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Tail





































































































可愛いのって罪かしら









ニューヨーク、ダウンタウン。
その路地の一角に、次元大介はいた。
正確にはその袋小路、巨漢二人に追い詰められていた。
「行き止まりだな」
背中に煉瓦塀を背負い、それでも気丈に睨み据える次元に、黒人の大男のマットがにやりと笑う。
そしてもうひとり、イタリア系のデニーが、狭い路地、さらに退路を塞ぐ。
「観念しろよ、ダイスケ」
二人がじりじりと間合いを詰めてくる。
どうしてこんなことに────
次元はきつく唇を噛んだ。
名の知れた傭兵のマットと、手練の用心棒であるデニー。
どちらも次元にとっては古くからの馴染みだ。
その二人がいま、次元と対峙している。
背中のマグナムに手を伸ばしかけ、だが次元は躊躇った。
次元の甘さを見透かすように、二人の腕が次元に伸びる。
その瞬間、ふさりと揺れた次元のしっぽが、怯えたようにくるんとまるまり、尻の下から腹に回った。
「──────!」
そう、それはまさにしっぽ。
ふっさりとした犬のしっぽが次元の尻で揺れている。
途端、二人の男は、これ以上ないほどに笑み崩れた。
「可愛いなあ、おい」
「怖くないよ、怖くないからね」
強引に腕を引かれ、はずみでボルサリーノが転げ落ちる。
だが男たちはかまう様子もない。
そう口々に言いながら、抱き寄せた次元の身体を撫で回す。
「やめろ、お前ら」
次元はしっぽの毛まで逆立てながら、男たちの腕の中、必死に抵抗した。
だが二人とも聞いちゃいない。
「あー、可愛いなあ。ふさふさだ」
マットの手が、毛の流れに沿ってしゅるんとしっぽをひと撫でする。
「ひゃあ!」
思わず上がる高い声。
「駄目だろ、マット。いきなりじゃダイスケだって吃驚しちまう」
そういうデニーの手は、次元の髪を梳き、腹を撫で回している。
「そこは犬になっちゃいねえだろうが!」
半泣きの次元の抗議もどこ吹く風だ。
「ひっ!」
マットに嬉しげに頬ずりされて、次元は鳥肌を立てた。
しっぽだぞ、しっぽが生えただけだぞ。
それがどうしてこんな事態を引き起こしているのか、次元にはどうしたってわかりようがなかった。





その時だった。
激しく軋むような音を立て、一台の車が止まった。
振り返る三人の目の前に女が飛び出す。
瞬間、銃声が数発、空に鳴った。
ブローニングM1910。不二子の拳銃だ。
いきなりの事態に、男たちの手が緩む。
次元の足がアスファルトを蹴った。
慌てた二人の腕が伸びるのを素早くかわし、駆けざまボルサリーノを拾い上げると、路地を突っ切る。
「次元、こっちよ」
ふたたび車の運転席に乗り込んだ不二子が叫ぶ。
次元もナビシートに転がり込んだ。
追い縋るマットとデニーの目の前で、車は猛烈なスピードで走り去った。





