E.

Eldoria Another Story





































































































「俺と来いよ、次元」
ルパンが笑う。まるで子供のような無邪気な笑顔で。
その笑顔を見るたびに、もう何物にも動かされることはないと思っていた乾ききった心が揺すぶられるのがわかった。
だけど行けない。
「どうして?」
何もかもを見透かしているかのような、悪戯な色を湛えた目に覗き込まれ、焦りばかりが強くなる。
俺はお前には相応しくないとか、お前にはもっと似合いの相手がいるとか、まるで身分違いの恋人から身を引く女のような言い訳ばかりをもつれる舌でつぶやいた。
繰言に焦れたルパンに、強引に腕を引かれた。
腕に抱き取られ、腰を引き寄せられる。
ルパンの強い意志を秘めた瞳に、鼻先が触れるほどの間近で見つめられる。
「いいから来いよ」
ルパンが笑う。
「お前じゃなけりゃダメなんだ」










激しい揺れとうだるような空気の中、次元は眼を覚ました。
トラックの荷台の幌の中、次元は顎をしとどに伝う汗を黒のスーツの袖口で拭った。
懐かしい夢だ────ルパンと出会って間もないころのことだ。
次元はマフィアの用心棒で、ルパンは怪盗だった。
ダイヤモンドのネックレスと、それともうひとつお宝を盗み取ったと、あれから程なくして共にするようになったベッドの中で、ルパンはよく笑いながら次元をからかった。
こんな夢を見た理由はわかっている。
この空気が俺を参らせる。俺の弱さを引きずり出そうと牙を剥いてくる。
マグナムに触れようと背中に手を伸ばして、あらためてそれがいま手元にないことを思い出す。
マグナムは、いまはエルドリアのリマスで酒場を営む知人に預けてしまってある。
政府軍にであろうがゲリラ軍にであろうが、武器の所持が見つかれば射殺対象となる。この国では下手に武器を携行しているほうが危険なのだ。
中米の熱い夜気に紛れて、次元は小さくため息をついた。





北米と南米大陸のほぼ中間に位置する小国、エルドリア共和国。
かつてマヤ文明の栄えたこの地は、スペイン統治時代を経て独立を果たすが、以降、政府と革命軍の衝突が絶えることなく続いている。
次元は10年ほど前、当時この地に結成されたばかりだったFALN革命軍に協力していたことがあった。傭兵仲間のジノ・サンチェスと組み、政府と戦うゲリラたちへの武器の調達を手伝っていたのだ。
嫌がるルパンを説き伏せ、何度か仕事を手伝ってもらったこともある。
だが、急進派のタウルスが大統領に就任し、事実上の独裁体制が始まると、事態は悪化の一途をたどった。
泥沼のような戦況。異邦人である自分が、この戦争に関わることへの懐疑。
次元はジノを残し、この国を去った。
そのエルドリアに、いま次元は舞い戻ってきていた。





パリを発つその日、空港からルパンに電話を掛け、ジノに会いに行くと告げた。
電話口の向こうで息を呑んだルパンに言葉を継ぐ暇も与えず、次元は最後に一言、言い捨てて電話を切った。
半年経って戻らなかったら、俺は死んだものと思ってくれ、と。
もう、その半年も過ぎた。ルパンが約束を違えずにいてくれればいいと思う。
ルパンはジノを嫌っていた。「戦争屋」は嫌いだと、事あるごとに口にした。
そういえばあいつは「殺し屋」も嫌っていたんだった。
次元は思わず低く笑った。
嫌う属性の大半を前歴に持つ男をよくぞ相棒になんざしていたものだ。
次元にはこうして、いつだって捨てた過去が纏いつく。これ以上、あの優しい男を巻き込み、苦しめたくはなかった。
面影を振り払うようにかぶりを振ると、次元は奥歯を噛み締め、外を睨み据えた。
幌の隙間から覗く星空は、かつて次元がこの地で過ごしたころと少しも変わらない。
ジノ。俺の戦友。
だからこそ俺は、ジノを────ジノ・サンチェスを殺さなければならない。
次元の目が、闇に鋭く光った。










