L.

LA GIOIA





































































































「このダムの回りは警察でいっぱいだぜ」
偵察から帰ってきた次元は、ルパンの居室に押しかけると、強張った表情で言った。
鬱蒼と木々生い茂る山奥、切り立った断崖に、そのダムはある。
そのダムの真ん中、そこにかのアルセーヌ・ルパン一世の残した宝が埋まっているのだった。その宝を掘り出すため、ルパンはダムのすぐ傍に建つこの館を訪れていた。
「これじゃ手も足も出ねえ・・・・・・そうだろう?」
ルパンの翻意を促そうと、次元が必死に言葉を継ぐ。
計画を立てて、ルパンが最初に呼んだのが次元だった。
この男は拳銃使いとしてのセンスが抜群で、機器類の操作や、戎器の扱いも巧みだ。
やたらと「ルパンの相棒」を名乗りたがる悪癖を除けば、そこそこ使える男だった。
「いったんここを引き上げるか・・・・・・」
自分の思案を口にしかけて、ついに腹に据えかねたか、次元は顔をくしゃくしゃにしてルパンを怒鳴った。
「話を聞くときはそいつを離したらどうだ、ルパン!」
ようやくルパンは次元の方を振り返った。
グラマラスな女の身体に吸い付くように絡む、ブラスリップを引き剥がす手を止めて。
ルパンの腕の中、女が微笑む。最近気に入りの、ルパンの愛人だ。
「聞いてるよ、続けてみな」
ルパンに冷静に見つめ返されて、あらためて寝台の上の二人の状況を認識したのか、怒っていたはずの次元の顔が羞恥にさっと赤らんだ。
うろたえる次元の姿に溜飲が下がる。ルパンはなおも女の肢体をまさぐりながら、顎しゃくって次元に続きを促した。
「だからさ・・・・・・この仕事はもっと後にして、ほとぼりの冷めた頃もう一度来ればいい」
「次元。お前の主人は誰だ」
ルパンは冷ややかに言い放った。次元ははっと身をすくめる。
けっきょく、この年上の幼馴染は、「ルパン三世」のことをてんで信用していないのだ。
「ルパン三世」がやると言ったなら、その手筈はすでに整っている。次元はまずそれを認識すべきだった。真実、ルパンに従うつもりであるのなら。
腹立ち紛れにきつく怒鳴りつける。
「いいか、次元大介。このルパンに余計な口出しはするな」
「・・・・・・・・・」
次元は無言で、寝台の二人に背を向けた。
きびすを返す寸前、ボルサリーノの影に隠れた目が垣間見えた。
黒い目を覆う、うっすらとした水の膜。
次元はもう何も言わず、静かに部屋を出て行った。
微かに胸が軋む────まるで「ルパン三世」らしくなく。
何もかもが腹が立つ。ルパンは大きく舌打ちした。
くすくすと、女が笑った。










LA GIOIA









次元は、宛がわれた自室へと戻った。
靴を跳ね飛ばすように脱ぎ捨てると、部屋の片隅にある小さなベッドにダイブした。
「ちくしょう、何だよルパンのヤツ!」
悔し紛れに、ぼすぼすと枕を叩く。やわらかなそれは、まるで手ごたえがない。
ため息を吐いて、次元は枕に顔をうずめた。やわらかなリネンに、熱い瞼を押し付ける。
「昔はあんな奴じゃなかったのに」
次元は悔しげに唇を噛んだ。





・・・・・・わかっている。
本当はルパンは相棒なんて────俺なんて必要としていない。





ルパンに呼ばれて、すべて放って飛んできたものの、ルパンが必要としているのは「次元大介」ではなくて、自分の具合よく動く、単なる手足だった。
次元の言葉も右から左、連れ込んだ愛人とわざわざ次元の目の前で事に及ぶ。
けっきょく次元は体よく追い払われてしまう。
ルパンが欲しているのは物を言う相棒ではない。
きっと次元に意志も心もなく、ただ唯々諾々とロボットのようにすべてを無心にこなしたとしたら、ルパンにとってはそれがいちばん喜ばしいんだろう。
自分の都合の良し悪しで、いつでも捨てることが出来る「道具」。
だが、ことルパンに関して、そうあることは次元にとっては難しいことだった。
ルパンはそんな次元にいらいらし、怒鳴り散らし、そして次元など要らないと追っ払う。
俺はただ、ルパンと一緒にいたいだけなのに。
次元はため息をついた。










