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Penny Candy





































































































Penny Candy









ある晴れた秋の日の午後。
さんさんと日の降り注ぐダイニングの小さな椅子に、ルパンは膝を抱えてぼんやりと座り込んでいた。
よれよれのシャツに皺だらけのスラックス、伸び放題の髪に髭。
パリのアジトに篭って一ヶ月半。
仕事絡みの研究に没頭するときの彼の常だった。
程なくして、買い物袋を両手に抱えアパートへと戻ってきた彼の相棒は、ダイニングに彼の姿を認めて、驚きを隠さなかった。
「どうした、まだ終わったわけじゃないだろう?」
帽子の鍔の下で、丸く大きく見開かれる目。見上げる視線だとよくわかる。
何となく面映ゆかったが、素知らぬ顔をした。
「んー、ひと休み」
「珍しいな」
首をかしげて、次元が笑った。
ダイニングテーブルに置かれた紙袋に指を伸ばした。すぐさまぺちりと叩かれた。
「いてーよ」
「勝手にいじるんじゃねえ────腹が減ってるなら何か作ってやるから」
「別に」
次元が肩をすくめると、やるよ、と上着のポケットの中のそれを放った。
掴んだ手元を開いてみれば、真っ赤なセロファンに包まれたキャンディーバー。
「どしたの、これ」
「ドラッグストアで買い物をしたら、そこの親爺がくれた」
「へーえ」
ルパンは指でくるくるとキャンディーを踊らせた。
窓から存分に降り注ぐ午後の日差しを受けて、セロファンがチラチラと赤く光る。
次元はそんなルパンを尻目に、買い込んだ食料品や雑貨類を、冷蔵庫へ、戸棚へ、手際よく定位置へと押し込んでいく。
「なあ次元」
「どうした?」
「風呂」
「ああ、髪切るか?」
ひと月あまりのことだから、それ程伸びているわけではないが、短髪のルパンにしてみたらやはりふだんよりは幾分長い。
何かに夢中になっているときに、いちいち他のことに時間を割く男でもなかったから、こういうときは、次元が出来ることはいつもたいてい引き受けてもらっていた。
だがルパンは首を振った。
「いや。風呂、一緒に入らねえか?」
「はあ?!」
次元があんぐりと口をあけて振り返った。
「俺とお前でか?」
「そう、俺とお前で」
次元の顔が、舌よりも雄弁に言葉を語る。
曰く、度し難い。
「・・・男と一緒に風呂に入って何が楽しいんだ?」
仮にもベッドを共にする相手に言う台詞かね。ルパンは大げさに肩を落としてみせた。
「夢がない・・・次元ちゃんには夢がなさ過ぎる・・・!」
「真昼間に男と相風呂なんて話に、もし夢なんてもんがあるんだったら、その在処がどこか是非教えて欲しいもんだ」
口の減らない相棒の背を押して、ルパンは鼻歌混じりに浴室へと連れ込んだ。