エルドリア異聞









早朝、トラックはカルムの街に到着した。
運転手に礼を弾むと、街の中心部に向けて歩き出した。
さて、これから革命軍に渡りをつけなくてはならない。
ジノはカルムから程近いエルドリア民族統一解放戦線の解放区にいるとの話だった。まずはそこまでたどり着かなくてはならなかった。
同志以外を信用しようとしない、ゲリラの連中の習性からいってそれは容易いこととは思えなかったが、ようやく見つけたジノの消息を諦める気にはなれなかった。
とりあえず腹ごしらえが先だろう。
街の様子を伺いながら歩く次元の背に、不意に声が掛けられた。
「────次元さん?」
振り返った次元の前に立っていたのは、二十歳くらいであろうか、長い黒髪を流したままの、きりりとした眉の少女だった。どこか見覚えがある。
その少女の顔をまじまじと見つめ、次元はあっと驚きの声を上げた。
「マリア・・・マリアじゃないか」
「やっぱり次元さん────すぐにわかったわ、そのお髭、その帽子!」
10年ぶりに再会した少女は、そう言うと嬉しそうに笑った。
マリアは、当時、FALN革命軍に協力していた両親に連れられ、軍に出入りしていた少女だ。次元がこの地に別れを告げるころには、10かそこいらだったろうか。
軍本部での会合のときなど、なかなか出てこない両親を待って、おとなしく本部の庭の片隅でうずくまる姿がいじらしく、次元も時折遊んでやったことがあった。
あの幼かった子供が、すっかり美しい年頃の少女となっている。
次元は思わず目を細めたが、彼女の全身を包む迷彩服に気づくと微かに眉をひそめた。その 胸には、エルドリア民族統一解放戦線の徽章が輝いている。
マリアは次元の視線に気づき哀しげに目を伏せたが、すぐに毅然と顔を上げた。
「あたしの生まれた国なんだもの。あたしが守りたいの」
「・・・そうだな」
次元は微かに頷いた。
祖国という感情を、次元は持たない。だが、マリアの気持ちは痛いほどわかった。
すべてを捨てようとしても、どうしても失くせないものがある。
魂の拠りどころ。誇りや愛情の生まれる源泉。
心の奥底の秘められた場所に、いつだってそれはある。
不意にルパンの笑顔が胸をよぎった。次元は思わず目を閉じる。
「次元さん?」
はっと我に返ると、マリアが不思議そうな表情で覗き込んでいる。
「ああ、すまねえ────ひとつ頼みがある」
「なあに?」
「ジノ・サンチェスを探している」
少女が革命に身を投じたことを悲しむ気持ちはたしかなのに、次元は思わぬ幸運を喜ぶ自分の気持ちも否定することが出来なかった。
「解放区へ連れて行ってくれねえか」










エルドリア民族統一解放戦線の本拠地は、鬱蒼と生い茂る密林の只中にあった。
次元は、解放区にある作戦司令室で、ここの部隊の司令官であるジュリアン・ロメロと引き合わされた。
ロメロはにこやかに次元を迎えると、立ったまま次元に握手を求めた。
次元より頭ひとつ以上大きい。まるで巨木のような大男だ。ウェスト・ホルスターもずいぶん小さく見える。
次元が名乗ると、ロメロは思い出したように頷いた。
「サンチェスから名前を聞いたことがある。たいした腕利きだとか」
大振りのサングラスを掛け、顔の下半分を顎鬚で覆うロメロの表情は読みにくい。
そもそも次元は駆け引きが苦手だ。だから、いま気づいたばかりの事実を単刀直入に切り出した。
「あんたがジノを殺したのか?」
ロメロの肩がびくりと震えた。すぐに取り繕うように、笑みを浮かべる。
「マリアが言わなかったかな。サンチェスは先日、取引のためにコロンビアのボゴタへ向かったと」
次元は男の腰を顎しゃくって見せた。
ホルスターからわずかに覗く拳銃のグリップ。
ソ連製のスチェッキン・オートマティック────ジノの持ち物だった。
「これは・・・」
「ジノがそれを手放すはずがない。もしこれを奴が手放すとしたら、理由はひとつだ。その理由は、あんたが一番よく知っているんだろう?」
「・・・サンチェスから何を聞いているんだ」
ロメロが低く呻った。
「何も」
次元は低く返した。だが、ロメロが信じるはずもなかった。
「────麻薬のことだな」
やはり、か。次元は苦いため息を飲み込んだ。





武器の調達を得意としていたジノが、コロンビアの麻薬シンジケートと取引をしているという噂を聞いたのは、一年ほど前のことだった。
次元は耳を疑った。次元の知っているジノは、麻薬を蛇蝎の如く嫌う男だった。
だが、現在「革命屋」の直面している現実を思えば、それはあまりにも有り得そうな話ではあった。
戦争には武器が要る。
そしてその武器を扱う商人どもは現金よりも、麻薬での取引を好む。
革命の末に人の幸せがあると信じた男が、金ばかり掛かる戦いの下世話な現実の前に、けっきょく負けてしまったのだ。