警察の包囲網は、日に日にその範囲を狭めている。
物見からルパンの寝室へと駆け込んできた次元が、今日もまたそう怒鳴る。
ルパンは笑った。
もっと取り囲めばいい。
その監視の中、堂々と宝を取り出してやる。
ルパンの胸は好奇に弾む。
今日も相変わらず次元は煩い。銭形がこちらの意図に気付いたと、散々喚きたてる。
そんなものは承知の上、そうでなければ面白くないというのに。
次元の繰言を止めさせるべく、ルパンは半裸の女の胸をきつく揉んだ。
女の身体が弧を描いて仰け反る。
それを受け止めて、腕に捕らえた女のやわらかな肌を愛撫した。
息を呑む次元の前で、ルパンは指と舌とですっかり女を色づかせてゆく。
男にしなだれ掛かる女、ルパンはその肩越しに、呆然と立ちすくんだままの次元をニヤリと見据えた。
「お前も混ざるか」
「い・・・いい加減にしやがれ!」
思ったとおり、次元は耳まで真っ赤になった。
そして憤然と次元が部屋を出て行く。叩きつけられたドアが派手な音を立てて軋んだ。
ルパンは肩をすくめた。
「ふん、面白味のねえヤツだ」
ルパンから身体を離し、シーツに身を横たえると、どこか楽しげに女がつぶやいた。
「ヤキモチ焼きなのね、あの子。貴方を私に取られたと思ってるんだわ」
ルパンはげらげらと身をよじって笑った。
「違いねえ。男のヤキモチほど手に負えないものはねえや」
「あの子のこと、抱いてあげればいいのに」
ルパンはぎょっとして女を振り返った。大きな黒目がちの瞳は、何の表情も読み取らせず、ただ鏡のようにルパンの視線を弾いた。
「貴方だって、満更じゃないんでしょ」
俺が?
あの幼馴染の押しかけ相棒を?
「だって本当に嫌だったら、すぐに切り捨ててしまうでしょう、貴方。だったらあんなに好かれて、実は嬉しいんだわ」
「・・・・・・男だぞ、あいつは」
「あら、そんなこと気にする人だとは思わなかった」
女はくすくすと笑った。
そして脚を開き、男を誘った。










ルパンが女を抱いている。
膝の上に、横抱きに抱えた女の身体を笑いながらまさぐっている。
高い嬌声が部屋中に満ちる。
次元は立ちすくんだまま、絡み合う二人を見ていることしか出来ない。
そんな次元に頓着する様子も見せず、二人は淫らに睦みあう。
腕の中の身体が、腰を揺すり、脚を絡みつかせ、男を誘う。
誘われるがまま、男は腕の中の身体をむさぼる。
怪盗のしなやかな指が肌を這う。滑らかな舌が、その跡を追う。
やがて深く男を飲み込んだ身体は、腕の中で弓なりに仰け反った。
はずみでその顔がこちらに向いた。
汗と涎にまみれ、欲情に目の奥を濁らせている。
快楽にまみれた、その顔は次元自身のものだった。
気がつくと、ルパンの顔が間近にあった。
────お前も混りたかったんだろう。
────こうやって俺に抱かれたかったんだろう。
ルパンの哄笑が耳をつんざいた。










目を開けた瞬間、そこは闇だった。
「・・・夢────?」
次元は、頬を伝う汗を、手の甲で拭った。混乱のまま、辺りをうかがう。
自室の硬いベッドの上だ。確かに夢────夢のはずだった。
知らぬわけではない熱さを身体の奥に感じる。
脚をもぞりと動かして、次元は泣きそうになった。
其処はすっかり立ち上がり、次元の平静を奪おうとしている。
(どうしてこんなことに・・・)
さっぱりわからなかった。
あんな夢を見た意味も、身体がこんなことになってしまった理由も。
わからないと、思いたかった。
躊躇いは、だが長くは続かなかった。
次元は乾いた唇を、チラリと舌で湿らせると、うつぶせになり、枕に顔を沈めた。
そして震える指を、熱く高ぶった自らの下肢に絡ませた。










