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帰還









すっかり秋の気配に満ちた黒姫から、山をひとつ越えてたどり着いたのは、次元の所有する山荘だった。
山を下りなければ人家どころか商店もない。冬になれば雪に閉ざされ、空以外の移動は出来なくなる。
ここは次元の気に入りの場所だった。相棒のルパンも、だから幾度となく訪れている。
もともとは変人で実家が金持ちの、画家だか活動家だかの持ち物だったのだという。
(少なくとも次元はルパンにそう説明した。この山荘を入手したときの仲介者から聞かされた由来をすっかり忘れてしまっていた次元は、ルパンに「どっちかって言うには、何だかずいぶん違った“職種”じゃねえか?」と指摘されると、さして気にした風もなく「キャンバスか世間か、どっちかに絵空事を描くって意味じゃ、似たようなもんだろう」と肩をすくめて笑った。そうした意味では、次元はたいした現実主義者だった。)
その山荘も今ではすっかり、すべてが次元好みにしつらえられている。
そこにルパンが自分の好みのものを、訪れるたびに少しずつ持ち込んだ。
次元の空間に自分のニュアンスが混じった、ルパンにとっては居心地のいい場所だ。
それは今も変わらなかった。
そして、この一年というもの、次元はここを根城にしていたのか、そこは人の生活のある、穏やかな気配に満ちていた。
「楽にしていてくれよ」
居間に入ると、次元は上着とボルサリーノをソファに放った。
穏やかな午後とはいえ薄暮も迫る秋の山の空気は、どこか肌寒い。
次元は袖口のピーコックテイルのブラックオパールをはめ込んだカフリンクスを石のマントルピースの上に置くと、くるくると袖を捲り上げ表へ飛び出していった。
その後姿を見送り、ルパンはわずかに微笑んだ。





銭形の策に嵌り、ルパンが捕らえられたのが、ちょうど一年前のことだった。
逃げようと思えば逃げられた、だが。
あのとき、ルパンを待ち伏せ、まんまと騙まし討ちに成功した銭形が放ったのは、麻酔銃だった。捕り手の銭形が、法の裁きのもとに正々堂々とルパンを断罪しようという信念を持っていなければ────自分はとうに死んでいたということだ。
それを思い返すたび、ルパンの胸は屈辱に軋んだ。
山深い黒姫の刑務所の中、ただその屈辱を晴らす、一度きりのチャンスを、この一年間待ち続けたのだ。
それはもはや銭形が相手の勝負ではなかったのかもしれない。
自分と────そして運命とに対する、宣告。
そして死刑執行のその当日、ルパンは銭形を、一年かけて準備してきた罠にまんまと落とした。
すべてにおいて、覇者足るべきは自分なのだと。
ルパンが自分の身代わりとして、すり替わった刑務所の職員に対する刑の執行を止めるべく、銭形の走り去る姿を見送り、そうつぶやいた。