「奴は麻薬取引で得た武器の一部を政府軍に売り渡そうとしていた。革命の理念とは相容れない、処刑されて当然の男だ」
次元はロメロの言葉を鼻で笑った。
「ご大層な理由をくっつけての私刑。あんたらの得意芸だな。どうせ奴の取引相手と直接取引したくなっただけだろう、旨味欲しさにな」
そのままドアへと向かう次元を、ロメロが鋭く呼び止める。
「まだ話は終わっていない」
「俺の方はもうねえよ」
かまわず部屋を出ようとする。
「マリアがどうなってもいいのか」
「──────?!」
次元の足が止まった。
その一瞬の動揺を、ロメロは見逃さなかった。
次元の顔ほどもある拳が次元の腹に叩き込まれた。
避けきれず、次元は床にもんどりうって倒れた。
脚を踏みつけられ、腹を蹴られる。焼け付くような痛みに声も出ない。動きの止まった次元の身体の上に、ロメロは馬乗りになると胸倉を掴みあげた。
「政府軍はアメリカとトラブルを起こして武器援助を絶たれた。そして我々は新たな武器のルートを確保した。我々にとってはまたとないチャンスなのだ」
「政府の連中も・・・同じことを・・・言うだろうぜ。大義の前には・・・・・・人倫なんざ、取るに足らないものだってよ」
ロメロは無言で、次元の頬を張った。
唇が切れ、鉄の味が滲む。ロメロは次元の髪を掴み上げると、強引に自分の目の高さまで引き上げた。
「サンチェスが死んで、お前が現れた。お前は何を求めてここにやって来た?」
ロメロのような男に言っても、どうせわからないだろう。
次元は痛みを堪えて肩をすくめてみせた。
いらだちを隠さず、ロメロは言った。
「お前はサンチェスの麻薬ルートをどこまで把握している?」
「・・・・・・・・・!」
ジノは名うての武器の運び屋だった。
そんな男が、ひとつルートを握られたくらいで、すべての取引がふいになるようなへまはしない。いくつかに道筋を分けて、すべてを把握しているのは自分だけ。
慎重な、奴らしいやり口だった。
ジノを殺し、麻薬ルートを奪おうとしたものの、今度はそのジノの死によって、取引の全容がわからなくなってしまった。
そこにのこのこと現れたのが自分というわけだ。
切れた口の端を、次元は懸命に引き上げた。せいぜい皮肉気に見えるように。
「知らねえな」
真っ赤になったロメロが、次元に殴りかかってきた。





ジノ────理想を夢見、革命を信じていた男。
これがお前の望んだ結末か・・・?





麻薬の売人に堕した革命家を、止めてやるのが自分の役目だと思っていた。
それが、たとえ友人を殺すことを意味するのだとしても。
あのとき、共に行くことの出来なかった自分に課せられた、それが務めなのだと思っていた。
だが、ジノは殺された。おそらく奴が死の間際まで信じきっていた「革命の理念」とやらに拠って。
滑稽だった。ジノも、ここまで奴を追ってきた自分も。
ロメロの丸太のような腕で殴られながら、次元は笑った。
げらげらと狂ったように笑い続ける次元を、ロメロはその痩身に跨ったまま、ただ遮二無二に殴り続けた。










ロメロは力を失った次元を担ぎ上げると、敷地の一隅にある営倉に放り込んだ。
殴りつけられた頭が、湿度の高い空気に膿むように痛む。
次元は営倉の片隅まで這いずりながら移動すると、あとは犬のように身体を丸め、うずくまっているほかなかった。
痛みと暑さに眠ることもできず、ただぼんやりとする中、思い出すのはひとつのことばかりだった。
ルパン、俺の幸い。
いまはどうしているだろう。
パリのアジトで、何か新しい計画でも練っているところだろうか。
それとも不二子を追いかけ、また鼻面引き回されているだろうか。
もしかしたら、五ェ門の修行先にでも押しかけて一騒ぎを起こしているかもしれない。
どうあってもそれは次元にはもう関わりようもないことだった。
ただ彼が笑っていてくれればいいと、暗闇の中、次元はそれだけを願っていた。