「すまねえ、不二子」
息を整えながら、喘ぐように次元が礼を言った。
だが、不二子は視線を前方に向けたまま、気にする素振りも見せない。
「とにかく早く服を直しなさいよ」
まるで犯されかけたみたい。
不二子の言葉に、次元は慌てて乱れた衣服を整えた。
だが震える指、暴れたはずみで外れた釦ひとつを留めるのにも一苦労である。
情けなさににじむ涙を手の甲で拭い、次元は決然と言った。
「・・・俺は、もう一生、嫌がる犬の子を無理矢理撫でたりなんかしねえ」
次元の決意を、だが不二子はさらっと受け流し、「災難だったわね」と肩をすくめてつぶやくにとどめた。はずみで彼女のしっぽがふさりと揺れる。
まったくたいした災難だった。
ある朝突然、尻にしっぽが生えた。
わけのわからぬまま、この特異な現象について調べて回った次元は、あるひとつの真理を思い知らされることになる。
「癒しを求めない人間はいない」
要するに、この裏社会のむくつけき野郎どもが、そろいもそろって犬を可愛がるのが大好きだったという事実を、その身体で思い知らされたのである。
こんな稼業だ、愛玩動物なぞそうそう飼えやしない。
そんな連中の目の前に現れたのが、いまの姿の次元である。
行く先々で歓声を持って出迎えられ、抱きしめられ、撫で回される。
そればかりではない、情報屋のブルースには、しばらく飼いたいと危うく部屋に連れ込まれかけ、行きつけのバーの主人であるジョーには、これをつけてはくれまいかと真っ赤な首輪を差し出され、情報集めから一転、旧知の男どもから逃げ回る羽目になってしまった。
不二子からの連絡で、この奇妙な現象が彼女にも起きていることを知ったのが、一昨日のこと。
そうしてようやく、彼女のもたらした手がかりによって、次元はこの事態を打開するための情報を得たのである。
「場所はわかった?」
不二子の問いに、次元は思い出したように頷く。
「ああ。例の男は────仙人はいま、G県の山奥にいるらしい」
その山中に棲まう仙人。その男の隠し持つ秘薬が、この世のあらゆる不思議の技を解く力を持つのだという。
「G県って・・・もしかして日本なの?!」
「ああ」
仙人というくらいだもの、てっきり中国かと思っていたわ。不二子は頬を膨らませた。
だが、その表情はすぐに曇る。
「どちらにせよ、行くには航空機を使うしかないのね・・・」
不二子はため息を吐いた。そしてすぐに、じゃあ、と言葉を継いだ。
「とりあえず、ロングコートを買いましょ」
「コートを?」
まだあたたかいこの季節、コートなど売っている場所を見つけるほうが大変そうだ。
だが不二子は、悲痛な面持ちで頷いた。
「ええ。みっともないけど、コレが人目につくよりマシよ」
次元は思わず自分の腰に目を落とす。
しっぽがふさふさと揺れて、次元は情けなさに真っ赤になって頭を抱えた。