館のコントロールルーム。
寝台に女を残し、ルパンはひとり、この部屋のメインシートに腰を落ち着けていた。
眠れない夜、いつもルパンはここで過ごした。
この館の周辺、そして各部屋、屋根裏やパントリーに至るまで。
ここではすべての映像と音声が確認できる。
どれほど困難な状況下でも、すべての情報を把握し、自らの支配下に置くこと、それらを意識することによって、ルパンは冷静さと野心を取り戻すことが出来る。
だが今夜は、ルパンの視線はある一つのスクリーンに吸い寄せられてしまう。
(別に、あの女の言葉を気に掛けているわけじゃない)
ルパンは独りごちる。だが、視界の端に常にそのスクリーン────次元の部屋の様子を捉えているそれが入っていることを、自覚せずにいることは難しかった。
そのときだった。
寝台の上で微かにうごめく影。
その動きの意味を知ろうと、ルパンは咄嗟に次元の部屋の集音マイクのレベルを上げた。カメラを操作し、映像を最大限までズームアップさせる。
暗視機能が若干弱いため、細部はほとんどつぶれている。
次元は枕に顔をうずめ、顎の際までブランケットにくるまっている。どのみちその表情は知れない。
だがルパンは目を凝らし、じっとそのさまを見据え続けた。
そして、次元の行為を察した。
次元は、自らを慰めていた。
薄いブランケットが、次元の肘にリズミカルに押し上げられ、波打っている。
その腕の動きに連れて微かに届く濡れた音。次元の息も徐々に上がっていく。
「あ・・・はぁ・・・・・・」
枕に額をこすりつけるように首が打ち振られ、長い黒髪が揺れる。
ブランケットの波の動きが速く、せわしなくなってゆく。
リネンに押し付けられた口元から、わずかにこぼれる喘ぎは、まるでしゃくりあげるような響きだった。
ついに次元の痩身がぴんと強張り、そしてがくがくと腰が震えた。
荒い息の狭間で、次元が低く呻いた。
初めて聞く、暗く濡れた声で。
「・・・ルパン────」
ただ一言、彼の名を呼んだ。
その次元の様子を、ルパンはじっと見ていた。
次元が後始末を終え、またシーツに縋りつくように寝台に沈んでも、ずっと。










決行日の朝は、美しく晴れ渡っていた。
あのまま、眠らずに一夜を過ごしたルパンは、手早く準備を整えた。
熱を持ったこめかみが疼くように痛む。
そこに次元がやって来た。
きっちりと着込んだ黒のスーツ、目深にかぶったボルサリーノ。
いつもどおりだ、何もかもが。
おはようと、暢気に言葉を掛けてくる次元にいらだちを隠せず、ルパンは片頬を皮肉気に歪めた。
「昨夜はずいぶんとお楽しみだったみたいじゃねえか」
次元が首をかしげた。
まるで何も知らない、子供のような表情で。
昨夜のことなんて何も覚えがないとでもいうような、いっそあどけない顔で。
無性に腹が立った。
ルパンは注意深く、ことさら酷薄に見えるであろう笑顔をつくり、その顔を覗き込んだ。
「ああいうときに俺の名前を呼んでいただいて光栄、とでも言うべきかね」
次元の目が大きく見開かれた。
鍔の下のその目は赤く、それを認めた途端、ルパンはようやく機嫌が上向く自分を感じた。 ルパンはすれ違いざま、次元の強張った肩を叩いた。
「俺の言ったとおりに頼むぜ」
返事を待たず、ルパンは寝室に下着姿のままくつろぐ女のもとへと足を向けた。
「じゃあ、行ってくるぜ」
女は蠱惑的な笑みで、ルパンの口づけに応える。
鼻歌混じりに、ルパンは館を後にした。