あれからどのくらい経ったのだろう。
おそらく数日のことなのだろうが、次元には確信が持てずにいた。
日に何度か、ロメロは営倉を訪れた。
不定期なおとないは、日も差さないこの営倉に閉じ込められている次元の時間の感覚を狂わせるためだろう。
そうして精神を追い詰めた上で、次元に知っていることをすべて吐かせようと、ロメロは暴力と言葉による説得を不規則に繰り返した。
平常を装いながらも、自分の身体が、精神が、徐々に疲弊していくのがわかる。
ただ、鈍くなっていく感覚の中、ロメロのここを訪れる間隔が徐々に狭まっていくのだけは次元にもわかった。
ロメロは焦っている。
ジノの握っていた麻薬ルートを、すべて把握し切れていないのは、彼らにとっては死活問題なのだろう。せっかく仲介屋を通さずして直接に取引ができるというのに、肝心の取引量が減ってしまえば何の意味もない。
その日もロメロはやってきた。
営倉に入ったロメロは、いきなり床に座り込んだままの次元の額に銃口を突きつけた。
次元はゆっくりと男を見上げた。だが持ち込まれた光源はごくわずかなもので、その表情を窺うことはできなかった。
「・・・お前は、死が怖くないのか」
黙ったままの次元に、ロメロはつぶやいた。
「怖いさ。誰だってそうだろう?」
次元は笑った。
「ふん・・・」
ロメロは銃を下げた。
「どうあっても言うつもりはないということか」
「俺が何も知らないことくらい、あんただってわかっているんだろうに」
「土壇場で、無かったはずの記憶が蘇る人間というのはいくらでも見てきた」
「なるほど。俺もその同類というわけか」
「・・・・・・・・・・」
ロメロは無言のままきびすを返すと、営倉を出て行った。
鉄のドアが鈍い音を立てて閉まる。
次元はため息をつくと、床に寝転がった。
次元が何も知らないということは、ロメロも頭ではわかっているはずだ。
だが万に一つの可能性でも、次元の情報に賭ける以外、いまの連中に他に手がかりはないのだろう。
しかし、いつまでそれが続くかといえば、次元は懐疑的だった。
自分ひとりのことならそれでもかまわない。
だが、マリアのことがある。
いまはロメロも彼女を害することによって騒ぎが大きくなり、何も知らないゲリラの連中に麻薬取引について感づかれることを恐れる気持ちがあるだろう。
しかし、これ以上膠着状態が続けば、彼女の身が確実に危険に晒される。
それに、彼女の気持ちを思えば、麻薬だのそんな話は耳に入れたくはなかった。





────あたしの生まれた国なんだもの。あたしが守りたいの。





あの瞳を、傷つけたくはなかった。
ルパンならこんなときどうするだろう。
次元は、懐かしさというには鋭い痛みを伴う感情で、いまは遠く離れた相棒を思った。
ルパンなら、こんなところからはとっとと抜け出して、冒険活劇のヒーローよろしく颯爽とマリアを救い、ロメロに一泡吹かせているところだろう。
だが、次元の隣にもうルパンはいない。
次元は、とりあえず眠ることにした。
いまだ慣れないこの感情をやり過ごすのに、次元は他に手立てを知らなかった。










突然、入り口の鉄扉が、がたがたと揺らされた。
うとうととしていた次元は、その音に跳ね起きた。
ロメロが再び訪れるにはさすがにまだ早い頃合のはずだ。
次元は立ち上がると、慎重にドアから距離を取った。
闇の中、カチリと錠の外される小さな音が響く。
警戒を崩さず、音の方を見据える次元の目の前で、営倉のドアが開いた。
光を背に立つシルエット。それは──────





「次元!」





何度も夢に聞いた声が耳を打つ。
「え・・・・・・」
次元は呆然と、駆け寄る相棒を見つめた。
ルパンはそんな次元にかまうことなく、次元の二の腕を掴み、きつく抱き寄せた。
あたたかい腕に、嗅ぎ慣れた匂いに包まれる。
たしかに、ルパンだった。熱いものが喉をせり上がる。
「どうして・・・・・・」
絞り出した声は、ルパンの唇に吸い取られた。
滑らかな舌がするりと入り込んでくる。
舌先が口の中の切った場所に当たり、次元は微かに身をすくませた。
唇を離したルパンが、軽く次元を睨む。
「まァた勝手に怪我しやがって」
再び近づくルパンの唇を慌てて押しとどめる。
「何だよ」
ルパンは不服そうに唇を尖らせた。次元はかすれた声で問いかけた。
「半年経ったらって・・・」
ああ、とルパンは事も無げに笑った。
「だから半年、きちんと待ってやったろ?」
「けどよ・・・」
次元は言いよどむ。すると突然、耳をあまく噛まれた。
「あっ・・・」
いきなりの刺激に、堪える間もなく吐息がこぼれた。今度は次元が、ルパンを睨んだ。
ルパンは嬉しそうに笑った。
「だって生きてるじゃねえか、お前」
「ルパン」
再び抱き寄せられた。
身体に回されたルパンの腕が、次元の存在を確かめるように蠢く。
次元も震える手で、ルパンの背をたどる。
やがてルパンが低く囁いた。
「ジノは、殺されていた?」
ジノに関する情報は、ルパンも得ていたはずだ。おおよそのことは察しがついているようだった。
「────ああ」
「そうか」
再び、苦しいほどに抱きしめられる。
「お前が手を掛けずにすんで・・・よかった」
ルパンの声は、らしくなくひしゃげていて、そして安堵に満ちていた。
次元は泣きそうになるのを必死で堪えた。目の前の肩口に顔を伏せる。
戻ってきたのだと思った。ようやく、帰るべき場所へ。
次元はルパンの首筋にこすりつけるように頬を寄せると、ルパンの身体をきつく抱きしめた。
固く抱き合ったまま、二人はそこに立ち尽くしていた。