道中は散々だった。
やはり奇異の目で見られたコート姿。
目立たぬように身を隠しながら飛行機に乗り込んだものの、次元のしっぽはあっさり子供の目に留まり、静かにさせておくために、次元は長いフライト時間の大半を、少年の玩具になって過ごした。
日本に降り立ち、車に乗り替えてさらに数時間。
コートと車を捨てて、二人はさらに山道をたどった。
仙人の住処は、切り立った山のそのまた奥、秘境の只中の粗末な襤褸家だった。
出かけているのか、仙人の姿はそこにはなかった。
代わりにいたのは、何と、ルパンと五ェ門。
二人とも、やはりしっぽが揺れている。
「どうした、次元」
ルパンが驚いて声を上げた。
思わぬ場所で再会した相棒が、はらはらと泣きながら現れたのだから無理もないことなのだが。
次元の後ろから顔を出した不二子がルパンの傍らに近づくと、その耳元に何やら囁く。
途端、ルパンは板間にひっくり返って大笑いした。
笑い転げる拍子に、どたどたと床を蹴る足音が耳に障る。
不二子に、自分のこれまでの体たらくを聞いたに違いない。
次元はぷいと二人に背を向けて、部屋の片隅、ごろんと横になった。
「おい、次元」
心配した五ェ門がそっと肩を揺するが、次元はその手も乱暴に払った。
「悪かったって、次元。ほら、こっち来いよ」
ようやく笑い止んだルパンが、次元を呼ぶ。
笑いの気配を残しつつも、穏やかな声で。
相変わらず次元はルパンに背を向けたままだ。
まるでルパンの呼び声など聞こえていないかのように。
だが今日は勝手が違う。
ルパンに名前を呼ばれた途端、しっぽがぱたり。
じっと見つめる三人の目の前で、やがてしっぽは、ぱたぱたと大きく振られ始める。
まるで拗ねた犬が、それでも主人の自分を手招く気配を、どうしたって気にせずにはいられないように。
冷たく背を向ける本人を無視して、それはもう嬉しそうに!
五ェ門がからからと笑い出した。
「これはとんだ野暮だった。それではワタシは、仙人を待つ間、外で素振りでもしていることにしよう」
そうして、ふさふさとしっぽを振りながら、さっさと戸外へと足を向けた。
不二子も呆れたように肩をすくめると「散歩」と言い置いて、外へ出てしまう。やはりしっぽを振りながら。
そして二人きり。
ルパンはあらためて次元を呼んだ。
「おいで、次元」
知らぬ振りを装おうにも、相変わらず次元のしっぽはぱたぱた揺れて、床を叩く嬉しげな音が、次元自身の耳にも届く。
どうやらこいつは、どうしたって自分の意思で動きを制御することが出来ないらしい。
次元は諦めて、それでも顔はしぶしぶといった表情を作ったまま、ルパンに膝立ちでにじり寄る。
「うわっ」
いきなり腕を引かれた。
体勢が崩れたところを抱きとめられ、膝の上に抱え上げられてしまう。
「お、おい」
慌てる次元の目の前には、相好を崩したルパン。次元もこれには毒気を抜かれて、思わず肩の力を抜いた。
抗いの失せた身体を抱き寄せ、ルパンの手が次元の背を撫でる。
「よしよし、可哀相に。怖かったなあ」
「怖いことなんてあるか」
あやすような言葉に口を尖らせ言い返す。
だがその指は、ぎゅっとルパンのジャケットの肩口を握り締めて離さない。
ルパンのくすくすと笑う吐息が耳をくすぐる。
次元は腹立ち紛れに、肩にきつく爪を立てた。
ついにルパンは、声を上げて笑った。
「もう黙れよ」
また涙ぐみそうになる次元にも、ルパンは慌てず片目を閉じて見せた。
「じゃあ、俺の口をふさいじまえばいい」
次元は微かに息を呑んだ。
それでも誘われるまま、素直に自分の唇をルパンのそれに押し当てる。
「ん・・・・・・」
久し振りの口づけに、次元の息はすぐに上がってしまう。
自在に動くルパンの舌に絡め取られ、いい様に翻弄される。
からかうようなその動きに、やがて激しく求めだしたのは次元の方だった。
ようやく濡れた唇が離れた頃、次元はうっとりとルパンの胸にもたれていた。
とろんとした目で自分を見上げる次元の目を見つめ返しながら、ルパンの指はちいさく振られる次元のしっぽを悪戯にくすぐる。
「なあ、次元」
「・・・・・・ん?」
次元はすっかり忘れていた。
この男が、少しでも面白そうな話を見過ごすことがないってことを。
「ひっ!」
突然、しっぽの付け根に指を這わされ、次元は文字通り飛び上がった。
「なあー、前に飼ってた犬も、ここ触られんの好きだったよなあ」
言いながら、ルパンの指はそこをじっくり押していく。
次元はたまらず、ぐにゃりとくずおれる。
「あ・・・ああ・・・・・・あん」
「へーえ、やっぱり気持ちいいんだァ」
がくがくと震える次元に、ルパンの目は好奇の色を隠さない。
尚もぐいぐいとそこを刺激し続ける。
「やだ・・・もう、よせって」
荒い息、必死に次元がささやくと、ルパンの指がようやく止まった。
しゃくりあげるように息を吐く次元の背を、今度はやさしく撫でてやりながら、ルパンはふと思いついたように、とんでもないことを口にした。
「かーわいいの。なあ、お前は秘薬を飲むの、やめとかねえか?」
これきりってのも、なーんかもったいねえんだよな。
にやにやとやに下がるルパン。そのしっぽは、やはりぱたぱたと揺れている。
次元は真っ赤になって、ぱくぱくと口を動かすが、怒りのあまり何の言葉も出ない。
ようやく一言「バカ」とだけ呻くと、襟元から覗くルパンの白い首筋に、躾の悪い犬のように、きつく噛み付いたのだった。










end










原作「尻尾人生」ネタ。




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