どれほど時間が経ったのか。
何を言われたのか咀嚼することさえ出来ない。次元はそこから動けずに佇んでいた。
(早く────早く予定通りに動かねえと)
ルパンが、ダムのど真ん中に埋められたお宝を取り出す。
そして次元は頃合いを見計らってヘリコプターで出向いてお宝を回収し、決められたポイントまでそれを運ぶ。
もう時間は迫っている。
言われた通りのことくらい、せめてきちんとやり遂げなければならない。
たとえ何が起こったのだとしても。
(────俺の名前を呼んでいただいて・・・)
だが次元の足は、本人の意に反して強張ったまま動こうとしない。
うなだれたままの次元の目の前に、華奢なピンヒールが立った。
のろのろと顔を上げると、女が笑っていた。
女が手を差し出した。ヘリコプターのキーが欲しいのだと、女は言った。
だが、ルパンの立てた計画では・・・
途惑う次元に、女は言葉を重ねた。
「予定が変わったのよ」
「予定が?」
「ええ、今朝になって突然に、ね。ヘリは私に任せることにしたと言われたの」
ルージュを引いた赤い唇がニヤリと弧を描く。
「貴方でなくて私。意味はわかるでしょ」
意味────?
意味など、わかりきっている。
「・・・・・・ああ」
次元は女にキーを投げた。
赤いマニキュアで彩られたほっそりとした指が、キーを絡め取る。
颯爽とした足取りで女が出て行く。パタンと軽やかな音を立てて、ドアが閉まった。
一人きり、何の物音もしない。次元は呆然と立ち尽くしたままだった。
当たり前だ。あんなことが知れて。
これからも一緒にいられると思う方がどうかしてる。
次元は両手で顔を覆った。
情けなくて悔しくて、自分が浅ましくて────何より悲しかった。
次元は自室へと戻った。
そして部屋の隅に放ってあった小さなボストンバッグに、手当たり次第、自分の荷物を叩き込みだした。
替えのシャツ、下着、靴下、歯ブラシ────後はもう、何もなかった。
次元は床にへたり込んだ。
ここを出よう。
そしてルパンには二度と会わない────会えない。
ルパンにとっては、何でもないことだろう。清々したと笑うかもしれない。
立てた片膝に瞼を押し付けると、次元は滲む涙を擦りつけた。










警官の取り巻く中、見事財宝を奪い取ったルパンは、意気揚々と館に帰還した。
衆人環視の中、ルパンはお宝を取り出し、そして次元の操縦するヘリコプターにそれをくくりつけて運ばせると、自分は取り巻く連中の前にその姿を晒した。
警官どもが慌てて銃を向けたが、もう後の祭りだ。
銃弾をぶち込まれて、それでも自分が倒れないと知ったときの、あの銭形の間抜け面ときたら!
したたかに打ち込まれた銃弾は、すべて防弾チョッキが防ぎ切った。
呆然とする連中を振り切り、こうしてルパンはいまここにいる。
「ルパン三世」は、やると決めたらすべてやり遂げる。これがその証左だった。
しかし勢いよくドアを開けても、館は静まり返っているままだった。
まるで人の気配のないその中を、ルパンはいらだちに転じたその感情のままに呼ばわった。
「おい、いないのか────次元」
あちこちを見て回り、そして次元の居室。
ここにもいないかときびすを返しかけ、ふと目に留まった小さな黒い影。
次元は寝台の陰、壁に寄りかかるように、まるくうずくまって眠り込んでいた。
「・・・・・・おい」
足で小突こうとしたが、いとけない風情はそれを躊躇わせた。
けっきょくルパンは、同じ目線まで身をかがめると、そっと肩を揺すった。
「おい、次元。起きろよ」
「ん・・・・・・」
次元は緩慢な仕草で首をニ、三度振ると、ようやく顔を上げた。
目の前にルパンの顔を認めると、寝ぼけ眼のままにこりと笑った。
「ルパン・・・」
それはまるで子供の頃のまま。昔、帝国で過ごした頃、いつも二人は一緒だった。
ルパン帝国────ルパン一族を長としたその巨大な裏組織、その後継者として育てられたルパンをただひとり、敬わず、怖れず、まるで手の掛かる弟か何かのように、次元は接した。ルパンはそんな彼を、頼りない兄か何かにでも対するように、何くれとなくかまった。そんな、子供の頃のまま────
しかしそのあどけない笑顔は、ルパンの目の前で、見る見るうちに掻き失せた。
「あ・・・れ?」
首をかしげ、そしてじたばたと慌て始めた。
「あれ・・・なんで・・・?」
ルパンは大げさなため息をついてみせると、次元の二の腕を掴んで立たせてやった。
背中を軽く叩いてやると、次元はようやく落ち着きを取り戻す。
ようやく覚醒した次元に、ルパンは質した。
「ところでヘリとお宝は目的地まで運んでくれたか?」
次元の目がまんまるに見開かれる。嫌な予感がした。
寝起きのたどたどしい説明に、それが果して現実だと知った。
「出かけるとき、お前に念を押したはずだ!」
激した感情のままに怒鳴れば、次元も必死に言い返す。
「予定が変わって私が運転することになったって、あの女が・・・!」
「お前、それを信じたのかよ?!」
俺の言葉よりも、あの女の言葉を。自分の顔色が変わるのがわかった。
次元も途端に蒼白になった。
「だって、今朝────あんな・・・」
「今朝?」
「あんな・・・・・・」
次元の喉がひくりと震えた。それを隠すように慌てて顔が伏せられる。微かに肩が震えている。急速に、心が凪を打つのがわかった。
ああ、そうか。今朝の俺の言葉で────
視線を落とすと、次元の足元に小さな鞄が転がっている。
今回のヤマで不意に手が欲しくなって、この館にいきなり呼びつけたとき、それでも三日と置かずに嬉しそうに飛び込んできた次元が手にしていた、古ぼけた小さな鞄。