「うぉっほん────あー、そろそろいいか?」
唐突に、耳に馴染んだ濁声が聞こえた。
次元は慌ててルパンを突き飛ばすと、声のした方に振り返った。
ドアの陰で、真っ赤になった銭形がこちらに背を向けて立っている。
「な、何で銭形が・・・?!」
その傍らには目を丸くして次元を見つめているマリアまでいる!
銭形は二人が離れた様子を横目で伺うと、ようやく真っ赤な顔のまま向き直った。
「き、気持ちはわからんでもないんだが、は、早くせんと政府軍が迫ってきていてだなあ・・・」
「ど、どういうこった、ルパン」
床に尻餅をついたままのルパンに問いただす。
「あー、まあ話せばちーっとばかし長くなるんだけどよォ」
怪盗はニヤニヤと笑った。
エルドリアに潜入したルパンを追い、銭形もこの国へとやってきた。
政府軍とゲリラ軍の双方に追われ、しぶしぶ協力する羽目になった二人が次元の捜索をする中、偶然出会ったマリアが、二人を次元のもとへと導いたのだという。
「まあせっかくの半年振りの再会なんだし、まずは二人っきりでって頼んだわけよ。大正解だったな。こーんな情熱的な次元ちゃん、そうそう拝めないもんな」
「て、てめえ・・・!」
「次元さん、時間がないのは本当なのよ」
マリアが慌てて、ルパンに殴りかかろうとする次元を押し止めた。
「あ、ああ」
気恥ずかしさに襲われ、次元は赤くなった頬を隠すように顔を伏せた。
マリアはくすりと笑うと、手にしていたものを次元に手渡す。
「これを」
それは次元の黒のボルサリーノ。
次元は思わずマリアを見つめた。マリアは今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「帽子が作戦司令室に落ちていたから、おかしいと思ったの。ロメロ司令官は次元さんがジノさんを追ってコロンビアへ向かったと言っていたけれど、次元さんがこれを放っていくはずがないんだもの」
疑惑が確信に代わるのに、そう時間は掛からなかったのかも知れない。
だから、仲間を裏切るかたちになっても、こうしてルパンたちをここに連れてきてくれたのだろう。
「ありがとうよ、マリア」





そのとき、銭形がはっと外を睨んだ。
「いかん」
程近くに響く銃声。政府軍の砲撃が始まったようだ。
その瞬間、銭形はマリアの手を取って外へと飛び出した。
マリアも銭形に寄り添うように付いていく。
次元は目を丸くした。
おいおい、あの石部金吉がいったいどうしたことだい。
俺の知らないここしばらくの間に何があったやら。
銭形のたいした騎士道精神の発揮ぶりに、次元は肩をすくめた。
「次元」
ようやく立ち上がったルパンが次元を呼ぶ。
次元は微かに息を呑んだ。
ルパンは、次元がこの地に来て以来、何度も思い返した笑顔で笑っていた。
「行こうぜ、次元」
見つめる次元に、尚もルパンが笑う。
「・・・おう」
次元は片頬を引き上げて笑い返した。
そして、手にしたボルサリーノをいつものように目深に被ると、銭形とマリアのあとを追って、砲声の中を駆け出した。
ルパンとともに。










end










小説「エルドリア大脱出作戦」ネタ。かなり改変。
どのくらい改変かというと、本編では捕まった次元をルパンが助けに来たのではなく、捕まったルパンを次元が助けに来たのです。
だから「異聞」なんです。





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