浅いバスタブに何とか相向かいで身体を押し込む。
張った湯がざらざらとこぼれるのが気になるのか、次元は微かに眉をひそめた。
「さすがに無理があるんじゃねえか?」
「いいじゃねえか、たまにはこうして水入らずも・・・って風呂に入って水入らずってのも妙なもんだなあ」
げらげらと笑うルパンに、次元は今度こそ呆れたため息を吐いた。
しかし実際、男二人で使うにはどうしたって無理がある。
次元は折り曲げた細い脚を胸にぴたりとつけて、身体を折りたたむように浴槽の壁に張り付いている。
何だかまるでかしこまって賢しげな座敷犬みたいだ。無性に悪戯心が湧いてしまう。
「うわっ・・・何しやがる・・・ッ!」
おもむろに細い足首を掴み上げる。バランスを失った次元の身体が浴槽に滑った。
沈みかけたところを、腰を抱き取り、引き寄せた。次元は目の前のルパンの首に緩く手を回し、はぁっと大きなため息をひとつ吐く。
「何考えてやがんだ」
「スキンシップ、スキンシップ」
「IQ300の天才様の考えるこたァさっぱりわからねえ・・・」
それならわかりやすくいくかと、ルパンは次元の尻を掴み、自分の腿の上に乗せた。
次元の手が、慌ててルパンの首にすがりつき、すぐさま我に返って、ルパンの腕を押しのける。
不満に唇を尖らすルパンの目の前で、俯いたままの次元が早口につぶやいた。
「・・・別に俺に気を使うこたァねえんだぜ」
膝に乗せ上げてしまったから、途方に暮れた子供のような表情がすっかり露わになっている。 額に張りつく濡れた前髪を掻き上げてやると、そこにそっと口づけた。
「別にお前に気を使ってるわけじゃないんだけどな」
途端に次元は心配げに覗き込んできた。
「どうした。何かあったのか」
次元が驚くのも無理はない。
ルパンがひとつのことに集中しているときは、欲求も何もかも失くして、能力も感覚もすべてが目的に向いている。
それはいつものことで、そうしたルパンに次元は不満を見せることすらなかった。
ただまあ、自分だって機械というわけではないのだ。
もっともそんなことは次元相手に匂わせたくもなかった。だから当たり障りのないのない言葉を返した。
「んー、だって次元ちゃん放っておくと雑貨屋のおっちゃんにまでコナかけられてるみたいだしさあ」
「はあ?」
「プレゼントもらったんだろ」
ようやく思い当たった次元が、いかにも嫌そうに眉をひそめた。
「買い物のおまけの駄菓子の話かよ。妙な言い方するんじゃねえや」
「だって俺が買い物しに行ったって、何ももらったことねえもん。なーんかあったんじゃねえの?」
「先に買い物に来てたガキがもらってて、そしたら親爺が、俺にもやるってきかなかっただけだ」
ルパンは笑いながら次元の額を弾く。
「おいおい、モテモテじゃねえか。こォの浮気者ォ」
「誰が浮気なんかするか!」
腹立ち紛れに、次元の掌がぱちゃんと水面を打つ。しぶきを顔に浴びながら、ルパンはにんまりと笑った。
「カワイイカワイイ次〜元ちゃんはジュンジョーイチズに俺一筋ってかァ?」
「歌うな、バカ」
次元は真っ赤になった。だが否定はしない。かなわねえやとぼやいて、またため息をひとつ吐いた。





ようやく笑い止んだルパンを見つめて、ふと次元がつぶやいた。
「俺はな、ルパン」
「んー?」
声のひそやかさに気付かない振りで、暢気に返す。だが次元は、そんなことは気にする風でもなかった。
「お前の隣にいるのを許してもらえりゃ、それでいいんだ。お前が俺を置いていこうとしたところで、俺は犬っころみたいに、ただお前のあとを追っかけていくだけだ」
あくまで真摯なその瞳。出会ったころから、少しも変わらない。
「だからお前は、俺のことなんてかまわねえで、好きにやってくれりゃそれで良いんだ」
本気で言っているんだろうな、とルパンはぼんやりと思った。
次元は昔からそうだった。
だが。





たとえば仕事のときにどれほど無茶をしたとしても。
背中合わせにひたりと張り付くみたいに、俺について来てくれる奴の存在とか。
たとえばいまみたいなお篭りのときに。
まるで一人きりでいるみたいに気配を感じさせないのに、俺がむしろ一人でいるときよりも集中できるように気を配ってくれる奴の存在とか。
そういったものに対して、何も感じずにいられるのかといえばそれも無理な相談で。