俺に嫌われてしまったと、そう思って隠れてしまおうとしたのか。
まるで主人に叱られて、縁側の下に逃げ込む犬みたいに。





出掛けに見た女の笑顔を思い出す。
あれは俺たち二人を動揺させることに成功し、そして二人ともが自分の思い通りに動いていることを確信した、勝利の笑みだったわけだ。
「やられた・・・・・・」
ルパンは天を振り仰いだ。
「ルパン?」
次元がおずおずと声を掛ける。
そしていつもと様子の違うルパンを気遣おうとしてだろうか、指を伸ばしかけて、それでも触れることも出来ずに途惑っている。
その所作はまったくつたない。いじらしいほどに。
(────貴方だって、満更じゃないんでしょ?)
女の声が脳裏をよぎる。
まったく・・・・・・完敗だ。
ルパンはくつくつと笑った。
「本当に女ってのは────厄介な生き物だぜ」





自分の損得だけに飽き足らず、こうして他人に奇妙な感情の種を蒔いていく。
周囲に混乱を巻き起こして、自分は笑いながらさっさと逃げ出してしまう。
後に残されるは、途方に暮れた男二人。
これまでにない感情を、互いに引き起こされたままで。





「ルパン・・・」
何が起きたのかわからず、次元は困惑しきっていた。
ルパンはかまわず次元の肩を抱いた。
「高ェ授業料だったな」
「あ、ああ」
次元がびくびくと、居心地悪げに身をもじつかせる。
「ま、次はもうちっと上手くやろうぜ」
ルパンの言葉に、次元の目がまるく大きく見開かれた。
笑いをかみ殺して、固まってしまった次元の目を覗き込む。
「どうした?」
「あっ、いや────う、ん。上手く・・・やらねえと」
次元はぶんぶんと首を縦に振りながら、こっそりと脚を動かしている。
その脚が必死に、ここから出て行くために荷物をまとめた鞄を、自分に気付かれないうちにと寝台の陰に押しやろうとしているのに気づいて、ルパンはついに堪え切れず、高らかに声を上げて笑った。
まったく素直な男だ。
これからも一緒にいることを許されたと知ったら、途端にこれなのだから。
だがそういう素直さは、ルパンは嫌いではなかった。
笑いながら次元の腰を抱き寄せ、音を立てて口づける。
呆然と薄く開いた唇に、もう一度、今度は舌を差し入れた。
舌を絡め取り、吸い上げる。我に返った次元が、慌ててルパンの胸を押し返した。
ルパンの胸に手を当てたままうつむく次元、その顎に指を掛け、強引に上向かせる。
親指の腹で濡れた下唇を撫でると、次元の目が泣き出しそうに歪んだ。
「何だ、俺に抱かれたくねえのか?」
ふとつぶやく。
目の前の次元は、見る見るうちに赤くなり、そして瞬時に真っ青になった。
「い、いけねえだろ、こういうことは」
こいつは・・・・・・いまさら何を言ってやがる。
昨夜のことを当てこすってやろうかとも思ったが、そうするとまた臆病な犬の子みたいに、尻尾を丸めて逃げ出そうとするだけだろう。
まあ、こういう奴に効く手というのは、ごく単純なものだ。
「なあ、次元」
「な、何・・・?」
ルパンは次元の顎から手を離すと、やさしく頬を撫でた。
そしてこの純朴な男の目にはさぞ切なげに映るであろう表情を浮かべた。
「お前は、裏切らねえだろ・・・・・・?」
あの女のように。
そう言外に匂わせてみれば、次元は抵抗を解き、またぶんぶんと首を縦に振った。
抱き寄せれば、今度は素直に寄り添ってくる。
────チェックメイト。簡単なものだ。
抱きしめながらふと気になって、次元の尻を撫でた。
ぼうとしていた次元は不意の刺激に、まるでネコが毛を逆立てるみたいに、ぎょっとルパンを向いた。だが、かまわず両手で撫で回す。
「ん・・・・・・」
眦を赤く染めて、次元は吐息をこぼした。恥ずかしいのか、またうつむいてしまう。
ずいぶん小さい尻だった。しかも痩せていて、尻の骨が手に当たる。
何となく腑に落ちず、ルパンは首をかしげて次元に質した。
「お前、アノ時にこっちは使ってないのか?」
「こっち? 使う?」
次元は肩で息をしながら、やはり首をかしげる。まるで何も知らない、子供の顔で。
「あの時って、いつのことだ?」
・・・こんなガキに振り回されてたのか、俺は。
ルパンは頭を抱えたくなった。
(だったら何で昨夜はまた────あんな・・・)





