H.

Happiness





































































































幸福









ジョーは変わった。変わってしまった。





パリに向かう車、ルパンと次元、そしてジョーを乗せ進むその車に時限爆弾を仕掛けたのは、次元の哀れみを誘い、老いた振りを装ったジョー自身だった。
手を染めた泥棒稼業を邪魔されまいと、それだけのためにジョーはふたたび次元の前に現れた。目障りな二人を屠る、ただそれだけのために。





駆け出しの次元に銃の手ほどきをしてくれた、あのきらめくような目の颯爽とした鉄砲撃ち、拳銃を持つ誰もが憧れたスペードのジョーは、いまや悪どい企みも厭わない、薄汚い男に成り下がっていた。





────お前だってそうだろう。





ふいに目の前に現れたルパンが言う。
嫌悪感を隠さず、蔑むような目で次元を見ている。





俺は殺し屋は嫌いなんだよ。





俺は・・・・・・俺は・・・・・・





言い縋る次元に、ルパンは呆れたように鼻を鳴らす。





いったい今まで、何人殺してきた?





ルパンの口元が歪む。
次元はもう、何も返すことができない。
ルパンはさらに言葉を突きつける。





お前だってジョーと同じだ。薄汚い、殺し屋だ。





ああ────





目の奥が熱い。涙がこぼれだすのがわかる。





(・・・・・・げん)





確かにその通りだ。
誰よりも速く撃つのがただ楽しくて。
やがてこの手を無為に、数多の血で染めた。





(・・・・・・次元)





ルパン。
もっと早くお前に会いたかった。
そうすれば、もっとマシな人間になっていただろうか。
それでも────やっぱり俺は殺し屋になっちまったんだろうか。
血の匂いに、引き寄せられるように。
お前の言ったとおり、血に飢えた殺し屋に。





ルパン、お前といたとしても、俺は────





「次元!」





強く肩を揺さぶられ、はっと次元は眼を覚ました。
(あ────)
アジトのベッドの上だった。
目の前には、自分を覗き込むルパンがいる。
「ルパン・・・」
呆然と名を呼ぶと、ルパンはほっとため息を漏らした。
その目に浮かぶ安堵の色に、胸が締め付けられるように痛む。
「まだ痛むか」
ルパンの手が、心配げに肩の包帯に触れた。
ジョーの仕掛けた爆弾に気付き、慌てて車から飛び降りた弾みに怪我を負った右肩。
その怪我が元で、熱が上がってしまっているようだった。
全身が鉛のように重い。こうして横になっているだけでも息が上がる。
「熱、下がらねえな」
額に伸ばされる白い指を、次元は覚束ない手つきで払った。
「次元」
「もう・・・大丈夫だ、ひとりで」
「大丈夫じゃねえだろ」
きつい口調と裏腹に、ルパンの手は優しい。
涙に汚れた次元の頬を拭うと、そのまま額に噴き出した汗に張り付いた長い前髪を、そっと梳かれる。
耐え切れずに、次元はきつくかぶりを振った。
「俺のことなんかで・・・・・・これ以上、迷惑をかけたくない」
「俺のことなんかって何だよ」
ルパンは腹を立てたようだった。
優しい男だ。
その優しさにつけ込んで、次元はこの男の傍にずっと居続けた。
だがその心情を知ってしまった以上、もうそれにあまえる勇気は、次元にはなかった。
「俺だって・・・殺し屋だぜ」
殺し屋なんて嫌いだと、お前はそう言ったじゃないか。
俺だって同じ。
あのジョーと同じ、速さにおだてられるそのままに、目の前のものをただ撃ってきた、愚かな男。
次元の口元が自嘲に歪む。だがルパンはなだめるように言葉を返す。
「俺が嫌いって言ったのは、殺しを楽しむ連中のことだっての」
「俺だって、いつそうなっていたかわからねえ・・・」
お前と会わなかったら、俺はきっと、いまも人殺しを続けていただろう。それが似合いの男だった。
だがルパンはきっぱりと首を横に振った。
「お前はそうはならねえよ」
それに。
ルパンは静かに言葉を継いだ。





