのまま指で髪を梳いていると、ようやく次元が口を開いた。
「なあ、ルパン」
「ん?」
俺に向けられた目は、不安げな色を浮かべていた。
「・・・変わらねえよな・・・・・・?」
何が、とは次元は言わなかった。
もしかしたら、口にするのが怖かったのかもしれない。
だから俺は、いつもどおりの笑顔を浮かべてみせた。
「お前はお前だろ、次元大介」
「でも・・・・・・」
途惑う次元の額を指ではじく。
「こんなことで、俺とお前の仲が変わるわけねえだろうが」
俺はふと思いついてシーツに投げ出されたままの次元の手を取った。その小指に俺の小指を絡める。
「何なら約束でもすっか? 指きりげんまんってさ」
きょとんとしていた次元が、いきなりくすくすと笑い出す。
「馬鹿か、お前」
「お前なあ・・・」
せっかく気を晴らしてやろうと思ったってのに。
だが次元は、そんな俺の様子など気にもかけずに、低く笑いながら目を閉じた。
程なくして、静かな寝息が聞こえ始めた。
その穏やかさに、ほっとしたことをいまも覚えている。





このルパン三世が背中を預けることの出来る、誰よりも信頼している男。
唯一無二の、俺の相棒。
セックスしたところで、それに何の変わりがある。
何も変わるはずがないと────その時の俺は、本気でそう信じていた。










そう、あれももう一年も前のことだ。










「こいつがどうなってもいいのか、ルパン!」
男の声が、薄暗い地下要塞の通路に響く。
思わず足が止まった。
振り返ると、腕を射られた次元が大男の腕の中、銃を突きつけられていた。丸太のような腕が、次元の身体に巻きついている。
「俺にかまうな、先に行け!」
次元が叫んだ。





お宝を狙って二人で潜り込んだ孤島。
その孤島に巨木の根のように広がる地下要塞で、俺たちを迎えたのはその犯罪組織の私設軍隊。
そしてその私設軍の長は、次元の旧知の、そして因縁の男だった。





「どうするんだ、ええ?」
男が片頬を歪めた。
ぐっと次元のこめかみに銃口がめり込む。それは今にも火を吹きそうに見えた。
「・・・オーケー」
低くつぶやくと、俺は二人に向き直った。
次元は信じられないものでも見るような目で俺を見つめた。
わかっている。
男の目的はそもそも次元への復讐だ。
雇い主の狙いはともかく男としては、この場であっさりと次元を殺すはずがない。
そんなことはわかっているのだ。
「だ、駄目だ、ルパン。早く行ってくれ!」
次元の声は、まるで悲鳴のようだった。
あの何にも動じない男が。
いや────あの声が、あまくかすれる瞬間を、俺はもう知っている。
あれから幾度となく重ねた熱い肌を、それを知らなかったころにはもう戻れないのだと、俺はこの時初めて悟った。
男が下卑た笑い声を上げる。
「ルパン三世は、ずいぶんお前にご執心のようだな。どうやってたぶらかした、次元?」
次元がギッと歯噛みする。
しかし、その目にすぐに焦りの色が走った。
「ルパン、後ろに・・・・・・!」
次元が叫ぶ。
瞬間、横殴りの衝撃が頭部を襲う。俺の意識はそこで途切れた。










空を漂っているのかと思った。
奇妙な浮遊感の中、俺は眼を覚ました。
「ルパン?」
俺の名を呼ぶ声。
ぶれる視界が、やがて像を結ぶ。
髭に覆われたよく見慣れた顔が俺を覗き込んでいた。
ふだん帽子の鍔に隠された目が、こうして下からだとよく見える。黒い双眸が心配げな色を湛えている。
「どうだ、気分は。まだ痛むか?」
鈍い痛みが頭を苛む。
手で触れると、そこは包帯に覆われていた。
「ちょっとな。また景気良く殴られたもんだ」
「もうしばらく横になっていたほうがいい」
俺は次元の膝を枕に、床に寝転がっていた。
男の硬い膝だ。
だが、それが自分にとって特別な意味を持つことを、俺はもう認めざるを得なかった。





前後左右の不安定な揺れが、俺に此処が船上だと教える。
ようやく晴れた視界を巡らせれば、これがクルーザーか何かだと知れた。
潜入時に港で見かけた、停留中の一隻を奪ったのだろう。
「五ェ門か?」
ヤツが応援に来たのだろうか。
計画のときに断られはしたものの、律儀な男のことだから、心配になって様子を窺いに来たのかもしれない。
もっとも、他にあの囲みを突破できそうな人間もそういないだろうが。
次元は頷いた。
「ああ、いまコイツを操縦してもらっている。呼ぶか?」
「いや」
俺は咄嗟に次元の手首を掴んだ。
「しばらく・・・・・・このままで」
「・・・・・・・・・」
次元は黙って視線を反らせた。
節ばった男の指に自分の指を絡める。
怪我のせいだろうか、次元の指はすっかり冷え切っていた。
「約束────守れなくてごめんな」
変わっちまった、俺は。
次元の横顔が、どこか痛むように歪んだ。
そして逡巡するように幾度か開きかけた口が、ようやく言葉を紡いだ。
「いや」
低く、かすれた声。
「俺もたぶん・・・・・・変わっちまった」
おたがい、何がとは言わない────言えない。
絡めたままの指を引き寄せ、唇を押し当てた。
「後悔、してるか?」
次元の唇が、きゅっと一文字に引き結ばれる。
「いや────後悔はしてねえ」
俺は喉の奥で笑うとつぶやいた。
「奇遇だな、俺もさ」
次元に向かって片手を差し伸べる。屈み込んだ次元の首をそっと引き寄せた。





触れるだけの口づけは、微かにペルメルの香りがした。










end










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