あんな淫らな姿を見せた癖に。
この部屋の、あの寝台の上で。





まあいい。
ルパンは苦笑した。
何も知らないなら、それはそれでしょうがない。
自分の好むところではないが、仕込むのもまた一興だろう。
首をかしげたままの次元に、ルパンは微笑みかけた。
「来いよ、次元」
次元がルパンの意図を伺うように、おずおずと顔を覗き込んでくる。
ルパンは声を上げて笑うと、また音を立てて口づけた。そして耳元で低く囁く。
「────可愛がってやる」
それから次元を抱き寄せたまま、寝台に縺れ込んだ。










指が触れるだけで、唇が掠めるだけで。
次元の身体は敏感に反応し、慄くように震えた。
ルパンは、次元を完全に支配下に置いていた。
次元の性器を、ルパンの指が弄ぶ。達しそうになると手を止める。
それを幾度も繰り返され、次元は身体をのたうたせた。
「い・・・いやだ・・・・・・いや────ああっ」
身体の中を指で探られ、次元が呻く。
指を差し入れられ、痛みを耐えるばかりの時はおとなしくされるがままだったのに、ルパンの指が其処に潜む快楽の源の在処を探し当てた途端、次元は嫌がりだした。
なだめるように口づけを落とし、叱りつけながらきつい愛撫を施した。
やがて快楽に走り出した身体に、初めてのことに途惑う気持ちがついていかず、次元は泣きじゃくった。
そしてルパンを内に迎え入れた瞬間、初めて男を受け止めた衝撃に、高ぶりきった次元自身はあっさり弾けた。
「ああ────あ・・・あ・・・・・・」
きつく締め上げられるのを、息を止め、何とかやり過ごす。
次元はがくがくと震えながら、呆然と目を見開いていた。
強張る身体を撫でさすり、怯える肌に口づけを落としながら、自らの白濁に濡れた次元の性器をまさぐった。ぞろりと耳を舐め上げ、低い囁きを落とす。
「嵌めただけでイッちまうなんて、とんだ淫乱だな。いままで何人の男を咥え込んできたんだ、ええ?」
わざとぐちゅぐちゅと音を立てるように動かす。次元の身体が羞恥にすくむ。
「ち、違う・・・・・・あ・・・」
「何が違うんだよ」
ルパンの指の動きに、すぐにきざし始める雄。
「もうこんなにしてるじゃねえか」
「あ・・・ちが・・・・・・アァ・・・ッ」
次元の感じているのが、快楽なのかどうかさえわからない。
瘧のように震えながら、自分の内に入り込んだルパンの熱に、ただ耐えかねている。
苦しげに、次元は呻いた。
「お、お前だけだ────ルパン、お前だけ・・・」
熱に浮かされたように、何度も。
震える指が腕に縋り、だが力なくシーツに落ちる。
ルパンは思わずその手を取った。
指先に口づけると、次元は微かに吐息を漏らす。
「ルパンだけ・・・・・・」
ルパンは堪らず、深く突き上げた。声もなく、次元の身体が仰け反る。
衝動を止めることが出来ず、ルパンは腕に押し込めた身体を激しく抉り立てた。
むせび泣きながら、次元の指がルパンの背に痕を残す。
やがてルパンが次元の中に終えた。男の精を受け止めた身体は、脈打つ感触とその熱さを感じて、目の前の男の肩にしがみついた。
二人荒い息そのままに、深く唇を重ね合わせる。
肌さえ溶け合いそうなほどに、きつく抱きしめ合う。
次元の肌が落ち着くのを待って、ルパンはゆっくり自分を抜き去った。
ちいさく呻く次元の背を撫でてやりながら、そっと抱き寄せる。
そして耳元に静かに囁いた。
「・・・俺が好きか?」
次元の手が、ルパンの胸を突いた。だが腕から抜け出すことは許されない。ルパンの裸の胸に額を押しつけて、次元は泣いた。
「すまねえ・・・ルパン、すまねえ」
泣きじゃくりながらなおも腕から逃れようとするのを、強引に抱き取って口づけた。
「いいさ────お前の好きにしろよ」
「え・・・・・・?」
次元がぽかんと口を開けた。
しかしその様子にもルパンは待たず、強引に次元の身体を裏向けた。
そして今度は背後から入り込んだ。
より深く入り込まれ、次元が歯を食いしばる。
だが素直な身体は、すでにルパンのかたちを覚え込んだようだった。
大きさに馴染んだのを見計らい、ルパンがゆっくりと動き始める頃には、次元の漏らす声はもう、あまさばかりを纏っていた。