「お前がもしそういう殺し屋だったとしても────俺はお前が好きだよ」





次元はぽかんと、目の前のルパンを見つめた。
ルパンの目は、あくまでも優しい。
わけもなく、急に気恥ずかしさに襲われて、次元は目の前のルパンの胸を、力なく押し返した。だがその手はすぐに絡げ取られ、シーツに縫い止められた。
間近でじっと見つめられ、次元は赤くなった瞼をただ伏せることしか出来なかった。
次元は口早に言い返す。
「安い嘘つくんじゃねえよ」
「ホントさ」
「嘘だ・・・・・・」
言葉の意味がわからずに、次元はまた首を振る。頑是無い子供のように。
ルパンは苦く笑った。
「お前がそんな調子だから、こんな気持ちは仕舞い込んだまま、墓場まで持っていくつもりだったのに」
そんなってどんなだよ。
自棄な気分で笑おうとして、自分を見つめるルパンのその目の真摯さに、次元はようやく気づいた。





ただの相棒だと思っていた。
疑おうともしなかった。
だが。





「・・・理由を、知りたいか?」





狂おしいほどのまなざしに晒され、止める間もなく、言葉が唇から転がり出る。
「理由を────知りたい」
どこか痛むように、切なげにルパンが笑う。そっと頬を撫でられる。
「バカだな、今のがお前を逃がしてやれる、最後のチャンスだったのに」
やがて降りてきた唇を、次元は目を閉じて受け止めた。
瞼に、頬に、額に、そして唇に。
繰り返し押し付けられるしっとりとした口づけ。
次元は深いため息を漏らした。
それに勇気を得たように、ルパンの唇はより大胆に這い回る。
次元の身体の奥底に眠る、何かを引きずり出そうというかのように。
熱に浮かされるままに、次元はつぶやく。
「答え・・・・・・教えてくれよ」
「知ってんだろ・・・?」
首筋を吸い上げられ、震える肌を止めることができない。
力の入らない指で必死に男の肩に縋りつく。
「言葉で、聞きたい────あ・・・」
ぴくんと身体がたわむ。
思わぬ快感に途惑う次元に、ルパンがまた口づける。
口づけと口づけの狭間、吐息混じりにルパンが囁く。
「もう少し、時間くれってば」
「ずるいヤツ・・・・・・んっ・・・」
寝衣の上から身体をまさぐる強引な指。
思わず睨むが、目の前の男は微笑むばかりだった。
「勇気が要るんだ、これでもさ」
「あ・・・ああ・・・・・・」
指の動きを止めさせようと身をよじるが、その隙を突くように舌で肌をねぶられる。
もはや喘ぎをこらえることも出来ず、次元はただ震えた。
次元の目から、また涙がこぼれ落ちる。
ようやく我に返ったのか、ルパンは、ごめんなと小さくつぶやくと、次元の乱れた着衣を直し、額に口づけた。
そして片目を閉じると悪戯に笑った。
「これ以上は熱が下がってから、な」





もう眠ったほうがいい。
やがて次元の息も落ち着くころ、ルパンはそうつぶやくと、自分の腕の中に次元の身体を押し込んだ。
合わせた胸から鼓動が伝わる。
冷ややかなルパンの肌が心地よく、次元は知らず身を擦り寄せた。
次元がようやくそこにいることに慣れ、自分の身を落ち着けたころ、ぽつりとルパンがつぶやいた。
「殺し屋も戦争屋も、俺は大嫌いだ」
硬い声。
顔を歪めた次元の、その耳元に口づけざまに、ルパンの囁きが吹き込まれる。
「────過去を理由に、当り前のような顔をしてお前に纏わりついて、お前をただ苦しめるだけの連中なんて、俺は大嫌いなんだよ」
「ルパン・・・」
呼んだ名ごと、きつく抱きしめられる。
その腕の強さに、息苦しさと、それとは別にこみ上げてくる何かに、胸がぎゅっと締め付けられる。
「お前が幸せなら────それでいいと思っていたのにな」
我儘だな、俺も。
耳元にふとこぼれたつぶやき。
やるせない響きの声に、思わず腕の中からルパンを見つめる。
その目に気づき、ルパンはちいさく笑ってみせると、次元の背をそっと撫でた。
「ほら、もう眠っちまえ」
ルパンの言葉のままに目を閉じる。
すぐに眠りに落ちた次元が最後に感じたのは、瞼に落とされた、今夜知ったばかりのルパンの唇の感触だった。