「・・・そっちがそもそも、俺のことなんかおかまいなしなんじゃねえか」
「ん?」
言うだけ言ってしまって気が済んだのか、今度は次元が暢気に返す。
何だか少し、腹が立った。
「おい」
気付いた次元が眉をひそめる。だがルパンはかまわず、湯の中の肌に指を這わせた。
「よせって・・・」
意図を露わにした指の動きに、腕の中の次元が力なくもがく。
「好きにしろって言ったのはお前だろうが」
悪戯な指が、次元の中心に触れる。次元の身体がびくりと大きく震えた。
ルパンの身体を押し返そうと肩に伸ばされた指は、濡れた肌に滑るようにそのまま水面に落ちた。
それでも必死に、次元の唇が言葉を紡ぐ。
「だから・・・俺に気なんか・・・使うなって・・・」
「お前こそ、妙な気ィ使ってんじゃねえよ」
ぐいぐいと擦り上げながら、自分の腰にまたがったままの次元の目を、上目遣いにニヤリと覗き込む。次元は羞恥にさらに息を荒げ、ルパンの肩に顔をうずめた。
「したいんだろ、ええ?」
「はぁ・・・あっ・・・」
次元の身体があっという間に快楽に崩れる。
ひと月半、触れられずに放置された身体は、持ち主の意思に反してルパンの指の動きを喜び、進んで迎え入れようとしていた。
「こーんな身体にしたのは俺だもんねえ。責任取らないと」
「あ・・・あ・・・・・・」
指と言葉に煽られて、次元はもう言葉さえ出ない。ぐったりとルパンに寄りかかり、喘ぐことしかできない。
「ああ・・・っ!」
ルパンの指が、次元の中に入り込む。肉壁は逃すまいといわんばかりに、男の指をしっかりと咥え込んだ。次元の腰が揺れる。指を動かすと、嬌声が浴室に響いた。
「・・・あ・・・つい・・・・・・ああ、あっ」
最後に抱いたときから、しばらく間が空いている。だからいつもより、時間をかけて慣らしてやる。
徐々に指を加え、三本目の指が其処に入り込むときには、すでに次元からは羞恥も理性も掻き消えていた。
次元の欲情に濡れた目の色でそれを知って、ルパンはかすれた声で促した。
「ほれ、もう大丈夫だから────自分で入れてみ?」
「ん・・・・・・」
次元はこくりと頷くと素直に腰を浮かせた。
手をルパンの其れに伸ばし、位置を確かめる。そのままゆっくりと腰を沈めた。
「あ・・・あ・・・あ・・・・・」
きつく眉を寄せ、ルパン自身を飲み込んでいく。いつもより頑なな其処にルパンも顔をしかめた。
ようやくすべてを受け入れて、次元は苦しさと快楽に喘いだ。息が整うのを待って、次元の腰が揺らめき始める。
その動きに合わせるように腰を突き上げてやる。バシャバシャと、水面が激しく波打った。
「どうだ・・・いいか・・・?」
自分も息を乱しながら、低く囁く。次元は泣きながら、濡れた髪を振り乱した。
「いいっ・・・ああっ・・・あああ・・・・・・っ!」
自分の上で思うさまに身をくねらせる痴態に煽られて、ルパンの動きも速くなる。
二人は湯にのぼせてしまうまで、飽くことなく身体を繋ぎ続けた。










ルパンはすっかり腰の抜けてしまった次元を担ぎ上げ、裸のまま浴室から連れ出すと、次元の部屋のベッドに転がした。
嫌がるのを無理からそうしたものだから、どことなく拗ねてはいたが。
そして自分も隣に寝転がる。
こうして半日ふいにしたのを気にしているのか、いいのかとでも言うように気遣わしげな視線を投げてくるから、いいんだとばかりに相棒を腕の中に強引に引き寄せた。
諦めたようにちいさく笑う、その吐息が胸にかかる。少しきまりが悪くなって、相棒の長い髪に指を絡めながらつぶやいた。
「お前に我慢させてばっかだな、俺は」
「らしくねえな」
腕の中、ルパンを見上げる瞳は、からかうような色を隠さない。
何となく悔しくて、ルパンは少し意地の悪い言葉を選んだ。
「なんだよ、強引で我儘な俺様に惚れてるってか」
「ああ」
だが、事も無げに次元は笑った。
「そういうお前に、俺ァ惚れてんだ」
ルパンは思わず赤くなる。下から見上げる次元の笑顔に気づくと、慌ててベッドの隅に丸めてあったブランケットで次元の身体を頭からすっぽりとくるみ込んでしまう。
次元が声を上げて笑うのを、黙らせようとぎゅうと抱きしめた。
「何しやがんだ」
笑いながら、次元がブランケットから顔を出す。
まるで子供のようなその瞳。
まったく、どうにもかなわない。
ルパンは諦めて、とっとと白旗を上げることにした。
もう一度だけぎゅっと抱きしめると、一人ベッドを降りた。
「お前はもうちょっと寝とけ」
次元が、ルパンの意図をうかがうように小首をかしげる。
「晩飯、俺が作っとくわ」
「頼む」
次元はくすくすと楽しげに笑いながら、素直に枕に顔をうずめた。










そんな、キャンディーバーよりあまい、秋のうららのとある日の午後。










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