微かな気配に、ルパンは眼を覚ました。
隣に眠っていたはずの次元が、寝台からそっと滑り降りようとしていた。
ルパンは咄嗟に、次元の手首を掴んだ。
「──────!」
いっそ哀れなほど慌てる次元の身体を、もう一度自分の下に引き込む。
「なんだ、ずいぶん余裕だな。まだ足りなかったのか」
「せ、狭いし、寝にくいかと思って」
ルパンのことを気遣っているのだとすぐに知れた。
だが、ルパンはわざと素知らぬ振りをした。呆れたようにため息を吐いてみせる。
「贅沢ものだな、お前。こんな稼業だ、どこでも寝られるようにしとけよ」
次元は慌てて言葉を返した。
「お、俺はどこだって平気だ。石の床だって、草むらの中だって」
「じゃあ、ベッドが狭いくらいでガタガタ言うなよ」
顎を取ると強引に上を向かせ、そのまま口づける。
夜の空気に、口づけの艶めいた音が混じる。
ようやく離されたとき、次元はぐったりとシーツに身を沈め、ただ喘ぐほかなかった。
ルパンは、腕に閉じ込めた男をきつく睨み据えた。
「お前は俺の言葉に従っていれば、それでいいんだ」
次元は微かに頷き、そして従順に目を閉じた。
すでに散々苛まれ力ない身体を、ルパンはもう一度自分の前に開かせた。










あれからまた数回高ぶらされ、すべての体力を使い果たした次元は、そのせいでかえって眠ることが出来ずにいた。
次元は眠るルパンの横顔をじっと見つめた。
あの覇気あふれる目がこうして閉じられているだけで、ずいぶんと印象が変わる。
険のない素直さは、ルパンの本質だった。子供の頃からそうだ。
大人びた顔立ちになっても、それはいまも変わっていなかった。
そんなことも、次元は今夜初めて知った。
とりあえずこんな夜くらいは────隣にいることを許されたらしい。
ルパンがどういうつもりで自分に触れたのかはわからない。
だが、自分がルパンを拒めない以上、むしろ触れられて喜びを感じる以上、そんな思案は無駄というものだった。
不意にルパンの腕が伸びた。
寝ぼけた腕は存外力強く、途惑う次元の身体を強引に腕の中に抱き寄せた。





・・・・・・息が、止まるかと思った。





月明かりにほの白く浮かぶルパンの面差し。
次元は息を殺し、その腕の中からルパンを見つめた。
ルパンと共に在りたかった。
そして少なくともいまは、こうして一緒にいられる。
泣きたいほどの切なさと、狂おしいほどの歓喜の渦の中、次元はそっと目を閉じた。










end










原作「王手飛車取り」ネタ。




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