「なんだ、座ってりゃ良かったのに」
戻ってきた次元の声に、ルパンははっと我に返った。
外の納屋から薪をえっちらと一抱え持ち込んだ次元は、居間の暖炉に屈み込み、火をおこしにかかった。
ルパンは暖炉の前の毛足の長いラグ(これもルパンが持ち込んだものの一つだった)に胡坐をかき、その手際のよい手つきをぼんやりと眺めていた。
器用な指が細い木切れを組み上げて、紙片に灯した火を移していく。
ちろちろと燃え始めた火が、次元の横顔を舐めるように照らす。
完全に火が点ったのを見計らい、次元は注意深く、炎に太い薪を数本くべると、ルパンを振り返った。
「すぐに風呂を沸かすからちょっと待っていてくれよ。ゆっくり湯船に浸かるのなんざ一年ぶりだろ」
「一年ぶりだっていうなら、まずはこっちだな」
指に指を絡めてそのまま引くと、屈んだままの無防備な痩躯は、ラグの上にころんと転がった。
ぽかんと開いた口、まんまるく見開かれた目────子供の頃からまるで少しも変わらないその表情!
ルパンはおかしくてたまらなかった。
笑いながらゆっくりと次元に伸し掛かると、その黒髪に顔をうずめた。
ようやく事態を諒解したのか、次元の手がルパンの背に回る。
ふたりはそのまま身じろぎもせず抱き合ったままでいた。
薄いシャツを通して、相手の鼓動を感じるだけのゆったりとした時間。
沈黙を破ったのは、次元の無粋な言葉だった。
「一年ぶりだってのにすまねえな、むさくるしい男相手でよ」
ルパンが思わず顔を上げると、次元は、もう少し不二子も待てねえもんかね、と本気の顔でブツブツつぶやく。
不二子は刑の執行を待たず、ルパンの死を確信して立ち去ったと次元から聞いた。
どうやら次元は、不二子を掴まえておけば良かったと、本気で思っているらしい。
すべてはルパンの思いに添うために。
相棒を自認する次元にとって、それはさほど奇異な考え方ではないのだろう。
ルパンは笑いながら次元の唇に音を立てて口づけた。
「黙れって」
本当に・・・・・・一年経とうと、相変わらずの男だ。
ルパンは、次元の頬を撫で、その目を見つめた。
「男相手とかいう問題じゃねえよ。一年ぶりだから、お前なんだろうがよ」
次元は耳まで真っ赤になった。ぷいと目をそらし、片頬をラグにうずめる。
「相変わらず口の達者なヤツだ」
「達者なのは口ばっかりじゃねえって、お前の身体がいちばんよく知ってんだろ」
ルパンは脚で次元の下肢を割り開くと、ぐいと腰を押し付けた。
「ん・・・・・・っ」
次元が呻いた。そこは既に熱く兆している。
「なんだ、ずいぶんいい子にしていたみたいだな」
すると次元は、濡れた瞳に恨みがましい色を乗せて睨みつけてきた。

お前の命が危ぶまれていたあの間。
そんな余裕があるはずないだろうと。

その瞳が雄弁に語っていた。
ルパンはたまらず、次元の首筋にむしゃぶりついた。
「ああ・・・・・・」
次元はきつい刺激に微かに呻いて背をのけぞらせると、ルパンの頭を掻き抱いた。