不敵な笑みを残し、ルパンが消えた。
次元、不二子、五ェ門の見ているその目の前で、文字通りに。
「まったくアイツ、無茶ばっかりしやがる・・・」
ルパンの姿のかき消えた虚空を呆然と見つめたまま、次元が呻いた。
名高き宝石、星影のオッペンハイムを狙い、オッペンハイム家に侵入したジョーの手下たちが持ち込んだ電送機、物質を転移させるその機械に乗り込み、そしてルパンはジョーの待つニューヨークへと飛んだ。
ジョーはその機械を、武器や盗んだ宝石の移動ばかりに使っていた。
人の身の、安全の保証なんてまるでないのに。
「嬉しい癖に」
「えっ」
不意に耳元に呆れたようなため息。
傍らの不二子が肩をすくめている。次元は目をしばたたかせ、振り返った。
「あの人があれほど無茶をするのも、貴方のためだからでしょ」
不二子はくすりと笑うと、赤い唇を次元の耳元に寄せた。
「大切にされてるわね、泣き虫さん」
「だ、誰が泣くか! だいたい、あんなの泣いた内に入るかよ」
次元は咄嗟に言い返す。
不二子は一瞬目をまるくして、そして声を上げて笑い出した。
「そういうのを語るに落ちるっていうのよ、次元」
その言葉に、次元はようやく自分が何を言ったかに気づいた。
だから女ってのは始末に負えないんだ。
次元は赤らんだ目元を隠すように、ボルサリーノの鍔を引き下ろした。
そのとき、電送機の電話が突然鳴り出した。
次元は思わず受話器に飛びつく。
「ルパン?!」
────おー、次元かあ。
暢気な声が受話口から聞こえる。
次元はほっと涙ぐみかけ、はっと不二子の視線に気づくと、慌てて彼女に背中を向け、こっそり目尻を拭った。
「大丈夫なのか、ルパン」
────平気、平気。ぴんぴんしてるぜ。きっちり片もつけたしな。
けらけらと陽気な笑い声が響く。いつもとまるで変わらない。
次元も思わず、声を上げて笑った。
笑い声のまま、ルパンが呼んだ。
────なあ、次元。
「ん?」
暢気に返す次元の耳元に、笑いながらルパンは告げた。
────帰ったら昨夜の仕切り直しだからな。覚悟しとけよ。
「仕切り直しって────あ」
昨夜耳元に囁かれた、ルパンの言葉。





(────これ以上は熱が下がってから)





瞬間、次元は真っ赤になった。ぱくぱくと口を動かし、だがもう何の言葉も出ない。
ルパンがまた声を上げて笑った、そんな次元を見透かしたように。
次元はきゅっと唇を噛んだ。
小さくひとつ深呼吸をする。そして口を開いた。
「覚悟なんてとっくに決めてるから────だから早く帰って来い」
ルパンの笑い声が止んだ。そして微かに息を呑む気配。
それを確認すると、次元は返事を待たずに、そっと受話器を置いた。
「ルパンは無事だったのか」
五ェ門の問いにひとつ頷くと、次元は笑いながら二人に振り返った。
「さあ、とっととずらかろうぜ。ルパンは飛んで帰ってくるからよ」





まったく・・・この次元大介が、そうそうからかわれっぱなしでなんているものか。
何てったって俺は、ルパン三世の一の相棒なんだから。
そしてお前の────恋人なんだから。





幸せになるのは、きっと存外容易い。
あふれ出す幸福感を噛み締めながら、次元はそっと微笑んだ。










end










新ル第84話「復讐はルパンにまかせろ」ネタ。




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