すべての衣服を解いて、擦り合わせるように肌を寄せ合った。
一年ぶりの肌をむさぼれば、次元は嬌声をこらえることも出来ない。
奔放に声を上げながら、切なげに身をよじった。
一瞬も目を離せずに見つめ合ったまま、ゆっくりと中に押し入る。
「狭いな────」
次元の奥深くに沈み込み、ルパンは深く息をついた。
次元はびくびくと身体を震わせ、受け入れたルパン自身の熱さと大きさに耐えている。
一年ぶりのことだ。
本当に誰にも触れることはなかったのかと、けっきょくは俺の物であるのだと、心は確かに満たされる。
「つらいか・・・?」
汗の噴き出す額に張りつく前髪を掻き上げてやると、その手で痩せた頬を撫でた。
だが次元は首を横に振ると、頬に当てられたルパンの手に自分の手を重ね、そっと目を閉じた。まるでそのぬくもりが本当のものであるか、確かめるかのように。
「いいんだ、俺のことは」
浅い息を繰り返しながら、次元が微笑んだ。
「お前の好きに扱ってくれ────それが俺の望みだから」
ルパンの腕が、次元をすくい上げると、ひとたびぎゅっと抱きしめた。
そしてすぐに、またラグに戻される。
両手が次元の肩に掛かり、ラグに縫い留めるようにきつく押しつけられる。
「・・・息、殺すんじゃねえぞ」
素っ気なく言い捨てられた言葉とは裏腹に、ルパンの腰は情熱的に動いた。
眉間にきつく皺を寄せ、次元はそれに耐えた。
言いつけ通り息を殺すまいと、必死に開かれた唇からは苦しげな吐息と、だがそればかり感じているわけではないことを知らせる、あまいため息がこぼれ始める。
「ルパン・・・ああ・・・ルパン・・・」
やがて次元は浮かされたように呻きながら、腰を揺らめかせ始めた。
ルパンの与える快楽に素直に身体を開き、そしてもっと深くそれを得ようと、ルパンの腰に脚を絡みつかせる。
望むままに与えながら、赤く染まった耳に唇を寄せ、低い囁きを吹き込む。
「いいか、次元・・・」
次元は瞬間、身体を引きつらせた。見る見るうちに、眦まで赤く染まる。軽く息を飲み、そしてすぐに諦めたようにこくりと頷いた。
「どんなふうに?」
律動を刻みながら、さらに問いを重ねる。次元の弱い箇所ばかりを突いてやる。
次元はしゃくり上げるように喘ぎながら、声を上げた。
「・・・熱くて・・・気持ち、い────あっ、あぁ・・・っ」
次元は髪を振り乱し、喉を仰け反らせた。
なだらかなラインが美しく、ルパンは舌でそれをたどった。
舌でのやさしい愛撫に、さらに深く押し込まれた灼熱に、次元は惑乱する。
「・・・あ、ん────奥・・・いい・・・ァ・・・」
次元の指が、震えながらルパンの肩に伸びる。
抱き寄せれば、腕が必死に肩に縋る。
弾みで中を穿つそれの角度が変わり、鼻に掛かった喘ぎがこぼれる。
「くぅ・・・っ、ん、んんっ・・・!」
肩口を爪で掻かれ、微かな痛みが走る。
その痛みにさえ煽られて、ルパンは挑み掛かるように次元の唇を奪った。
唇を食み、舌を噛み、絡め、唾液を流し込み、飲ませる。
腰を突き上げながら、舌を深く突き入れる。
狂ったように腰を叩きつけると、そのまま次元の中に精液を流し込む。
息すらも奪われ、自らのすべてでルパンを受け止めながら、次元もまた果てた。










ルパンは次元の中から自らを引き抜くと、荒いだ息のまま次元の隣に横になった。
そして次元がすぐに猫のように身を擦り寄せてくるのを、ぎゅっと抱き寄せる。
腕の中に収まった次元は、男の肩に顔をうずめた。
「夢みてえだ、お前がこうしてまたここにいる」
くぐもった声で、次元がぽつりとつぶやいた。どこかあどけない声。
胸を刺す痛みごと茶化すように、ルパンは低く笑った。
「なんだあ、俺を信じてなかったのかよ」
だが、次元は小さく首を振った。はずみで、艶のある黒髪がルパンの頬をくすぐった。
「一年前のあの日だって、お前が捕まるなんて欠片も思ってなかったような間抜けなんだよ、俺は」
次元の声がかすれた。ルパンの肩に押し当てられた頬が、微かに濡れている。
「泣くなよ」
拭ってやろうとルパンは身を起こしかけたが、強い力で引き戻された。
「見るんじゃねえよ、馬鹿」
拗ねた声音に喉で笑うと、ルパンは代わりに次元の髪を梳いてやった。
「我儘で贅沢だな、俺は」
次元の笑み含んだ吐息が、ルパンの肩口にこぼれる。
「いいさ、そういうお前に惚れてんだ」





一年、何も言わずこいつを待たせた。
こいつは何も問わず、俺を信じて一年待ち続けた────





「お、おい」
自分の身体をまさぐる不穏な手の動きに、次元の声が慌てだす。
ルパンの手の内など、すべてその身で知り尽くしているであろうに、そのたびにこうして慌てふためく、相変わらずの純朴な男。
ルパンは声を上げて笑った。
「一度で足りるか。一年ぶりだぞ」
「もう少し待てって、まだそんな────あっ」
次元の声が、また濡れ始める。肌が熱くほどけ始める。
ルパンは悠々と力の失せた身体に伸し掛かり、きつく抱き寄せる。
慣れた肌の、熱さと香り。










ようやく還ってきたのだと、そう思った。










end










旧ル第4話「脱獄のチャンスは一度」ネタ。




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